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sec.121 - 灰色ビー玉

2018/07/13 (Fri) 13:38:35

 暗黒大陸。
 元エリスの所領にて一騒動あって、その大地の約半分が人の手に戻った。
 とはいえ、元は邪悪が治めていた土地。
 まだまだ人が安全に住めるとは言い難く、この地に本当の意味で光が差し込むには時間が必要であった。

 そんなある日。
 キラー・ド・グウンが己の研究室として傾いた塔を建てている場所に、二人の人物がやって来ていた。
 一人はダークネス卿。
 暗黒大陸におけるエリスとローズダンサーの所領を一時的に治める事になった、人類の間では今一番魔王に近い魔物。
 最近は治安の安定した町から民主制の議会を設けることがマイブーム。
 もう一人は怪盗マオ。
 ホワイトペルソナと呼ばれる宇宙に浮かぶ魔術師の塔のエリートだったが、とある事件の際に塔は壊滅。
 残っているホワイトペルソナはマオとグウンのみとされている。

 キラー・ド・グウンは長机に備え付けられた椅子に腰かけると言った。
 「雁首揃えて一体、何の用だ?まさか、私もエリスのように罠にはめる気か?」
 ダークネス卿は両肘を机の上に置いて顔の前で組むと言った。
 「あれは罠にはめたのではない、自然とああなったのだ。それはともかくとして、君もやってみるかい?誓いの剣、切断チャレンジ。」
 グウンは肩を竦めて言った。
 「私の叡智をそんな下らん事に使うか、愚か者め。」

 ペン十郎たちが取り出してきたのは休戦協定の書類だった。
 ミケ協定と称されたそれを、強さこそ全てのグウンは読まざるおえない。
 何故なら、ミケは彼に絶対に消せない敗北を刻んだ者だからだ。
 怪盗マオは言った。
 「ミケ君が貴方との戦いの後に、突きつけるつもりだった休戦協定です。ですが、当時の貴方はアブソリュート・コフィンの中に引き籠ってしまった。」
 速読が可能なグウンはそれに軽く目を通すだけで隅々まで暗記したようだ。
 グウンは言った。
 「実に下らんとは思わんか?あらゆる物事は強さで決定すべきだろう。」
 マオは言った。
 「ですから、貴方より強かったミケ君が考えた休戦協定ですよ。」
 グウンは言葉に詰まった。
 「…。」
 ダークネス卿はここが押しどころと見てある事実を公表した。
 「実は既に空からは了承印をもらってきている。」
 グウンに渡された書類と似たものをダークネス卿が机の上に置いた。
 確かに、空のものと思われる了承印が押された書類が見える。
 グウンは白い仮面で覆われた顔に片手を添えると言った。
 「何を考えているのだあのガラス玉は…?なるほど、となると協定の発効に必要なのは後は私の了承だけというわけか。」
 マオとダークネス卿は二人で頷いた。
 グウンはくく…と笑うと言った。
 「お前たちは私がこの協定をくそ真面目に守ると思っているのか?水面下で着々と次の戦いへ向けて準備を整えるだけだぞ。」
 ダークネス卿は言った。
 「それはお互い様だ。」
 何処からか現れたハンコが独りでに書類に大きな判を押した。
 グウンは言った。
 「これから先は仮初の平和な時代だ。我を破ったミケに免じてそういうことにしてやろうというのだ。感謝するのだな!」
 彼は椅子から立ち上がり、身に纏っているフード付きのローブマントを翻すと部屋の奥の闇の中に消えていった。
 マオが呟いた。
 「あれ、照れ隠しですよ。魔術師の塔時代から、あれです。」
 ダークネス卿は出会い方さえ違えばグウンとは友達になれたかもしれないと思った。

 ともかく、残った魔将二人から休戦協定を勝ち取った人類には、グウンが言うように仮初の平和な時代が訪れる事になった。


 一騒動おえて、暗黒大陸から戻って来たデュラハンは、とある公園から海を眺めながら言った。
 「スライドさんの一番になりたいというのは本心ですけど、それを他の方々と争って奪い合うのは何かが違った気がしますわ。」
 オーガは頬をかきながら言った。
 「ま、あの時は妙なテンションになってたし、仕方ないね。」
 順序を吹っ飛ばしていきなり結婚から入る所であった。
 デュラハンは両手でガッツポーズすると言った。
 「もっと、スライドさんの事を知って、嫌いな所も好きな所ももっと知って、それでも一生、あの方と添い遂げたいと思えるようなら、結婚しますわ。」
 オーガは深く頷きながら言った。
 「そうだな。それがいい。」
 これから先は仮初とはいえ平和な時代が来るようだ。
 ゆっくりする時間は腐るほどあるだろうと、少なくともオーガはそう思った。

 それを遠くから眺めていたスライドはふと空を見上げた。
 空は雲一つない晴れ。快晴であった。
 平和の時代というが、やはり因果なもので争いの火種は各地に存在する。
 一時解散となっているが、アルバトロス騎士団の活躍はまだまだ必要なようだ。


 暗黒大陸。
 ダークネス卿の居城。
 平和協定も固まったので、ぼちぼち国民議会の基礎となる組織を作っておく必要がある。
 今日はそれを国民に広く周知するために各地の広告塔に集まってもらっている。
 ブレイブがその様子を眺めながら言った。
 「賢者タルトよ。貴方が予見していた最悪の事態は起こらなかったようだな。」
 魔王の出現。
 そこから人類全体に降りかかる生存の危機。
 賢者タルトはギリースーツ姿から、とんがり帽子を被った賢者スタイルに戻っていた。もう、ダークネス卿以外が魔物のふりをする必要が無くなったからだ。
 邪悪な鎧を脱いだブレイブも、勇者然とした恰好をしている。
 タルトはとんがり帽子で視線を切りながら言った。
 「勇者よ。お主にはあれが魔王に見えぬのか。」
 あれ、とは今、人々を集めてその中心で議会の発足を周知しているダークネス卿の事だ。事情を知る者なら、タルトの言う事も一理あるという者はいるだろう。
 ブレイブは腕を組んで言った。
 「勇者が倒すべき魔王とは、人の意見も聞かず、問答無用で暴力を振るい、心に愛のない者のことだ。俺にはあれがそういう魔王には見えない。」
 賢者タルトはそうかと言うと、踵を返してその場を去ろうとした。
 ブレイブはその背中に向けて言った。
 「それに、奴が道を踏み外しそうになったら俺がぶん殴って修正してやる。」
 タルトはほっほと笑うとそのまま姿を消した。
 おそらく、居所としているタルト庵へと戻ったのだろう。
 ブレイブもしばらく集まりの様子を眺めてから、その場を後にした。

 勇者がダークネス卿の城から出てくると、戦士ヘラクレス、治癒術師アンリ、斥候ライドウが待ち構えていた。
 ヘラクレスは城から出てきたブレイブに向かって言った。
 「勇者よ。次は何処へ向かう?」
 アンリは言った。
 「何処へだってついていきますよ。」
 ライドウは無言でそんな成り行きを見守っている。
 ブレイブは顔を上げて言った。
 「旅風の導くままに、行こう。この大地、勇者を必要としている人たちはまだまだ沢山いるはずだ。」
 勇者一行がダークネス卿の居城を去っていった。
 彼らの冒険はまだ終わらない。

sec.122 - 灰色ビー玉

2018/07/14 (Sat) 00:08:45

 騎士団は解散しているのでジャッジ・ザ・アルバトロス本人としては特にやる事もない。来るかもしれない事態に備えるために修行してもいいが、桃源郷に残してきている複数のアバターが毎秒百年分の修行をしているようなものなので、それで十分だろう。

 「野イチゴ取り?」
 近所の奥さんからそれを頼まれたらしいヌメが手伝ってほしいようだ。
 ジャッジの目の前で魔獣ヌメが跳ねる。
 「ヌッ、ヌメ。」
 暇なので、騎士は魔獣の護衛を引き受けることにした。

 5、6名のヌメの集団が一つの籠を抱えて浮遊していく。
 その後を騎士はとぼとぼと歩きながらついて回る。
 とても長閑な風景であるが闊歩している魔物のレベルが異常だ。
 巨大なコブラ、巨人、巨木などの魔物が周りをうろうろしているのだ。
 騎士は暗黒大陸かな?と思ったが、ここはいつもの大陸だ。
 一部極端に魔素が濃い地帯のようで、高レベルの魔物がうろついているようだ。
 とはいえ、既にカンストしたレベルを限界突破した先でカンストして、更に限界突破してカンストしてを七億八千万年以上繰り返して来たので、今の騎士ならこの程度の魔物は威圧するだけで退ける事ができた。

 騎士が強力な魔物たちを追い払っているうちにヌメたちが野イチゴを収集する。魔素がたっぷり含まれた野イチゴはとても美味しそうな光沢を放っていた。
 ジャッジはそれを覗き込みながら呟いた。
 「まるで、ルビーだな。ユキコの瞳みたいだ。」

 二階堂審には古くからの友人に雨原雪子という少女がいるが、おにぎりを握るのが得意で、語尾が何故がござると古風、家の関係で達人級の剣術を嗜むサムライガールである。ユキコを成長させるとあんな感じに育つのだろうか。
 異世界に来たばかりの二階堂審が多少、戦いの心得があったのは幼いころより雪子の剣術の修行に付き合わされていたからである。
 スライドなど刀を使うアバターの戦闘技術にもその名残のようなものがある。

 等と回想していると、ヌメたちの野イチゴ狩りが終わったようだ。
 「ヌッ!ヌッ!」
 ぴょんぴょんと目の前で跳ねて、帰るぞと意思表示される。
 騎士が先頭で野イチゴを籠一杯積んだヌメたちが帰りの途につく。
 すると、相手の力量が測れない魔物が行く手を遮った。
 魔物は言った。
 「へっへっへ…うまそうな野イチゴじゃねぇか。よこしな!」
 ジャッジは言った。
 「自分で取ったら?」
 少なくとも籠に積まれている野イチゴはヌメたちが一生懸命取ったものだ。
 魔物が棍棒を振り上げる。
 「おう!今からてめーをぶっ飛ばして取るぜ!」
 直撃すれば鉄板ぐらいは軽くひしゃげるであろう棍棒の一撃が振り下ろされた。
 しかし、その一撃は彼が片手に持った鈍器に防がれる。
 ジャッジは言った。
 「悪い事は言わない。命があるうちに引きな。」

 その後、襲ってきた魔物がどうなったのかはご想像にお任せするとして、ヌメの護衛を済ませたジャッジは近所の奥さん方に野イチゴを提供するヌメたちを遠くから眺めていた。
 すると、ヌメたちの一人がススッと寄ってきて一つの宝石を差し出して来た。
 ジャッジは野イチゴ狩りの報酬にしては高価すぎると断ろうとしたが、ヌメは受け取れと言わんばかりにその宝石を彼に突きつける。
 仕方がないので受け取っておく。
 宝石の中を見ると、竜のエンブレムのようなものが見れた。
 ジャッジはそれを持ってきたヌメに聞いた。
 「これ、どういった曰くのあるもの何だ?」
 ヌメは首?を傾げてから、その場から去っていった。どうやら、拾ったものでヌメ本人もよくわからないようだ。
 ジャッジは宝石を見つめながら思った。
 (調べてみるか…。)
 どうせ暇なのだしトレジャーハントでもやってみようと言うわけだ。

 究極帝国。
 イワトビの研究室。
 下手な書庫より有用な本が揃っている。
 魔術師は現在、ユキコにどうしてもと言われてレオ・ガルディアの一軒家にお邪魔している。よって、研究室は現在、主が不在の状態だ。
 竜に関する本を調べてみる。
 すると、三冊目に宝石の中に描かれたエンブレムと似たマークを見つけた。
 究極帝国のとある地域で吸収される前にはあったらしい王国の紋章である。
 ジャッジは呟いた。
 「亡国の紋章、か。」
 ここで研究を終わりにしても良いが、せっかくなので調べがつく所まではやってみようという事で取材班(一人)は現地へ向かった。

 他の地域同様、王政だった場所が今は民主制の議会が政治をしている国になっていた。そういえば、現皇帝のグリエフが行方不明になったので、次の皇帝を決める総選挙が近々開始されるらしい。次の皇帝が議会の傀儡とならなければ良いが。
 その国を歩きながら、図書館で歴史書などを観覧する。

 調べた結果。
 国の秘宝と呼ばれるものを封じてある遺跡が森の奥にあるらしい。
 厳重に保護されているらしく、数多のトレジャーハンターがそもそも遺跡に到達した事もないそうだ。

 ならば、というわけではないが着の身着のままで森に突入する。
 中へ入ると、なるほど強力な幻術の気配を感じる。術の間をすり抜けるように進むと、隠し里のような場所へ出た。
 隠し里から出てきた人々が警戒しながらもジャッジを迎え入れる。
 村長らしき人物の前で、手にしてきた宝石を見せる。
 宝石を見た村長は深く息を吐くと無言で頷いた。
 彼はジャッジに向かって言った。
 「これがここへ戻って来たということは、封印を解く日が来たのかもしれない。」

 村長の案内で、古びた遺跡の前まで案内された。
 何となく神聖な空気を感じる遺跡だ。
 石造りの扉の中心に丁度宝石が嵌りそうな窪みがあった。
 ジャッジが村長の方を見ると、彼はやはり無言で頷いた。

 騎士が手にしてきた宝石を窪みに嵌めると、そこから遺跡全体に光が走り、遺跡全体に及ぶ仕掛けが作動する音が聞こえ、目の前の扉がゆっくりと口を開いた。

 たどり着いた先、姿を現した部屋の中心に台座が存在し、ファンタジーでお馴染みの台座に突き刺さった剣が鎮座していた。
 ジャッジは言った。
 「まさか、聖剣エク」
 村長が被せ気味に言った。
 「竜帝剣セブンスソードです。」
 選ばれし者にしか抜けないのは同様のようだ。

 早速、ジャッジが挑戦してみる。
 軽く力を入れてみるがビクともしない。
 仕方がないので目一杯力を込めて引き抜いたら台座の部分が壊れて抜けた。剣の先に、引っ付いている台座の欠片は彼がパンチして粉々に砕いた。
 村長は首を傾げて呟いた。
 「え、選ばれし者で良いのだろうか…?」
 抜け方は不格好だったが、一応、抜けたのでセーフだ。

 竜帝剣はこのままでは只の剣でしかないらしく、七つの竜の力を剣に宿す事で完成するらしい。
 一応、幾人か知り合いの竜がいるのでそこを訪ねる事にした。
 竜帝剣と誓いの剣で剣が嵩張るので、二本の剣を融合して一振りの剣にした。

 村長の計らいで宴を催すことになった。
 竜帝剣の眠りを見守るのがこの村の使命で、それを終えた村人たちは今後自由になれるようだ。
 宴を終えた翌日。
 数人の村人にお見送りされつつ、ジャッジの竜帝剣完成への旅は続く。

sec.123 - 灰色ビー玉

2018/07/14 (Sat) 13:42:12

 浮遊都市フェニックス、神殿騎士団詰め所。
 翼の巫女として勤務をこなすエクレアが同じく神殿騎士として働くランクに質問する。
 「なあ、ランク。ラグナは今どれくらい竜の力を使いこなしているんだ?」
 ランクは机の上に広げていたシートからペンデュラムを離すと言った。
 「本来、力ってのは弛まぬ鍛錬の上に少しずつ強くなるもので、アンタみたいに禍々しい釜に茹でられたり、桃源郷に放り込まれてワープ進化してくるものではないんやで。よって、異質な才能は持っているにしても年相応や。使いこなすなんてレベルやない。ドラゴンの力って意味ではまだ基礎も成ってない。」
 エクレアはそっかーと言って自分の業務に戻っていった。
 竜帝剣がドラゴンとしてはまだまだ未熟なラグナにどういった変化をもたらすか不明な以上、彼から竜の力をもらうのは止めておいた方がいいだろう。


 ドートンが皆に配っている強化スーツは各自記録される数値を元に個人的な最適化が行われた上でバージョンアップの際には新しいものが送られてくる。
 ランクが今使っているスーツはランクエディションバージョン2.44だ。
 彼女個人の戦闘能力を高めることに最適化されたスーツで、少し前まで山の頂上の施設から浮遊都市の大地まで泳いでくるのも一苦労だった彼女の運動能力を大幅に底上げしているのは間違いない。
 それに加え、ランクは体内に残る神の力で己の身体能力をブーストさせることで戦っている。足りない戦闘力は先読みなどで補っている。
 仮に神殿騎士にランクが着ている強化スーツが配られ、それらが彼ら個人の戦闘能力に対して最適化されたら、きっと今の彼女と同等、もしくはそれ以上の力を発揮することになる。
 そうしないのは、スーツの性能を調整するにはそこそこの労力を要する上に、ドートンの個人的な見解で実験サンプルはもう間に合っているからである。


 場所は変わって究極帝国現首都。
 親子水入らずの時間を過ごすスパルタクス、聖女マリア、ファティマ。
 ジャッジはそれを遠くから眺める。
 おそらく、聖女マリアからケイオスドラゴンとしての力を借りようとすると、最初に立ち塞がるのはスパルタクスであろう。
 彼の事だから無理難題を押し付けてくるのは間違いない。よほど無茶な事でもない限りはクリアできる目算はある。
 だが、先に言った通り、彼らは現在、引き裂かれていた期間を補うように親子としての時間を大切に過ごしている。
 部外者がのこのこと割って入って良い空間ではないのだ。
 よって、ここもスルーすることを決めた。


 最後、残っていた候補を探してやって来たの始まりの都市ライジング。
 同都市では、でっかい事を一つ成し遂げたレッドアップルのバンドたちが羽を休めつつ、定期的にライブを開催している。
 以前より、人口が増えた様な気がする。

 レッドアップルたちの練習の合間に声をかける。

 ジャッジが呼び出したのはピンク色のリザードマンだった。
 リザードマンは何で自分が呼び出されたのかわからないようだ。
 彼は言った。
 「君のガイアドラゴンとしての力を貸してほしい。」
 リザードマンは2,3歩後退った。
 何でわかったのかという困惑も含まれているのかもしれない。
 ジャッジは苦笑いを浮かべながら言った。
 「あ、嫌なら嫌で断ってもいいよ。只の趣味でやってることだし。」
 リザードマンは首を横に振った。どうやら、嫌ではないようだ。

 鞘に納められた竜帝剣をジャッジが前に掲げる。
 その鞘にリザードマンの手が添えられる。
 彼女の体の奥底に眠るガイアの力が剣に宿る。
 こうして今一歩、竜帝剣は完成に近づいたのであった。

 ガイアの力を宿した剣を鞘から抜いてみる。
 なるほど、何となくだが先ほどより力強くなったように見える。
 リザードマンにお礼を言う。
 「ありがとな。妙な趣味に付き合ってもらって。」
 彼女は照れ臭そうに体を左右に揺らしていた。着ぐるみの尻尾がプラプラと動く。

 新しく力を貸してくれそうなドラゴンの情報が入るまでは一時保留。マリアやラグナについてはその時が来るまで待つ事にした。

 トレジャーハントがひと段落したのでまたしても暇になった。

 レッドアップルが云億年生きてきた経験で見たバンドに対する意見を聞いてきた。どれだけ長く生きようがセンスというものは生まれながらのものだから、と言って下手なアドバイスをすることを回避すると、レッドアップルは頬を膨らませて怒った。どうやら、軽くあしらわれたと思ったらしい。

 今夜は飛行船で定期ライブを開くようだ。
 しかし、妙な事にレッドアップルたちのライブの最中に飛行船の機関室にトラブルが発生。あわや、町のシンボルである時計塔に飛行船が突っ込むという大事故が起こる寸前であった。

 そのライブを見ていたわけではないが、ジャッジも妙な胸騒ぎを感じて同じ飛行船に乗り合わせていた。
 彼は機関室でテロ行為をしていた男をとっ捕まえた上で、時計塔にぶつかりそうだった飛行船を以前より規模と精度の増した風の力で包み込んで、軌道を修正、無事に地上へ着陸させた。

 捕まえたテロリストを町の衛兵に引き渡す。
 結局、その間もめげずにレッドアップルたちはライブを完遂したようだ。
 ライブにやって来ていたお客さんは全員逃げずに演奏を鑑賞した。
 とてもスリリングな演出だったと思い込んで帰ったお客さんも居た。

 レッドアップルはライブが終わると真っ先にジャッジの前に来た。
 「団長!今夜は助かったよ。」
 わざわざ居合わせておいて助けないはずもないが、めげずにライブを続けたのは脱出手段がないと腹をくくったからか、それとも信頼ゆえか。
 レッドアップルは彼の手を取ると言った。
 「先日の一番嫁を決める競争に参加しなかったけど、私も団長が好きだよ!」
 きっと、ラブではなくライクの方だと思うことにした。

END. - 灰色ビー玉

2018/07/14 (Sat) 22:47:04

 もしも、ジャッジ・ザ・アルバトロスがこの世界を訪れていなかったら、まず栗原玲が人間として死ぬ。小国は彼女が残したものでサラダス公国を追い返そうとするも、決定打に欠く上、ブラックスカルの現界を防げないので諸外国同様、サラダス公国の実効支配下に入る。栗原はレオ・ガルディアから難民がやって来ることも予測しているので、その受け入れ先の準備も整っている。負けはするが、担当BOSSであるブラックスカルが良心の魔物なので地域は安定する。
 レオ・ガルディアは、蜘蛛男の暴走が悪化し、死人が出始める。事態を重く見たサラダス公国軍は蜘蛛男に厳重注意を促すが、それを切っ掛けに蜘蛛男が暴走。サラダス公国軍対蜘蛛男率いる魔物の軍団という様相になる。戦いは泥沼化し、レオ・ガルディアはそのうち人が住めない魔境となっていく。
 始まりの町ライジング。怪盗マオがやって来て予告を出し、レッドアップルコアを盗んでいくが、そこまでで特に以前と変わらぬ日々が続く。とはいえ、隣国のレオ・ガルディアから難民が押し寄せるので、その分、社会情勢が悪化。
 浮遊都市フェニックス。特に変化なし。ライジングで受け入れきれない難民を多少、受け入れることになる。
 砂漠の町スコーピオン。特に変化なし。
 サラダス公国。そもそもアルバトロス騎士団が現れないので、敗戦国になることがないが、オールド・オメガが上手く事を運ぶので、どの道、ブリュンヒルデが国主となって国の運営は安定する。だが、属国扱いであるレオ・ガルディアで巻き起こった紛争には頭を悩ます事となる。
 水鏡の町ミラージュ。特に変化なし。
 究極帝国。ヒマジンが居ないので、ケイオスドラゴンは死亡。スパルタクスはリベリオンズチックを立ち上げる。ファティマは浮遊都市フェニックスに居るが、究極帝国側から放たれた刺客の襲撃に遭う。ラグナの活躍で難を逃れ、彼と共にリベリオンズチックに合流。白い扉の期限が切れ、首都を中心に魔界化。R00が動き、デウスエクスマキナを吸収、直後、邪悪なエネルギーに自我を乗っ取られ、当代の魔王が誕生。各所でそれなりの抵抗はあるものの順当に大陸の全てが魔王の支配下となる。暗黒の時代が到来する。
 暗黒大陸。四魔将が姿を現すことが無いが、大地の半分が魔界と化すのは変わらず、隣の大陸同様に暗雲立ち込める時代が続く。
 勇者ブレイブ。各地で様々な仲間と出会いつつ、奮戦し、時に敗走し、着々と力をつけ、まずは本来の暗黒大陸を平定後、魔王の支配下にある究極帝国が存在する大地へと舞い戻る。見事、堕ちたデウスエクスマキナである魔王を打ち滅ぼし、暗黒の時代を終焉に導く。戦いは終わるが、究極帝国は跡形もなく崩壊している。


 星の国、数多あるコロニーの一つ。
 R06(ロロ)と銘打たれたコロニーに男が一人佇んでいた。
 デウスエクスマキナを作るという奇跡を起こし、その技術を神の域にまで昇華させた男。その事を知る者なら、彼の名をゴッド・リバースとでも呼ぶのだろうか。
 男は既に無かった事になった歴史が刻まれている書物を畳むと、コロニーの窓から大地を眺めた。
 もうお分かりだろうが、ジャッジ・ザ・アルバトロスをこの地に呼んだのはこの男である。結果、歴史は大きく変わった。
 勿論、これで良かったのだと呼び出した本人すら言い切れない結果となったが、それを評価するのはもっと後の時代、人類がより高度な文明を築いた後になるだろう。
 男が佇んでいる部屋に来客があった。
 栗原玲と二階堂審、歴史を大きく歪めた立役者二人だった。
 男はそんな二人ににっこりとほほ笑むと、お茶を用意するために立ち上がった。


 これより先も数多の出会い、数多の戦いが続くことになるだろう。
 とはいえ、語り部である私は凡人で、これからの戦いを記すにはまだ力が及ばないようだ。よって、一旦、この物語を閉じさせて頂く。
 物語は我々の知りえない所で続くが、私が記す事ができるのは今はここまで。

 それでは、またの機会にお会いしよう。

sec.111 - 灰色ビー玉

2018/07/08 (Sun) 15:22:08

 暗黒大陸。
 キラー・ド・グウンによる襲撃から数日後。
 怪盗マオがペン十郎ダークネスの元を訪れていた。
 現在、港町は選挙期間中である。
 ペン十郎ダークネスは言った。
 「何の用だ怪盗。」
 マオは近くのベッドに腰掛けると言った。
 「ちょっとした提案がありましてね。」

 グウンとマオには魔術師の塔在籍中の頃から因縁が存在し、度々その因縁は火花を散らしている。
 かつてグウンが魔王となり、地上を制圧しかけた時もマオは勇者ミケの手助けをしてその野望を阻止した。
 というわけで、グウンが何を考えているのかは置いておいて、今回も奴の野望を挫くためにマオが全面的に協力してくれるようだ。
 ペン十郎ダークネスは腕を組んで言った。
 「ジャッジの面をしていたら、一言二言は渋る所だが、あいにく今はダークネス卿。いいだろう、協力してくれるというのなら拒む理由は無い。」
 マオは手を差し出して言った。
 「では、その証としてジャッジ・ザ・ハンマーをこちらで預かります。」
 ペン十郎は懐から一振りの鈍器を取り出して言った。
 「何故、ジャッジ・ザ・ハンマーなのだ?」
 マオはそれを受け取りながら言った。
 「魔術師の塔で培ったノウハウでこの鈍器をパワーアップさせます。最終決戦時、最低でも勇者四人分の戦力を用意しておかねばなりませんからね。」
 なるほどとダークネス卿は理解を示した。

 怪盗マオは去り際に言った。
 「貴方が示した仮定、まず間違いないと思いますよ。まあ、だからといってまずは調査、そして準備、それから盗みに入るんですけどね。」
 ペン十郎ダークネスは言った。
 「やはり、単独で盗みに入るのは至難か。」
 マオは頷いてから言った。
 「ええ、何せ、相手は世が世なら魔王の器。簡単に盗みに入れる輩どもではありません。あなた方にも協力してもらいます。」
 それだけ言うと、彼の姿は朝霧のように空気に溶けて消えた。
 怪盗が、四魔将に持って行かれたと思われるブラックスカル、ヒカリの命の結晶の欠片の奪還を申し出てくれた。
 その奪還の際に協力するようにも要請された。
 ペン十郎ダークネスは今後どうするのかを思案し始めていた。


 一方、スターダスト社の重役が魔術師の研究室を再び訪れていた。
 いつまでも重役では不便なので、彼の名前はタカハシという。
 タカハシさんはユキコの淹れる紅茶を気に入ったようだ。
 持ち帰った欠片を浮かべている魔法陣の周囲を小人のようなシルエットが囲んで踊っている。
 相変わらず何をやっているのかわからない光景を額に汗をかきながらタカハシは見つめてから会話に入った。
 「それで、君たちはいずれ暗黒大陸の四魔将相手に戦線を開く気があると?」
 魔術師は応えた。
 「いずれ決着を付けねばならない相手ではあります。彼らとは話し合いでどうにかなるとも思えませんし。」
 タカハシは紅茶を一口飲んで言った。
 「その時、我が社の兵器群が役に立つのだね?」
 魔術師は言った。
 「使いどころを見誤らなければ、そうです。決して四魔将に直接ぶつけようなどとは考えないでください。」
 タカハシは大きくため息をついて言った。
 「いや、それはわかっているよ。やはり、歳を食うといかんな。思考が凝り固まって、異なる意見を取り入れるのが難しくなる。」
 魔術師は棚の本を手に取ってページをめくりながら言った。
 「多少の混乱が見込めるのでこの情報は伏せてあるのですが、キラー・ド・グウンが軍事基地を襲撃した同時刻。この都市にも四魔将の一人が現れています。」
 タカハシはあまりに驚いて腰を浮かせた。
 イワトビは本を持っていない方の手で落ち着くように制して言った。
 「スパルタクス、聖女マリア、キャプテン・マスター、そして日小五郎が対応に当たったので大丈夫です。落ち着いてください。」
 へなへなと力が抜けたようにタカハシはソファーに腰を下ろした。
 彼は紅茶をもう一口飲んでから言った。
 「あまり、血圧の上がるような事を口にしないでくれ。」
 魔術師は言った。
 「貴方はこの国の国防を担う者と自分を自覚しているようなので、知っている事で、お話しできることはしておこうと思った次第です。」
 タカハシはうんうんと頷くと言った。
 「いや、知れる情報は多い方がいい。私が驚き過ぎなのだ。」
 イワトビは本のページを読み進めながら言った。
 「敵の名前はローズダンサー。どうやら、狙いはインペリアルソードだったようですね。彼の愛剣でしたし。仮にその手にインペリアルソードが戻ればかなり厄介でした。今回は防衛側の戦力が十分でしたし、相手にとって魔素の薄いアウェーな地理。いかな四魔将といえど攻め切れなかったようです。」
 タカハシは真剣な顔で言った。
 「それで、奴は撤退したと…。」
 魔術師は読んでいた本を畳むと頷いて言った。
 「ええ、おそらく今後は攻め方も考えるでしょうし、今回のように大胆な手は取りづらいのではないでしょうか。おかわりの黒水晶があるなら別です。」
 タカハシは少し緊張した声色で質問した。
 「というと?」
 イワトビは言った。
 「いまだ究極帝国の存在するこの大陸に散布された黒水晶は全て取り除かれてはいません。黒水晶を破壊するにはそれなりの戦力が必要だからです。こんな状況で追加の黒水晶がばら撒かれるなんてことになれば、混乱が加速します。」
 タカハシは紅茶を飲み干していることに気づいた。
 ユキコが追加の紅茶を持ってきたので、それをグイッと飲み干す。
 彼はホッと一息つくと言った。
 「混乱した相手にゲリラ戦法を通すのは容易ということだな。今、私がやるべきことが見えて来たよ。」
 タカハシは立ち上がって礼をするとゆったりとした歩みで研究室を後にした。

 その数日後。
 スターダスト社から各地の黒水晶に対応する人々に格安で同社の兵器群が提供され始めた。その動きが究極帝国各地に散らばっている黒水晶の排除の速度を確実に早めたのは間違いなかった。


 再び暗黒大陸。
 港町で一週間の選挙期間が終了し、投票が開始されていた。
 文字が読める魔物はチェックシート式の投票用紙を配られ、文字の読めない魔物はそれぞれの候補の顔が描かれている紙を配られた。
 チェックシートの方を配られた魔物が質問する。
 「この候補がいいって奴の名前の横にある四角にチェックを入れればいいんだよな。」
 頭から布を被っているテレサが応える。
 「はい、それで結構ですよ。チェックは複数してもいいです。」
 質問した魔物は礼を言ってからチェックシートを記入する棚に向かった。

 こんな感じで投票は朝から始まって日が落ちるころに終了した。
 後は開票作業が終われば結果が出る。
 ギリースーツを着た賢者タルトが開票作業を手伝いながら言った。
 「これだけ投票率が高ければ何人かは過半数に行っているじゃろな。」
 邪悪な鎧を身に纏ったブレイブも作業しながら言った。
 「議会の設立はこの町が独立するために必要な事だからな。」

 深夜に及ぶ開票作業も終わり、港町議会の初代議員が誰になるのかは決定した。

sec.112 - 灰色ビー玉

2018/07/09 (Mon) 00:01:07

 それは嵐の日の事だったという。
 星の国を経由して究極帝国から兵器群が供給された。機動力のある戦車や、見たことのないパワードスーツなどが続々配備されていき、それらは彼らの戦線で多大な戦果を上げ、常に押され気味だった戦線を始めて押し返した。
 反撃の時が来たのだと、彼らはそう感じ、それを声に出し、拳を突き上げ、叫んだ。虐げられる時代は終わりを告げ、憎き魔物どもに反逆の剣を突き立てるのだ。

 しかし、彼らは知らない。否、知らないふりをしているだけだ。自分たちがあえて生かされているという事実を。

 彼らが拠点にしているのは飛行する戦艦。
 名前はゼウス号。
 主砲とする神の雷は町一つなら直撃すれば消し飛ばすほどの威力を持つ。
 兄弟艦にポセイドン号とハデス号を持つ。

 それはその周辺を治める首都の方から飛来した。
 まるで嵐の中を切り裂く風のように、疾風の如く。
 入り込んだ風のように吹き抜けていく存在は、撫でられた人間の命を次々と奪っていった。戦艦内は混乱した。いかな強力な攻撃力を有する兵器でも内部に入り込んでしまえばその攻撃を十分に発揮するのは難しい。
 その日、星の国を経由して兵器輸出を段階的に縮小する事を知らせる連絡がゼウス号に届いた。
 しかし、それを受け取る者は戦艦内にはもういない。
 嵐の雨が吹きつける。
 暗黒大陸で燃えていた人間の反抗の火の一つが無残に吹き消された。


 地下。
 得意の地中潜航能力で生き残って来たハデス号はゼウス号の全滅を相手の定時連絡がない事から察した。

 海底。
 潜水能力を持つポセイドン号もまた、ゼウス号から定時連絡がない事から同艦の全滅を察した。


 一方、主のいないローズダンサーの居城をぐるりと囲むように存在する町。
 そこから少し離れた場所で、ペン十郎ダークネス率いる一団と他の大陸で作戦を失敗して撤退してきていたローズダンサーが対峙していた。
 ローズダンサーは言った。
 「何のつもりかな?」
 ペン十郎は言った。
 「見ればわかるだろう。お前が留守の間に占領させてもらった。」
 ローズダンサーは残虐な笑みを浮かべると言った。
 「そこにある町に一体何人の人間が暮らしていると思っているんだい。言動には気をつけたまえよ。君の言葉一つでそれらの命は簡単に弾けて消えるから。」
 そこへ、白衣を着た男が前に出て言った。
 「町の住民に仕込んである種の事を言っているのなら、この除草剤で残らず駆逐しておいたよ。」
 ドートンがそう言いながら緑と白の錠剤を取り出して見せた。
 ローズダンサーはあっけにとられている。そんな簡単な方法で種だけを取り除けるはずがないと思っているからだ。
 ドートンは言った。
 「君がかかっている薔薇病だがネ。私が特効薬を作ってしまったのサ。それもだいぶ昔の話だ。それなのに、君がいつまでも寝かされていたのは不運というか、封印施設管理部の怠慢というか…まあ、不幸だったネ。」
 ローズダンサーは声にならない叫びをあげると手にした細剣でドートンに切りかかった。素早く回り込んだマックスがその凶刃を強度の増したブレイサーで受け止めた。しかし、猛攻は止まらず、光の軌跡を描いて何発も斬撃がマックスに向けられる。

 ペン十郎がマックスへの攻撃に気を取られているローズダンサーを蹴り飛ばした。
 彼は嵐の雨でぬかるんだ地面を跳ねて飛んでいき、地面に突き刺さって止まった。
 相変わらず人の言葉ではない叫びを上げながらローズダンサーは起き上がる。
 足元から薔薇の蔓のような器官を伸ばして地面に突き立てる。
 すると、ペン十郎たちが立っていた場所から無数の蔓が伸びてきて彼らを捉えようと迫る。
 しかし、ドートンは肩を竦めて言った。
 「言っただろう、除草剤が完成していると。」
 地面から伸びた蔓が一斉に枯れ果てていき、攻撃が不発に終わる。それどころか、蔓の枯れは伝染していき、ついにはローズダンサー本体まで届いた。
 彼はそのまま人のものとは思えない叫び声を上げながら枯れ果てていった。

 その様子を見ながらライドウが言った。
 「おい、薔薇病の患者ごと死んだぞ。」
 ドートンは言った。
 「彼は既に薔薇病そのものになっていたようだね。処置が遅すぎたのサ。」
 彼はやはり何処までも不幸な話だと付け加えた。

 ローズダンサーが枯れ果てた地点から黒い靄のようなものが立ち上り、その黒い靄の塊がその場から逃げ出そうと空中へと飛び出した。
 ブレイブが反応して、黒い靄を剣で切り落とそうとするが、靄は二つに分かれ剣を綺麗にかわし、かわした先で再び一つになって空の彼方へ飛び去った。
 ブレイブは着地すると、黒い靄が飛び去った方角を見ながら言った。
 「…一方的にこちらが勝ったとは言い難いようだな。」

 時を待たずして四魔将の一角が崩れた。
 一方で、反抗していた人間たちの戦線の一つも崩壊。
 痛み分けのような状況だった。


 議会の発足した港町にそれは突然やって来た。
 シャークマンとそれが率いる人員が、いまだ工事中の港に巨大な戦艦が停泊していた。潜水能力を持ち、近海の海底で潜むことで今まで魔物たちの猛攻を凌いできたポセイドン号である。
 同時期、周辺の地下を掘り進んで、ハデス号も近くにやって来ていた。

 ペン十郎ダークネスがローズダンサーを破り、その支配地域を丸々乗っ取ったという話を聞き及んでやって来たのだ。
 両艦はダークネス卿は人間と友好的な魔物であるという話を、話半分で信じていた。まずは周辺の町に偵察を出し、噂が本当なのかを探る。


 いまだ魔物に支配されている町や村は多いものの、支配者がローズダンサーからダークネス卿に切り替わったことで、彼のやり方について行けない魔物たちは他の地域に移り始めており、そんな動きに乗じれない魔物がローズダンサーの配下の残党として地域に残って暴れている有様だった。
 両艦は戦闘員を派遣し、そんな残党を鎮圧し始めた。

 ドートンはいまだ地域に残っている薔薇の種を残らず駆逐するために錠剤を村々に配って歩いていた。一つ残らず駆逐しなければ、そこからローズダンサーが復活してしまいかねないからだ。
 その途中で、ハデス号の戦闘員と遭遇した。
 戦闘員は武器を降ろして言った。
 「貴方がダークネス卿配下の…えーっと…。」
 ドートンは決めておいたポーズを取ると言った。
 「奈落博士だ。」
 戦闘員は言った。
 「怪しげな薬を配って歩いていると聞きましたが。」
 ドートンは言った。
 「薔薇の種駆除剤だ。ローズダンサーはまだ完全に滅んではいないからネ。」
 戦闘員たちはなるほどと言って納得した。
 ドートンと接触したことで、ハデス号、ポセイドン号はダークネス卿に顔繋ぎが出来た。ペン十郎としても人間たちの生き残りと連絡が取れた事は朗報であった。
 一方で、ゼウス号の全滅も知って苦い思いをする事にもなった。

sec.113 - 灰色ビー玉

2018/07/09 (Mon) 14:36:26

 ロジャーたちが別大陸から暗黒大陸に戻って来た。
 一度、サーベルで刺し殺しかけた仲であるライガーとサイトー。
 サイトーは顎に手を添えながら言った。
 「へぇ、魔物の急先鋒だった貴方がお咎めなしですか。」
 ライガーは気まずそうにしている。
 サイトーは身振り手振りを交えて言った。
 「あ、別に気にする必要はないですよ。私も罪人ですし、貴方とそう変わりはありませんので。」
 ロジャーがその様子を見ながら言った。
 「何だかすっげぇ嫌味に聞こえるな。お前が言うと。」
 サイトーは苦笑いを浮かべると言った。
 「ほ、本心なんですけどねー…。」
 ライガーとサイトーの仲は今はぎこちないが、それは時が解決してくれるはずの問題である。本題は別だ。

 港町議会に持ち込まれたのは別大陸と国交を開くかどうかという議題だった。
 港の工事は道半ばだが、ポセイドン号から降りてきた人員が工事の手伝いを始めたので予定していた工期よりはずっと早く完成する見込みだ。
 シャークマンは言った。
 「物流が開始される頃には物資の窓口になる港は問題なく完成すると思うぞ。」
 ライガーが丁寧にメモを取りながら呟いた。
 「受け入れの態勢は問題ない、と。」
 頭から布を被って正体を隠している看護師テレサは言った。
 「ですが、外の大陸と物流を始めるという事は残っている三魔将の注意を大いに引くことになるでしょうね。」
 議会に参加している議員全員から苦悶の声が上がった。
 何を考えているのかわからない空はともかくとして、過去の魔王ともなったキラー・ド・グウンや疾風のエリスの目に留まるのは非常にまずい。
 何せ、両者ともやる気は十分なので、いざ行動に移すとなると手が早い。グウンの方は別大陸の軍事基地を襲撃したばかりであるし、エリスはつい先日に飛行戦艦ゼウスを全滅させている。
 その矛先がこの小さな港町に向けられでもしたらどうなるかは分かりきっていることだ。少なくとも港町単体で実行に移していい案件ではない。


 そこへ、背は小さいが、何処とは言わないが大きい少女が会議室に入って来た。
 少女は白衣を身に纏っていた。
 彼女は会議の様子を一瞥すると言った。
 「お困りのようだな。」

 ライガーが少女を一瞥して言った。
 「今は会議中ですので、関係者以外はご遠慮願いたい所だね。」
 少女は肩を竦めて言った。
 「ま、知らないのならそんな反応になっても仕方がない。」
 彼女はそう言いながら懐から一枚の名刺を取り出した。

 ライガーがそれを手に取って読む。
 「ふむ。クロノカンパニー社長、アイ・リード・クロノ…?」
 一応全員に名刺を配って歩いた少女だが、会議に参加している議員からは誰?という反応しか返ってこない。
 それもそのはずだ。クロノ社はここ数か月で突如姿を現し、瞬く間に事業を拡大していった新進気鋭の会社である。
 暗黒大陸でなくとも、こんな反応を返されるのが普通だ。
 アイはビシッと言った。
 「この事業、我が社に一枚噛ませてもらう。」
 クロノ社は所謂何でも屋。
 稼げそうな隙間産業を見つけたら手あたり次第に参入するのだ。

 ライガーは言った。
 「ちょっと待ってくれ。それを決めるための議会だ。」
 アイは傍に立てかけられていたパイプ椅子を組み立てると座り込んで言った。
 「どうぞ、話し合って頂戴。資料の方はあらかじめ提出してある。」

 クロノ社の起こりは当初は何の権限もない、否、今も何の権限もないアルバトロス騎士団に足りないものを補うために栗原が働きかけて発足した会社である。
 一度発足してしまえばペーパーカンパニーでも良かったが、何を思ったか栗原がジャッジのアバターの一人であるアイ・リード・クロノを社長として設置。
 後は彼女を裏から操って新進気鋭の大会社にまで成長させてしまったのだ。
 アルバトロス騎士団のやることが徐々に巨大化していくのに合わせて処置していたら自然とそうなったとも言える。
 アルバトロス騎士団に依頼の斡旋をしたり、団員たちに給料を支払ったりしているのもクロノ社であるし、レッドアップルたちのバンドの大陸横断鉄道ツアーを企画、運営していたのも実質クロノ社である。
 移動要塞ディアブロス関連の事業などもクロノ社が全面的にバックアップしている。各地での復興事業などがスムーズに運ぶように動いているのもクロノ社だ。
 要は、アルバトロス騎士団について多少は頭に入っている人間からすると、クロノ社の存在は当然知っておくべき知識だという事だ。
 ちなみに会社のマークは本人から許可をもらって聖獣ユニーのマークにしている。

 話を戻すが、暗黒大陸では現在、アルバトロス騎士団のアの字も存在しない。
 現大陸に置いて、ローズダンサーの支配地域を丸々奪ったのはあくまでペン十郎ダークネスの一派であって、アルバトロス騎士団ではないのだ。
 では、どうして彼女がここに居るのかということだが。

 資料によると、スターダスト社が各地に兵器群を格安で提供した事により、兵器の動力源であるコアクリスタルの需要が高騰し、急遽、コアクリスタルの原料となる黒水晶の採掘場を確保しなければならなくなった。
 究極帝国周辺は自然発生的に魔物が現れるほどには魔素の濃い地域であり、各地の採掘場では黒水晶が掘られているのだが、現存する採掘場では供給が追いつかない事態になっているとのこと。
 そんな時、ローズダンサーの支配地域を乗っ取ったダークネス卿の噂を耳にし、急遽、黒水晶の採掘ビジネスを提供しに参ったと、配られた資料には書かれていた。

 ライガーは素直に思った事を口にした。
 「ダークネス卿がローズダンサーの所領を奪ったのはつい先日だぞ。情報を手に入れるのが早すぎないか?」
 パイプ椅子に腰かけている少女は腕を組みながら言った。
 「情報の仕入れ先は企業秘密だ。ただ、書かれている内容は貴方たちにも悪くはないと思うのだけど。」
 確かに、小さな港町に安定した産業が出来上がるのは悪い話ではない。
 魔素の濃い暗黒大陸では黒い水晶は飽和状態であるし、輸出したところで困ることなどない。
 問題となるのはやはり、残る三魔将に目を付けられる事だろうか。

 少女は言った。
 「その点は問題ない。ダークネス卿には俺が話をつけに行くし、クロノ社としても輸出航路の護衛を約束しよう。」

 結果として、港町議会は別大陸へ黒い水晶の輸出を決定した。
 会議で約束した通り、アイ・リード・クロノはダークネス卿の元に直接出向いた。
 ダークネス卿の現在位置はローズダンサーが居城としていた城だ。
 ここから、各地で暴れているローズダンサー配下の残党への対応を行っているのが現状である。
 アイは思った。
 (直接出向くとは言ったけど、ダークネス卿の中身がアバターの本体だから特に話すこともないんだよな…。)
 とはいえ、何の話し合いもなく決まってしまっては後に怪しまれる原因になりかねないので形だけとはいえ話し合ったという事実を作らなければならなかった。
 ダークネス卿は言った。
 「あれからまだ一年も経っていないんだよな。」
 アイは頷くと言った。
 「そうだな。そうだってのに、思えば遠くに来てしまったものだ。」
 口に出す独り言のような会話だった。

 航路を守る部隊として、究極帝国首都で暇をしていたメリッサ中佐に没収されていたジャイアントトードが再配備され、着任となった。
 主に航路上をジャイアントトードが泳ぎ回り、同機でカバーできない範囲は、同機から発進する戦闘機や別に配備された戦闘能力を有する水上艦が担当する。
 これら全てはメリッサの配下として配属された兵士が操縦する。
 また、これは極秘裏にであるが、日小五郎もメリッサと同地区に配属された。

sec.114 - 灰色ビー玉

2018/07/09 (Mon) 22:46:29

 一応、形だけの会見を終えたダークネス卿とアイ・リード・クロノ。
 アイは去り際に後ろを振り向くと言った。
 「ゼウス号、全滅したんだよな?」
 ダークネス卿は言った。
 「定時連絡がない事から、そう判断されている。」
 アイはダークネス卿が知りうる情報を探る。
 何かを思いついた彼女は右手人差し指を立てると言った。
 「タイムパラドックスが起こらない範囲で未来を変えてくる。」
 ふわっと彼女の体が浮かび上がる。
 ダークネス卿は言った。
 「おい、お前…何を?」
 回転する二つの魔法陣が彼女の体を上から下へ、下から上へなぞっていく。
 その二つの魔法陣が彼女の足元と頭の天辺で回転を早め、光を強めると。
 彼女の姿は光の粒子となって、その場に時間跳躍の痕跡だけを残して消えた。
 ダークネス卿は自分のやった事ながら驚愕して呟いた。
 「マジか。時間旅行は禁術だぞ。」

 前後の会話から推測して彼女が飛んだ先は過去のゼウス号。
 ペン十郎はローズダンサーが支配していた地域で一番、疾風のエリスが支配している地域に近い地点を地図上から探し始めた。

 アイ・リード・クロノは能力上ユニーに近づいており時空を操ることができる。
 クロノカンパニーはその能力で時を遡ったアイがアルバトロス騎士団設立時には十分に支援が可能な規模にまで成長させていた。
 アイは今まで出てきたアバターの中で最新でありながら最古という不思議な立ち位置で、備えた力が時空という関係上、彼女一人でジャッジがやれることの自由度は大幅に高まっている。


 嵐の日。
 飛行戦艦ゼウス号がそんな中を進んでいるのを見つける。
 丁度、嵐を切って風のような姿となった疾風のエリスがゼウス号に取り付くのが見えた。あそこから、入り込める場所を見つけて、艦内に入り込むまでそう時間はない。
 ダークネス卿の記憶から探っておいたゼウス号の見取り図を外観と重ねる。
 まず、空間跳躍すべき場所へと跳ぶ。
 「貴様!?何者だ!」
 いい反応でコントロールルームに居た艦長が反応する。
 アイは言った。
 「詳しく説明している暇はない。まずは隔壁を降ろしなさい!」
 艦長は構えた銃をアイに向けたまま言った。
 「そんな命令、聞けると思っているのか!?」
 アイは呟いた。
 「これで245回目か…。」
 彼女の姿が消えると同時に風となったエリスがコントロールルーム内に吹き荒れ、艦長らの命は蝋燭の火を吹き消すかのように消えた。


 何度か繰り返した空間跳躍でコントロールルームに飛ぶ。
 「貴様!?何者だ!」
 もう何度繰り返したかわからない同じやり取りだ。
 アイは早口で言った。
 「好きな花はラベンダー!奥さんとの結婚記念日は7月7日!娘のキャスリーは近々この船に乗っている」
 艦長は銃を降ろすと叫んだ。
 「わかった!わかったからそれ以上は喋るな!一体何の用だ!?」
 アイは叫んだ。
 「隔壁を降ろせッ!!」
 艦内の隔壁が一斉に降ろされた。
 分厚い隔壁に阻まれては命を刈り取る風となったエリスも姿を元に戻さざる終えない。これで多少は時間を稼げる。
 タイムリープの起点をここに設定しておく、1427回目の成功だ。
 アイは言った。
 「疾風のエリスが船内に入り込んでいる。既にもう何人もやられている。今すぐ退避しないと。」
 艦長は言った。
 「…この艦もここまでか!」
 アイは言った。
 「生き残っている兵士を集めて民間人を集めているブロックへ向かって。そこを切り離して脱出するんだ。」
 艦長は言った。
 「君はどうするんだ?」
 アイは空間跳躍の直前に言い残した。
 「時間を稼ぐ。」


 分厚い隔壁をまるでアイスを溶かすようにドロドロにして突き進むエリスの背中が見える場所へ飛んだ。
 エリスはぐりんと振り向くと言った。
 「あら、さっきから変な感じがしてたけど、時間のループを繰り返していたのは貴方かしら。」
 普通は認識すらできない時間のループを察している目の前の存在に、アイは怖気がしたのでブルッと体を震わせた。
 エリスは言った。
 「安心なさい。可愛がってあげるわ。例え貴方が許しを請うても止めてあげない。」
 彼女の体の隅々から邪悪な気配が滲み出る。
 時間を稼ぐとは言ったが、どうやらこのアバターが無事で済むとは思わない方がいいかもしれない。そんな覚悟すらしてしまう相手だった。

 疾風の、と字されるだけあって素早い。素早いのに合わせて絶妙なタイミングで幻術を使ってきて翻弄される。ならば、時を止めればいいと思うかもしれないが、時を止めると、即座に術を破られ、時止めを無効化されるので魔力の無駄。
 残像が残るスピードでエリスは動き回りながら言った。
 「おほほほ、勇み足でやって来たわりに大した事ないわね、貴方。」
 まだこのアバターでの戦闘経験が少ないと言い訳しようとも思ったが、何だか癪だったので止めた。
 「まあ、でも時間稼ぎはできたか。」
 エリスがその言葉で気づく。既に命を奪った兵士以外に生きていた気配が艦の中から消えていた。彼女は知らないが民間人居住区を戦艦から分離させて脱出したのだ。
 エリスは邪悪な笑みを浮かべると言った。
 「じゃあ、せめて目の前の子猫ちゃんぐらいは殺していかないとね。」
 目の前の子猫ちゃんは苦笑いを浮かべると言った。
 「俺、大抵の事では死なない体なんだけど…?」
 エリスの顔は最早エルフの顔というより邪悪な生き物の面になっていた。
 ローズダンサーから聞こえてきた叫び声に近い声色でエリスは囁いた。
 「大丈夫よぉ…大抵の不死身はその強度を超える攻撃で殺せる。」
 彼女の手に深淵の闇よりなお暗そうな刀身の短剣が握られていた。そこから漆黒のインクのようなものが刀身を伝って床に落ちる。漆黒のインクに触れた床が浸食されて消滅する。あれを受けては流石に不味いかもしれない。
 だが、相手は疾風のエリス。スピードでは完全に有利を取らせてもらえない。
 空間跳躍にしたって一瞬の隙というものはある。
 狂気に染まったエルフの凶刃が目の前に迫る。
 まともな防御では防げない攻撃は、突如目の前に現れた神盾に防がれた。
 エリスがその姿を見て叫んだ。
 「アイギスゥ!!」
 そのまま狂ったようなに盾に短剣を突き立てる。短剣から黒い飛沫が飛んで、壁や天井が溶け爛れていく。
 しかし、神の盾はビクともしない。
 エリスが盾に気を取られているうちに、アイは空間跳躍してその場を離脱した。


 続けて時間跳躍して、時間旅行の出発地点まで戻ってくる。
 机の上に地図を広げていたペン十郎が何やら指示を飛ばしている。
 アイはそのペン十郎の背中に向けて言った。
 「ただいま~…もうエルフの相手はこりごりだ。」
 ペン十郎の顔にエリスに似せて作ったお面が被さっていた。
 彼は迫真の声色で言った。
 「そのエルフとはこんな顔かい~?」
 アイはツカツカと歩いていくとペン十郎の顔に被さっている面をジャンプしてから剥ぎ取って言った。
 「マジで恐ろしかったんだから止めてくれ。」


 それから数日後。
 ペン十郎の指示で元ローズダンサーの所領ギリギリの所で待機していた情報班が、居住ブロックを切り離して逃げ延びたゼウス号の人々の救難信号をキャッチした。
 全滅のままだった未来が生存者が存在する今に書き換わっていた。

sec.115 - 灰色ビー玉

2018/07/10 (Tue) 14:25:45

 移動拠点。
 使われなくなった魔獣車の荷車部分を改造して、水陸両用の装甲車として改造したもの。車体が浮遊しているので悪路もすいすい進める。
 普段は遮蔽装置で姿を消したまま運用されているステルス車である。基本的に武装は積んでないので戦うことは想定していない。
 以前はR01が格納されていた部分を拡張し、ドートンの研究室兼、物資の積み込み場所としている。また、元から広かった居住スペースはあれから更に拡張され、300人超の個室を完備している。
 アイが遮蔽を解いた状態の移動拠点を見ながら言った。
 「客室300室超は多すぎだと思っていたが、これがどうして今回の救出任務に最適ではないか。」
 広すぎる内部スペースを掃除、管理するのは大変な作業である。
 今はドートンが片手間に作ったお掃除ロボットが掃除と管理を一手に引き受けている。お掃除ロボの見た目は円形。いわゆるルンバ型で、上部が開いてマジックアームが出てくる以外は普通のルンバとそう変わらない。
 たまにそのお掃除ロボットの上に何処からか入り込んだ野良猫が乗っていたりする。アレス本人しか知りえないことだが、彼を助けた野良猫である。名はバステトという。
 また、それとは別の野良猫も入り込んでいるようでこちらはシャパリュという。
 どちらもお掃除ロボットのデータベースに登録されていてエサもあげている。


 ロースダンサーの元居城。
 広い城内を捜索し終えて、ようやく奪われた欠片の一つを取り戻していた。
 ペン十郎が机の上に欠片を置く。
 アイがそれに手で触れる。
 「罠とかなかったのか?」
 ペン十郎は事も無げに言った。
 「あったよ。盗難防止用の罠がわんさか。」
 そのうち幾つかはライドウの罠外しスキルの練習に使われて不発に終わった。
 城から出てきた金銀財宝は、長い支配の中で萎びてしまった人類の文化の復興の助成金として使われるそうだ。
 解放されてまだ日も浅いのでそんなバイタリティ溢れる人類は出てきていない。


 究極帝国現首都の片隅に存在する魔術師の研究室。
 アイ・リード・クロノが空間跳躍して、手に入った欠片を届けに来た。
 魔術師がそれを受け取る。アイは届け物を終えると再び空間跳躍して消えた。

 ユキコが駆け寄ってきて質問する。
 「今の女性は一体…!?」
 アイの背丈はユキコと同じくらいだが、何処とはいわないが立派なのでユキコ基準では少女というより女性のようだ。
 魔術師は苦笑いを浮かべながら言った。
 「俺のアバターだよ。」
 ユキコは何故か憤慨して言った。
 「何で魔術師様のアバター様は常にご立派なのですか!」
 何がとは言わないが、確かにエクレアのも立派なものだ。
 魔術師は苦笑いを浮かべたまま研究机へと戻った。

 持ってきた欠片を既に魔法陣の上に浮かべてある欠片と合流させる。
 二つの欠片は仲良く魔法陣の上で浮いているが、隣り合っている部品ではなかったようで接合することなく欠片のまま浮遊している。
 新たな欠片が合流した事に反応して、小人のシルエットが魔法陣の周りに浮き出て再び踊り始めた。
 魔術師はそれを見ながら呟いた。
 「残り三つか…。」
 全ての欠片を取り戻し、元の形に戻す。それが必要な事だった。


 場面が往復する。
 暗黒大陸に戻る。
 再び遮蔽装置を起動し、透明となった装甲車を引き連れ、ローズダンサー所領の端から救難信号が発信された地点を目指す。
 疾風のエリスの支配地域に入るとそこはもう生い茂る森の中。
 もはや人が通るような道は存在しないが、この中を進みながら救出しなければならない。装甲車の中には、アンリ、タルト、ドートンが控え、それを先導するようにブレイブたちが森の中を進む。
 アイは白衣から森を進むのに適した格好に着替えているものの呟いた。
 「俺、会社の社長なのに何でこんな森の中を行軍させられてるんだろう。」
 ブレイブが邪魔な人食い植物を剣でぶった切りながら言った。
 「人手は多い方がいい。」
 ライドウも言った。
 「時空が操れるなんてこき使われないわけがないんだよなぁ。」

 森の中、悪辣な罠を仕掛けてくる邪悪な植物たちを退けつつ進む。
 何の変哲もない地面に落とし穴を仕掛け、その穴の下に鋭利な棘も仕込む植物があったり、近づけば触手を伸ばしてきて捉えにかかる植物があったり、飛ばす花粉に幻覚作用を引き起こす植物があったり、触れると鈴のような音が鳴り響き周辺の魔物を引き付ける植物があったりした。

 ライドウは質問した。
 「なあ、魔界の植物ってみんなこんなろくでもない生態をしているのか?」
 アイは傍に咲いていた花を確認してから言った。
 「そうしなきゃ生き残れないって地域はあるにはあるらしいが、魔界の全部が全部、こんな植物だらけではない…と古文書には書かれている。」
 ライドウはふーんと言って任務に戻った。
 この森に悪辣な植物が多いのはエリスがあえてそうしたという側面が強そうだ。

 救難信号の発信元は一行の後ろをついて来ている装甲車が常に確認している。
 方向感覚が狂いそうな森の中だが、その先頭を行くブレイブとペン十郎は常に真っすぐ目標へ向かっているようだ。

 一行がそうやって森の中を突き進んでいると、アイが視界の隅に何かを捉えた。
 小人、否、妖精だ。こんな場所に居る妖精。ろくでもなさそうなのは間違いない。
 アイは見なかったフリをして先へ進もうと思った。
 しかし、妖精の方が寄ってきて言った。
 「ハロー。貴方たち、こんな森に何か用かしら。」
 話しかけてきた妖精の姿は何処となく疾風のエリスの面影を感じさせた。

 隠していてもいずれ判明することなのでブレイブが事細かに説明した。
 エリス似の妖精は腕を組んで言った。
 「へぇ、ってことはお仲間の人間を助けに行っている最中なの。」
 皆が一斉に頷く。
 妖精は手を広げて言った。
 「それなら、私が道案内してあげましょうか。貴方たちが道なりに進むよりずっと早く到着できると思うわよ。」
 ありがたい申し出だが、果たして現状で信じていいものなのだろうか。

 ブレイブは朗らかな笑みを浮かべながら言った。
 「よし!では、案内を頼むとしよう。」
 こういう思いっきりの良さは学んだ方がいいかもしれないと思うペン十郎だった。

 妖精はふよふよと飛んで行って、アイの胸の上に座り込んだ。
 エリス似の妖精が笑顔で言った。
 「あまりに座り心地が良さそうだったからさ。こうして口実もできたし。」
 アイは糸目になりながら言った。
 「そこは座る場所ではないのだが…?」
 エリスはフカフカした座り心地を堪能しながら言った。
 「固い事言わないっ!はぁダメになりそうな座り心地ぃ…。」
 そのまま妖精はアイの胸に体を沈めた。

 道案内を胸の上に乗せたアイがナビゲートしながら森の中を進む。
 危険度は倍に増したが、森の中を進むスピードは1.5倍ほど早まった。
 途中、巨大な人食い植物と遭遇。
 ペン十郎が構える剣の上にブレイブが呼び出した雷が落ちる。
 「雷帝剣。」
 雷のエネルギーを帯びた剣の一撃が巨大な植物に突き刺さり、その体を裂きながら燃やし尽くした。
 装甲車からドートンが呼びかける。
 「少し派手に暴れすぎた。急いでこの場を離れるぞ。」
 エリスの探知に引っかかっていたら、彼女がすぐにでも飛んでくる可能性があったので、一行は巨大植物を倒すと足早にその場を去った。

sec.116 - 灰色ビー玉

2018/07/11 (Wed) 00:02:07

 妖精の案内で、森の中を進むと飛行戦艦から分離した民間人居住ブロックが不時着した地点までやって来ることができた。
 不時着したブロックは見つけた時点で驚異的な速度で成長する植物に囲まれていた。
 既に開いていた出入り口から中へ入り生存者がいないかを探す。
 植物は居住ブロック内にも入り込んでおり、船内を捜索するのも一苦労だった。

 しばらく、捜索した結果。
 居住ブロック内から必要最低限の荷物を持って人々が退避していることが判明した。飛行戦艦を調べれば、居住ブロックを切り離したことはすぐに判明するだろうし、エリスが探しに来る事を考慮するなら、この場を離れるのは正解かもしれない。とはいえ、道中でわかっているようにあれだけ危険な植物が存在する中を民間人を連れて移動するのは自殺行為に近い。

 捜索の終わった居住ブロックから出て、ライドウが見つけた痕跡を辿って脱出した人々の後を追う。すると、近くにある洞窟へと続いていることが判明した。
 洞窟の出入り口は流石に装甲車が通るサイズではないようだ。
 アンリが装甲車の中からその様子を眺めながら言った。
 「洞窟に逃げ込みましたか…無事でしょうか?」
 タルトは言った。
 「森の中も十分に危険じゃが…洞窟となるとな。」
 ドートンはこう締めくくった。
 「捜索する前から諦めるのはどうかと思うよ。」

 装甲車に残る人員は、受け入れの準備を進めさせておくとして、今まで装甲車を先導していたメンバーが今度は洞窟へと潜る。
 先頭のブレイブが強化スーツのヘルメットについているライト機能で前方を照らす。彼を先頭にして先へ進む。

 しばらく進んでブレイブが呟いた。
 「変だな。これだけ進んだのに罠はおろか、魔物一匹見かけない。」
 アイの胸元に座っている妖精が言った。
 「アンタたちが探している人間がやったんじゃないの?」
 ライドウが言った。
 「仮に民間人を連れた軍人がこの狭い洞窟で戦闘になったとしよう。必ず何かしらの犠牲が出ているはずだ。更に言えば、戦闘痕も残る。」
 しかし、洞窟内は静かなものだ。

 その時、洞窟全体が揺れ始めた。
 アイは咄嗟に洞窟の地面に触れた。
 「時間停止。」
 ピタリと洞窟の動きが止まった。見ると、四方八方から触手のようなものが現れてこちらへ伸びてきていた。
 ライドウが冷や汗をかきながら言った。
 「洞窟そのものが化け物のパターンか!」
 アイは言った。
 「俺はここでこいつを止めておくから、皆は先に進んで捕まってる人を助けてきてくれ。」
 時間停止を維持しているアイと彼女に引っ付いている妖精をその場に残して、一行が洞窟の奥へと進むと妙な繭のようなものに包まれているゼウス号の生き残りたちを見つけた。
 他には森に棲んでいる魔物などが同じようにして捕まっていた。
 ブレイブは魔物も人間も分け隔てなく繭から解放した。彼に習って仲間たちも同様に全員を繭から解放した。
 解放された人々はドートンが派遣したルンバ型お掃除ロボが運んでいく。助けられた魔物は自力で洞窟の外へ逃げ出して行った。

 最後は、アイの傍にブレイブ、ペン十郎、ヘラクレスを残して他の皆は洞窟の外へと出ておく。
 アイが言った。
 「時間停止解除!」
 再び揺れ出す洞窟、同時に伸びてきていた触手が一行を捕えんと迫る。
 洞窟内に七つの光点が灯る。
 グランシャリオの爆発が洞窟内で巻き起こる。触手が一斉に焼き払われる。
 その爆発を一本の剣に吸収したペン十郎がガスバーナーのようになった刀身で洞窟を内部からぶった切る。
 ぶった斬られた傷口をヘラクレスが構えた大剣でえぐり斬る。
 空間転移で四人が一斉に外、それも洞窟の怪物の頭上へと出た。
 四人の浮遊を維持しているのはアイの空間操作だ。
 怪物は体のあちこちから黒い霧を噴出している。
 体内で受けたダメージが致命傷のようだ。
 しかし、怪物にも意地はあるのか、目の前の空に姿を現した敵を喰らい殺さんとその巨大な体を持ち上げて口を大きく開く。
 ブレイブ、ペン十郎、ヘラクレスの剣が彼らの前で重ねられる。
 重ねられた剣がまばゆい光を放つ。
 三つの剣から放たれた三種の光刃が襲いかかって来た巨大な洞窟の魔物を真正面から切り裂いた。それがトドメとなって洞窟の魔物はバラバラになって魔素の塵となって消滅していった。
 アイがその様子を見ながら言った。
 「ワームの一種だったんだろうか…?」
 その胸に座っているエリス似の妖精が言った。
 「質の悪い人間の成れの果てよ、アレ。」


 洞窟の魔物の正体が何にせよ、あれだけ派手に暴れたのだ。
 早急にこの場を立ち去る必要がある。
 とはいえ、今回は派手に暴れすぎたようだ。

 いまだに浮遊を維持している四人の目の前にそれは来ていた。
 恐ろし気なオーラを身に纏うエルフ、疾風のエリスだ。
 エリスは言った。
 「先ほどから私の森で悪さをしているアンタたち、ようやく見つけたぁ…!」
 地理的には慣れない空中戦。苦戦は必至だろう。
 しかし、不幸中の幸いか、遮蔽モードで姿を消している装甲車はいち早く現場から離脱している。当初の目的であるゼウス号生存者の救出は成功したと言っていいだろう。
 腕を組んだペン十郎は言った。
 「疾風のエリスか…我々はまだ貴様と事を構える気はないぞ。」
 エリスはぐりりと首を曲げると言った。
 「あぁん?私の森で好き勝手しておいて無事に帰れると思ってるの?腕の一本や二本は置いて行ってもらうわぁ!」
 彼女は邪悪そのもののような笑顔を浮かべている。控えめに言っておぞましい。
 その時、アイの胸元に座っていた妖精が立ち上がると言った。
 「おい!そこのアンタ!」
 エリスは驚いたような顔をした。
 妖精は続ける。
 「ようやく気づいたようね!私はアンタが長い間生きているうちに削れて消え去った感情。アンタが無くしてしまった大事なモノを具現した存在よ!」
 エリスは頭を抱えると叫び出した。
 「ああああ!!うるさい!私がどれだけ生きたと思っているんだ!あれだけ生きていればそうさ!感情なんて擦り切れて当たり前だ!あまつさえ、そうなった所にこれだ!残虐な行いが今の私にとっては生きがいなんだよぉー!!」
 彼女の体から迸っていた邪悪なオーラがより一層強くなっている。
 妖精もとい小さなエリスは言った。
 「アイちゃん、今よ!空間転移で離脱しなさい!」
 「あ、はい!」
 その指示に従って、ブレイブたちと一緒に空間転移してその場から離脱した。


 彼女が空間転移した先は、遮蔽モードで逃走中の装甲車内。
 運び込まれたゼウス号からの脱出者が順々に処置を受けていた。
 アイは胸元の妖精の姿をした小さなエリスに向かって言った。
 「貴方は…。」
 エリスは言った。
 「小難しい話は後にしましょう。今は運び込まれた人の治療が優先でしょ?」
 異論はなかった。
 空間転移で戻って来た四人はそれぞれのやり方で治療の手助けを始めた。

sec.117 - 灰色ビー玉

2018/07/11 (Wed) 15:56:17

 疾風のエリスを振り切って森の中を進む。
 装甲車内では、助けた人々の応急処置が終わってひと段落していた。

 相変わらずアイの胸元に座っている小さな妖精エリス。
 ライドウが質問する。
 「結局、アンタ一体どういった存在なんだ?」
 エリスは応える。
 「本体の方が長い時間で摩耗させていった感情とかの集合体かしら。一言でいうなら、彼女から欠けた一部。」
 ブレイブが治療を終えてタオルで顔を吹きながら言った。
 「つまり、本体はあちらの方であると?」
 エリスは頷いて言った。
 「私が摩耗して無くなっても彼女は生き続けたわ。ただ、世間一般で言う生きるって言葉の意味とは言いづらいわね。ただ、生きてただけ。最後には眠りの棺で覚めない眠りにつくことを選んだけど、場所が不味かった。」
 アイが質問する。
 「どうするつもりなんだ?貴方としても本体が邪悪なエネルギーの操り人形のままというのは許しがたい状況なのではないか?」
 エリスは腕を組んで少し考えてから言った。
 「それはそうだけどね。貴方たちの中で、今、あのエリスと対峙して決定的な打撃を与えれると自信のある人はいるかしら?」
 いない。
 少なくともスピードで上回れるであろう者はこの場にはいない。
 また、自ら主張するようにエリスは長い間生きている。その人生に裏打ちされた経験を上回れる者も当然だが、この中には居なかった。
 エリスはそれを見て言った。
 「どうにかしたいのは山々だけど、現状、確実にあいつを倒す手段が無い以上、下手に手は出せないわ。」
 ギリースーツを着たタルトがのそっとやって来て言った。
 「方法が無いわけではないぞ。ただし、相応の苦痛を味わうだろうが。」


 数日後。
 現ダークネス卿の居城。
 準備が整えば議会民主制に移行し、ここを議会に明け渡すつもりだが、現状隣国の地に三魔将が居るのでその目途はまだついていない。
 装甲車に乗せて救出してきた人々は正式な病院に入院させた。軽度の症状の人たちから治療を終え、退院してもらう予定。
 ダークネス卿は腕を組みながら言った。
 「それで、賢者よ。手段が無いわけではないと言ったが、本当か。」
 タルトは少々勿体ぶってから言った。
 「レベルを上げるのじゃよ。修行じゃ。」

 もっともな意見が出たが、それができるのであれば既にやっているだろうという空気が話し合いの間に流れた。
 賢者はため息をつくと言った。
 「簡単にできるような修行だと思っておるのではないか?それこそ、長い年月をかけて精神を摩耗させるほど過酷なものだぞ。」
 ダークネス卿は言った。
 「あのね…そんな修行、今更誰がやるの?」
 タルトはスッと指先をダークネス卿に向けて言った。
 「お主以外に誰がおる?聞いておるぞ、あの禍々しい茹で釜をクリアしたそうだな。」
 ダークネス卿は深いため息をついた。
 「楽々クリアしたとでも思っているのか、アレを。」
 賢者は何処を見ているのかわからないような目でペン十郎を見据える。
 その老人は言った。
 「禍釜など比較にならぬ厳しい修行となるだろう。だが、奴を、エリスを確実に倒すつもりならやらねばならぬ。お主なら嫌とは言うまいよ。」
 ペン十郎は重く沈黙した。
 それほどまでに苦しい修行が待ち受けている。
 彼は言った。
 「エリス。君はどうしてほしい?俺はどうすればいい。」
 アイの胸元に座っているエルフの妖精は言った。
 「私を…私を終わらせて。…ううん、やっぱり違うわ。私を救って!ダークネス卿、貴方ならできるわ。」
 ペン十郎はバネに反発されたように椅子から立ち上がると言った。
 「いいだろう。やろうではないか。我輩の気が変わらぬうちにな!」


 過去最大の修行に臨む前に、各地に散らばっているアバターたちを呼び戻す。
 ペン十郎ダークネスの着ぐるみはこちらへ置いて行く。不在の間、誰かが身に纏ってダークネス卿を演じてもらわねばならない。
 また、各地から呼び寄せたアバターたちの穴をしっかりとカバーしてもらう必要がある。残る人たちも気を引き締めなければならない。
 ペン十郎の着ぐるみを脱いだ騎士ジャッジ、魔術師イワトビ、翼の巫女エクレア、和装の男日小五郎、剣士スライド、コード0、そしてクロノ社社長アイ。
 合計7人が融合したジャッジ・ザ・アルバトロスが修行に臨む。
 また、彼の精神世界に住んでいる人々は水晶のような入れ物の中に一時退避してもらう。共に修行に臨んで存在を摩耗させてしまわないようにだ。
 つまり、持って行く武装は誓いの剣と青いマントのみ。
 賢者タルトが、半分魔界となったこの地の特異性を活かした魔法陣を城の地下に描き込んでいた。かなり大規模な魔法陣だ。
 賢者タルトが告げる。
 「良いか、今からお主が行くのは桃源郷と呼ばれる異世界。そこはこの地とは時間の流れが違う。こちらの一秒があっちでは百年。天国のような場所であると同時に地獄のような場所でもある、現と幻の間のような地よ。そこで自らを高め、自力でこちらの世界へ舞い戻る。それが今回の修行。恐ろしく長い時間が必要になるじゃろう。もしかしたら、一生戻れぬやもしれぬ。それでも行くか?」
 一人の男となったジャッジ・ザ・アルバトロスに迷いはない。
 その時、城の地下へ駆けつけた者が騎士に背後から声をかけた。
 怪盗マオはこう言いながら持ってきたものを彼に投げつけた。
 「改良が間に合いました!こいつも持って行ってください!」

 ジャッジはそれを振り返らずに片手で受け止めると、何も言わずに魔法陣の中心へと歩み寄っていき、その姿を消した。
 大きな魔法陣が外周を囲む円から徐々に消えていき、最後は描かれていた術式全てが消えてなくなり、その場には何もない地下の床だけが残った。
 賢者は言った。
 「これで騎士殿は自力で戻るほか無くなった。さて、無事に済むかどうか。」


 それから約3か月後。
 桃源郷で経過した時間は7億8000万年に達していた。
 もはや騎士の生還を誰も信じなくなっていた頃。
 ジャッジ・ザ・アルバトロスとそのアバターが不在であることを察知した三魔将とその配下が、これぞ好機と世界各地に侵攻を開始していた。

sec.118 - 灰色ビー玉

2018/07/11 (Wed) 23:48:27

 この三か月間、桃源郷に消えた男以外が何もやっていなかったわけではない。
 怪盗マオは約束通り、ブレイブたちの助けを借りて、残る三魔将のお膝元から、命の欠片を三つ盗んで見せた。
 今、その欠片は魔術師イワトビの研究室にあり、そこに残って彼の研究を引き継いだユキコが自分で淹れた紅茶で休憩しつつ、彼が残した研究を完成させようと努力を続けていた。
 全ての欠片は魔術師の残した小さな魔法陣の上で浮いている。相も変わらず小さな小人のシルエットが魔法陣の周りでドンドコ踊っている。
 ユキコは浮いている欠片を眺める。欠片たちは全て集まったと思われるが一つの形に纏まろうとはしなかった。
 少女は魔術師が研究室に残した本や資料を読み漁る。あの欠片が一つになり、それを形作るために犠牲になった二人が揃えば儀式を完成させることができるようだ。
 ユキコは資料を見ながら思った。
 (どうすれば、完成するのでしょう…?)


 いつの間にか眠ってしまっていたのか、気が付くと研究室の窓、カーテンの隙間から朝の日差しが差し込んでいた。
 体を起こすと、用意した覚えのないタオルケットが体にかかっていた。
 ヌメ辺りが気でも利かせたのかと思い、寝ていたソファーから立ち上がる。
 まずは洗顔だろう。彼女はそう思いながら、研究机の方をちらりと見た。魔法陣の上に浮かんでいる欠片は一つに纏まって意味のある形を成していた。
 ユキコはああ、研究が完成したのか、妖精さんありがとうと思いながら洗面台に洗顔しに向かった。
 既に用意してある台の上に乗って顔を洗う。

 「ええっ!?完成!?完成した…!」
 少女はタオルを持って、顔の水分を拭いながら研究机の元に戻って来た。
 小さな魔法陣の上で浮いていたのは白い鍵だった。
 魔法陣の周りでドンドコ踊っていた小人たちは腰に手を添えて誇らしげだ。
 ユキコは父親に習った交信の魔術でブラックスカルに連絡を入れる。
 ユキコは言った。
 「父上!今すぐ母上を、眠りの棺に入っている母上を運んできてください!え?あ、はい…!レオ・ガルディアですね!私たちが住んでた家!」
 ユキコはバタバタと旅の準備を整えると、魔術師の研究室のドアにお出かけ中のパネルをぶら下げ、魔獣ヌメを呼んだ。
 彼女は旅行鞄を魔獣ヌメの口の中に放り込むと、自分はその背中に乗った。
 ユキコは言った。
 「ヌメちゃん!レオ・ガルディアへ行きます!私たちが住んでいた農耕層の一軒家。そこへ向かいます。」
 ヌメは命令を了承したのか、ユキコがしっかりと掴まった事を確認すると空中を滑るように飛び出した。
 そのまま、開きっぱなしの要塞の出入り口から外へと飛び出す。要塞内外の出入りを管理している警備兵が驚き顔で飛んでいくヌメを見送った。
 ユキコを背中に乗せた魔獣ヌメはそのままレオ・ガルディアめがけて飛び去った。警備兵が動体視力の良い方なら、ヌメの背中で小さく礼をしたユキコが見えた。


 一方、暗黒大陸。
 ジャッジのアバターが居なくなったからと自分たちを無視して世界各地に攻撃を始めた三魔将。
 そんな舐めプをし出した三魔将に一泡吹かせるべく、ドートンが適当に作ったロボットが中に入っているダークネス卿が動く。
 「ワガハイワガハイ…!」
 ウィーンガシャンウィーンと明らかに駆動音が聞こえながらダークネス卿が動く。ここ三か月はこんな感じなのでダークネス卿はロボットなのでは?という噂が城下町を中心に広まっていた。
 ドートンは首を傾げながら言った。
 「ちょっと雑に作り過ぎたかナ?」
 マックスは言った。
 「AIが搭載されていないからな、仕方ない。」
 ドートンがリモコンを握りながら言った。
 「手動で操作すれば結構いい動きするんだけどネー。」
 ロボダークネス卿は言った。
 「敵ガ、我々ヲ無視シテ動クトイウナラ、無視デキヌヨウニシテヤルマデヨ!」
 マックスは拍手しながら言った。
 「今のはとってもそれっぽかったぞ。」
 ドートンは眼鏡を光らせながら言った。
 「やはり、私の発☆明は天才的だナ!」
 具体的にどう動くのかというと、敵が海外に対して兵を割くようなら、その隙を突いてブレイブたちが相手の領内に侵入してゲリラ活動をするだけである。
 相手領内への侵入経路は、怪盗マオの盗みをサポートする際に確立してあるので、後は相手の動きに合わせて攻撃するだけだ。
 特にこのゲリラ戦法、三魔将が本拠地にいない時はより派手に行う方針のため。三魔将は本拠地からなかなか離れられずに居た。


 そんなある日。
 ダークネス卿の居城、その城内を歩いていた賢者タルトを妖精エリスが見つけてその袖を引っ張った。
 タルトは妖精に引っ張られながら言った。
 「一体、何の用じゃ?」
 妖精はとある部屋へ向かいながら言った。
 「ちょっと来て!大変なのよ!」

 妖精に引っ張られてきた部屋はロボダークネス卿が座っている玉座の間に隣接する位置にある。
 元は王の寝室として用意されていた部屋だ。
 タルトはここまで引っ張ってこられてため息をつきながら言った。
 「こんな場所に連れてきて…んむっ?こいつは…。」
 妖精は空っぽになった水晶と、その場に置かれていたはずの武装が無くなっているのをアピールしながら言った。
 「そうよ!彼の精神世界に居た住人が綺麗に居なくなってるし!置いて行った武装も無くなっているのよ!」
 賢者は言った。
 「まさか…帰って来たのか?いや、だが七億八千万年だぞ。一個の生命体が仮にその寿命と命を保障されていても自我が保つか?そこまで生きていれば精魂尽き果て、最後はまるで鉱石のようになっても不思議ではないはず…。」
 化け物。
 そんな一言で片づけていいのかわからない現象が目の前にはあった。
 タルトは顎をさすりながら呟いた。
 「ワシはとんでもない奴の成長の手助けをしてしまったのかもしれんな。」
 妖精はそれを面白くなそうに見ながら言った。
 「貴方たちにとっては危険物かもしれないけど、彼は私との約束を守るために帰って来たのよ。悪くいうものではないわ。」
 しかし、帰って来たという本人は姿を見せないようだ。
 賢者は首を傾げながら言った。
 「七億八千万年ぶりだからって、今更人見知りしなくても良かろうに…。」

 桃源郷から帰って来た男は水面下で静かに動き出していた。

sec.119 - 灰色ビー玉

2018/07/12 (Thu) 13:09:29

 究極帝国現首都アパート203号室。
 今は週刊少年ワープで好評連載中の作家二階堂律が数名のアシスタントとしてヌメを雇って漫画を描いていることが多い。
 そこへ、二階堂審がやって来た。
 律が真っ先に反応して言った。
 「審兄。…桃源郷とやらから帰ってこなかったのでは?」
 審は玄関に立ったまま言った。
 「御覧の通り自力で帰って来たんだよ。」
 律は首を傾げながら言った。
 「何はなくとも、まずは栗原さんの所に行くべき。」
 審は苦笑いを浮かべると言った。
 「もう行ってきた。」


 究極帝国現首都、栗原のオフィス。
 現在はここに泊まり込みで栗原玲が各地の部隊に指示を送っている。よって、彼女の指示を受けて動く各部隊は消耗率を抑える事に成功している。
 そんな彼女が目を覚ますと、最寄りの机に小さな小箱がラッピングされて置かれていた。小箱の下にはメモが差し込まれていた。
 メモにはこう書かれていた。
 「18歳の誕生日おめでとうございます。」
 栗原はクスッと笑うと小箱を開いてみた。
 中から出てきたのはタンポポを抱えているペン十郎の小物だった。
 それをちょこんと仕事机の上に設置する。
 前回、彼が死んだ時は自然と涙が出たが、桃源郷から帰ってこないかもしれないと言われた時は涙は出なかった。おそらく、頭では理解していないものの、体の方は悟っていたのだろう。彼が必ず戻るということを。
 栗原はタンポポを抱えているペン十郎の人形を指で小突いた。


 再び、203号室。
 二階堂律は言った。
 「それで、わざわざ審兄そのままの姿で来たってことは何かあるの?」
 審は言った。
 「俺は桃源郷、つまりは異世界から自力で舞い戻ったんだぞ。もう戻れるんだよ。あの日、あの場所、あの時間に。んで、どうする?お前だけ先に帰るか。」
 律は言った。
 「私だけ先に帰って審兄が行方不明とか後処理が大変。それにワープの連載を放って帰れるわけないです。」
 審は苦笑いを浮かべると頷いて言った。
 「ああ、まあ、お前ならそう言うとは思ってた。身内の義理みたいなもんだ。」
 律は肩を竦めて言った。
 「全世界が非常時なのに、こんな所で油を売っていていいのですか?」
 審は首を横に振ると言った。
 「一体、あれから何億年経ったと思っているんだ。もうアバターは役目の数だけ増やすなんて枠にとらわれずに増やせる。何なら、コード0百人部隊なんて事も可能だ。」
 律はため息を吐いて言った。
 「もう地上で適う奴いないんじゃないですか。ひでぇインフレだ。」
 審は二回頷いて言った。
 「だが、ただでさえ異常なスピードで成長してきた奴が億年単位で修行してきたんだぞ。そりゃあ、インフレもするだろ?」
 律は納得したのか何度も頷いてから言った。
 「くそみたいな展開ですね。私が編集なら即ボツです。」
 審は笑いながら言った。
 「現実は漫画やアニメじゃねーんだから、俺は誰かを楽しませるために生きているわけじゃないぞ。俺は道化にはならないって何度も言っているだろ?」
 律は首を傾げて言った。
 「そうですか?なかなか楽しませてもらってますよ。いつまでも玄関に突っ立ってないで上がったらどうです?ここは貴方が借りている部屋です。それに、どうせ来たのですから漫画の手伝いをしてもらいます。」
 「へいへい。」
 「返事ははい。一回でいいですよ、審兄。」
 審は玄関から靴を脱ぐと久々の我が家に足を踏み入れた。


 一方、上空をレオ・ガルディアへ向けて飛ぶヌメ。
 それに追走するように魔術師イワトビが飛んできた。
 ヌメの背中に乗るユキコが驚いて言った。
 「ま、魔術師様!?」
 魔術師は穏やかな気持ちになりながら言った。
 「先ほど研究室を訪れた時は寝てたからね。やりかけだった研究を終わらせて少し外へ出ていた所だったんだけど。」
 その間にユキコが慌てて外へ飛び出して行ったようだ。
 ユキコは危ないのも承知で飛んでるヌメの背中から追走する魔術師に向けて飛びついた。
 そのまま強く抱きしめながら少女は言った。
 「おかえりなさい。」
 魔術師は切なそうな笑みを浮かべると言った。
 「ただいま。」
 そのまま、彼らの前方にワープ効果のある魔法陣が展開。
 彼らはその魔法陣を通って、レオ・ガルディアの上空へと飛んだ。

 レオ・ガルディア上空。
 スピードを減速させながら農耕層、かつてユキコが暮らしていた一軒家へと降りる。そこには、眠りの棺を傍に置いたブラックスカルが控えていた。
 ブラックスカルは言った。
 「魔術師殿。この度は何とお礼を申し上げれば良いか。」
 魔術師はブラックスカルの傍に着地。
 抱きかかえていたユキコを地面に降ろすと言った。
 「儀式が成功してからにしましょう。」
 勿論、今の魔術師に失敗する気など毛頭無かった。

 天空に超巨大な魔法陣が展開する。
 それを貴族層から見ていたジロウはすわ三魔将の攻撃か!と身構えた。
 しかし、いつまで経っても攻撃は行われず、空に浮かび上がった魔法陣はそこに描き込まれた術式を点滅させるだけだ。
 農耕層で儀式を始めたブラックスカルは、まず眠りの棺に入っているヒカリ・レインフィールドを外へと持ち上げる。
 ブラックスカルの手によって青色の液体を弾いて彼女の体が外へと出てくる。
 儀式の文字通り鍵となる白い鍵をユキコに握らせておく。
 魔術師はジャッジ・ザ・ハンマーの発展型、ジャッジ・ザ・ハンマー・ツヴァイと名付けられた杖型の願望器をその手に握って呪文を唱えている。
 彼らの立っている地面に彼らを囲うように魔法陣が展開。
 その魔法陣から光が立ち上る。
 ユキコは体が浮かび上がるような感覚を受けて、呪文を唱える魔術師の方を見た。魔術師はユキコの視線を感じ取ると、そちらへ軽く目配せをした。
 それを合図にユキコが抱えていた白い鍵を上空に放った。
 放りあげられた白い鍵は光る粒子となって、上空に展開する超巨大魔法陣に吸い寄せられていった。
 巨大魔法陣が外側の縁から点灯し、その光が徐々に内側の術式へと移り、光の点が魔法陣の中心に達したかと思うと、ヒカリを抱えて立っていたブラックスカルの頭上へと光の帯が降り注いだ。
 まるで暖かな陽ざしに包まれているような感覚を受け、ブラックスカルは思わず感嘆のため息を漏らした。欠けていた己の一部が蘇ってくる。活力が全身に満ち渡るような感覚。彼の腕の中で眠っている女性もそれを感じているのだろうかとブラックスカルは思って、腕の中の女性を見た。
 ヒカリ・レインフィールドの眼は見開かれていた。
 全てを察したヒカリの眼には涙が溜まっていた。
 後は言葉は要らなかった。ブラックスカルは幻術により施されていた黒い骸骨の面を剥ぎ取ると、レオ・ガルディアとしての素顔を晒し、腕の中で目を覚ました女性を力強く、されど優しさをもって抱きしめた。

 こうして長い時をかけ、レオ・ガルディアは地上へと帰還を果たし、ヒカリ・レインフィールドは難病として知られる眠り病を克服したのだった。

 魔術師が大儀式を終えた後、空に浮かび上がった魔法陣が敵の攻撃だと思ったレオ・ガルディアの守備隊がやって来たが、その兵士たちを出迎えたのが退位した王と王妃、そして、その娘だったので大騒ぎになった。
 兵士たちと一緒にやって来たジロウが言った。
 「兄貴!無事に戻ったんすね!」
 魔術師は杖を肩に預けながら言った。
 「ああ、恥ずかしながら帰って参りました。」

sec.120 - 灰色ビー玉

2018/07/12 (Thu) 23:09:05

 暗黒大陸。
 邪悪な方のエリスが居場所にしている大樹の中に作られた屋敷。
 天辺のエリスが住まう部屋にいるのはダークネス卿中身入り。
 エリスは玉座のような仰々しい椅子に座りながら言った。
 「お前さん自ら出向くとはどういった催しだね。とっておきの芸でも披露してくれるのかい?」
 ペン十郎ダークネスは取り出した鞘に収まった剣を見せた。
 誓いの剣である。
 「七億八千万年、数多の戦いがあった。だが、決して折れなかった。刃こぼれ一つしなかったのがこの剣だ。」
 エリスは首を傾げながら言った。
 「言っている事の意味がわからないね。」
 ダークネス卿は取り出した剣を傍の台座に置くと言った。
 「こいつを折ってみろ。できるものならな。」
 彼は黒いマントをバサッと翻すと、その場を去っていった。
 その日から決して折れない剣vs長年蓄えられたエルフの知恵が始まった。

 しかし、剣は決して折れなかったという。


 三ヵ月を経て、剣士スライドもいつもの居場所に帰って来た。
 帰ってくるとデュラハンがもう動かなくなったマルガオを見つめていた。
 三ヶ月前、正式にアレスがデュラハンと別れを告げ、マルガオから仮の体を消したので、彼女の手の中にあるマルガオは今は只のゴーレムと化している。
 スライドがその様子を見つめているオーガに質問した。
 「何だ?三ヵ月ぶりに帰って来たが、まだ別れを引きずってるのか?」
 オーガは一枚の写真を取り出して見せてきた。
 そこには、デュラハンの影武者とアレス、そして、その二人が成した子供が映っていた。大勢の従者に囲まれて、とても幸せそうな写真に見える。
 スライドは首を傾げて言った。
 「それが?まさか、自分がデュラハンになっていなかったら、その写真に写っていたのは自分だって言いたいのか?」
 オーガはため息をついて言った。
 「そんなわけないだろう。姫はアレスに優しくはしていたが恋心は無かったらしいからね。仮に姫が死んでいなかったら、もっと別の未来がライス王国にはあったさ。問題は、アンタが無事に帰ってこれないかもしれなかったって事だよ。」
 スライドは身振り手振りを交えて言った。
 「そこはほら、こうして帰って来たわけだし、大団円ってことで。」
 オーガは首を横に振って言った。
 「何処が大団円なのさ。」
 スライドは言った。
 「いや、だってなぁ…誓いの剣がある手前、どうしようも。」
 オーガは言った。
 「その誓いの剣は今は何処にあるのさ。」
 先ほどダークネス卿が邪悪な方のエリスに渡してきたばかりである。
 オーガは驚いて言った。
 「え?エリスってあの三魔将のエリスかい?また面倒な所にあるねぇ。」
 デュラハンは詰め寄ってきて言った。
 「…誓いの剣を最初に手にした人が、スライド様のお嫁さん第一号の座を得られるというのはどうでしょう。」
 スライドは糸目になって言った。
 「お嫁さんになっても誓いの剣が折れない限り意味なんてないから。」
 ちなみに、何をやっても折れなかった不屈の剣である。

 何処から聞きつけてきたのか。
 今はコード0の補佐をしているスライムまでその場に姿を現した。
 「聞き捨てありませんねぇ。団長の一番嫁を決める戦いですって?」
 スライドは事態が収拾のつかない方向へ向かっている事に気づいた。


 一方、暗黒大陸。
 ダークネス卿の居城。
 バーンと出入り口のドアが開いて二名のアバターが入って来た。
 エクレア・ティラミスとアイ・リード・クロノだ。
 小さな妖精のエリスが出迎える。
 「あら、お帰り。二人してどうしたの?」
 アイは言った。
 「不本意な流れだけど、絶好の機会が来たかもしれないわ。」
 エルフの妖精は事態を飲み込めなくて首を傾げた。


 最早、精神的なトラウマになるとかそんな事を言っていられない事態である。
 誓いの剣を最初に手にした者が団長の一番嫁になれる。
 などという世迷言が解散したはずのアルバトロス騎士団女性軍を暗黒大陸に導いていた。
 導いた先を特に詳しく書くなら、その例の剣があると言うエリスの拠点近くだ。

 エリスの配下や、悪辣な罠が少女たちを迎え撃ったが、一つの目標に対して一致団結したアルバトロス騎士団に向かうところ敵なしといった様子で、端から見ても全てをなぎ倒しながら目標へ向かっている様が見て取れた。
 特に、ユキコとファティマが保護者枠で連れて来たスパルタクス、魔女マリア、ブラックスカル、ヒカリ・レインフィールドの強さが凄まじく、何者も止められない。
 一番嫁を決めるというので栗原玲も参加せざるおえなかった。


 邪悪な方のエリスは昨晩まであらゆる手段で折ろうとしていた渡された剣が罠であったと気づくと、それを大樹の屋敷から放り投げた。
 アルバトロス騎士団の一部が投げられた誓いの剣に群がる。
 もう少し気づくのが遅ければ自軍が壊滅していたかもしれない事態を回避できて、邪悪なエリスは安堵のため息をついた。
 しかし、そんな彼女の部屋に通じる両開きの扉が勢い良く開いた。
 何奴と、エリスが振り向くと、そこには恐怖のあまり超振動する聖獣ユニーを抱きかかえたアイ・リード・クロノと、エクレア・ティラミス、そして自分の一部である妖精のエリスが居た。
 邪悪なエリスはその面子の姿を見て言った。
 「アンタたちがあの剣を私に渡したのはこのためかい?私を謀ったね?」
 エクレアは一歩前に出て言った。
 「違う!エルフの知識なら折れると思って…思って!」
 七億八千万年、何をやっても決して折れなかった剣。エルフならと藁にもすがる思いで託したが、やはり無駄だったようだ。
 エリスは例の黒い短剣を構えると言った。
 「ふん!どっちだっていいさ!今の私は気が立っているんだ!」
 エクレアはそんな邪悪に対して啖呵を切った。
 「誓いの剣すら折れない貴方に負ける気はしない!!」

 アイが唱える。
 「聖獣ユニオン!!」
 聖獣ユニーと融合した少女の姿が輝く白髪に変わり、兎の耳が生え、首に青いマフラーが姿を現し、風もないのにそれが靡く。
 エクレアが九尾村正を構える。
 「夢魔フォーム、九尾エディション!」
 彼女は艶三割り増し、背後に九本の尾を携えた姿に変わる。

 エリスは体に帯びている邪悪なオーラを強めながら言った。
 「だから何なんだい?」
 疾風の異名が示す通り、彼女のスピードに匹敵する者は居ても上回る者はいまだかつていなかった。
 数瞬、目にも止まらない攻撃の打ち合いがあった後、エリスは額に冷や汗をかきながら立ち止まった。
 時空を司る聖獣ユニーとユニゾンしたアイの時空を操る力はいまだかつてない高まりを見せている。
 そんな彼女が手に取った武器は何と誓いの剣だ。
 窓から放り投げられた剣を回収、あまつさえ、先ほどの攻撃を同様のスピードで弾き返したというのだ。
 どちらのスピードが上かなど議論の余地もない。
 アイは首を傾げながら言った。
 「この場合、一番嫁は俺自身って事になるのかな?」
 エリスは自分のスピードすら凌駕する存在を目の前にして焦りを感じた。
 彼女は数瞬にも満たない間に思考した。
 (このままこいつらを相手にして勝てる見込みは…逃げるか…?)
 しかし、逃走経路である背後にアイが回り込んで言った。
 「おっと、逃がしはしない。」
 エリスは渾身のスピードで背後に回ったアイへ短剣での連撃を放つ。
 しかし、誓いの剣は折れないし欠けないので全ての攻撃をさばかれて終わった。
 アイは言った。
 「背後が隙だらけだぞ。」
 エクレア夢魔フォーム九尾エディションに隙だらけの背中を晒した。
 彼女が構える九尾村正が八つの残像を残すスピードで振りぬかれる。
 火、水、地、風、氷、雷、光、闇の八つの斬撃が一瞬のうちにエリスを切り刻んだ。
 断末魔の叫びをあげてエリスが膝をついた。
 エクレアはその姿を艶のある伏し目で見つめながら言った。
 「手加減はしてあります。安心なさい。」
 仮にやり過ぎてしまっても命の尾があるので万全である。
 この体はもはや安全ではないと判断した黒い靄が邪悪なエルフの体から抜け出し、大樹の屋敷から飛び出す。そのまま空の彼方へ消え去ろうとする黒い靄を、地上の森の中から飛んできた、必ず滅ぼすと定められた弾丸が射抜いた。
 必滅の弾丸に貫かれた邪悪なるエネルギーは逃げ切ることなく消滅した。
 無論だが、その弾丸を撃ち放ったのは栗原玲であった。
 彼女は対物ライフルから薬莢を排出しながら呟いた。
 「バカな事をやってないで帰るわよ、皆。」
 これにて、第一回団長の一番嫁決め大会は幕を閉じた。
 栗原の静かなる剣幕に気圧されて、閉じざるを得なかった。

 一方、邪悪なエネルギーが抜け去り、もぬけの殻となったエリスは床に倒れていた。ダメージはあるものの、死に至るような深刻なものではない。
 エクレアが翼の巫女の力で彼女の傷を癒す。
 床に突っ伏したままのエリスはか細い声で呟いた。
 「あー…何もしたくない…。」
 眠りの棺に入る前のエリスは毎日こんな感じだったようだ。
 彼女の治療を終えたエクレアも自分がこうなっていないのが不思議なくらいには長い年月というものは生き物から生きる気力を奪っていくものだと感じている。

 妖精のエリスが近づいていく。
 彼女は脱力している自分を見つめながら言った。
 「ありがと…。私の願い通り、彼女は救われたわ。」
 アイがそんな妖精の手を取って言った。
 「まだだよ。ここからは貴方が決めて。彼女の中に戻るか、貴方のまま留まるか。」
 妖精はアイが言ったことに驚いたのか目を見開いた。
 エルフの知識でも話に聞いたことが無い。
 目の前の少女は無くした感情を取り戻せるとでも言うのだろうか。

 エクレアとアイが互いの手を取る。
 いまだに九尾エディションのままのエクレアが解説する。
 「夢魔のパワーで荒廃しきったエリスさんの精神世界への扉を開きます。後は、その中に戻った貴方次第です。」
 二人の手で作られた腕の輪の間に、エリスの精神世界と思われる光景が広がる。かつては豊かな森だったと思われる荒野が広がっている。
 妖精は自分の胸に手を置いて言った。
 「何ていうか、言葉で言い表せないけど、とても感謝してるわ!ほんとよ!」
 アイは腕をプルプルさせながら言った。
 「これ、維持しておくの大変だから早くして!」
 妖精はありがとうを連呼しながら腕の輪の中に消えて行った。


 妖精がエリスの荒廃した精神世界に消えてからしばらくすると、床に突っ伏していたエリスが立ち上がって言った。
 「貴方たち、ジャッジさんとか言う人のアバターなのよね?」
 エクレアとアイは同時に頷いた。
 エリスは感情が戻っていないのかまだ無表情だが、両手でガッツポーズを決めると言った。
 「決めた。私、その人のお嫁さんになるわ。」
 三魔将エリスを撃破した結果、団長の嫁候補がもう一人増えた。

 エリスが撃破されたことによって、残るは二魔将となった。

sec.101 - 灰色ビー玉

2018/07/03 (Tue) 23:16:15

 人買いをしている人間とそれを護衛する魔物の集団が船の上に上がり込んできた。
 悪人面の人間は言った。
 「さて、今回の商品はどんなものです?船長。」
 船長は揉み手をしながら言った。
 「へへへ…あっちの大陸からやって来たって言う勇者ですぜ、旦那。」

 魔物から声が上がる。
 「勇者!勇者と言ったか貴様!」
 魔物は手に持っているサーベルを船長に突きつけた。
 彼の頬を鋭利なサーベルの切っ先が掠めて、皮が薄く切れ、血が滴る。
 船長は思わず口から息を吐き出すほど驚いた。
 「ひっ…!?」

 彼らを引き連れていた人間が魔物に抑えるように言った。
 「お待ちなさい。こんな簡単に捕まってしまうような奴だ。きっと自称勇者の勘違い野郎ですよ。殺したところで名など上がりません。」
 しかし、そう言われても魔物の興奮は冷める様子はない。
 それほどに魔物たちにとって勇者という存在は天敵であり仇敵であるのだ。

 仕方がないので、魔物を引き連れた男は言った。
 「護衛の皆さんが興奮冷めやらぬようだ。ちゃんと料金は払いますので、その自称勇者さんとやらをここに呼んではくれませんか?」
 船長はおそるおそる言った。
 「えっと…それはつまり、この場で…ってことですかい?」
 男は冷淡な笑みを浮かべると言った。
 「それに何か問題が?…ああ、船の掃除代ぐらいは出しますよ。」

 「じゃあ、問題ないな。」
 と、言いながら、彼らの居る甲板を見下ろせる位置に男が姿を現した。
 男は言った。
 「船長さん…彼は?」
 船長は言った。
 「そ、その…勇者です。」
 魔物たちが一斉に叫んだ。
 「な、何ぃーっ!?」

 同時に船に乗り降りするために降ろされていたタラップの方から、地上の方に残してきていた魔物たちの叫びが聞こえてきた。
 「な、何だ貴様らぁ!?」
 「ぐああーっ!!」
 はめられたと悟った男であったが時すでに遅し。
 船長と彼について来ていた一部の船員はすぐさま船室へと逃げ込んで出入り口を封鎖した。慌てて追っていった魔物が船の出入り口に攻撃するが、一度や二度で壊されるような強度はしていないようだ。
 甲板の上にいた魔物たちの元に二つの影が飛来する。
 勇者ブレイブと騎士ジャッジの二人だ。

 二人はまるで吹き荒れる風のように瞬く間に甲板の上にいた魔物を倒すと、その武器を魔物を引き連れていた男に突きつける。
 ジャッジが言った。
 「人間側を裏切って魔物についたか。」
 男は冷や汗をかきながら言った。
 「し、仕方がなかったのです。多少頭が回って魔物どもに自分は有用だと思わせるしか生き残る道はなかった。それだけのことです。」
 ジャッジはそれを聞いて剣を降ろした。
 ブレイブは武器をしまうとその男に拳を一発お見舞いした。
 「ぐあらばっ!?」
 妙な悲鳴を上げて男は吹っ飛んだ。
 ブレイブは吹っ飛んだ男に歩み寄りながら言った。
 「船長から聞いたぞ。貴様、幼子や女性も商品として扱っているそうだな…?」
 吹っ飛んだ男は身を守るように縮み上がりながら後退った。
 「ひ、ひぃぃ…!」
 ジャッジはそんなブレイブの肩に手を置いた。
 彼は言った。
 「お前、その片棒を担いだかもしれん船長は殴らずにこいつは殴るのか。」
 ブレイブは言った。
 「船長は女子供は標的にしたことはないと言っていたぞ。」
 ジャッジは言った。
 「何でそこで嘘を疑わないのかね?」
 ブレイブは言った。
 「本来ならもっと痛めつけてやりたいところだが、ジャッジの顔に免じて許してやるとしよう。」
 というわけで、人買いはブレイブが一発ぶん殴っただけで許した。

 ジャッジが彼の二の腕に刻まれている魔物の印を除去する。
 これが刻まれている人間は遠隔操作で頭を爆破できるという恐ろしい刻印である。船長らにも刻まれていたが全て除去した。
 元人買いの男は地に膝を付けながら言った。
 「私も自分の命がかかっているとは言え、外道な真似をしたものです。」
 ジャッジもこの男と同じ境遇なら同じことをしたかもしれないので悪くは言えない。ブレイブに殴られた箇所の治療もした。

 船長は言った。
 「こうやって手下をぶっ飛ばしたのはいいが、結局、更に上に報告が行くだけで根本的な解決には程遠いぜ、旦那方。」
 本当の悪と言うのは根深いもので、一度や二度ぶっ飛ばしたところで更なる上がいるだけだ。
 船長は自分の二の腕をまくり上げて言った。
 「刻印も消しちまったし、印のねぇ人間は魔物に殺されても文句は言えねぇ、それがこの大陸の掟さ。」
 ジャッジは言った。
 「その刻印ってのは魔物ごとにきっちり決めてあって、魔物たちに周知されているのか?」
 船長は首を横に振って言った。
 「魔界ってのは広いもんでさ。だから、中には人間に友好的な奴もいるわけで。そんな大量に魔物がいるってのにいちいち刻印を覚えている奴なんてそうはいませんぜ。」

 ジャッジは何かを思いついたようで何処かへと消えると、黒いマントを羽織り、角を生やし、眼帯などをつけたりして、ちょっと悪っぽい姿になったペン十郎の着ぐるみを着てきた。
 船長は言った。
 「ど、どういった冗談ですかい?」
 ちょい悪ペン十郎は言った。
 「闇の力に落ちたペン十郎ダークネスだ。」
 賢者タルトは言った。
 「流石にそんな子供だましが通じるとは思えんがのぅ。」


 通じた。
 最寄りの魔物たちが支配する町の門を、ペン十郎を先頭にして顔パスで通れた。
 他のメンバーもなるだけ魔物っぽく見えるような変装をしたのと、常連とも言える船長や船員たち、元人買いがパーティとして一緒に来ていたのも大きいか。
 元人買いは言った。
 「私が人買いとして所持している建物がありますので、まずはそこへ。」
 案内されて向かった。

sec.102 - 灰色ビー玉

2018/07/04 (Wed) 13:37:40

 いつまでも元人買いでは語弊があるので、本人がそう名乗ったサイトーと呼ぶことにした。
 ちなみに、船長の名前はロジャーという。


 サイトーが経営している店に到着する。
 看板には人間斡旋所と書かれている。

 サイトーが店の前で何やら呟く。
 店全体を覆っていた薄い膜のようなものが反応を示す。
 彼は言った。
 「いわゆる魔除けに近いものです。」

 中へ入ると、和の風景が広がっていた。
 ここの従業員と思われる人間は全員が和服を着ていた。
 当のサイトー自身も和服を着流している。

 受付と思われる男が出てきて言った。
 「サイトー様、お客さんですか?」
 サイトーは首を横に振って言った。
 「私のご友人だ。自身で奥の座敷へ案内するよ。」

 彼に案内されて広めに作ってある座敷へと案内された。
 座敷からは、小奇麗に作ってある中庭が見える。鹿威しがカコンと鳴る。
 烏の怪人のような恰好をしたライドウが言った。
 「随分いい暮らしをしているみたいだな?」
 サイトーは言った。
 「悪いことは昔から儲かると言いますし。」
 全身を刺々しい鎧で囲っているブレイブは拳を握りながら言った。
 「あんまり悪びれた様子もないな。」
 サイトーは体をびくりと反応させた。よほど、ブレイブの一発が堪えたと見える。今ブレイブが着ている鎧で殴られれば負う怪我は先ほどの程度ではすむまい。

 サイトーはブレイブから威圧を受けながら続けた。
 「ウチの店は本来ならすぐに売り飛ばす人間に教育を受けさせ、その中で優秀な者は従業員として取り立てることもあります。」
 触手のようなものが生えた服を纏っているアンリが言った。
 「ということは、店で働いていた人たちは全て元商品の人間でしょうか?」
 サイトーは少し考えてから言った。
 「受付に出てきた男。彼のみ、別の場所から派遣されて来てますね。」
 ライドウは何かを感じ取ったのか、そっと部屋を後にした。
 それに続いてペン十郎ダークネスも部屋を出る。


 人間斡旋所を裏口から出て続く路地裏。
 受付をしていた男がその道を急ぐ。
 その男の前に立ち塞がるように上から烏男の恰好をしたライドウが降って来た。
 ライドウは言った。
 「何処へ知らせに走るつもりだ?」
 受付の男は図星を突かれたのか、額に汗をかきながら言った。
 「わ、私ですか?ちょっとサイトー様に命じられている事がありまして。」
 ライドウが受付の男の手を捻る。
 すると、その前腕に見慣れた刻印がされていた。
 ライドウは言った。
 「こいつの元に知らせるつもり何だろう。」
 受付の男は言った。
 「イタタ…!だとしたら、どうするというのだ?お前たち木っ端の魔物程度が適う相手ではないぞ!悪いことは言わん、魔素の塵に戻りたくなければその手を離せ。」

 そうこうしていると、その配下と思われる魔物たちが路地裏に集まり始めた。
 ライドウは捻りあげていた男を解放すると言った。
 「多勢に無勢だな…いや、この程度ならやれるか。」
 彼はナイフを逆手に構える。
 おびえる男に対してライドウは言った。
 「壁伝いに走れ、巻き込まれたら死ぬぞ。」
 壁に手をつき頷いた男は問うた。
 「お、お前…!一体何処の何者なのだ!?」


 「そいつは我輩の部下だ。」
 路地裏を見下ろす位置に、ペン十郎ダークネスが立っていた。
 黒いマントが風になびく。
 ライドウは叫んだ。
 「勝手な事を言ってんじゃねー!俺は兄貴、イービルアーマー様の舎弟だ!」
 ペン十郎ダークネスは立っていた場所からその場に飛び降りて着地。
 彼は言った。
 「そのイービルアーマーは俺の部下、つまり部下の舎弟のお前も部下。」
 ライドウは反論が難しい屁理屈に押し黙った。
 ペン十郎は言った。
 「お前たちが何者かは知らんが、我が部下に手を出すというなら魔物らしく決着をつけるとするが…どうする?」
 彼は体から迸るオーラだけでその場を圧倒した。
 魔物の一人が震えながら言った。
 「こ、こいつは…ブ、ブラックスカル様の再来かもしれねぇ!!」
 その隣の魔物が食ってかかる。
 「馬鹿野郎!あの人はレジェンドだぞ!軽々しく口にしていい事じゃねぇ!!」
 ペン十郎は腕を組んで言った。
 「どうした…?来ぬのか。」
 集まっていた集団のリーダーと思われる魔物が言った。
 「くっそ…!引け!今は引けぇー!!」
 そのように号令がかかると路地裏に集まっていた魔物たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
 ペン十郎はライドウの方を見ながら言った。
 「大丈夫か。シャドウクロウ。」
 ライドウは呆れながら言った。
 「誰も見てないところでは演技を続ける必要はねーぞ。」
 ペン十郎は言った。
 「万が一、ということがある。広い魔界、お前の探知範囲をすり抜ける奴もいないではないからな。」
 ライドウはなるほどと思って演技を続けることにした。
 シャドウクロウは言った。
 「一応、礼は言っておく。ありがとな。」
 ペン十郎は無言で頷いた。


 一行と離れて行動していたロジャー達は、町で買い付けた物資を船に積み込んでいた。
 そこへ、ギリースーツを着た老人が歩み寄る。
 賢者タルトは荷の積み込みを指示している船長に呟いた。
 「逃げる準備か。」
 思わず船長は飛び上がって叫んだ。
 「ひぃいい!!」

 船長が落ち着くのを待ってからタルトは言った。
 「別に逃げるのは構わん。だが、人間斡旋所にいる人たちぐらいは一緒に連れて行ってはどうかの?」
 船長は言った。
 「俺がそいつらを売り飛ばさない保障はないぜ?」
 賢者タルトは言った。
 「お前はブレイブの前で誓っている意味をよく考えることじゃな。」
 船長は縄をほどく際に覗き見た勇者の瞳を思い出す。
 何処までも済んでいる青空のような瞳。
 一見すると快活な青年を思わせるその色は、上を底だとすると何処までも落ちていく、青い空を越えても永遠に続く宙が待つ。
 星空の海を永遠に落ち続ける。
 船長はじっとりと汗をかいた。
 魔物にも恐ろしい者はいるが、練度(レベル)によってはそれを楽々葬る勇者という存在も底が知れない者。
 勇者に関しては実際に目にしただけ実感がある分、余計にたちが悪い。
 おそらく、追っかけて来てまで成敗はされないだろう。
 だが、彼に誓った内容を破れば、毎晩のようにその空色の瞳を思い出す自信がある。ろくに眠れずに罪悪感を多分にはらんだ恐怖心に苛まれる事だろう。
 船長は糸目になり額に汗をかきながら言った。
 「わぁーったよ、わかったぁ!あいつらは連れて行ってやるから積み荷が積み終わる前に準備を済ませて連れてこい。それ以上は待てねぇ!!」
 そう言った船長、最後はほとんど悲鳴に近い声だった。

sec.103 - 灰色ビー玉

2018/07/04 (Wed) 22:47:03

 船長のご厚意に甘えて、人間斡旋所に集められていた人々には、こんな危険な大陸からさっさと逃げてもらうことにした。

 従業員として雇われていた人たちには漏れなく頭爆破の刻印が施されていたので除去。
 暗黒大陸の外へ行くので必要ないかもしれないが、一応、ペン十郎ダークネスの刻印を施しておく。
 ペン十郎は言った。
 「向こうへ渡ってもう必要ないと感じたら消してもらって構わない。」
 斡旋所で商品として扱われていた人々も連れ出す。
 サイトーはその様子を眺めながら言った。
 「流石にここまで大規模に動くと悪目立ちしますね。」
 とはいえ、こんな機会はそうそう巡っては来ない。

 従業員に指示を出すなどして、慌ただしくしていたサイトーが突然、胸を押さえて苦しみだした。
 彼は言った。
 「こ、これは…!?」
 ペン十郎はそれを冷静に眺めながら言った。
 「やはり、刻印だけしておくとも思えなかったが二重トラップか。」
 サイトーの体の穴という穴から茨の蔓が生えてきて体を覆っていく。
 ペン十郎が解説する。
 「死ぬわけではない。生きながら薔薇に栄養を与える苗床となるのだ。」
 サイトーは喉の奥から生えてきた蔓に邪魔されながら息も絶え絶え言った。
 「た…たす…け…。」
 意識が保てなかったのだろう、瞳が裏返って白目が見える。
 そのまま全身から生えてきた茨の蔓がサイトーの体を覆いつくし、頭の位置に満開の薔薇が咲き誇った。
 薔薇は毒々しい赤色だ。
 「ショーターイ。」
 何処からか電子音のような声が聞こえ、丁度サイトーの体に刻んでおいたペン十郎の刻印が彼の体を覆った茨の蔓越しに点滅した。一回点滅するごとに刻印はコマ送りのように姿を変える。まるで刻印されたペン十郎が踊っているようだ。
 満開だった薔薇は枯れ落ち、サイトーの体を覆っていた茨の蔓が同様に枯れて魔素の塵となって消え去った。
 意識の飛んでいたサイトーがそのまま床に突っ伏す。
 ペン十郎はそんな彼に近づいて上半身を起こすと、背中から気付けした。
 「ふんっ!」
 ペンギンの着ぐるみに気付けされてサイトーの意識が戻る。
 「!?…おおっ!?…おお?…お…た、助かったのか。」

 サイトーに話を聞く。
 彼は思い出すように考え込んでから話し始めた。
 「一度、この辺りを治めている魔物の居城でディナーをご馳走された事がありましたね。おそらく、その時に薔薇の種を仕込まれたのでしょう。」
 ブレイブが言った。
 「よりによってご馳走の中に罠を仕込むとは何て奴だ。」
 ペン十郎はツッコミを入れた。
 「ご馳走でなければいいんかい。」

 全員に最低限の身支度をさせ、サイトーに引き連れられて店を後にする人の集団。
 彼らはこれから暗黒大陸を後にし、新天地を目指すことになる。

 しかし、流石に目立つのか。
 そんな人間たちの行く先を遮るように魔物の群れが立ち塞がる。
 魔物の一人が言った。
 「おい、人買い。そんなに人間を引き連れて、何処へ行こうってんだ?」
 その隣の魔物が続けて言った。
 「この土地はあの方のもの、つまりその土地に住む人間もあの方のもの。お前はそれを貸し与えられて管理しているだけに過ぎない。」
 先ほどの魔物が再び言った。
 「それを踏まえた上で聞くぞ。何処へ行こうってんだ?」
 サイトーはニコリと笑うと言った。
 「ダークネス卿の所領です。」
 ざわざわし出す魔物たち、口々に会話を始める。
 「ダークネス卿…?お前、聞いたことがあるか?」
 「え?しらねぇけど…知り合いがペン十郎ダークネスとか言うのがやべぇって言ってたのは聞いたぞ。」
 「ペン十郎って、人間たちの間で流行ってるアレか?」
 「え?流石にふざけすぎじゃね?只の着ぐるみだぞ。」
 「めちゃめちゃかぶいてるぅ~。嫌いじゃないぜぇ。」
 魔物の一人が強めに叫んだ。
 「貴様ら!少し黙れい!」
 ピタッと騒ぎが止まる。
 魔物が言った。
 「ダークネス卿だか何だか知らんが、その人間共はあの方のものだ。置いて行ってもらうぞ。それと、サイトー、貴様はもう用無しだ。」
 魔物が繰り出したサーベルの切っ先がサイトーの体を貫いた。
 「かはっ…!?」
 彼の口から血反吐が吐かれて地面に飛び散る。
 「ショーターイ。」
 奇妙な電子音と共にペン十郎の刻印が再び踊り出す。
 魔物が刻印に気を取られていると、いつの間にかサーベルで貫かれていたサイトーの姿がなくなっていた。
 魔物が驚いて辺りを見回すと、数メートルずれた場所にサイトーが無傷で立っていた。サイトー自身も剣で刺された実感があったようで、その刺された辺りを両手で触っていた。
 魔物は驚いて言った。
 「幻術か!?」
 サイトーは流石に怒って叫んだ。
 「確実に刺されましたよ!何をしてくれるんですか!」
 彼が懐から紙を取り出し、筆で紙に字を書いた。霧、と。
 サイトーは文字を書いた紙を咥えると、目の前で合掌、印を組んだ。
 彼の頭上から霧が散布されてあっという間に目の前を覆った。
 魔物は言った。
 「くっそ!ホワイトミストか。視界を封じられた…!」

 辺りを覆っていた霧が消え去ると、サイトーと彼に引き連れられていた人々はその場からいなくなっていた。
 魔物の一人が言った。
 「何処へ行ったのかはわかるぞ!追え!」
 魔物たちは事前に知らされていたロジャーが停泊させている船へと向かった。

sec.104 - 灰色ビー玉

2018/07/05 (Thu) 15:28:06

 白い霧で目くらましをし、逃げ出したサイトーたちにまず立ち塞がるのは町の門だ。すでにそこは固く閉ざされている。
 しかし、その場に立っていた動物の骨のように見える兜を被っている巨躯の男が門を右手で押すと、門はまるで巨大なトラックに体当たりされたかのように内側から膨らんで粉々に吹き飛んだ。
 巨躯の男は呟いた。
 「力加減をまた間違えてしまった。」

 サイトーは彼がペン十郎たちと一緒にいた仲間だと気づくと、そのまま傍を走り抜ける。その際に目が合ったので、小さく礼をする。
 巨躯の男は斧のような武骨な大剣を構えると言った。
 「我が名はタウロス。」
 移動拠点の中に丁度良く顔を隠せそうな兜があったので、ヘラクレスは魔物に変装している時の名前をタウロスと名乗ることにした。
 魔物たちはその異様な姿に進めば死であることを悟った。
 先頭の魔物が指示する。
 「べ、別の場所から外へ出ろ!進めば死ぬぞ!」
 サイトーたちを追って来ていた魔物の群れが四方八方に散る。
 追っていってもいいが、効率が悪い。
 ヘラクレスは魔物たちが自分の守っている場所から見えなくなると、先ほど粉々に粉砕した門から町の外へと出た。

 前方、遠くを走るサイトーたちの後ろ姿。
 それを追うように、町のいたる所から飛び出してきては走り寄る魔物たち。
 ヘラクレスは武骨な大剣を地面に突き刺すと、まるでバリスタのように巨大な弓を召喚し、それに見合う巨大さの矢を手に持った。
 巨人の射手。
 そう呼ぶにふさわしい立ち姿の男が弓に矢を番える。

 まるで、大砲の一撃のような矢がサイトーたちを追う魔物たちの背後から飛んでくる。一撃着弾するごとに2,3名の魔物が宙を舞った。
 「うおおおっ!?」
 いきなり砲撃のような矢が次々飛んできて魔物たちは混乱するしかない。
 魔物の一人が言った。
 「や、奴です!門を守っていた化け物が後ろから矢」
 全てを言い終わる前にその魔物は飛んできた矢に吹っ飛ばされて宙を舞った。
 ギリギリで難を逃れた集団のリーダー格である魔物は叫んだ。
 「ジグザグに走れぇー!狙いを定めさせるなぁー!!」

 ヘラクレスはその場で立ち止まって射撃するのを止めて、今度は走りながら弓に矢を番え始めた。
 まるで移動砲台のような猛攻はしばらく続いた。


 ほとんど壊滅状態で魔物たちは洞窟まで来た。
 この洞窟を抜けた先にある入江にロジャーの船が停泊している。

 魔物のリーダー格は息も絶え絶え言った。
 「くっそ…!地方の町の治安維持部隊って聞いたから楽して点数稼げると思ってたのに…とんだ貧乏くじを引いちまった…!」
 残った魔物たちが揃うのを待って洞窟へと入る。
 しかし、洞窟に入った魔物たちから悲鳴が上がった。
 「うっ!?何かいやがる!」
 「ぐげっ!?」
 断末魔をあげて倒れる魔物。
 魔物のリーダーは洞窟に留まるのを危険だと感じて走り抜けた。
 洞窟の闇夜に乗じて魔物たちを暗殺したのはライドウだった。

 彼が洞窟を抜けると、入江に泊まっていたはずの船は既に出航し、命からがらその場にたどり着いた魔物のリーダーを迎えたのはドートン、アンリ、タルトだった。
 ドートンは普段より3割増し狂気多めの演技で言った。
 「ひゃっひゃっひゃ!わざわざご苦労!だが、船はもう行った後だゾ。」
 タルトもちょっと芝居がかった仕草で言った。
 「降参するというなら、聞いてやらんこともないぞぉ~。」
 魔物のリーダー格は不敵な笑みを浮かべて言った。
 「この期に及んで命乞いなんてするかよ、部下に笑われちまう。」
 続けて魔物はサーベルを構えて言った。
 「それにまだ俺は敗れてはいない!」

 伏兵として控えさせていた空戦部隊と水中部隊が出航した船を襲う。
 有翼、飛行できる魔物で構成された空戦部隊が船へ空中から攻撃を仕掛ける。
 しかし、その攻撃の悉くがまるで見えない何か食いつぶされたかのように消えた。
 白いフードマントを被り、ゴーストのような鬼火を連れた男が甲板の上に建っていた。ファントム、魔物に変装時はそう名乗ることにしたマックスである。
 マックスは言った。
 「降りてこい。」
 空戦部隊の隊長は言った。
 「ああん?こちらのアドバンテージをわざわざ捨てるわけないだろうがっ!」

 船室のドアが開いて中から刺々しい鎧を身に纏った男が出てきた。
 この姿の時はイービルアーマーと名乗っているブレイブだ。
 ブレイブは言った。
 「ならばこちらも遠距離攻撃を使うまでだ。」
 彼がそう言って手をかざすと、空戦部隊が浮遊している空間にバンバンと音を立てながら光点が出現し始めた。それが七つになる。
 「グランシャリオ。」
 七つの光点が一気に輝きを増し、空を明々と照らすような爆発が起こった。
 空戦部隊はその爆発で全滅した。
 爆発の余波で船が転覆しないように、余波はマックスが暴食の能力で抑えた。

 一方、水中部隊は水中で単独行動が可能なペン十郎が一人で相手をしていた。
 水中部隊長の鮫男が言った。
 「この野郎…化け物か!」
 ペン十郎は腕を組むと言った。
 「我輩は、ペン十郎ダークネスだ。」
 シャークマンは得意げに言った。
 「なるほど、お前は確かに強いかもしれん…だが!海の怪物クラーケンには適うまい!いでよクラーケン!」
 しかし、呼びかけに応えるものはいなかった。
 シャークマンは辺りを見回しながら言った。
 「クラーケン?…おーい?クラーケンやーい?」
 ペン十郎は無慈悲に言い放った。
 「クラーケンは死んだ、もういない。」
 シャークマンは思わず驚いて手に持っていたトライデントを落としそうになった。
 彼は武器のトライデントを慌てて持ち直すと言った。
 「ば、バカな!?クラーケンを倒しただと?どうやって!」
 ペン十郎はジェスチャーを交えて言った。
 「我輩の部下が、こう、大剣で真っ二つ。」
 シャークマンは信じられないものを見るような目でペン十郎を見たが、ブルブルと顔を横に振ると言った。
 「俺とて、海神の矛を受け継いだ海の男よ!海は俺の戦場!」
 彼がそう言ってトライデントを構えると、彼らの頭上を進む船の前方に巨大な渦潮が姿を現した。
 シャークマンはトライデントの切っ先をペン十郎に突きつけながら言った。
 「さあ!このままだと船は海の藻屑だぜ!」

 ペン十郎は渦潮の傍まで泳いで近づくと、今度は高速で渦潮の回転とは逆に泳ぎ始めた。すると、渦潮は勢いをなくして海面は静かになった。
 ペン十郎は渦潮を消滅させてから辺りを見回した。
 その時には既にシャークマンの姿は見えなくなっていた。どうやら、渦潮の対処をしているうちに逃げ去ったようだ。

 戦いが終わったことを悟ったマックスたちは船の事はロジャーに任せて暗黒大陸へと戻るべく、甲板から飛び降りた。
 二人は海の上に浮かぶ姿の見えない何かに着地する。
 向こうからロジャーの船を使って暗黒大陸まで渡った際もずっと一行を自動航行で追ってきていた移動拠点である。

 マックスたちが姿を消したままの移動拠点の背に乗って入江まで戻ると、魔物たちのリーダーが縄で縛られていた。
 タルトが言った。
 「カッコいい啖呵を切ったわりには最後まで抗わんのか。」
 リーダーは言った。
 「空戦部隊、水中部隊がやられちまったからな。素直に負けを認めただけだ。」

sec.105 - 灰色ビー玉

2018/07/05 (Thu) 22:23:34

 サイトーたちをロジャーの船に乗せ、町へと帰って来たペン十郎たち。

 彼らが町へ帰ってくると強い者には素直な魔物たちは誰が指示するわけでもなく広場に集まっていた。
 ざわつく魔物たち。
 今度は自分たちが魔素の塵に帰る番かと、その顔は恐怖の色に染まっている。
 ペン十郎は腕を組みながら言った。
 「とりあえず、議会を作る。」

 ざわつきが大きくなっていく。
 口々に近くの仲間と会話を始める魔物たち。
 「議会?」
 「ギカイって何だ?うまいのか?」
 「人間たちが地上を治めるために作っている仕組みの一つだな。」
 「へぇ、人間に習うなんてやっぱりダークネス卿は少し変わってるねぇ。」

 ペン十郎は言った。
 「議会で細かいルールとかは決めてもらうつもりだが、大前提として、人間と魔物は平等。お互いの違いをしっかり理解し、お互いを尊重すること。まあ、理想論だが、綺麗ごとが実現できる方がいいって先人も言ってたしな。」
 イービルアーマーが一歩前に出て言った。
 「体に刻印が刻まれているものは前に出てくれ。放っておくと命に関わる。」

 選挙のルールも決まっていないので最初の議会構成員は大雑把に決める。
 まず、我こそはと思う立候補に名乗りを上げてもらい、その立候補で一週間選挙期間を設ける。その一週間後に町に住む者全員で投票。
 投票数で過半数を獲得した者を初代議会構成員とする。
 タルトは選挙のルールを見て首を傾げて言った。
 「こんなルールで大丈夫かのう…?」


 ペン十郎は刻印が施された人間たちから、呪いを除去し始めた。
 人間の一人がペン十郎に囁いた。
 「なあ、アンタ人間なんだろ?」
 ペン十郎はフリッパーを囁いた男の刻印の上に置く。
 触れていた箇所が僅かに光った後、刻印は綺麗さっぱり無くなっていた。
 ペン十郎は言った。
 「我輩が人間だとしたら何だというのだ?」
 人間は大きい身振りで言った。
 「今まで殺された人間の敵を取ってくれるんだろ!?」
 ペン十郎は腕を組んで言った。
 「話し合いの通じそうにない相手は倒すしかあるまい。」
 目の前の人間は興奮が収まらないのか目が血走っている。
 男ははあはあと息を荒げて言った。
 「何甘いこと言ってるんだよぉ!?皆殺しだろぉ!?魔物はぁ!」
 男は突然駆け出すと、選挙の準備のために集まっていた魔物の一人に殴りかかった。しかし、その拳は傍にいたイービルアーマーに止められた。
 邪悪な鎧は言った。
 「止めろ。人間と魔物は平等。それは理不尽な暴力に過ぎない。」
 男は興奮している。
 素早く駆け寄った触手の生えた服を着たアンリが沈静効果のある術を男に施すと、男は力が抜けて地面にへたり込んだ。
 アンリがその男を服の触手で抱え上げると言った。
 「この方は精神的に完全に参ってますね。」
 要治療であろう。
 アンリは町に帰って来てから、治癒能力のある魔物や、治癒術に才華のある人間を集めて治癒術院を開設していた。
 アンリに抱えられた男はその治癒術院に連れて行かれた。

 こうして暗黒大陸の片隅、地方の港町で始まった議会選挙。


 一方、星の国を経由して、究極帝国から輸出された兵器群が暗黒大陸で魔物を相手に戦っている人々に届けられ始めた。
 兵器群は人間たちにとって追い風となり、各地で戦果を上げ始めていた。


 その動きを受け、魔物たちは謎の異空間に設けられた会議場に集まっていた。
 全員フードのあるローブを目深に被っているのでその正体は掴めない。
 素顔の見えないローブの集団は怪しげな話し合いを始めた。

 「星の国の助けを受けて、人間共が我らの大陸に武器を届けているそうだな。」

 「流石、道具を使うことに関しては我らより秀でる種族よ。手こずるわ。」

 「また、星の国か。天高くにいるからとどちらにもいい顔をしよって…。」

 「幾ら憤ってもいいが、星の国に手を出そうなどとは思わんことだ。」

 「人間共の神話には蝋の翼を溶かされて落ちた者もいる。」

 「…言われなくともわかっておる。少なくとも地上を完全に制圧するまでは。」

 「傲慢よの、お主は。ともかく、今の議題は人間共の新たな武器への対応だ。」

 「やはり、元から断つべきではないか?究極帝国を滅ぼすのだ。」

 「大きく出たな。この大陸すら完全に制圧できていない我らぞ。」

 「だが、このまま兵器を送られ続けるのも面倒だぞ。何か対案があるのか?」

 「星の国を使えばいい。奴らは自らに利さえあればどちらにも味方する。」

 「なるほど、究極帝国各地に黒い水晶をバラまくのだな?」

 「そうだ。後は暇している奴が勝手にBOSSになって暴れてくれる。」

 「くっくっく、自国がそんな状態になってしまっては兵器を送るどころではない。妙案ではないか。褒めてやろう。」

 というわけで、魔物たちの会議で決まった邪魔な兵器輸出を止めるために、究極帝国各地に黒い水晶がばら撒かれ始めたのであった。

sec.106 - 灰色ビー玉

2018/07/06 (Fri) 12:37:51

 暗黒大陸地方の港町。
 洞窟を抜けた先の入り江でボーっと座っていたシャークマンを見つけた。
 ペン十郎が話しかける。
 「そこに居たか。」
 シャークマンは傍に立てかけておいたトライデントを握ると構えた。
 傍の海水がまるで鎌首をもたげた蛇のように起き上がる。
 ペン十郎は両手を掲げて言った。
 「待て待て。お前が根城にしているであろう町の今後について知らせに来た。」

 港町だけの小規模なものだが議会を始めることを鮫男に話す。
 シャークマンが言った。
 「するってぇーっと、これからはその議会ってのが皆の魔王様ってことか?」
 ペン十郎は頷いて言った。
 「そういうことだな。」
 シャークマンは言った。
 「おめぇさんは立候補しないのか?」
 ペン十郎は言った。
 「最初はそれもいいかもしれないと思ったが、我輩たちは一所に留まっては居れぬ流浪の身。議員としての義務を全うできない可能性がある。だから、手助けはするが議員に立候補した者はおらぬ。」
 シャークマンは少し考えてから言った。
 「…もしかして、俺に立候補しろって?」
 ペン十郎は言った。
 「そこまでは言わんが、部隊長を務めていたお前ならいい線行くのではないか?」
 シャークマンは悩んでいるようだ。
 議員と言うのが具体的にどんなものなのか想像できないのだろう。
 勿論、彼の言うように議員は魔王そのものではない、民意の代表者であるべき役職だ。
 ペン十郎は言った。
 「ま、そこは追々決めてくれていい。議員への立候補は今日いっぱいが期限だ。お前に頼みたいのは港の整備だ。」
 シャークマンは怪訝そうな顔をした。
 ペン十郎は続ける。
 「人間たちが作っていた正規の港は魔物の大侵攻の際に粗方潰されてしまったからな。よって、星の国を経由するしか物資の運び込みが不可能な状態なのだが。」
 シャークマンは言った。
 「お前、よほど人間が気に入っているようだがよぉ…最終的にこの大陸を人間に返すつもりではなかろうな?」
 ペン十郎は少し思案してから言った。
 「魔界の一部が顕現して、この大陸の半分は魔物のものだと言っていいだろう。だが、元々その半分は人間が支配していた土地だ。後は言わなくてもわかるな?」
 シャークマンは少し間を置いてから言った。
 「俺のじっちゃんが言ってたんだが…魔物の凶悪性なんて人間の生き写しに過ぎず、本当におそろしいのは人間だって話よ。お前、そんな奴らが半分この大陸に戻ってきて魔物が無事に済むと思うのか?」
 ペン十郎はうっと言葉に詰まった後言った。
 「ちょっと、保障できない…。」
 シャークマンはうんうんと頷いて言った。
 「ここじゃとても口にできないような悲惨な真似をこの大陸でやっている奴も不相応な力を手に入れた元人間って話だしな。本当にろくでもない奴らだよ。」
 その悲惨な真似を目にして心を壊す者を警戒して、ペン十郎はかつての仲間をこの大陸に呼び込むのを避けた節がある。
 また、先ほどの集まりで心を乱し、暴力に訴えようとした者がいたが、おそらく彼もそんな心を壊してしまった者の一人であろう。
 ペン十郎は言った。
 「だが、港は整備してもらうぞ。いずれ必要になる。」
 シャークマンは言った。
 「ま、いいだろう。実質、俺たちの支配者はアンタだからな。」
 お前が魔王と言われて、少し複雑な心境になったペン十郎だった。


 隠し入り江でシャークマンの説得を終えて町へ戻ると、事件が起こっていた。
 治癒術院から件の青年が脱走したらしい。
 隠し持っていた果物のナイフで拘束具を断ち切っての逃走。
 その果物ナイフは彼が寝かされていたベッドの傍に落ちており、奇妙な事に逃走経路は不明、周辺での目撃証言も全く無いとのことだった。
 まるで、朝霧のように消えてしまった青年は何処へ行ってしまったのか。

 現場の保全に務めていた腰にサーベルを構えた魔物たちのリーダーは、決して他人を不用意には傷つけないとブレイブに約束させてから解放されている。
 そんな彼が言った。
 「こりゃあ…夢の国に連れて行かれてしまったようだな。」
 ペン十郎は訝しむ声色で言った。
 「夢の国…?」
 リーダーは続ける。
 「奴は空間さえもその得意のペテンにかけちまうんだ。」


 アリス。
 夢の国と呼ばれている町を仕切っている町長にして、牢獄の監守であるらしい。

 ペン十郎は教えられた地点に風を纏って飛んだ。
 文字通り、飛ぶような速さで大陸を進んでいくとそれはあった。
 視界に収まる範囲のど真ん中に、近代的な街並みが見える。
 ペン十郎は思った。
 (あれが夢の国…。)
 たどり着く前に減速して、近代的な街並みと手つかずの自然である境を踏み越える。妙な違和感があった。どうやら、これがリーダーの言うペテンのようだ。

 ヒュプノスという神の力を元にしている催眠術という話だ。
 つまりは、まあ、ここから先は彼女のテリトリーというわけだ。

 ペン十郎は町の中を歩く。
 小鳥がさえずり、時折車が走り去り、人々が笑い。道行く人たちが挨拶をする。
 気味が悪いほど平和だった。とてもここが暗黒大陸だとは思えない。

 町の案内看板を元に市長が勤務しているという市長室へとたどり着いた。
 来るのがわかっていたのだろう。
 魔物たちからアリスと呼ばれている少女が似合わない市長の椅子の上でふんぞり返っていた。
 彼女は言った。
 「ようこそペンギンさん。私はこの町の市長、そしてこの牢獄の監守よ。」

 ペン十郎は言った。
 「ここより遠く離れた港町から、青年が一人、この町に来てないか。」
 アリスはぺらぺらと資料をめくると言った。
 「来ているわよ。ええ、青年が一人ね。」
 ペン十郎は言った。
 「彼は精神的にとても不安定だ。さらわれて正気で居られるとも思えない。」
 アリスは淡々と言った。
 「大丈夫よ。少なくともこの町に居る限り、彼は穏やかな青年で居られる。」
 ペン十郎は言った。
 「それも君の能力、催眠術って奴かい?」
 アリスは頷いてから言った。
 「ええ、この町に集められている人たちは何らかの理由で心を壊してしまっているわ。人も魔物も、ね。私はそんな人たちに正常な心を仮初だとしても与え、穏やかな余生を過ごしてもらえるよう尽力しているってわけ。」
 ペン十郎は彼女が言っていることが本当なら止める理由が見当たらなかった。
 アリスは最後に言った。
 「私の事が信じられないのなら、試してみる?ま、この町に悪意を持って近づくものは例え何物であろうとも、境を越えられないようになってるけどね。つまり、貴方がここに踏み込んでこれたってことはそういうことなのよ。」

 ペン十郎はアリスの案内で、今日連れてこられた青年の様子を確認した。
 早速、仲良くなったのか近所の子供たちとボール遊びに興じている。
 彼はその様子を見届けるとアリスに礼を言って、その場を後にした。

 アリスは夢の国の境に立ち、去っていくペン十郎に小さく手を振っていた。

sec.107 - 灰色ビー玉

2018/07/06 (Fri) 17:06:52

 アリスの夢の国から、港町へ帰って来たペン十郎。
 立候補した魔物や人間の名簿を確認する。
 この中から町の住民の過半数の支持を得たものが初代議員となる。

 サーベルを帯剣した虎と獅子の混合種である魔物。
 魔物たちのリーダー格、ライガーは言った。
 「一応、俺も立候補したぞ。清き一票を頼む。」
 ペン十郎は言った。
 「選挙活動は明日からだ。選挙法違反。」
 ライガーはえっ!?と言った後、まごまごしだした。
 ペン十郎は言った。
 「冗談だぞ。そのうちルールが厳格化するかもしれないが、今はそんなことはない。安心していい。」
 ライガーはそう聞いてホッと胸をなでおろした。


 治癒術院。
 大陸の各地から、噂を耳にした人々がやって来ているらしい。
 先ほど出かける前より遥かに人が増えていた。
 明日から始まる選挙の立候補者の確認も済んだので、ペン十郎はここを訪れていた。
 ペン十郎も術を使ってやって来たという患者の対処をしつつ、人員の補充も考えた方がいいかもしれないと思い始めていた。

 ひと段落した所で、アンリに呼び出された。
 病室にコンセントに繋がれたゲームの筐体が鎮座していた。
 ペン十郎は首を傾げながら言った。
 「何これ?」
 アンリが苦笑いを浮かべながら言った。
 「患者ですよ。」
 本名は忘れてしまったか、もしくは記憶を奪われたか、本人は自分の事を筐体さんと名乗っているらしい。
 ペン十郎がぐるりと正面へ回ると可愛げのある少女が筐体の画面上に映し出されていた。
 彼女が生きながらゲーム機に変えられた筐体さんのようだ。
 アンリが言った。
 「よほど強力な呪いなのか、僕の持っている術では解けそうにないですね。」
 ペン十郎は呟いた。
 「眠り病クラスか。」
 何らかの処置方法を編み出すか、発見しなければ処置の難しい呪いのようだ。
 彼女は自分がゲーム機として使われることには特に拒否感は覚えていないようで、更に言えば、ゲーム機として遊ばれれば遊ばれるほど経験値が溜まっていくシステムらしい。増えた経験値で何ができるようになるのかは秘密のようだ。
 筐体さんは言った。
 「ダークネス卿も遊んでいきますか?」
 ペン十郎は首を横に振った。
 「ちょっと忙しいから、暇になったらね。」
 彼女は治癒術院の隣にある駄菓子屋に置かれることになった。

 次、と称されてアンリに紹介されたのは一体のマネキン。
 なかなかのプロポーションを誇る美しいマネキンが何故か治癒術院の看護師の恰好をしている。
 ペン十郎は嫌な予感がして呟いた。
 「まさか。」
 アンリは頷いて言った。
 「ええ、この方も対処の難しい呪いにかけられた人です。」
 月の光の下であれば他人の視線にさらされても平気であるらしいが、月の光が届かない場所で他人に見られるとマネキンとなってしまう呪いらしい。
 対処法として、肉眼で見られないように大きな布を頭から被るなどがある。
 よって、そこらに置いてあった布をマネキンに頭から被せる。
 すると、布の下で今まで固まっていたマネキンが動き出した。
 「どうも、治癒術院で働くことになったテレサです。」
 のぞき穴として開いているのか、目のあたりに二つの穴が開いている。
 その程度は他人から見られても呪いが発動しないようだ。
 ペン十郎は言った。
 「大変でしょうが、頑張ってくださいね。」
 テレサはそう言ったペン十郎の手を取ると言った。
 「貴方のおかげでこの暗黒大陸にもようやく光が届いた気がします。」
 ダークネス卿なので、光を届ける立場ではないのだが、ここは空気を読んだ。

 以上、二名も立候補している選挙期間は明日から一週間設けられている。


 一方、究極帝国にばら撒かれた黒い水晶から魔物が沸き始め、各地でその対応を求められていた。
 ロナ・ブラッドが司祭を務める地域にも一つ、巨大な水晶が大気圏外から落下したようで、その対応を求められていた。

 ロナがアルカードと共に現場へと向かうと、見上げるほど巨大なゴーレムがその場に出来上がっていた。
 空から降って来たという巨大な黒い水晶はその胸に収まっているように見える。
 とてもではないが人の大きさで立ち向かうようなスケールではない。
 アルカードは言った。
 「ユキコに連絡する?」
 超巨大ヌメなら対抗できそうな大きさだった。
 しかし、ユキコに連絡して、彼女がやって来て超巨大ヌメを召喚するまで、この目の前の土塊はこの場に留まっているだろうか。
 ロナは意を決したように目の前の巨大ゴーレムを睨みつけると言った。
 「空から降って来たってことはよォ…星の国の連中が一枚噛んでるってことだァ。つまりは、俺がここに居ることを知ってやがるのさァ。」
 アルカードは首を横に振って言った。
 「まさか、ロナ。あれをやる気?」
 ロナは言った。
 「別に反動があるとかそう言う事でもない。ただ、自分がどうして生まれたのかをまじまじと思い出すだけだァ…!」
 彼がそう言いながら、右手を天に掲げると、衛星軌道上を漂っていた建物から何かが地上に向けて射出された。
 それは真っすぐロナたちがいる地上めがけて落下。
 腕を組んだポーズのまま、地面に直立に立った。
 その巨大な人型ロボットの見えやすい位置にR07と刻まれていた。
 ロナ・ブラッドは普通の人間ではない。
 R07の部品としてデザインされた生まれながらの超人である。
 ロナの体が瞬間移動し、巨大ロボットの胸部に輝くコアの中に転送された。
 巨大ロボはその主要機関は機械であるが、あらゆる技術を取り入れた超科学で動いているので幻想帯内でも問題なくその猛威を振るうことが可能である。

 まるで己を奮い立たせるかのように雄たけびを上げて巨大ロボがファイティングポーズを取った。
 「フオォウッ!」
 危ないので離れているようにと言われたアルカードはそれを見守ることしかできない。
 巨大ゴーレムも呼応するかのように動き出し、超巨大質量同士の格闘戦が開始された。
 地がひび割れ、木々が薙ぎ倒され、土煙が舞うが、仮に超巨大ゴーレムが動き出していた場合はこれの比ではない被害が発生していただろう。
 今、この地域の平和を守れるのはロナ・ブラッドしかいないのである。

 大きく飛び上がった機械の巨人はドロップキックを放った。
 「ホーウッ!」
 しかし、それを受け止めたゴーレムは巨人の足を持ってジャイアントスイング。
 遠心力で勢いをつけて投げ飛ばした。
 実際にダメージを感じるのか悲鳴を上げて機械の巨人が地面を滑っていく。
 「グアアッ!!」
 大量の土砂をクッションにしてその巨体がようやく止まった。
 丁度、頭が近くまで来ていたのでアルカードが声を上げた。
 「立って!ロナ!」

 その声に応えるように機械の巨人はゆっくりと体を起こした。
 再びファイティングポーズを取る。
 巨大ゴーレムが地面を踏みしめて走り寄る。その動作だけで周辺に地響きが発生する。それほど巨大なのだ。
 空気を振るわす大激突。あまりの衝撃の余波に、近くで見ていたアルカードは吹っ飛ばされた。
 彼女は空中で姿勢を正すと叫んだ。
 「やれー!ロナ!そんな奴さっさとぶっ飛ばせー!!」

 機械の巨人の瞳が光る。
 同時に胸のコアクリスタルも光り輝く。
 両手の掌打で巨大ゴーレムから距離を取り、機械の巨人ロナが構えた。
 その手に巨人サイズの銃火器が召喚された。
 ロナ・フルバースト。
 巨人サイズの火器を全弾発射する技である。
 手加減なくぶっ放せば周辺は焦土と化す。
 今回は一応、目の前のゴーレムめがけて撃ったので、その周辺が完全に灰となるだけで済んだが、その攻撃から発せられる音は一山越えた先にある集落にまで聞こえたという。
 最後に手榴弾を投げて爆破。
 完全に相手が爆砕したのを確認した機械の巨人ロナは爆心地から背を向けた。
 「フォ…。」
 そのまま、落下してきた衛星軌道上にある建物まで飛んで戻っていった。


 巨人が飛び去った足元に気絶した人間ロナ・ブラッドだけが残された。
 アルカードが素早く駆け寄ってロナの無事を確認する。
 脈は正常、寝ているだけのようだ。
 多大な被害を発生させた超巨大戦は機械の巨人ロナの勝ちで終わった。

sec.108 - 灰色ビー玉

2018/07/06 (Fri) 23:34:57

 魔物たちが星の国に依頼したのは究極帝国への黒水晶のばら撒きであったが、その周辺各国もそれなりに被害にあっていた。

 そのうちの一つ、砂漠の町スコーピオン。
 衛兵組織と連携し、衛兵が周辺を見回り、黒い水晶を発見すると、カクタスキッド、フェンリルに連絡し、二人が水晶の破壊に向かう。

 フェンリルが叫びながら腕を振るう。
 「おらぁ!!」
 光の軌跡を描いて彼女の爪が水晶へと振るわれる。
 一呼吸置いて、砂漠に突き刺さっていた水晶がバラバラに砕け散る。
 黒水晶もこれだけ砕いておけば魔物を自動的に召喚する能力はなくなる。
 周辺に既に現れていた魔物の中で目が合い次第襲いかかって来た個体はカクタスキッドが針の早撃ちで倒した。
 フェンリルは言った。
 「この辺に落ちた水晶はこれで終わりかな?」
 カクタスキッドは辺りを見回して言った。
 「ああ、それで最後だろう。報告を受けた限りではね。」

 その時、小規模な揺れがあった。
 カクタスキッドは訝しんだ。
 「地震…なわけないな、何だ?」
 徐々に揺れが大きくなって砂漠の砂を巻き上げて何かが地中から飛び出した。
 巨大なワームだ。
 フェンリルは言った。
 「カクタスキッド!あれは倒せそうか?」
 カクタスキッドは言った。
 「ちょっと無理そうだね。」
 二人は全速力でその場から逃げ出した。
 ワームは二人が先ほどまでいた場所を食らうように飛びついてきた。
 獲物を咥え損ねたワームはそのまま地面の下に潜った。

 フェンリルは思案してから言った。
 「ちょっと時間を稼いでくれないか?」
 カクタスキッドの返事を待つのも惜しいのか彼女は精神集中に入った。
 彼女の体内エネルギーが静かに脈動を始める。
 その危険性を感じ取ったのか、ワームが地中から彼女を食らうべく浮上して来た。
 カクタスキッドは集中し始めたフェンリルを横抱きするとその場から逃げた。
 大きな口を開けたワームが地中から飛び出した。
 二度も獲物を食いそびれたワームは激怒しているのか、周辺を滅茶苦茶に跳び回りながら、滅多矢鱈に地面の砂を食い進んだ。
 すると、ワームが砂を食い進んだ空洞を埋めるべく、流砂が形成され始めた。
 カクタスキッドは流砂に足を取られそうになるが、抱えていたフェンリルを俵抱きにして、余った片手で投げ縄を近くの尖った岩に向けて投げ、それを手繰ってその場から抜け出した。
 間一髪でワームの三度目の呑み込みをかわし、二人は岩場の上に飛び乗った。
 カクタスキッドはいまだに集中状態のフェンリルを岩場の上に降ろす。

 地面から飛び出した巨大ワームがその大口を開けて迫ってくる。
 カクタスキッドはその口の中に両手からありったけの針を発射した。
 口の中に針をありったけ刺されたワームは怯んだ。

 その時、ようやく攻撃の準備が終わったフェンリルが叫んだ。
 「天に届く顎を食らわせてやるよ…感謝しなぁ!!」
 空の彼方から上顎と思われるエネルギーの塊が降ってきて、ワームの頭上に降り注ぎ、地中から下顎が競り上がってきて巨大なワームを挟み込んだ。
 「フェンリル…バイトォ!!」
 ワームを食いちぎるように交差した二つのエネルギーの塊はその交点で眩い光と共に爆発した。
 その一撃が致命傷となったのか、ワームは爆発四散して、その体にため込んでいた地中の恵みを全て地上に吐き出してから消滅した。
 ワームが消滅時に吐き出したものがあまりに大量なので、フェンリルとカクタスキッドは巻き込まれないように慌てて走って逃げた。

 ワームが消滅した地点には栄養をたっぷり含んだ土で出来た豊かな丘が出来上がっていた。
 その事に地域の人間が気づくのはもう少し後の事だが、乾燥した気候である砂漠の町では貴重な、作物が良く育つ土地が出来上がっていた。
 その辺だけ緑化が行われ、砂漠の町の新たな名物ともなるのだった。


 ロナ・ブラッドが倒したという超巨大ゴーレムと砂漠の町に出現した巨大ワームは、その出現に相応の大きな黒水晶が必要になる大型の魔物だった。
 そこまで大きな水晶が、この大陸で出るのは稀で、それらが空から降って来たものであるという目撃証言と合わさって、暗黒大陸から運ばれてきたものと推測された。


 魔術師は流石に洒落になってない事態なのでスターダスト社に直談判に行った。
 イワトビは言った。
 「事前にその危険性を知らせていた通り、これは暗黒大陸の報復措置です。」
 応対に出たスターダストの重役は言った。
 「だとするなら、我々も報復措置を取らねば。」
 イワトビは言った。
 「これ以上、暗黒大陸を刺激すれば取り返しのつかないことになりかねませんよ。」
 重役はにやりと笑うと言った。
 「おや?弊社を脅すつもりですか?この会話は一言一句録音されている。その事をお忘れなきように。」
 イワトビは言った。
 「どうしても、兵器の輸出は止めないと?」
 重役は頷くと言った。
 「ええ、現に暗黒大陸で抵抗している組織からはお礼と追加の注文が届いていますしね。今更、輸出を止めて、彼らを見捨てろと言うのですか。」
 イワトビは相手の正論に返す言葉が無かった。
 だが、これ以上暗黒大陸を刺激するのは危険だと言うのも事実だ。

 説得がうまくいかずに魔術師は何も得られずにスターダスト社を出た。
 重役はその様子を自室の窓から見下ろす。
 彼はイワトビの背中に向けて言った。
 「綺麗ごとでは飯は食えんのですよ、魔術師殿。」
 だが、そう遠くない未来に彼は魔術師の助言を聞かなかったことを後悔することになる。それは暗黒大陸の次のリアクションがいつ起こるのかに定められていた。


 一方、サイトーら暗黒大陸を発った人間たちを自国に保護してきたロジャーは、英雄扱いされていた。
 何せ、暗黒大陸から生きた人間を保護して戻るなど、今まで誰も成しえなかった偉業だったからだ。
 流石のロジャーもこれは予測していなかったのか面食らってしまった。
 船員と共に暗黒大陸から安全な地へやって来た人々を巻き込んで三日三晩の宴が続いた。

 それから、数日後。
 ロジャーは再び暗黒大陸へと向かう事になっていた。
 サイトーも自分がしたことを洗いざらい話し、罪を償おうとしたが、その行いが偉業であると評価された分で罪が帳消しになってしまっていた。
 罪も償えず、流石に居心地の悪いサイトーは、この数日で元従業員と商品として扱っていた人々の住まいと仕事を探し終え、ロジャーと共に船に乗った。
 元従業員たちがサイトーの見送りをする。
 元従業員の一人が言った。
 「サイトーさん!無茶だけはしないでくださいね!」
 サイトーはそんな見送りに対して弱弱しく手を振った。
 何せ、牢獄生活が始まると思っていたのが英雄扱いである。彼は、喉の奥に魚の小骨が引っかかったかのようなやり切れなさを抱えていた。
 サイトーが隣のロジャーに向かって言った。
 「私たち、悪人のはずです…よね?」
 ロジャーはぶっきらぼうに言った。
 「おう!悪人よ悪人!とりあえず、ダークネス卿の所に戻るぜぇ!」
 サイトーとロジャーを乗せた船は再び暗黒大陸を目指して出発した。
 今度は正式な港から。沢山の見送りに見送られて。

sec.109 - 灰色ビー玉

2018/07/07 (Sat) 14:10:58

 スターダスト社から帰宅したイワトビは一通の手紙が届いているのを確認した。
 かねてより、立ち入る許可を求めていた封印施設に入ることを承認されたという書類と共に、立ち入る際に必要となる許可書が同封されていた。
 魔術師はそれを懐にしまうと出かける準備を始めた。
 すると、机の上にひっそりと座っているユキコに気づいた。
 魔術師は思わず声を上げた。
 「うおおっ!?」
 ユキコは机の上から飛び降りると言った。
 「その様子だと、母上の症状に関する研究が進展したのですね。」
 イワトビは苦笑すると言った。
 「いや、そういうわけではないのだけどね…。とりあえず、これからまた出かけるけど、ついてくるかい?」
 ユキコは頷くと言った。
 「はい。」

 元首都の周辺が幻想帯となったことで危機は脱したものの、封印施設はその際に一番濃い魔素が漏れ出ていた場所。
 騒動の終盤に出てきた謎の不定形の化け物の事もある。
 魔術師はユキコと共に、タクシーで乗り付けた。

 あの戦いが終わった後、色々あった封印施設の後片付けに手間がかかったのだろう。魔術師がアルバトロス騎士団だからという理由ではおそらくない。

 警備の人に付き添われて、封印施設内を下へ下へと進んでいく。
 この封印施設の意味は、究極帝国の力では完全に消滅させられない存在などを未来の技術発展に期待して封印しておく刑務所じみた役割と、長い人生を生きすぎて精神が摩耗してしまった長命種が眠りの棺を使って二度と覚めない眠りに入る疑似的な墓場の役割の二つが主である。
 よって、階層ごとに大層な封印が施してある出入り口がちらほらと見える。
 下へ下がるほど封印の強度が高まっていき、容易に脱出することはできなくなる。

 最下層。
 ユキコの母と父が命を削って作り上げた白いドアが、かつて魔界に一番近い地点から漏れ出る魔素を食い止めていた場所。
 獅子王英雄譚、最後の決戦の地でもある。
 警備員は、上へと上がるエレベーターの近くで待機するようで、ここから先はついて来ないようだった。
 イワトビとユキコはひと気のまったくない最下層を歩く。
 栗原の話ではここで一度封印されたらしい。
 ちらちらと見て回ると、コード0と書かれたネームプレートが見つかった。
 その場にあるはずの眠りの棺はない。ブラックスカルが持ち去ったのだから当然ではある。

 イワトビはその場に立つと、自分の目の前の地面を照らすように両手のひらを向けた。すると、空中に両手を広げた距離と同じ直径の魔法陣が展開した。
 彼が展開した魔法陣がぐるぐると回転しながら、時折、そこに書き込まれている術式が点滅する。
 魔術師は一見すると何をしているのか分からないことを始めた。

 ユキコは質問した。
 「どうして、今更封印施設なのですか?」
 魔術師は作業を続けながら言った。
 「魔術の知識を取り入れて研究が進んだ結果、君の母と父は命を削って魔界の浸食を防いだ事が裏付けられたわけだ。」
 ユキコは頷きながら言った。
 「ええ、その事は獅子王英雄譚にも記載されていますので、今更裏付けたところで何か意味があるのでしょうか。」
 イワトビは言った。
 「新しい事だからね。どうしても仮説に飛躍せざるおえない。だから、まあ、地盤固めに近い。ともかく、命を削ったのは何も君の母親だけではないんだ。つまり、父親であるブラックスカルも母同様に何らかの異常が発生していなければならない。獅子王としての資質で解決したって可能性も無きにしも非ずだけど、ヒカリさんは神魔の眼の持ち主、資質で言えば一国の王に勝るとも劣らない。二人の実力はほぼ同等だったと思うよ。ブラックスカルさんが何故異常が起こらなかったのかというと、魔界に漂っていた高濃度の魔素を取り入れ、削った分を補填したんだ。だから、君のお父さんは後天的に魔物と同等の存在になったわけだね。」
 魔術師は目を輝かせて続けた。
 「高濃度の魔素が充満している状態なら、ブラックスカルさん程の実力者であれば、その程度の奇跡は自然発生するってことだから、この時判明した理論を応用したのが、ダークネス卿の刻印で、周囲の高濃度の魔素を使って小規模の奇跡を起こせるんだ。よって、彼の刻印は高濃度の魔素が存在しない場所では、只のタトゥーシールみたいなものなんだよ。」
 ユキコがある事実に気づいて魔術師に注意する。
 「魔術師様、話が脱線しています。」
 ハッと気づいたようでイワトビは続ける。
 「まあ、何が言いたいのかというと、その眠り病を発生させている原因が異常な力を持った者にありがちな、欠けてしまったエネルギーの補填って事。」
 ユキコは魔術師に詰め寄って言った。
 「原因が分かったという事は、処置法も!?」
 魔術師は苦笑いを浮かべて首を横に振って言った。
 「それはまだだよ。これから研究しなきゃ…。」
 そのための研究素材をここへ取りに来たのだ。

 イワトビは話しの間に続けていた作業を停止させた。彼は展開していた魔法陣を消して、ある地点に向けて歩き出した。
 「ここ、か。」
 彼が歩みを止めた場所、そこにはかつて白い扉が存在していた。
 魔術師は探るように両手を空中に這わせる。確かな手ごたえを感じた部分に手を突っ込む。すると、空間の隙間に入り込んだ様に魔術師の右手が肘の先から消えた。
 ユキコは驚いて言った。
 「魔術師様!手が!」
 魔術師はユキコの方を一瞥し、消えた右手を更に空間の隙間に突っ込んだ。
 ついに肩の先まで消えた魔術師の右手は何かを探っているようだった。
 何かを掴んだ感触がした。
 彼が空間の隙間から掴んだ物体を引きずり出した。

 空間の隙間から出てきた物体を見て魔術師は表情を曇らせた。
 イワトビは呟いた。
 「欠けている…。」
 それはかつて白い扉として魔界の浸食を食い止めていたブラックスカルとヒカリの命の一部。それが役目を終えて、扉とは別の形となって次元の間を漂っているはずだった。だが、魔術師が手に取っているそれは形として意味を持たず、欠けていた。

 魔術師の脳裏に決着の直前に出てきた不定形の闇が思い出される。
 あれは凝り固まった悪意が、魔界の顕現と共に具現しかけていた存在だ。
 濃い魔素程度でどうにかなる強度ではない目の前の物体を砕いて持ち去ったのだとすると、あれが何かをしたと考えるのが論理的だろう。
 魔界の顕現は防げたが、あれが形を成すのは防げていなかったとすると、それは今、何処で何をしているのだろうか。
 魔術師は欠片を懐にしまうと言った。
 「封印施設であの決着の前と後で消えたものを教えてもらいましょう。」
 言葉にすることで魔術師は危機的状況が差し迫っているのを確信した。

 結果、四つの存在があの封印施設から消えていることが判明した。
 眠りの棺に入っていた長命種エルフ「疾風のエリス」、決して欠ける事のなかった球体「空」、魔術に優れた才能を発揮したが性格が破綻していたので封印されていた者「キラー・ド・グウン」、その当時治療法が見つからなかった不治の病に侵された剣士「ローズダンサー」の四体。
 それらが凝り固まった悪意のエネルギーをその身に宿して復活したと考えると、その後、世界にどんな影響を与えるのかは容易に想像できた。
 魔術師は言った。
 「今すぐ皆にこの事を知らせてください!」
 今更対応に走っても、遅いかもしれないが、何もしないよりはマシだと考えた。

 最下層で調査用の魔法陣を展開して新たに判明した事実もあった。
 魔術師はその事も報告した。
 「悪意のエネルギーを得て復活した四体は、強大なパワーで生じた時空の亀裂を通って、過去へと飛んでいます。そして、彼らが飛んだ先と思われるのが…。」
 過去、暗黒大陸で魔界が顕現した時期と一致する。

 つまり、今現在、暗黒大陸で覇権を握っているのは過去に飛んだこの四体。
 ほぼ情報が渡ってこない謎だらけの暗黒大陸でこの四体はこう呼ばれている。

 四魔将、と。

 新たな敵が四魔将であることを確認した栗原は、各地に散っているアルバトロス騎士団に連絡した。
 仮に四魔将と対峙することになっても決して戦うなと。

 一方、封印施設最下層で見つけた欠片を持ち帰った魔術師。
 判明した四魔将の事を世間に知らせ、持ち帰った欠片と向き合った魔術師は一つの仮説を立てた。
 バラバラに砕かれた欠片はそれぞれ四魔将が所持している。

sec.110 - 灰色ビー玉

2018/07/07 (Sat) 23:26:40

 四魔将と直接対決をするのは最終決戦時、何のしがらみもなく全戦力を相手にぶつけられるタイミングにしたいと栗原玲は思っている。
 それに、四魔将を構成するキラー・ド・グウンなどは勇者ミケの頃の魔王だ。
 つまり、それに並び称される残り三体も同じレベルの相手という事になる。四魔将を相手取る際は、単純計算で勇者ミケが四人必要ということ。

 勇者ミケの頃の魔王であるキラーが何故今頃出てきたのかというと、彼には絶対防御魔術アブソリュート・コフィンという技があって、発動すると、文字通り無敵である。だが、発動した自身も外界から完全に隔離される。

 はるか遠い昔、勇者ミケの手によって追い込まれたキラーはアブソリュート・コフィンを発動。コフィン状態のキラーが今まで厳重な封印の元、究極帝国地下にしまわれていたのが、例の騒動の際に邪悪なエネルギーを得て復活し、過去へ飛んで暗黒大陸が出来上がる一助になったようだ。

 長命種であるエリスは、生きすぎたせいで精神が擦り切れ、もう箸が転がっても笑えなくなったので、自ら眠りの棺に入って永遠の眠りに落ちていた。
 しかし、件の騒動の際に邪悪なエネルギーを注がれ目覚める。先人のキラー同様、過去に飛んで暗黒大陸が出来上がるのを助けた。
 元は善良なエルフであったが、精神が擦り切れていた所に邪悪なエネルギーを注がれたために、お察しな事になっている。ある意味で被害者とも言える。

 空。
 何といっていいのかわからないが、中身のないガラス玉のように見える球体。言葉を発しないのでどういった思惑でその場に居て、どうしてそういう行動を起こすのかなどまったく理解できない。
 周りの生き物がこの物体が引き起こす現象を勝手に解釈して、四魔将の一つとして崇め奉っているだけである。他の三つの存在同様に過去へ飛び、これが巻き起こした現象はまず間違いなく暗黒大陸を形成する助けとなったのは間違いない。

 ローズダンサー。
 第何代目かの究極帝国の皇帝である。
 皇帝にしか鞘から抜くことのできないインペリアルソード、グリエフが帯剣していた細剣を歴代で一番使いこなしていたと言われるほどの伝説的な剣士。
 薔薇病と呼ばれる体が薔薇のような植物になるという奇病にかかり、その当時の医療では完治は難しいとして眠りの棺で眠りについた。
 大人しく眠っていた所で先日の騒動でお目覚め、過去へ飛んで他の魔将と共に暗黒大陸を制圧した。エリスほど精神はすり減っていないし、キラーほど破綻していなく、空ほど意味不明ではない、善良な人格の皇帝であるが、それが表に出ていられるのは彼に余裕がある状況であり、一度戦闘となると内に抑え込んでいる残忍な人格が顔を出す。エリス同様、ある意味で被害者である。
 彼が善良な皇帝と思えない振る舞いをした時は大体内なる残虐のせい。


 と、まあ、少し列挙しただけでヤバい連中に喧嘩を売ったことを知ったスターダスト社の重役は顔面が蒼白になっていた。
 魔王一人でも地球がやばいのにそれと同様の存在を四体も同時に相手にしなければならないのだ。亡国の危機である。
 先ほどから備え付けてある電話がひっきりなしにコール音を鳴らしている。
 彼がやった事は間違ってはいない。だが、その事で何が引き起こされるかなど誰もわかりようはないのだ。

 重役は車を飛ばして魔術師の研究室まで急行した。
 イワトビは封印施設の底から持ち帰った欠片を小さな魔法陣の上に浮かべて、早速調べていた。ユキコは両親の事なので助手として働いている。
 そこへ、車を飛ばして来た重役がやって来た。
 ほぼ、彼が手紙で注意していた内容通りになった。勿論、細部などは違う点もあるが書いてあった内容を大雑把に解釈すると現在の状況にドンピシャである。
 重役は開口一番に言った。
 「君はこうなるこを知っていたのかね!?何でもう少し真剣に止めてくれなかった!」
 魔術師は目の前の欠片にレーザーのような光を照射しながら言った。
 「手紙も送りましたし、直接出向きもしましたよ。」
 重役はぐうの音も出ない。
 イワトビは作業を続けながら言った。
 「貴方のやっていた事は正しいですよ。ベクトルは全く違いますが、世界中の恵まれない子供たちに募金をするのと同じですし、今回はそれにより引き起こされた結果が不味かっただけです。まあ、事前に知らせましたけどね。」
 重役は詰め寄っていき、魔術師の研究机の上に両手を置いて言った。
 「そんな冷たくあしらうことはなかろう?共に国防を担う者だろう!」
 イワトビは少し考えて言った。
 「究極帝国の国防に組み込まれた覚えはありませんが、アルバトロス騎士団はアルバトロス騎士団です。以下でも以上でもない。」
 重役はテンションが上がったり下がったりするので顔が赤くなったり青くなったりで忙しい。
 このまま放っておくと倒れてしまいかねないので、ユキコが紅茶を入れてきて飲むように勧めた。
 重役は勧められた紅茶を一飲みするとホッと息を吐いた。
 どうやら落ち着いたようだ。
 彼は傍にあるソファーに腰を落ち着けると言った。
 「その…だな。君の助言をまるっきり無視したのは謝る。それで、アルバトロス騎士団はその…スターダスト社を守ってくれるのだろうか。」
 魔術師は魔法陣に浮いた欠片を小さなハンマーで小突きながら言った。
 「スターダストを守ることはしいてはそれに守られている多くの人たちを守ることに繋がるでしょう。心配しなくてもいいですよ。俺はここで研究を続けますけど。」
 ハンマーで小突かれるごとに欠片は帯びる色を変えていく。


 その頃、無数の黒い水晶をばら撒かれ注意が分散している今こそ究極帝国を襲撃する機会だと判断したキラー・ド・グウンはスターダスト社の兵器が多数置かれている軍事基地を襲撃していた。その中にはメリッサ中佐が没収されたジャイアントトードもある。
 キラーが二、三の戦闘機をその手に持った大鎌で切り裂き、同戦闘機が爆発して黒煙を上げたところで基地全体にアラームが鳴り響いた。
 それで駆けつけたというわけではないが一番手がキラーに蹴りかかった。
 キラーはそれを片手で防いで両者は攻撃の反動で互いに距離を取った。
 対峙した二人はお互いに白い仮面をしていた。
 ホワイトペルソナ。
 かつて星の国の一つとして存在していた魔術師の塔においてトップクラスの実力者に配られる権威の証、それが白い仮面ホワイトペルソナだ。
 キラーは魔術師の塔を破壊し、残ったホワイトペルソナを一人ずつ殺害していった。怪盗マオはその数少ない生き残りである。
 怪盗マオは言った。
 「魔術師の塔時代から貴方は他人に迷惑しかかけませんね!」
 キラーは鼻で笑って言った。
 「怪盗などという遊びに興じている貴様より何倍もマシだ。」
 彼は手に持っている大鎌をまるで重さなど意に介さないようなスピードで振るう。
 怪盗マオはそれを残像が残るスピードでかわす。
 キラーは言った。
 「ちっ、相変わらず逃げ足だけは早い…!」
 怪盗マオは油断なく構えながら言った。
 「よく言いますねぇ、ミケ君に追い込まれて引き籠ってたくせに…!」
 キラーは鎌の柄を握ってない片手を天に掲げると叫んだ。
 「勇者ミケはもういない!私が恐れる者などこの地上にはいないのだ!」
 叫びに呼応するかのように、空中から紫色の雷が無数に基地に落ちる。
 その攻撃でいまだ外に出っ放しだった幾つかの兵器が破壊される。
 間一髪のところで雷の直撃を避けたマオだったが、攻撃の余波を受け流し切れずに体勢が崩れた。その一瞬とも言えない隙をキラーが見逃すはずもない。
 「お前との腐れ縁…長かったなぁ!」
 一瞬でマオの死角に滑り込んだキラーは大鎌をマオに振り下ろす。
 しかし、鎌の刃がマオに到達する前に空中に出現したバリアに弾かれた。
 キラーは乱入者の存在を察知してその場から飛び退いた。

 コード0がマオの背後に着地するように上から降って来た。
 怪盗マオは言った。
 「誰かと思えば貴方ですか。」
 コード0は応えなかった。
 彼は後ろに飛び退いて鎌を構えているキラーだけを見ている。
 マオは思った。
 (このアバターさんはジャッジ君本人よりノリが悪いですね。)
 キラーは構えていた大鎌を肩に預けると言った。
 「どうやら、機会を逸したようだ。魔素の薄い場所で相手をするような実力ではないな、貴様?」
 コード0は応えない。
 キラーは呟いた。
 「ノリの悪い奴だ。」
 コード0がスッと足を前に出した所で、キラー・ド・グウンは空間跳躍を行ってその場から離脱した。
 コード0はマオの方を見て言った。
 「怪盗、大丈夫か?」
 マオは肩を竦めて言った。
 「大丈夫ですよ。貴方が助けに入らなくとも、彼とは腐れ縁ですので。」
 コード0はそうかと呟くと、基地の被害状況を調べるために浮かんで飛んで行った。マオはそれを見送ってから、静かに退場した。

 結果として、キラー・ド・グウンの襲撃は小規模な被害で済んだが、これ以上の報復を警戒するとしてスターダスト社は暗黒大陸への兵器輸出を段階的に縮小することを決めた。
 暗黒大陸で反抗作戦を行っている人々もそういう理由で断られては納得せざるおえなかった。とはいえ、一度火が付いた暗黒大陸の人々に水をかけるような対応だったのは間違いなく、議会からスターダスト社に多数の意見が送られる事となった。

sec.91 - 灰色ビー玉

2018/06/29 (Fri) 00:19:11

 移動要塞が水鏡の町へ到着した頃。
 究極帝国から大陸横断鉄道、通常車両ビッグママも出発していた。これから数ヵ月ノンストップで進むことを予定している。

 アルバトロス騎士団は、ビッグママの車両内をパトロールしたり、大事な荷物を積み込んである車両の見張りをしたり、先頭車両や最後尾の車両から外へ監視の目を配るなどして警戒に当たっていた。

 そんな任務に当たりながら、ランクが隣に立つラグナに言った。
 「ドートンに頼んでまで護衛にしてもらったのはええけど、誰がこの車両を襲ってくるんや?」
 ラグナが個人的な意見を述べた。
 「帝国の人たちは首都機能を移転するために兵力を割いているはずだから、よほど愚かでもない限りは襲ってこないと思うよ。つまり、襲撃してくるなら外国の勢力だね。ただ、いきなりアルバトロス騎士団を襲ってはこないんじゃないかなぁ、というわけで二三週間は暇だと思うよ。」
 ランクは言った。
 「外国の勢力って…?」
 ラグナは言った。
 「アルバトロス騎士団と衝突して戦力がダウンしているとはいえ、究極帝国と事を構えようって考えの相手だとすると候補は絞られるかな。でも、表立って襲ってくることはないんじゃないかな。未曾有の大戦争に発展する可能性もあるし。」
 ランクは発言を促す。
 「つまり…?」
 ラグナが言った。
 「背後に大国の影がちらつくテロリストとかが襲ってくるんじゃない。二週間後くらいに。」
 ランクは言った。
 「予言やで。そういうのはウチの十八番やと思ってたんやけどなぁ。」
 二人は割と物騒な事を言いながらパトロールを続けた。


 一方、日々のローテーションで後方車両の警戒任務に当たることになったデュラハンと、赤目の剣士スライド。
 スライドはジッと後方を見ていたが、究極帝国が地平線の彼方へ見えなくなると視線を外した。
 スライドは言った。
 「正直暇だわ。」
 デュラハンは腰に手を添えて言った。
 「ちょっと!任務なのですからしっかり見張りなさい!」
 スライドは項垂れつつ言った。
 「いや、だって敵さん来ないですもん。まだ。」
 デュラハンは言った。
 「そんなことわかるはずありませんわ。さあ、立って。望遠鏡を持って!」
 スライドはいやいや望遠鏡を持たされて景色を眺めた。
 やはり敵影と思われるものは一切見当たらない。
 ラグナ同様、こちらに敵襲があるとするなら他の首都移転計画で進軍中の部隊が襲われてからだろうと彼は考えていた。
 あまりに暇なので彼の思考が外に逸れる。
 スライドは望遠鏡をデュラハンに渡すと言った。
 「アーマードって知ってるか?デュラちゃん。」
 デュラハンは望遠鏡で周辺警戒しながら言った。
 「知りませんわ。私、趣味に手を出せるほど懐が暖かくありませんもの。」
 スライドは首を傾げて言った。
 「何ぃ…?趣味に手を出せない程渋い給料しか出てないのか。」
 デュラハンは望遠鏡から目を離して言った。
 「そんなことはありませんわ。皆様には大変よくしてもらっています。」
 スライドは言った。
 「ま、アーマードを知らないのなら話題には乗れないな…。」
 デュラハンは身振りを交えて言った。
 「お待ちなさい。私、こう見えて元貴族、庶民の遊びにも大変興味がありましてよ。」
 スライドはそうかそうかと言いながら懐からわちゃわちゃと玩具を取り出して並べ始めた。
 デュラハンはそれを覗き込みながら言った。
 「何ですの?それは。」
 スライドは言った。
 「これがアーマードだ。」
 アーマード、それは小さなゴーレム群だった。
 デュラハンはしゃがみ込み、小さなゴーレムを指先で触りながら言った。
 「これがアーマード…どうやって遊びますの。」
 スライドは解説する。
 「魔力が使えない奴もいるから、基本的に放って置けば自然界の魔素を吸収するんだが…。まあ、今回はこちらで魔力を流し込む。」
 スライドがそう言って足元のアーマードに魔力を供給すると、小さなゴーレムたちは元気に動き回り始めた。
 スライドがゴーレムごとに個別に解説する。
 「マルガオ。小国製のアーマードで目立った特徴はないが能力は平均的に纏まっている。何をやらせても一定以上の成果を出せる。」
 丸い顔に手足がついたゴーレムはマルガオという。コード0と同じピルボックス帽を頭に乗っけているのが特徴的だ。
 「イタガオ。サラダス公国製のアーマードで、顔の形が違う以外はマルガオと対して性能は変わらない。通がよく使う機体。」
 板状の顔から手足が伸びているゴーレムの名前はイタガオという。
 「イモムー。前二体がヘッド型に分類されるとするならイモムーはタンク型。手足のない芋虫のような戦車。アーマード最弱と呼び声の高い機体。」
 小さなキャタピラで動き回る芋虫の背中にミサイルを発射すると思われる砲台が乗っけられている。
 「ペン十郎。究極帝国製の超新星。予約は来年まで埋まっているので、現在は手に入れるのが難しい。ペンギンなので水陸両用、機体性能も高い。」
 小さなペン十郎が両手に持った剣を素振りしている。気合は十分のようだ。
 「最後、アルバトロス製、端末さん。騎士団のテクノロジーを小さな体に詰め込まれた完全な人型で、汎用性、機体性能ともに最高峰。また、他のアーマードと違って会話もできるし、名前の通り、端末としての機能も有する。現在は幻想帯内だから端末機能は使えないけどな。」
 端末さんと呼ばれて紹介されたゴーレムは右手にロケットランチャー、左手に自動小銃を構えたメイド服に赤いリボンを頭に飾り付けた女の子。その姿は数いるゴーレムの中でも浮いている。
 端末さんは言った。
 「端末さんだ!よろしくなデュラ公!」
 デュラハンは驚いて言った。
 「喋った!」
 スライドは言った。
 「と、まあ、こういった機体で様々なルールの元に競い合うのがアーマードバトルだ。パーツを組み替えたり、持たせる武装を変えたりして戦略性に幅を持たせてある。」
 デュラハンは感心して言った。
 「最近はこんな遊びが流行っているのですね。」
 スライドは望遠鏡を持ちながら言った。
 「見張りは俺がやっとくから、端末さんからアーマードについて教わるといい。」
 彼はそう言いながら望遠鏡で後方警戒を始めた。

 端末さんは持っていた武器を背中に背負うと腰に手を添えてから言った。
 「ご指名通り、こっからは私がアーマードについて解説してやろう。」
 デュラハンは端末さんに頭を下げながら言った。
 「よろしくお願いします。」
 端末さんは言った。
 「最初の機体として選ぶならヘッド型がおススメだ。癖も無いからな。」
 ヘッド型はマルガオかイタガオがある。
 デュラハンは首を傾げながら言った。傾げた首と胴体が離れて、接続部から青白い炎が漏れている。
 「端末さんを選んではいけないのですか?」
 端末さんはその姿に少々驚きつつ言った。
 「私か?まあ、私は最強だからつい選びたくなるかもしれん。だが、競技性を保つために高性能な機体はリミッターを設けられていて、すぐにエネルギー切れを起こす。短期決着が可能な戦場なら選択肢の一つとしてはありだ。」
 デュラハンは言った。
 「つまり、リミッターを解除しない限りすぐにエネルギーが切れると…。」
 端末さんは言った。
 「その点はペン十郎の奴も同じだ。強いけどすぐに息切れを起こす。何処か尖った所がある奴は何かしら弱点があると思っていい。」
 デュラハンは言った。
 「イモムーさんは何で最弱と呼ばれているのでしょう?」
 端末さんは言った。
 「そう呼ばれているだけだ。うまく使ってやれば、奴とていい成績を残せる。しいて弱点を言うなら、一度に出せる武器が背中にマウントできる一種類に限られるのと、タンクなので汎用性に欠けるという点か。」
 デュラハンはイモムーをじーっと見つめてから言った。
 「最初の一機はこの子にしてみますわ。」
 端末さんは言った。
 「いいのか?それは茨の道だぜ。」
 デュラハンはイモムーを摘まみ上げると言った。
 「頑張りましょうイモムーさん!」
 イモムーのキャタピラが一際強く回転した。やる気は十分のようだ。

sec.92 - 灰色ビー玉

2018/06/29 (Fri) 12:20:04

 大陸横断鉄道通常列車ビッグママ。
 最後尾車両。

 「スライドぉ…任務中に姫に遊びを教えるとはいい度胸だねぇ。」
 後方警戒に当たっていたスライド達の背後にいつの間にかオーガが立っていた。
 スライドは望遠鏡から目を離すと言った。
 「俺が警戒してるからいいだろ?少なくとも後ろから近づいてくる相手を見過ごすことはねぇよ。既に入り込んでいる場合は知らん。」
 オーガが笑みを浮かべながら言った。
 「そういうことを言ってるんじゃないんだよ…。」
 デュラハンはあまりの迫力にごくりと唾を飲み込んだ。
 オーガは頬をかきながら言った。
 「あたいと…スパーリングをしてもらう。」
 スライドは首を傾げて言った。
 「ボクシングの?」
 オーガは腕を組んで言った。
 「プロレスのさ。あたいが本気で技をかけて死にそうにない奴ってそう多くないからね。付き合ってもらうよ。」
 スライドは言った。
 「今から…?」
 オーガは言った。
 「そうさねぇ…問答無用で連れて行ってもいいけど、せっかくだからアーマードバトルで決めようか。」
 彼女がそう言いながら懐から一機のアーマードを取り出した。
 オーガはそれを地面に置きながら言った。
 「イタガオカスタム、通称鬼瓦。あたいの愛機さ。」
 イタガオをカスタムチューンナップ、その頭に鬼のような二本の角が生えているのが見える。
 端末さんは腕を組みながら言った。
 「鬼のねーちゃん意外とノリがいいな。」
 デュラハンは慌てて手に持っていたイモムーを地面に設置する。
 彼女は言った。
 「図らずとも初めてのアーマードバトルになってしまいました。」
 オーガはきょとんとした顔で言った。
 「何だい?姫は初心者なのか。魔物でアーマードバトルを知らないのは珍しいね。一時期、大流行りして魔界じゃ知らない奴はいない遊びだよ。」
 デュラハンは言った。
 「ですから、私は元人間だと言っているではありませんか。」
 オーガは言った。
 「だとしてもさ。姫の魔物の部分は覚えているはずだよ。」
 デュラハンは言われたことの意味が何となくわかったのか胸に手を添えた。

 端末さんが審判役として、戦いのフィールドが見える位置に立つ。
 残ったアーマードたちは邪魔にならないように戦いの場から離れて見学。
 スライドは望遠鏡で引き続き周辺警戒だ。
 端末さんは言った。
 「シングルバトルルールで行くぞ。至極簡単、相手の保有魔力を先に削り切った方の勝ちだ。アーマードは魔力が切れると動けなくなる。つまり、先に動きが止まった方の負けだ。」
 オーガは言った。
 「アーマードの体力と武器の残量は魔力として共有されている。調子に乗って武器をばかすか撃ってたらすぐに終わるよ。」
 デュラハンは地面で待機中のイモムーを見た。
 現在、イモムーの背中にマウントされているのはミサイル砲台だ。

 端末さんが旗を掲げる。
 「アーマードファイト、シングルバトル。」

 途端、デュラハンの体が何処かわからない場所に転送される感覚。
 デュラハンは辺りを見回した。何かの操縦席のように見える。
 彼女は言った。
 「何処ですの?ここ…。」
 と、同時にある事実に気づく。
 デュラハンは地面に立ちながら、アーマードたちの戦いを俯瞰している。まるで体が二つあるかのように謎のコクピットに座る自分と同時に存在している。
 彼女は混乱して言った。
 「ど、どいうことですの!?」

 オーガは腕を組みながら言った。
 「只の玩具じゃつまんないってんで、アーマードのコクピットに仮初の体を作り出し、臨場感のあるバトルを提供する。」
 端末さんが言った。
 「それがアーマードバトルさ!」

 端末さんが旗を振る。
 「両者準備はいいか?特に初心者のデュラ公!最初は体が二つある感覚に慣れないだろうが、こればっかりは数をこなすしかねぇ。」
 デュラハンは最初こそ驚いたが、二つある体は別々に動かせることがわかると、傍にあるレバーやペダルで機体がどう動くのか確認してから言った。
 「構いませんわ。」

 端末さんが旗を振り下ろす。
 「アーマードバトル、レディ…ファイッ!」
 鬼瓦がダッシュ一番で迫る。
 コクピットに搭乗したデュラハンが手あたり次第にレバーやペダルを触る。
 イモムーのキャタピラが高速回転して、その場から一気にバックして下がった。
 オーガが言った。
 「速い!?」
 デュラハンは言った。
 「タンク型は多少の汎用性を犠牲にした代わりに機動性は十分です。翻弄して差し上げますわ!」
 ギュンギュン動きながら、背部のミサイル砲台から小型ミサイルを発射する。小型ミサイルが鬼瓦に迫る。
 オーガは言った。
 「初心者だなんて、なめてかかっていい相手ではないね!」
 鬼瓦の角に電流が走ったかと思うと、その両手から雷を思わせる稲光が発生し、飛んできていたミサイルを空中で爆発させた。
 デュラハンは言った。
 「ミサイルでは通じませんか…。ですが、こちらを捉えられないのでは…!」
 オーガはにやりと笑う。
 「それはどうかねぇ?」
 鬼瓦は一定のスペースを保って走り回るイモムーをじりじりと追いかけていく。デュラハンはイモムーの逃げ回れる範囲が狭まっていることに気づいた。
 デュラハンは思った。
 (うっ…!いつの間にか追い込まれているのはこちらですわ!)
 打開策を探さねば敗戦は濃厚だ。

 イモムーは鬼瓦の横を抜けて反対側へ抜けるべくアクセルをべた踏みした。
 最高速に達する勢いで鬼瓦の横を駆け抜けんと迫るイモムー。
 オーガは言った。
 「悪手だねぇ。」
 鬼瓦の角がスパークしたかと思うと、その手から稲光が発射され、走り抜けようとしていたイモムーに直撃した。
 もんどりうって地面を転がるイモムー。
 思わずコクピットに座っている方のデュラハンが悲鳴を上げた。
 「きゃあぁ!?」
 鬼瓦の手に金棒が召喚される。
 地面を蹴って跳躍、地面に転がって身動きの取れないイモムーに強烈な一撃。
 それがクリーンヒットとなってイモムーはそれきり動かなくなった。
 残存魔力零、勝者は鬼瓦で決定した。

 デュラハンはその場で蹲りながら言った。
 「ど、どうして…スピードではこちらが上だったはず。」
 オーガは腕を組みながら言った。
 「確かに、上手い使い手ならもう少し私を速さで翻弄しただろうけどね。アンタはまだ初心者、自分に何が出来て、何ができないのかを知らなすぎるのさ。」
 精進することだねと彼女は言い残し、スライドの体を俵抱きすると、そのまま連れ去っていった。
 この後、彼にはオーガによる激しいスパーリングが待っているのだった。
 端末さんがそれを見送りながら言った。
 「ご愁傷様。」

 端末さんは言った。
 「どうだった初めてのアーマードバトルの味はよ。」
 デュラハンは三角座りをしながら言った。
 「少し挫けそうですわ…。」
 端末さんは語る。
 「アーマード道は一朝一夕で極められるものではない。ま、日々の研鑽が強さを育むものだ。とあるアーマードバトラーは言った。アーマード道はイタガオに始まりイタガオに終わる、ってな。」
 デュラハンは首だけ傾げて言った。
 「よくわかりませんわね。」
 端末さんは言った。
 「いきなり手ひどい敗北から始まったんじゃ、そりゃ面白さはわからんだろうなぁ…。」
 デュラハンは立ち上がると言った。
 「いつまでもくよくよしていても始まりませんわ。とりあえず、引き続き周辺警戒の任に当たって、仕事が終わったら、アーマードについて色々勉強ですの。」
 端末さんは腕を組んでから言った。
 「おう、そうだな。その意気だぜ!」

sec.93 - 灰色ビー玉

2018/06/30 (Sat) 02:24:08

 水鏡の町でレッドアップルのライブが開催される一方で、ユキコたちのユニットが移動要塞内で小さなライブを開催した。

 一日一回歌って踊る彼女たちのライブには既に固定客が付き始めていた。
 ユニット名は考案が難航を極め、先人に倣ってつけるのを止める案まで出たが、とりあえず保留となった。

 透明のアクリル板を水面に張り巡らせて行うレッドアップルたちの水上ライブはその神秘的な光景と共に、ミラージュの人々に大いに好評であった。

 キーボード担当に発動する不幸についてだが、何者かが放ったタコ型のメカにリザードマンが襲われてあわやリタイアかと思われたが、リザードマン本人が手斧や金属製のブーメランブレードなどを振り回して、タコのメカをバラバラに引き裂いて解決してしまった。
 スタッフたちは、リザードマンがジンクスを打ち破ったと大喜びして彼女を胴上げした。
 その後、調べた結果タコ型のメカはR08であることが判明し、移動要塞の工場に修理のために運ばれていった。

 Rシリーズは星の国しいてはその内の一つのロロのものだが、彼らは利があれば誰であれ手を貸すので、今回の襲撃が誰の差し金であるかは不明だったが、見張りの仕事中だったフェンリルたちに捕まった男たちが自由の民同盟軍所属の兵士たちであった事から、彼らが今回の襲撃犯である可能性が濃厚である。
 本人たちは、取り調べについては黙秘を貫き弁護士を要求。
 捕まえた同盟軍兵士は水鏡の衛兵さん方に任せてアルバトロス騎士団は先を目指すことにした。


 大陸横断鉄道、通常列車ビッグママ。
 運動用として用意されているリングの上。
 ジャッジたちを通して同盟軍の襲撃を知ったスライドは、オーガとのスパーリングの最中に乱入してきた謎の覆面レスラー二人を相手にタッグマッチを開始。
 幾度かの技の掛け合いがあった後、スライドは言った。
 「お前たちも帝国と敵対する輩の手先か?」
 覆面の一人が言った。
 「だとしたらどうする?」
 スライドは言った。
 「こうする。」
 目の前の覆面レスラーを掴み上げたスライドはそのまま跳躍。
 相手の頭を両足で挟み込む天空霞落としと名付けられたフィニッシュホールドで相手をマットに叩きつけた。
 オーガが相手をしていた覆面女子レスラーは彼女から固め技を完全に決められていて泡を吹いて気絶していた。
 オーガは気絶したレスラーをマットの上に寝かせながら言った。
 「一人前なのは殺気だけのようだね。」
 彼女らは列車内にある留置場に一時留め置かれ、最寄りの駅で降ろされることになった。

 結局、彼らが何者であったかは後日の取り調べの結果待ちとなった。


 後日、捕虜となった兵士たちを受け渡された同盟軍は正式にアルバトロス騎士団を敵対組織として名指しする声明を発表。同時に遺憾の意を表明した。
 また、その声明は自分たちと同じように究極帝国を狙っている勢力が存在することを匂わせる内容だった事から、以前より栗原から注意を受けていた外国からの襲撃が本当に迫っていることをスターダストや我が神教団は認めざる終えなかった。
 とはいえ、特に警備を強化するような事もなかった詰めの甘さが後の襲撃を引き起こす事を彼らはまだ知らないでいた。


 予想が外れたラグナは今日のローテーションで担当になった最後尾の車両から空を見上げながら言った。
 「予想の大半が外れた。恥ずかしい…。」
 ランクが少年の肩を叩きながら言った。
 「ま、そんな日もあるで。」

 ちなみに、自由の民同盟の背後に覇王アレスが率いるライス王国の存在が控えている事は議論するまでもない自明の理であった。


 同盟軍は、究極帝国が軍事力で領土を拡大し始めた頃からの宿敵であり、むしろこのタイミングで仕掛けてこない方がおかしい間柄で、その同盟は、ライス王国にほぼ属国扱いで従っている。よって、究極帝国対同盟軍&ライス王国の図式が成り立つのだが…。

 ラグナは空を眺めたまま言った。
 「このまま争いが激化したら、大戦乱になる可能性が…。」
 ランクも同様に空を眺めながら言った。
 「難しい所やな。同盟と帝国は昔ながらの遺恨のある間柄やし、覇王は何でも武力で解決しようとする脳筋や。」


 その数日後、スターダストが運搬していた首都機能を司る品々が奪われたとニュースで発表された。
 同部隊が運搬に使用しようとしていた一方通行式のワープゲートに細工が施されていたらしい。また、追いかけようにも同ゲートは直後に爆破され、修復は不可能であるとのことだ。

 スライドはそれを報じる新聞を読みながら呟いた。
 「次は我が神教団で、最後に俺たち…だな。」

 一方、スターダストが襲撃され流石に危機感を覚えた我が神教団は計画を変更。
 アルバトロス騎士団と合流することを決定した。その過程で、首都機能を移す場所が本格的に移動要塞の一般解放区に決定してしまった。

sec.94 - 灰色ビー玉

2018/06/30 (Sat) 14:54:28

 急行を予定していたビッグママは最寄の駅に停車して、追加の車両を連結していた。

 我が神教団の計画変更を受け、増える人員と荷物を受け入れる車両の連結を始める。
 連結の終わった車両から、護衛のために着いてきていた兵士や、首都移転に必要な荷物が運び込まれていく。
 アルバトロス騎士団は足を止めた隙に外国勢力からの襲撃を警戒するため、周辺をパトロールして回っていた。
 ロナ・ブラッドが、知り合いのよしみで我が神教団とのコミュニケーションを担当する。
 集団を率いてきたと思われる聖女とロナが楽しく会話しているのを嫉妬しながらアルカードが見つめていた。
 アルカードは無表情のまま言った。
 「あんな笑顔は私の前ではしない。」
 妙な敗北感を感じて少女はすごすごと歩き去った。
 そんな元気のない後ろ姿を見かけたロナが途中で話を切り上げてアルカードと合流した。
 ロナが言った。
 「どうしたァ。やけに元気がねぇぞォ?」
 アルカードは俯いたまま言った。
 「何でもない。」
 ロナが言った。
 「そうかァ…。あの人は俺が我が神教団に入る切っ掛けになった方だ。憧れではあるが、そういう関係ではない。」
 アルカードは無表情のまま顔をぐりんとロナの方へ向けて言った。
 「本当に?あんなに楽しそうなロナは見たことがない。」
 ロナが言った。
 「そうかァ…。それはそう見えたってことはそうなのだろう。」
 アルカードは再び俯いて言った。
 「私は、貴方の傍にいるには不適格ではないだろうか。」
 ロナが言った。
 「お互いに無理していると感じるなら、そうかもしれねぇなァ。だが、俺はそう思ったことはねェ。」
 アルカードは正面を向いて言った。
 「私も無理はしていない。これが自然体だ。少なくとも今は。」
 ロナが言った。
 「笑顔ってのは無理に作るもんじゃねぇ。自然に笑えるようになった時にそれは祝福されるべきだ。」
 アルカードは頷いて言った。
 「ありがとうロナ。少し自信が持てそう。」
 ロナはにやりと口を歪めると言った。
 「そうかァ、そいつは良かったぜ。」

 その二人の様子を気取られずに見守る聖女。
 彼女は言った。
 「やっぱり若い子の恋愛っていいわねぇ。乙女シウムが満たされるのを感じる。」
 そこへ、弟子が歩み寄りながら言った。
 「何処へ行ったのかと思っていたら、ここでしたか師匠。」
 今回、我が神教団の重要な荷物を護衛する集団を率いるように命を受けたのは聖女マリアだった。
 マリアは弟子の師匠であり、ファティマの母かつスパルタクスの妻である。
 ミイラはケイオスドラゴンの人間体の一つを目撃しながら言った。
 「あのドラゴンがその体に収まっているとは一見すると、理解できませんね。」
 聖女マリアはその場で回転しながら言った。
 「どう?キュートな見た目でしょ。」

 そのまま、ロナが担当していたコミュニケーションを弟子とミイラが引き継ぐ形でマリアとの会話が続く。
 彼女は語る。
 「ロナを派遣した対応といい。我が神教団は最初からアルバトロス騎士団に好意的だったでしょ。段階的に親密な関係になれるように私に重要な任務の話を持ってきたみたいね。」
 弟子は言った。
 「つまり、今後はケイオスドラゴンとして討伐される心配はない、と?」
 マリアは首を横に振ってから言った。
 「いいえ、その見立ては甘いわ。私は混沌の竜、人々に安らぎを与える存在ではないもの。ただ、夫が復職したのも大きいのかしら、討伐される直前の頃よりは風当たりが弱いわね。」
 弟子は言った。
 「あまり無理はしないでくださいよ。以前、ヒマジン殿と俺で師匠の窮地を救った時は本当に大変だったのですから。」
 マリアは大きな身ぶりで否定しながら言った。
 「それは約束できないわね。私は混沌。聖女にして魔女。楽しそうなことに関しては目が無いのよ。」
 弟子は肩を落としながらため息をついた。ミイラがそんな彼の肩に手を置いて労う。

 そんな様子を尻目に我が神教団の兵士が重要な荷物を新たに連結された車両に運び込んでいく。
 作業は半日ほどで終わり、ビッグママは旅路を急ぐためにレールを滑って進んだ。

sec.95 - 灰色ビー玉

2018/07/01 (Sun) 01:12:30

 金属の枷、繋がる鎖、目の前に見える鉄格子。
 男にとって現実なんてこんなものだ。
 ただ生きて、死んでないだけ。
 日々はただ過ぎていく。
 抗わない。
 目の前の現実に対して抗うほど、男の命は熱を持たない。

 現実は変わらず、男の目の前に横たわる。
 どうしようもないものだ。

 やりたいことはあったはずだが、それに対して真っ直ぐ努力するほど男の魂は熱を持たない。
 まるで、膨張しきった宇宙のようにとても空虚だ。

 ここは異世界であって、心踊るような冒険が待っているはずであったが、異世界が男にとっての現実となった時、それは変わらず男の傍に横たわった。
 どうしようもない。
 それは依然として変わらない。

 覇王アレス。
 ままならない現実にただ流されてきた男は今、そう呼ばれている。

 たまに来る精神がナイーブになる期間が過ぎたアレスは辺りを見回した。
 弱音をある程度吐き出して、精神がどん底まで落ちれば後は浮上するだけだ。

 傍に落ちているボロボロになったゴーレム。
 確か、アーマードだと言っていたか。

 どうしてこの鉄格子の中にこれがあるのだったか。
 ライス王国を納める王族が、異世界からやって来た自分をこのように管理するようになって早いもので12年経った。
 その王族の一人が投げ込んだのだが、生意気な平民から奪い取ったと言っていただろうか。

 ほんの数年前に男の胸に火を灯す出来事があった。
 彼女は男の目の前で首を落とされて死んだ。

 その後、影武者が彼女のふりをしている。
 正体をばらすことは簡単だ。
 だが、そうすることで今度は幾らの命が消えるだろうか。

 セリア。
 形式上は覇王アレスの妻に当たる王女。
 今は影武者が演じる役割。
 かつて、空虚な男に熱を持たせた姫。
 鉄格子の檻に入れられた男を唯一心配した女性。
 たまに鉄格子のうちに入ってきて話までしてくれた優しき姫。
 既にこの世に無い希望の星。

 アレスの手がボロボロのゴーレムに伸びる。
 鎖が邪魔をしてあと少し足りない。

 ゴーレムは、その中でもアーマードとして作られたものは自然界の魔素を吸収して勝手に動き出せるまでには回復する。

 アレスのもう一つの体がゴーレムの中に生成されていた。
 仮初めとはいえ自由を得た。

 ゴーレムのコクピットを触り、操縦法を一通り確認する。
 見た目はオンボロだったが、品質が良いのか動作に問題はないようだ。
 そのまま、鉄格子の隙間から外へ飛び出す。

 途中で出会った野良猫の背に乗る。

 しばらく、走っていると止まっている列車を見かけた。アレスが元の世界で知っている車両より何倍も大きい。

 野良猫の背中から飛び降りて車両に乗り込む。ゴーレムの体は小さいので、車両に乗り込むのも一苦労だ。

 列車の出入り口から、ここまで乗せてきてくれた猫に感謝して手を振る。
 猫は我関せずと足先の毛を舐めて解かしていた。

 そのうち、列車のドアが閉まり、発車のアナウンスが流れた。
 「当車両、ビッグママは移動要塞ディアボロスまでの急行列車となっております。基本的に各駅には止まらず、素通り致しますので御容赦ください。」

 車両がレールの上を静かに滑り出す。
 小さなゴーレムの体のまま車両の中を歩き回る。
 通行人に蹴飛ばされないように壁際を歩く。

 その時、彼女の姿を見つけた。
 セリアだ。
 他人の空似の可能性もあったが、本能が告げている、彼女だと。
 空虚だった男の魂に再び火が灯る。

 ゴーレムの体で必死に追う。
 競技用のそれなりに運動能力のある機体だが、いかんせん歩幅が違う。
 みるみる引き離され、もはや見失うかと言う頃、その手がゴーレムを拾い上げた。
 ゴーレムを拾い上げた男は言った。
 「中身の入ったゴーレムがこんな場所で何をしているんだ?」
 ゴーレムは男の手の中で必死に前を行く彼女を指差した。
 意図を察した男が風を纏って、セリアの目の前に舞い降りた。
 男はセリアに向かって言った。
 「デュラちゃん、小さなお客さんだぞ。」

 スライドの手によって再び引き合わされた両者。
 ゴーレムは喋れないので、抱えたペンで筆談する。
 デュラハンは驚いて言った。
 「まぁ、貴方、アレスなの?」
 小さなゴーレムは頷いた。
 スライドも顎に手を添えて言った。
 「さっきまでライス城最寄の駅に止まってたけどさ。王様やるねぇ。」

 アレスとセリア王女が結婚したのは、彼女が影武者になってからだ。

 デュラハンは姫であった頃に自分にできる範囲でアレスを人間扱いしたが、それは彼女の優しさがそうさせたのであって、恋心があったわけではない。
 アレスはそれを理解していたから、彼女に自分の秘める思いを伝えなかった。
 彼にとって現実とは常にままならぬものだ。

 死んだと思っていた彼女が生きていた。
 正確にはデュラハンとなっていたのだが、アレスにとってそんなことは何の障害にもなり得なかった。

 スライドが術式を施し、ゴーレムの魔素が切れてもアレスの仮初めの体が消滅しないようにした。
 これで万が一があっても、目の前のゴーレムが只のアーマードに戻ることはない。

 スライドは次にボロボロだったゴーレムの体を綺麗に修復し始めた。
 その間もアレスとセリアの久々の会話は続いた。

 しばらくしてスライドは気づいて言った。
 「デュラちゃんもアーマードに乗ればチームチャットで会話できるぞ。」
 デュラハンは懐からイモムーを取り出した。
 彼女の仮初めの体が乗ったイモムーが綺麗になったマルガオに近づいていく。
 デュラハンはおそるおそる聞いた。
 「アレス…?」
 音声チャットが繋がった先から声が聞こえてきた。
 「あぁ…セリア…セリア。」
 デュラハンは聞いた。
 「アレス、泣いているの?」
 アレスは万感の思いを込めて言った。
 「嬉しいのさ。君とこうして再び居られる事が。」
 デュラハンはコクピットの中で腰に手を添えながら言った。
 「そう。貴方、まだ牢獄に入れられているの?」
 スライドは奇妙な会話に首を傾げた。
 アレスは言った。
 「民が不安がるからね。」
 デュラハンは言った。
 「だからって、王様が牢獄住まいはやっぱりおかしいわよ。あの国、変よ。」
 スライドはやはり、どんな国にも複雑な事情があるのだなぁと感じた。

sec.96 - 灰色ビー玉

2018/07/01 (Sun) 16:13:16

 移動要塞内、一般開放区。
 そこへ、ドートンたちが帰って来ていた。
 メリッサと日小五郎が出迎える。
 日小五郎が言った。
 「首都機能の移転はスムーズに完了したんですか?」
 ドートンは肩を竦めて言った。
 「まだ道半ばだよ。ただ、ここを正式に首都として改造することが決まったから、受け入れをスムーズにするように人員を移動させたのサ。」
 ワープ機能付きの輸送機で、スターダスト、我が神教団、ネオ柳生などの重役が続々と乗り込んできているらしい。
 言われてみればここ数日、建設業を担当するヌメの動きが慌ただしくなっているのを見かけた気がする。
 ドートンは言った。
 「しかし、そこの軍人は現状をどう見ているのかナ。」
 メリッサは言った。
 「窓口を担当している身としては烏合の衆が無視されているのは何とも言い難いが、彼らの政治力に期待できないのは事実ではあるしな。静観だ。」


 一時的に動きを見せた自由の民同盟軍とライス王国だったが、ライス王国の軍事力の要とも言える覇王アレスがあんな感じなので、それ以降、今のところ目立った動きは見られなかった。
 当初の予測では、我が神教団が襲撃された後に、アルバトロス騎士団への襲撃があるものと思われていたが、同勢力が合流したことで計画を見直さなければならなくなったのだろう。
 以後の動きは見られなくなった。
 スライドとしても、襲撃がないのであればそれに越したことはないので、のんびりと列車の旅を楽しむことにした。

 道中、ゴーレムに乗って現れたアレスが、デュラハンのアーマードの練習に付き合ったり、弟子が列車内で行われた無差別級のボクシングの大会でチャンピオンベルトを獲得したり、オーガのスパーリングのついでにスライドが強制参加させられたプロレスの大会でタッグ部門で優勝したりと、その数ヵ月はあっという間に過ぎていった。


 ここ数か月で八都市での公演を終えたレッドアップルたちを乗せた移動要塞が、急行でレールを遡って来ていたビッグママとついに合流した。
 両者、レールの上で待機して、ビッグママが乗せてきた荷物を厳重な警備の元、移動要塞内の一般開放区に乗せ換えていく。
 栗原たちは元首都での仕事も一段落して帰ってきており、その光景を見守りながら言った。
 「ここ数ヵ月の働きがやっと実を結ぶのねぇ。長かったわ。」
 ジロウがぐったりしながら言った。
 「もうしばらくデスクワークはいいっすわ…。」
 魔術師イワトビはそんな彼を見ながら言った。
 「むしろ株をやっている身なら、稼ぎ時は今ではないのか?」
 ジロウは重そうに上半身を起こしながら言った。
 「まあ、そうなんすけどね…。」


 究極帝国元首都、大陸横断鉄道通常列車ビッグママ、移動要塞ディアボロスと三か所に分かれていたアルバトロス騎士団が久々に一か所に集合した。
 立場上、正確にはアルバトロス騎士団としてカウントされないが、覇王アレスやメリッサ少佐、ヒロシ・サトーやジョン・スミスも加えてパーティが開催された。
 数か月の働きの集大成が実現したのだから祝うぐらいは罰も当たるまい。

 小さなゴーレム、マルガオの中からパーティの様子を眺めるアレス。
 傍にここ数ヵ月、アーマードの特訓に付き合ってもらったデュラハンのイモムーが控えている。通信チャットは、通常時に声が聞こえると思われる範囲まで近づかないといけないので、実質ゴーレム同士でやる会話のようなものだ。
 デュラハンは言った。
 「貴方は仮の体だから飲み食いできないけど、大丈夫かしら。」
 アレスはこう返した。
 「どうやったかは知らないけど仮の体でも飲み食いできる料理をスライドさんがコクピットに入れてくれたから楽しめてるよ。クラッカーもあるよ。」
 音声チャットの向こうからクラッカーの鳴る音が聞こえてきた。
 デュラハンは若干呆れながら言った。
 「…そう。本当は貴方の実体も解放できればいいのだけど。」
 アレスの乗るマルガオは俯いて言った。
 「多分、スライドさんたちなら余裕で助け出してくれるとは思うよ。だけど、それを口実に今度こそライス王国が究極帝国相手に戦乱の口火を切るだろうね。」
 デュラハンは言った。
 「前途多難だわね。」
 アレスは言った。
 「大丈夫だよ。ここ数ヵ月はとても楽しいから。」
 デュラハンは言った。
 「それなら、いいのだけど…。」

 移動要塞内一般開放区。
 その宿泊施設で催されたアルバトロス騎士団のパーティは夜遅くまで続いた。

sec.97 - 灰色ビー玉

2018/07/02 (Mon) 02:06:41

 アルバトロス騎士団が祝宴を開いた翌日。
 移動要塞内の会議場で、各組織の重役が揃っていた。
 会議に出席したジャッジ・ザ・アルバトロスが言った。
 「先ほど配った資料の通り、レンタル料を満額支払った場合、要塞の所有権はレンタルした側に譲渡されると書かれています。」
 リベリオンズチック首領スパルタクスとして出席したヒロシから発言があった。
 「つまり、レンタル料を支払っていたサラダス公国と残りの金額を支払い終わったアルバトロス騎士団に、究極帝国首都の所有権を握られてしまっている状況なのです。」
 ざわつく会議室。
 一人から声が上がる。
 「ふざけた言い分だ。そんな紙切れ一枚に一体どんな強制力があると?」
 会議に出席していたブリュンヒルデは言った。
 「契約は契約。魔物すら従う法を人間が軽んじるとは笑えない冗談だな。」
 烏合の衆代表代理として出席したメリッサ少佐が挙手後に声をあげる。
 「同要塞の一般解放区は究極帝国の首都になった。サラダス公国は一度、究極帝国に吸収されているし、正式に離脱したわけではない。だが、外国の一組織でしかも何の権限も与えられていないアルバトロス騎士団に首都の土地を保有されているという事実を民が受け入れるはずがない。」
 ジャッジ・ザ・アルバトロスは言った。
 「こちらで支払ったレンタル料はざっと全体の三分の二。こちらも大雑把な例えになるが要塞一ヶ所に付きかかる費用が国家予算並みだとすると、こちらが支払った額もお分かりでしょう。先の戦いで多大な損失を出しているあなた方が果たして、支払えますでしょうかね。」
 どよどよと騒ぎ出す会議。
 穏やかなやり取りで終わると思っていた人々は戦慄した。
 ジャッジ・ザ・アルバトロスはやはり魔王なのかもしれない、と。
 ジャッジは続ける。
 「別に我々が首都の権利を所有していても何の問題もないはずです。民の感情はあなた方でどうにかしてもらうしかない。」
 一人の男が発言する。
 「ダメだ。抑え込んでどうにかなるものではない。国は崩壊するだろう。アルバトロスの騎士よ。それが貴方の望みか?違うだろう、貴方の戦いぶりは聞き及んでいる。一体我々に何を求めるおつもりか。」
 ジャッジはにやりと口を歪ませると言った。


 会議が終結して数日後。
 いつものように手枷をされ鎖で繋がれていた覇王の前にあった鉄格子が開いた。
 中に入って来た兵士が枷をはずし、アレスを鎖から解き放った。
 アレスは体の調子を確認しながら言った。
 「また戦いだね?相手は誰。」
 奥に控えていた貴族が首を横に振った。
 彼は言った。
 「究極帝国が和平交渉の席につきました。奪い取った領土の返還にも応じると…。我々は貴方がいなくなることにもう怯えなくていいのです。我が王、貴方はもう自由だ。」
 アレスは言葉の意味が理解できないのか、その場で立ち尽くしていた。


 何処ともわからない草原の上に寝転がる男ジャッジ。
 傍に栗原玲が座る。
 男は空を見上げながら言った。
 「あれで良かったのかねぇ…?」
 栗原は風に髪を解かされながら言った。
 「戦乱になるよりはマシよ。それに、究極帝国が約束を守らなければ返してもらうって契約だから、損はしてないわよ。」
 ジャッジは草原の上をごろんと転がりながら言った。
 「究極帝国首都の三分の二を半永久的に貸す代わりに、ライス王国と自由の民同盟軍との和平の道を探れ…か、割にあった契約かねぇ?」

 大きな山場を越えたとして、アルバトロス騎士団は一度解散とした。
 行き場のない者はともかく、数ある戦いを経て、それぞれが居場所を見つけつつあった。
 騎士団は人を縛り付けるものであってはならない。男はそう考えた。

 ジロウは一度、故郷のレオ・ガルディアに帰った。父親の政治基盤からお呼びがかかったようで、今までの活躍も含めて、そう遠くない未来には政治家になっているだろう。

 ランクも己を磨きあげると称してラグナと一緒に何処かへと旅立った。ま、あの二人なら何処へ行こうがしっかりやって行けるだろう。

 カクタスキッドは砂漠の町の保安官へと戻った。以前と違うのは、その傍にフェンリルがついている事だろう。あの二人に守られた砂漠の町が、ちょっとやそっとでどうにかなるとも思えない。

 マックスはドートンと共に何処へ去った。コード0を越えるという研究が実を結ぶまで彼らの歩みが止まることは、おそらくない。

 弟子は無差別級ボクシングのチャンピオンベルトを取った関係でタイトルの防衛や、別のチャンピオンへの挑戦などを始め、世界中を放浪しているようだ。趣味の観光が捗る。そんな彼は生傷が絶えないのでセコンドとしてついたミイラさんの世話になっている。

 オーガは趣味のプロレスで世界を目指すという様子もなく、デュラハンのアーマード片手に世界を巡る旅に同行しているようだ。

 アレスは牢獄から解き放たれて自由になった今も場に流されているようだ。相変わらず、彼の仮の体を乗せたマルガオはデュラハンの傍にいるようだし、遠慮の要らなくなったセリア姫の影武者からは毎晩のように猛アタックされているらしい。ライス王国に瞳が緑色の世継ぎが生まれるのもそう遠くはなさそうだ。

 ロナ・ブラッドは我が神教団の仕事に戻ったようで祭司としての責務を果たす日々のようだ。そんな彼の傍らにはアルカードがいる。

 ファティマはせっかくの機会なので、究極帝国の首都に残し、マリア、ヒロシ三人親子水入らずの生活を満喫してもらうことにした。ユニーも賢者からの使命を果たすために、彼女の傍に残っている。

 レッドアップルは移動要塞に残り、大陸横断鉄道に乗りながら究極帝国元首都までのツアーライブを完遂した。その偉業は全世界に轟き、彼女たちは押しも押されぬ大スターとなった。リザードマンはそんな彼女たちの用心棒兼不動のキーボード担当者となったようだ。

 二階堂律は毎日のアイドル活動が功を奏し、最終的にはレッドアップルたちと合同ライブを開くまでには成長したが、ファティマが親子水入らずの生活に入ると同時にアイドル活躍も休止した。歌と踊りは残ったユキコと続けているが、暇になった時間はユキコとヌメにアシスタントをしてもらって週刊少年ワープにペン十郎が主人公の漫画を掲載している。

 ジャッジのアバターたちはそれぞれが各地で活躍している。エクレアはフェニックスで翼の巫女として従事しつつ、栗原が作った怪しげな会員制のアイドル活動を強要されている。スライドはデュラハンたちの旅に同行し、アーマードに付き合わされたり、プロレスに付き合わされたりしている。魔術師イワトビは究極帝国に居残ったユキコや律の傍に控えつつ、魔術の研究や鍛練に勤しんでいる。日小五郎は、階級が戻ったメリッサ中佐の傍で彼女を補佐しながら、彼女をからかう日々だ。コード0は一所に落ち着かず瞬間移動で世界を飛び回っている、黒いピルボックス帽に同色のマントは今日も旅風になびいている。

 キラリは前々からそうしたかったのか、サラダス公国国主ブリュンヒルデの側近オールド・オメガの秘書を始めた。どういう理屈か、彼女は度々無敵ペングィン・イワトビ・ドゥの巣にいるのを目撃されている。

 スライムは世界各地を飛び回るコード0に同行し、彼を補佐する傍ら諜報員としてサラダス公国に情報を送っている。

 そして、二階堂審ことジャッジ・ザ・アルバトロスは、栗原玲と共に旅を続けている。

 アルバトロス騎士団やその周辺に配られた強化スーツは故障するまでは使えたそうだが、ジャッジはドートンに最後のデータを提供すると同時に返却した。
 誓いの剣は、それが折れるまでジャッジ本人とアバター含めて純潔を保護する。いまだ刃こぼれすらしたことがない。
 栗原から与えられたマントは今はジャッジが着用している。素材は不明だが、相変わらずスベスベのフワフワのままだ。
 聖剣ライオンハートはその正当な後継であるユキコに渡した。彼女がジャッジと再会した際に受け取る約束をしている。
 九尾村正は散々悩んだが、スライドに持たせた。元々刀を使う剣士であったのが理由か。
 アイギスは魔術師イワトビの傍につく事を選んだようだ。
 ジャッジ・ザ・ハンマーは当然だが製作者である二階堂審が携帯している。

 いまだ見つからないユキコの母が患った眠り病の治療法を探す旅だ。

 ジャッジは草原から立ち上がると言った。
 「そろそろ行くか。」
 栗原も立ち上がり言った。
 「そうね。まだまだ先は長そうだもの。」

 騎士団としての活躍は一時休止。
 だが、この二人の旅はあの瞬間からもう止まることはない。
 たとえ世界が終わろうともずっとだ。

sec.98 - 灰色ビー玉

2018/07/02 (Mon) 15:48:05

 大きな戦いも乗り越え、ひと段落したアルバトロス騎士団は一度解散した。
 団員はそれぞれ自分のあるべき所へ帰った。

 しかし、そんな団員たちの中で唯一具体的にやることのなかったランク達は素直に栗原に泣きついた。
 自分を磨く等と言ったが、要は行くところがないのだ。
 栗原から浮遊都市フェニックスへ行くようにと言われたランクとラグナは、指示された通り、フェニックスに戻っていた。
 前回と違って強化スーツもあったので二人は自力で泳いで陸地まで来た。
 ランクは言った。
 「やっぱりいつ来ても南国のように暖かいなここ。」
 ラグナは辺りを見回しながら言った。
 「レッドアップルのお姉さんと一緒に戻って来て以来だね。」

 ここで、翼の巫女として従事しているエクレア・ティラミスに合流した。
 ランクは開口一番に言った。
 「おっす!久しぶりやなおっぱい団長!」
 エクレアは苦笑いを浮かべながら言った。
 「いきなりセクハラから入るぅ…。君は相変わらずだなぁ。」

 エクレアが翼の巫女として口利きをし、ランクは神殿騎士として就職、ラグナは聖フェニックスに復学することになった。


 後日、フェニックス神殿。
 その訓練場に呼び出されたランク。
 彼女の前に先輩と思われる神殿騎士が立ち塞がる。
 神殿騎士の一人が言った。
 「さて、君はあの高名なアルバトロス騎士団の所属団員だと聞いている。」
 その隣の神殿騎士が言った。
 「今から我々が休憩を挟みながら一対一で君に立ち向かう。」
 その反対側に立つ騎士が言った。
 「それで君の実力を図ろうというわけだ。」
 奥に控えている騎士が言った。
 「全員を倒せたのなら、最後は私がお相手しよう。」
 ランクが不敵な笑みを浮かべながら言った。
 「なんや、全員一気にかかってくると思ってたわ。」


 一方、聖フェニックス学園に戻って来たラグナ。
 自分の教室に入る。生徒たちの視線が彼に集まる。
 ラグナは言った。
 「皆、ただいま!」
 わっと彼の周りに集まるかつての級友たち。
 それからは質問攻めだ。
 どう言った戦いがあったのかとか、アルバトロス騎士団はどういった人々であったのかとか、辛くはなかったかとか、まあ色々だ。
 出発する時と違うのはクラスにファティマの姿がないことだろう。

 その後、彼の担任と顔を合わせた。
 担任は問うた。
 「ラグナ君、この度の冒険は君にとってかけがえのない経験になったかな?」
 ラグナは精一杯元気な声で返事した。
 「はいっ!!」
 これから、卒業までラグナは聖フェニックスでその青春を過ごすことになるだろう。誰も予期できない未来が迫っていなければ、だが。


 再び、神殿内訓練場。
 一番手二番手の騎士を片づけたランクは言った。
 「アルバトロス騎士団では下から数えた方が早いうちにこの体たらくではまずいんとちゃうか、フェニックス騎士団…?」
 三番手として出てきた騎士が言った。
 「俺から言わせてもらおう。君は合格だ。だが、このチャレンジはまだ続くぞ。どうする?次は私だが続けるかね。」
 ランクは言った。
 「当たり前や。先に言ったけど強化スーツ着ているウチは有利なハンデがあるようなもんや。勝てて当然なんやで。」
 三番目の騎士が言った。
 「では、君を失望させないように俺も全力を尽くそう!」
 騎士が剣を抜き放って、ランクへ立ち向かっていった。


 一方、聖フェニックスでの座学の時間が終了し、次は戦闘訓練に入る。
 模擬戦形式で殺傷能力をなるべく削った武器で向かい合う。
 ラグナの相手となった生徒は数瞬のうちに手に持っている武器を弾き飛ばされてしまい戦いにならない。ハンデとしてラグナの手や足、体に重しを付けているにも関わらずだ。
 ラグナは首を傾げて思った。
 (おかしいな…強化スーツも脱いでるはずなんだけど。)
 クラスで一番強かったあの子もまるで相手にならない。
 担任は同じ時間をクラスで過ごした場合と、アルバトロス騎士団と一緒にいた時の経験値の違いを見て悟った。
 戦闘訓練に関しては、聖フェニックス学園でラグナに学ぶことはもうなかった。
 おそらく、学園で一番強い教員すら今のラグナには適わないだろう。
 仮にそこまで強い教員なら神殿騎士となっているからだ。

 今後、ラグナは戦闘訓練においては自主練をすることになった。
 担任は言った。
 「すまない。今の君に教えてやれる教員はここにはいないようだ。」
 ラグナは重りのついた武器を振るいながら言った。
 「いえ、大丈夫です!自主練の仕方は栗原さんたちからしっかり学んでいます。」


 数日後。
 採用試験を兼ねた訓練場での勝ち抜き戦において、最後に控えていたフェニックス騎士団の団長すら、グングニルと名付けた刀による突きでぶっ飛ばしたランクが聖フェニックス学園を訪れていた。
 ランクは白い布地に赤い不死鳥が修飾されたマントを羽織っていた。
 流石にぽっと出の新人を実力が相応だからと団長にはできないので、引き続き団長はグングニルで吹っ飛ばされた騎士が務めるとして、ランクには別の任務が当てられた。
 ランクはラグナに向かって言った。
 「聖フェニックスの臨時教員やて。」
 ラグナは言った。
 「ランクねぇちゃんなら、模擬戦の相手に不足は無い!」
 ランクは腕を組みながら言った。
 「ウチかて、いくら何でもお前には負けるわけないわ。」

 その後、生徒や教員すら顔面を蒼白させるような激しい模擬戦がグラウンドで巻き起こった。それを見て彼らに突っかかろうなどと思う愚か者は聖フェニックス学園には居なかったという。

sec.99 - 灰色ビー玉

2018/07/03 (Tue) 00:07:27

 究極帝国の新たな首都となった移動要塞ディアボロスは現在、元首都の中心に定着していた。レールからは外れており、通常車両の運行を邪魔しないようにしている。

 ユキコが首都内に留まっているので、要塞の管理は引き続きヌメが行っているが、元首都から少しずつ人員が入って来ており、お役目を果たし終えたヌメから元居た地域へと少しずつ帰還して行っている。


 魔術師イワトビは魔術を学ぶ傍ら、究極帝国の動向を注視していた。
 視点の違う日小五郎と二人で見張る形だ。

 そんな彼が、都市の片隅にある工場に寄った所。
 工場近辺でR01とR08が元気に作業の手伝いをしている。
 その様子を監督しているのは端末さんだ。
 端末さんは高性能アーマードとして開発されたが量産化はされていないので、この世で彼女一人しか存在しない。
 端末さんはイワトビの姿を見つけて言った。
 「何だ?しけた面してんなぁ。」
 イワトビは苦笑いして言った。
 「普通にしているつもりなんだけど…?」

 端末さんはイワトビの傍に浮いているアイギスに手を振ると言った。
 「私もな…デュラ公の旅に同行しようとは思ったよ。だけど、私は高性能機。特殊なレギュレーションでもなけりゃ全力は出せねぇ。」
 よって、ついて行くよりはRシリーズと共に、ここで働いていた方が気が紛れると思ったようだ。
 端末さんは言った。
 「子分どもと一緒にネットで情報収集できるからな。そいつを参謀長殿に報告よ。暇な時はこうして工場の手伝いしてりゃ整備費ぐらいは自分で稼げるしな。」
 スライド達と一緒に流浪の旅に出るより余程安定した生活が送れるようだ。
 魔術師は腕を組みながら言った。
 「その情報についてなんだけど、裏取ってもいいかい?」
 端末さんは怪訝な顔をした。

 スターダストは一連の流れの結果、元より存在していた兵器開発推進派と技術平和利用派の派閥差がはっきりと出た。
 会議での約束を果たすために自由の民同盟軍やライス王国と和平の道を探り始めた究極帝国は今後、兵器の需要が減るとして、全体としては技術を平和利用する方向へとシフトしている。
 しかし、言い方は悪いが死の商人は儲かる。
 仮に儲からないのであれば誰もやりはしないだろう。
 更に、あまり平和利用の方へ舵を切り過ぎて自国の防衛力を疎かにするのはどうだろうという意見もある。
 魔界という不確定な隣人が存在する以上、防衛力を気にするのは自然な事。
 よって、兵器開発推進派にも理由はある。
 今のところ両派閥はそれぞれの理念を元に活動している。

 今回、魔術師が裏を取りたいのはスターダスト兵器開発推進派の動向についてだ。メリッサと日小五郎も調べてはいるが、メリッサは烏合の衆の顔役である以上に最早アルバトロス騎士団側の軍人と思われているので、情報をあまり渡してもらえないし、そうなると情報源の少ない日小五郎の調査も信憑性が足りない。
 端末さんは顎に手を添えて言った。
 「兵器を作ってる連中の動向ね…。」
 自分たちもある意味で兵器ではあるので、あまり悪くは言いたくないようだ。


 魔術師は端末さんから裏を取ってからその場を後にした。
 やはり、兵器開発推進派は新たな兵器の消費先として海外に目を向けたようだ。
 星の国を経由して、開発量産した兵器群を海外へ輸出している。
 輸出先は人々から暗黒大陸と呼ばれている。

 魔術師は頭をかいてから言った。
 「最悪のケースとして予測はしていたが、よりによってあそこか。これは藪をつついた結果で大変な事になるかもしれん。」


 暗黒大陸。
 魔界の一部が地上に顕現した結果、どうなるかというのを体現した陸地。

 今まで出てきた魔物は人間に友好的な奴らが多かった印象だが、それは大量の敵対的な魔物が駆逐されて、奇特な輩が残った結果だ。
 暗黒大陸では無尽蔵に沸く魔物と人類が悲惨な戦いを続けている。
 そんな状況で、勝ちが魔物側に譲られないのは、魔王が現れていないからである。仮に魔王が姿を現せば暗黒大陸に溢れかえる魔物が統率され、一気に人類にとっての脅威として君臨するだろう。

 そんな場所に兵器を送り付ける究極帝国。
 帝国しいてはこの大陸自体が魔物の目に留まるのは間違いない。

 止めさせるべきだろうか。
 少なくともその危険性を述べた文章ぐらいは送り付けておいた方がいいだろう。
 魔術師はその手紙を用意するべく、道を急いだ。


 一方、ユキコの母、ヒカリの眠り病の治療法を探して旅をしているジャッジと栗原は意見が対立していた。
 ジャッジは言った。
 「悪いが、君は連れていけない。暗黒大陸に行けば君は無事では居られないだろう。今までの戦いの比ではない悪夢があの大陸では繰り広げられている。」
 栗原は言った。
 「今更か弱い女扱いするの?」
 ジャッジは言った。
 「君は自分が思っているより繊細なんだ。心が壊れてしまったらもう人間では居られない。そうなったら栗原玲にはもう戻れないかもしれない。」
 栗原はジャッジが言っていることも理解はできた。
 彼女は言った。
 「だけど、貴方だけを暗黒大陸に送り出して私だけここに留まってのほほんとしていろって言うの?」
 ジャッジは首を横に振った。
 「最悪のケースはまず間違いなく起こる。君はこっちに残ってアルバトロス騎士団の皆とその最悪のケースに備えておいてくれ。」
 栗原は言った。
 「…なるほど、適材適所ってわけね。一応、納得はいったわ。だけど…。」
 彼女はジャッジの傍によるとその胸倉を掴んだ。
 栗原は言った。
 「アンタの口ぶりからして、あっちは死より辛い終わりが蔓延る世界でしょうから…死なないで、では足りない。これは女王としての命令よ。アルバトロスの騎士、無事に帰って来なさい。」
 栗原が胸倉を離し、ジャッジは服を整えると言った。
 「了解した我が王。」

 栗原は少し考えて言った。
 「ちょっとカッコよく決めた後だけど、やっぱり貴方一人だけで行かせるわけにはいかないわねぇ。」
 アバターを連れて行かせるのは何かが違う気がする。
 栗原は言った。
 「とりあえず、ドートンとマックスには声をかけておくわ。あの二人なら元々心が壊れているようなものだし平気でしょ。」
 ジャッジは言った。
 「事実だが、言い方ってものがあるだろうに…。」

sec.100 - 灰色ビー玉

2018/07/03 (Tue) 15:30:09

 究極帝国。
 数日後、スターダスト重役の元に魔術師からの陳述と称された手紙が送られてきた。手紙には究極帝国が暗黒大陸に兵器を提供し続けた場合に起こりえることを最悪のケースとしてつらつらと書き連ねてあった。

 重役は手紙の内容を流し読みしながら言った。
 「この程度の事、私たちが予測できないとでも思っているのだろうか。」
 重役の傍に控え、道化師の姿をしたクラウン・クラウンが言った。
 「そりゃ、予測出来てたらやらないでしょフツー。国全体を…否、大陸全体を危機にさらす行為、愚かとしか言いようがありまセーン。」
 重役はふんと鼻で笑って言った。
 「危機上等。戦乱が起こってこそ兵器に需要は生まれるのだ。」
 クラウン・クラウンは跳びはねながら言った。
 「はぁ~、人間って何でこんなに愚かなんデショ!」
 重役は首を横に振った。
 「愚かと言うがな。見えている相手に反逆せずに現状を受け入れ、奴隷のように地に這いつくばる事を選んだ者どもとどちらが愚かかな?」
 クラウン・クラウンは言った。
 「なるほど~、言い得て妙ですネェ!!嫌いじゃないデース!」


 一方、ドートン、マックスの二人と合流したジャッジは港とも言いづらい木材で作られた桟橋の上にいた。

 非公式な港。
 主に密輸品などを運び入れるのに使われているらしい。
 ジャッジは辺りを見回しながら言った。
 「今から暗黒大陸に渡ろうってのに、こんな場所から向かうのか。」
 ドートンは言った。
 「そりゃ、公式には暗黒大陸に渡ることは禁止されているからねぇ。」
 マックスは頷きながら言った。
 「非公式な船旅、ということになる。」

 そこへ、少し場違いな集団がやって来た。
 集団のリーダーと思われる男が言った。
 「ここが暗黒大陸に向かうという船の発着場か!」
 とんがり帽子を被った老人が言った。
 「勇者ブレイブよ。地元のギルドが仕切っている非公式な港じゃ、あまり騒ぎは起こすでないぞ。」
 ブレイブと言われた青年はこう返した。
 「わかっているよ、賢者タルト。ん?そこに居る彼らも暗黒大陸に行くのかな。おーい、そこの君たち。」
 ジャッジは苦手なタイプに絡まれたと思った。

 ブレイブは腕を組み、胸をそらしながら、朗らかな笑みを浮かべて言った。
 「騎士ジャッジ、博士ドートン、戦士マックスか!よろしくなッ!」
 ブレイブの傍に控えていたブラックスカルに匹敵する巨躯がのそりと前に出てきた。
 巨大な戦士は言った。
 「私は戦士ヘラクレス。以後、よろしく。」
 ヘラクレスと名乗った戦士は巨大な腕をジャッジの方へ伸ばしてきた。
 ジャッジはおそるおそる手を伸ばす。
 彼の手を握ったヘラクレスは小さな優しい動作で握った手を振った。
 ジャッジはヘラクレスが気は優しくて力持ちタイプだと悟った。

 集団の一人治癒術師アンリ・フルハートと名乗る青年と挨拶する。
 アンリは言った。
 「僕たち五人だけで暗黒大陸に渡ると思っていましたから心強いです。」
 ジャッジは辺りを見回しながら言った。
 「五人…?」
 物陰から最後の一人が出てきて言った。
 「斥候のライドウ・フルハートだ。」
 ジャッジはアンリとライドウの姿を見比べて首を傾げながら言った。
 「兄弟…?」
 ライドウは言った。
 「俺とアンリは義兄弟だ。俺たちはブレイブの兄貴と桃園の誓いをした仲だ。」
 ジャッジは三国志かな?と思ったが口には出さなかった。


 ジャッジは出発前から巨大な小石に躓いた気分になった。
 彼は集団の老人の方へ近づいていくと耳打ちした。
 「タルトじいさん…一体、何しに来たんですか。」
 賢者はほっほと笑うと言った。
 「いや、何、魔王には勇者と昔から決まっておるだろう?」
 だから連れて来たということらしい。
 ジャッジは耳打ちを続ける。
 「ですが、まだ魔王が現れると決まったわけでは…。」
 タルトは遠くを見据えて言った。
 「お主も想定している最悪のケースという奴じゃ。」

 こうして、ブレイブ一行五人を加えた八人で非公式な船に乗り込んだ。

 ヘラクレスが船に乗り込んだ際、船体が大きく揺れたので、あわや沈むかと思われたが無事だった。
 ブレイブは言った。
 「危うく出発する前に冒険が終わってしまうところだったなッ!」
 冗談のつもりなのだろうが、少なくとも代わりの船が必要になる所だった。


 長い航海をするには心配な船体だったが、男八人で生活するうちに誰がどういった性格なのかはだいたい掴めてきた。
 人格の表面部分だけかもしれないが。
 そんな中、ライドウは皆から一歩離れた位置から眺めているのが好きなようで、皆でポーカーなどをやる時などは喜んでやったりする性格、風呂などは絶対に一人で入るタイプだ。
 ジャッジはある可能性に気づいたが、深くは追及しなかった。


 暗黒大陸が地平線の彼方に見える所まで来た。
 その時、船体が大きく揺れた。
 船員の一人が叫んだ。
 「クラーケンだァ!!」

 タコはロボットで出たので次はイカだ。
 イカの化け物だった。
 化け物の足、触手の一つが船体に絡みついている。
 賢者が言った。
 「この巨体の魔物じゃ。向こうの大陸の常識が通用するとは思わんことじゃな。」
 ジャッジが抜き放った剣でイカの足を切った。切った先から黒い霧となって消滅していく。
 しかし、切られた断面から徐々に新しい足が生えてきているように見える。
 ジャッジは言った。
 「とどめを刺さないとじり貧かな。」

 ブレイブが言う。
 「俺が雷を海面に落とす。奴がたまらず飛び出して来たらとどめを!」
 彼はそう言うと剣を持っていない方の手を天に掲げた。
 空の彼方に漂う暗雲が閃く。
 一筋の光がギザギザに空気を裂きながら海面に突き刺さった。

 クラーケンがたまらず海中から姿を現す。
 見計らっていたヘラクレスが船の甲板を蹴って空中に踊り出す。
 船が大いに揺れた。
 彼はその巨大な腕に構えられた斧と見紛うほど武骨な大剣をクラーケンの巨体に振り下ろした。
 クラーケンの体はその一撃で真っ二つになった。

 ジャッジはヘラクレスの体が海面に落ちないように風を纏って浮遊しながら彼の巨体を持ち上げた。
 浮遊する力に気を使わないと思わず落としてしまいかねない重さだ。
 ジャッジが海底に沈んでいくクラーケンを見ながら言った。
 「流石に死んだか…?」
 ヘラクレスは無言で静かに頷いた。


 クラーケンを退治し、無事に暗黒大陸の岸へとたどり着いた一行。
 降りる前に、船長から待機していてくれと言われた部屋に集まった。
 ライドウが辺りを見回しながら言った。
 「さっさと降ろしてくれればいいんだがな…。」
 アンリは言った。
 「船長たちも事情があるのでしょう。」

 その時、部屋の四隅から無色透明の眠りガスが部屋に静かに充満していっていた。
 しばらくして、ガスマスクをした船長が部屋を訪れた。
 部屋の中ではブレイブたちが倒れていた。
 船長はガスマスク越しに言った。
 「クラーケンから助けてもらった恩義はあるが…。」

 ライドウはそんな船長の傍に忍び寄って首にナイフを突きつけた。
 彼は言った。
 「恩を仇で返す、とはこのことだな。」
 むくりと起き上がるブレイブたち。
 船長はガスマスク越しに言った。
 「バカな!眠りガスが効いているはずだ。」
 ドートンが開発した強化スーツは周辺の環境に異変を感じ取ると、スーツが密閉モードになり、バージョン3.0以降のスーツだとその状態で72時間は安全に行動できる。
 全員、そんな強化スーツを配られて装着済みだ。
 そもそもマックスはフルフェイスのヘルメットを被っている。そんな彼にガスが効くと思ったのだろうか。
 ドートンは言った。
 「我々にガス、細菌類、ナノマシンなどの攻撃は効かないよ。残念だったネ。」
 勿論、ドートンが全員分の体型を見ただけで分かることが判明した際、ライドウだけ激しく拒否反応を示した。
 だが、強化スーツが有用だと知ると彼も大人しくスーツを着た。

 船長含め、船員を適当な縄で縛りあげる。
 ライドウが言った。
 「どうするこいつら?」
 ジャッジは言った。
 「ここで逃がしても、何処かでまたやりそうな面してるんだよなぁ。」
 ガスマスクを外されている船長は言った。
 「待て!我々をここに置いていったら、お前らの代わりに人買いに売り飛ばされてしまう!見捨てて行こうというのか!」
 ジャッジは言った。
 「だから、君らをここで解放したら別の場所で再犯するでしょって言ってるの。」
 船長は首を横に振って言った。
 「しない!断じてしないから助けてくれ!」
 ジャッジは踵を返して言った。
 「はい、嘘です。」
 しかし、ブレイブはそんな彼らの縄を解いて言った。
 「誓いは守ってもらうぞ。それに、彼らをここに置いていった場合、人買いに売られるならまだいい方、もっとひどい目に遭う可能性もある。そうだろ?ジャッジ。」
 ジャッジは背中を向けたまま言った。
 「否定はしない。」

 ブレイブの判断で彼らをはめようとした船長たちは船員と共にお情けを受けた。

sec.81 - 灰色ビー玉

2018/06/23 (Sat) 23:20:14

 デウスエクスマキナの存在する白の間。
 ユキコが歌と踊りを一通り終えてお辞儀する。
 彼女は言った。
 「もうそんなに時間は残されてはいないかもしれませんが、一度休憩しましょう。」
 ファティマはそう言われてポテッと床に座り込んだ。
 グリエフは二人の少女に近づきながら言った。
 「バグは…。長年蓄積されたというバグは今ので取り払われたのかい?」
 ユキコは首を横に振って言った。
 「長年蓄積されたものです。そう簡単には解消できません。休憩を挟みつつ踊り続けてもいつ全て解消できますでしょうか…。」
 グリエフはくらっと目眩を起こしたように身体を揺り動かした。
 ユキコがすかさず駆け寄る。
 しかし、そんな彼女の目の前に細剣の切っ先が向けられた。
 細剣を構えたグリエフは鬼気迫る表情で言った。
 「休憩などいらない。今すぐ再開するんだ。」
 グリエフは、ヒカリ皇帝の手紙を読まずに破いたかつての皇帝の気持ちが理解できた。
 その上でいたいけな少女に見える目の前の化け物に敵意を向けていた。
 「この期に及んで休憩を挟んで?そんなことをしていたら、帝国は滅んでしまう!!」
 シュッと突き出された細剣。
 ユキコは見定めて、それを最小の動きでかわすと、バク転宙返りで後方に大きく飛び退いてとファティマの傍に着地した。
 ユキコは言った。
 「確かに私たちはそれぞれ人ではない部分を持っています。ですが、このメンテナンスは見た目より体力を使うのです。それがわからない貴方ではないでしょう?」
 グリエフは大きな身振りで否定して叫んだ。
 「うるさい!僕が下手に出れば知ったような口を利く。誰もがそうだ。誰も僕を本気で皇帝だと思ったことはない!何で兄さんではなかったんだ!」

 デウスエクスマキナにバグが蓄積し始めた頃、究極帝国の政治に大きな派閥が複数できた。それぞれの派閥は自らの影響力を大きくするために様々なことを水面下で行った。
 サラダス公国を吸収する前から汚職は行われており、公国を合併した時点でそれが隠しきれないほど肥大化したに過ぎない。
 だが、長い歴史を誇る究極帝国には他国にはない自浄作用があった。
 それがデウスエクスマキナであり、それに後押しされて政権を監督するのが皇帝であった。
 だが、ヒカリ皇帝が追放されてから、デウスエクスマキナにはバグが蓄積し、自浄作用であるはずの、それそのものがどうしようもなく歪み、皇帝は本来監督する立場にある国民議会の傀儡と化した。
 究極帝国の軍事力を笠に着ての領土拡大はそんな歪みを加速させ、各地に様々な悲劇を生み出した。
 そんな中、皇帝に選ばれたグリエフは、何時ものように皇帝総選挙で選ばれたのだが、その実情は、どの派閥にも所属せず、悪い顔をせず、皆の言うことを満遍なく聞ける傀儡という条件にマッチしたからという最高に歪んだ理由だった。

 今さらバグを取り除いた所で果たして救えるのかという所までこの国は来ていた。

 「だから、わたちがかんりしてあげます。」

 声のした方を見ると幼女がいた。
 ユキコたちは面識はないが、二階堂が助けたリーマンが助けた、あの幼女である。
 彼女こそR00だ。R00は言った。

 「あなたたちが、おねーちゃんをねむらせてくれたので、あたちはこわいものなしです。」

 R00は、星の国の一つ、ロロと名乗る国のリバースと呼ばれた博士の手によって生まれた。R00のRはロボ、もしくはロロ、あるいはリバースのトリプルミーニング。
 デウスエクスマキナを作り上げたのもリバース博士で、R00はデウスエクスマキナを取り込むことができる。

 白の間にあった大小様々な歯車が幼女の体に殺到する。R00の体から、機械の部品で作られた翼が生える。

 「ふむ、おもったよりちからがでません。なにか、なにかがたりない…。」

 R00の右手がユキコたちに向けられた。
 ユキコは身の毛のよだつ気配を感じると、間髪入れずにファティマを抱えてその場から逃げ出した。
 彼女たちが今まで居た場所が空間ごと切り取られた。地面もまるで巨大な手で抉ったかのように削られている。

 「にげないでください。」

 ユキコは叫んだ。
 「キャー!」
 そのままファティマを抱えてダッシュ。彼女たちが駆け抜けた空間が次々に抉られていく。

 R00は首を傾げて言った。

 「いがいとすばしっこいです。」

 R00の視線が、傍にいたグリエフに向けられた。
 思わずグリエフから声が漏れた。
 「ひっ…!」
 グリエフは踵を返して駆ける。
 出口方面の床は既に抉られており、駆け抜けるには向かない。
 よって、出口とは逆方向に走るが、すぐに追い詰められた。

 R00の手がグリエフの目の前で閉じられた。
 気がつくと、グリエフの体は空中にあった。
 ふと、自分の右肩に違和感があったので視線を送ると、その部分からR00に侵食されていた。
 グリエフは力の限り叫んだ。
 「ギャアアアァァ!!」

 ユキコ、ファティマは背後から聞こえる叫びを振り切りながら螺旋廊下をひた走った。

 「なにもこわがることはありません。あなたはわたし、わたしはあなたになるのだから。」

 グリエフは泣き叫びながら言った。
 「いやだ嫌だイヤだいやだ嫌だァー!!僕はペン十郎が好きでレッドアップルさんのファンで…僕は…僕は誰だ…?」
 侵食していたR00が、グリエフを呑み込み、二つの姿が融合して一つを形作った。

 その姿は成長した少女の姿をしていた。
 機械の翼を生やし、機械パーツで作られたようなハイレグアーマーを身に纏い、足に履いたブーツや腕につけたグローブなども機械のパーツで形作られている。
 何より、髪の毛が黒い以外はその容姿はエクレア・ティラミスに酷似していた。
 新たな姿に変わったR00は呟いた。
 「何だかとてもしっくり来るような…?無性にダメ兄をぶん殴りたい気分です。」
 機械の翼を一際大きくはためかせたR00は、一瞬にしてユキコたちの前に回り込んだ。

 ユキコはファティマを背後にかばいながら負けじとR00を見返すが、とてもではないが現時点で勝てる気がしない。
 R00は首を傾げて言った。
 「ダメ兄の愛人…?」
 ユキコは言った。
 「誰のことですか!私が好きなのは好きなのは…。」
 ユキコは顔を真っ赤にして押し黙った。

 R00は右手にレーザーブレードのようなものを宿すと振りかぶった。
 彼女は言った。
 「のろけてんじゃねぇです。」

 彼女たちが居る空間ごと抉り取るような攻撃が迫る。
 ユキコの目の前に魔獣ヌメが駆けつける。
 一フレームにも満たない間に、更にその間に山高帽子にトレンチコートを着たペン十郎が駆けつけてきた。

 螺旋廊下の一部が崩れて土煙があがる。
 R00は言った。
 「一人はダメ兄として、もう一人は誰?」
 土煙が巻き起こった風に掻き消されて、その場に駆けつけた男たちの姿を露にした。
 ペン十郎が言った。
 「妹の不始末は兄の不始末。」
 黒い髑髏の巨躯が言った。
 「どうも、ユキコの父です。」

sec.82 - 灰色ビー玉

2018/06/24 (Sun) 13:05:02

 桁違いの戦いがユキコたちの目の前で巻き起こる。
 複数に増えて見えるペン十郎は残像が発生するスピードで動き回りながら、R00を様々な角度から切りつける。R00も負けじと全ての斬撃をレーザーブレードで受け止めてはかわす。
 時折、ブラックスカルが隙を見て重い一撃を見舞うが、R00の機械の翼と防御姿勢を絡めた軽減でほとんどダメージにならない。

 ブラックスカルが言った。
 「我々二人を相手にしながらよく保つ。」
 ペン十郎が言った。
 「室内が壊れないよう手加減はしている。」
 その時、R00がピタリと動きを止めた。
 彼女はがくりと肩を落とすと言った。
 「ダメ兄が大好きなペン十郎の姿でいじめてくるし、マジで痛いし、何て夢だ。」
 彼女がそう言いながら翼を大きくはためかせると、長い螺旋廊下の天井を全て貫通してR00は外へと飛び出した。
 ブラックスカルは要領を得ないので首を傾げるしかない。

 地下から一気に地上に飛び出してきたR00は空を舞っていた。
 地上を覆う黒い霧を見て彼女は思った。
 (痛い上に妙な臨場感たっぷりだ。…やっぱり夢と思うには無理がある。)

 その時、R00は各地から飛来する様々な色の光を受け止めているプラチナに輝くハンマーの姿を見つけた。
 彼女は言った。
 「何だあれ?物凄いパワー。…うっ?真下にダメ兄の気配を感じる。…二人目?やっぱり夢かこれ。」
 奇妙な事を口走りながら、翼をはためかせるとその姿は一瞬のうちに、ジャッジの隣に来ていた。
 ジャッジは腕を組みながら言った。
 「何の用だ。」
 R00はぺしぺしとジャッジの頭をはたきながら言った。
 「何の用だ、じゃないです。買い出しに行かせたポテチップスまだですか。」
 ジャッジは首を傾げた。
 「ポテチップスはこっちの世界にはねーから、誰なんだアンタ?」
 R00は大袈裟にリアクションして見せて言った。
 「ガーン…!実の兄が私の事を忘れている。」
 ジャッジは様子のおかしい通りすがりの方を見る。
 奇妙な格好をした髪の毛が黒いエクレア・ティラミス、外見の印象はそれだ。

 R00はその場で空中一回転をすると腰に手を添えて言った。
 「わっかりませんか?現実だと、こんなボンッ!キュッボンッ!なグラマラスボデーではないからすぐには思い当たらないのかも。」
 ジャッジは額に汗をかきながら言った。
 「お、お前…律か。」

 二階堂律。
 二階堂審の妹。

 ジャッジは改めて目の前の少女を見ながら言った。
 「お前、成長するとそうなるの?ただでさえ、発育が遅れてるから信じられない。」
 R00は言った。
 「それ以上のセクハラ発言はデストロイ。今の体なら十分可能です。」
 R00の右手に凄まじいエネルギーが集約していく。彼女は本気のようだ。
 ジャッジは言った。
 「待て待て、今俺がデストロイされたらマジでこの国が滅ぶ。」


 一方その頃、各地のアバターたちは究極帝国軍を退け終わり、人々にこのような事を説いて回っていた。
 一つの例としてエクレアの発言。
 「貴方たちの中に一欠片でも良いので、究極帝国を救いたいという気持ちがあるのなら、その気持ちを光にして彼の地に届けましょう。ぶっちゃけ、この光の量がプランの不可避を決定付けると考えて間違いないです。」
 彼女の話を聞いていた少女が静かに祈りを捧げると、その祈りが光となって彼方にある究極帝国首都めがけて飛んでいった。
 その様子を見ていた若い女性が両手を空に掲げながら言った。
 「こうかしら。」
 すると、掲げた両手の間から輝く光が現れて、天高く上ってから究極帝国の方角へと飛んだ。
 エクレアの話を聞いた人々の中からポツポツと光を飛ばす人たちが現れ始めた。
 エクレアが語りかける。
 「そうです!その調子でガンガン光を送ってください!やり方は人それぞれ、頭に思い浮かんだ方法で。」


 ジロウたちもSNSで呼びかける。
 「そうだ、光を集めるんだ。一欠片でもいい、帝国を救ってやるって軽い気持ちでもいい、偽善でもいい、行動することが大事なんだ。」
 ドートンも呼びかける。
 「何?光を送って体に悪影響はないのかだと?お前たちは走ったりしても息切れはしない生き物なのカ?ちょくちょく休憩を挟んで送れ、無理はするなよ。」


 世界各地から究極帝国の上空に浮かぶジャッジ・ザ・ハンマーに光という名の願いが集まってくる。
 ジャッジ・ザ・ハンマーは人間の持つ不可能を可能にしてきた力を増幅する願望器。
 集まる願いが多くなればより強くなる。

 ジャッジは光の集まり具合を見ながら言った。
 「お前がR00なら手っ取り早い。今から俺がやることに協力しろ。」
 R00は首を傾げながら言った。
 「そうしたら、この夢から覚めるの?」
 ジャッジは頷いてから曖昧に返した。
 「たぶんな。」

 二人同時に飛び上がり、R00とジャッジで上空に浮かんでいたハンマーの柄を手に取る。
 「何遠慮してるんですか、実の妹に。」
 「お前、今の体を考えろ…!」
 R00の方から身を寄せ、手を重ねる。

 ジャッジ・ザ・ハンマーに集まっていた光がより強く輝く。
 封印施設が崩落し、中から形の定まらない闇そのもののような怪物がせり上がってくる。
 その時、弟子の背中のサンドバッグの紐が解け、中から赤黒い塊が飛び出して一気に空中に広がり、一つの生き物の姿を現した。

 それを見ていた人々は呟いた。
 「ケイオス…ケイオスドラゴンだ!」

 究極帝国首都に死んだと思われていた混沌の竜が舞い戻った。

 地下の螺旋廊下から脱出してきていたファティマもそれを見かけて言った。
 「お母様…生きてた…生きてました!」

 姿を現したケイオスドラゴンはいまだ形の定まらない闇の喉笛に噛みつくとそのまま地面へ押し倒した。
 ジャッジは言った。
 「残念だったな、今回は俺たちの勝ちだ。」

 二人でジャッジ・ザ・ハンマーを振り下ろす。
 まばゆい光が辺りを包み込み、その光の中心から機械の回路を思わせる光の帯が各地へと波及していく。
 世界の法則が書き換わる。
 機械の動いていた世界が幻想帯へと塗り代わり、文明の利器が眠りに落ち、代わりに究極帝国を覆っていた黒い霧が消えてなくなっていく。
 吹き出していた魔素もピタリと止まり、現界するに足りなくなった魔素を補うために魔物たちは魔界へと還る。


 光が収まった後、全ては終わっていた。
 幻想帯と化した究極帝国首都はその機能を麻痺させ事実上、崩壊した。


 その様子を遠くからボー…っと眺めていたファティマはハッと我に返って言った。
 「お母様は何処へ!?また消えてしまわれた。」
 答えは弟子のサンドバッグの中だ。
 そんな彼女の元に、全てが終わったことを察した聖獣ユニーがふよふよと飛んで来た。
 ペン十郎がそんなユニーを見かけて言った。
 「ありがとな、ユニー。」
 その瞬間、中身の無くなった着ぐるみが支えを失って地面に倒れ伏した。
 ユニーとファティマは状況を理解できずに首を傾げた。
 ブラックスカルは呟いた。
 「奴もまた男だったか…。」


 うんともすんとも言わなくなったノートパソコンから離れてジロウは空を見上げて叫んだ。
 「終わったー!!」
 作戦終了を祝福するかのような朝の日差しが究極帝国の首都を照らしていた。

sec.83 - 灰色ビー玉

2018/06/25 (Mon) 02:10:56

 結論から述べるなら、二階堂兄妹の目が覚めることはなかった。

 おかげで約束通り、ジャッジは眠りの棺から栗原を目覚めさせることができた。
 栗原は青色の液体から掬い出されると、まもなく目を覚ました。
 栗原はジャッジの顔を見ながら言った。
 「眠りの棺を使うとこんな感じなのね。眠ってから起きるまで一瞬だったわ。」
 ジャッジは優しく微笑みながら言った。
 「究極帝国は滅びなかったがな。」


 究極帝国は首都とその周辺が幻想帯と化し、デウスエクスマキナという国の要を失った。

 まず、機械に頼っていた部分を幻想帯に適した形に移行しなければならなかったが、それには無理があるとして、文明の利器が使用できる都市に機能を移行しようという話になった。
 候補地は四つ、それぞれが国民議会に大きな派閥を持っている。
 まず、星の国と太い繋がりを持つ巨大兵器など開発製造する技術を誇る一派スターダスト。技術者という側面で見れば日々研鑽を忘れない努力家たちであるが、兵器を製造している以上は死の商人という負の側面はどうしてもついて回る。
 次にネオ柳生と呼ばれる忍者を要する一団。究極帝国の闇にどのグループよりも接しており、この一派からの情報流出はどの派閥にとっても痛手となりうるワイルドカード。だが、ネオ柳生自身はあくまで影、次世代の帝国を治める者に仕えたいというのが思惑である。
 次に究極帝国に置いて一番信仰されている宗教を擁する我が神教団だろう。我が神教団は宗教であるにも関わらず、教えも信仰する神も基本的には決まっていない。彼らが自らが信じる神を呼ぶ時は決まって我が神と呼ぶところからそう呼ばれている。
 最後に烏合の衆。つまりはその他主義主張を一纏めにしたもので派閥と呼んで良いのか、甚だ疑問だ。声だけは大きいが実際の影響力は小さく、政治力にも乏しいと言わざる終えない。仮に今の究極帝国を彼らに任せれば混乱を呼ぶのは必至だろう。
 よって、烏合の衆は除いて、残り三つ、ネオ柳生がナンバー2狙いだとするなら、残る候補はスターダストか我が神教団となる。
 そのうち、スターダストは死の商人であったため、究極帝国の兵力を笠に着た領土拡大も賛成促進派だった。
 よって、周辺国としては我が神教団が次の究極帝国の舵取りをするのがベターな選択であった。

 以上の四つの派閥が水面下で動き始めた頃。
 スパルタクスが将軍職に復帰し、キャプテン・マスターは再び大佐となった。
 働きかけたのは我が神教団。
 勿論、彼らが擁するリベリオンズチックの支持を得られればという思惑がなかったわけではないが、何より彼らの首領であるスパルタクスが我が神教団所属な上にネオ柳生とも関わりがあったのが大きいだろう。
 何にせよ、でかい一手だったのは間違いない。

 一方、アルバトロス騎士団はワープ機能付き輸送機で移動要塞に戻った。
 栗原、ドートンはその優秀さを買われ、それぞれコード0とマックスを護衛にして究極帝国に残り、その後の復興などの手伝いを強制的にやらされた。
 ドートンの希望で事務能力の高いジロウも強制的に巻き込まれ、ジロウが自分を残すならと、ロナ・ブラッド、アルカード、ランク・オーディン、ラグナが連鎖的に巻き込まれた。
 よって、移動要塞に戻って来たのは上記メンバーを除いた面子となった。


 アルバトロス騎士団は、主のいなくなった栗原のオフィスに集合した。
 ジャッジがホワイトボードに書き込みながら言った。
 「とりあえず、現状を整理しようか。今後何をするべきかハッキリするだろうしな。」
 元の発育していない小柄な体に戻った二階堂律が手をあげて質問した。
 「どうして、私は元の世界に帰れてないのでしょう。」
 ジャッジはホワイトボードに書き込みながら言った。
 「俺の見込みでは、世界中から集めた願いのエネルギー、究極帝国の首都を幻想帯にした際の余剰エネルギーで元の世界に帰れる算段だったが失敗した。何らかの原因が存在すると思われるが、あれだけ膨大なエネルギーはそう頻繁に捻出できるものではない。よって、次の機会が巡ってくるまでに原因と思われる事を一つ一つ解消していこうと思う。」
 律が再び手をあげて言った。
 「長い。簡単に説明して。」
 ジャッジは笑顔を浮かべながら言った。
 「一日一回、ユキコ、ファティマと一緒に歌って踊れ。気長にな!」
 律は言った。
 「風邪でダウンした日は?」
 ジャッジは律儀に応えた。
 「流石に休め。」
 更に律は言った。
 「ユキコちゃんやファティマちゃんのスケジュールが合わなかったら?」
 ジャッジはやはり律儀に応えた。
 「一人で歌って踊れ。」

 次にアルバトロス騎士団としてやらねばならないこと。
 ジャッジがホワイトボードに書き込む。
 彼は振り返って言った。
 「まず、このままレッドアップルバンドと一緒に大陸横断鉄道を進む。各地の振興になるし、サラダス公国の賠償金を稼ぐ意味があるからな。」
 話に出たサラダス公国だが、頃合いを見計らって戻って来たブリュンヒルデが側近のオールドと共に国主を務めている。
 同時期に無敵ペングィン・イワトビ・ドゥも巨木の巣に戻って来たという。
 究極帝国に囲まれた際に、すぐさま国主を差し出したのも、計算のうちだとすると本当に食えない国だ。
 ジャッジは言った。
 「これはまぁ、できればの話だが、ユキコのお母さんが患っている眠り病の治療法を探したい。魔界の方はきっとブラックスカルが探索しているだろうから、我々は地上で手がかりを探せればいいかな。」
 その後も各員からの意見などをホワイトボードに書き出してから会議は終わった。

sec.84 - 灰色ビー玉

2018/06/25 (Mon) 16:33:04

 究極帝国首都。
 地下鉄に乗るロナ・ブラッドとアルカード。
 二人揃って長椅子に腰かける。
 ロナは車両の天井を眺めながら言った。
 「団長が法則を書き換えた影響で機械は動かねぇはずだが、何故地下鉄は動く?」
 アルカードが淡々と答える。
 「究極帝国にはかつて高名な魔女がいた。名はマリア、彼女は魔女でありながら、我が神教団に所属する聖女マリアでもあった。我が神教団の祭司である貴方なら、その名を耳にしたことはあるはず。」
 今日はやけに多弁だなと思いながらロナは自分の記憶を見返した。
 確かに聖女マリアは記憶にある。
 ロナは天井を眺めたまま言った。
 「聖女でありながら魔女。それは一度現れれば一時代を築くとされる神魔の眼の在り方に近い。当時の帝国はマリアの動向に細心の注意を払った。スパルタクスとの結婚、一人娘ファティマの誕生、そして遂に混沌の竜として討伐された。唯一、謎なのはあの弟子と名乗る男の存在だ。一説では個人情報すらないスラムの孤児を拾って育てたらしいが、奴の駆使する力は光と闇、本来は相対する属性、神魔眼や聖女であり魔女だったマリアと同じだ。」
 アルカードはこくりと頷くと言った。
 「それにもし本当に孤児だったら、マックスとキャラが被る。」
 ロナは糸目になって額に汗をかいた。
 彼は再び目を開いて言った。
 「話が脱線しちまったが、つまりはこの地下鉄は魔女マリアにより対幻想帯加工済みってことか。」
 アルカードは無表情のまま頷いて言った。
 「彼女はいつかこのような日がやって来ることを予期していたのか、それとも只の用心の結果か。おかげで地下鉄はこうして動く。」
 禍釜製作に関わった魔女もマリアである。

 ロナは天井から視線を外し、床に俯いて言った。
 「所で、この車両は何処へ向かってんだァ?」
 アルカードは言った。
 「人間大好きクラブ。」
 ロナは自分の耳を疑って聞いた。
 「今、何て…?」
 アルカードは二度言った。
 「人間大好きクラブ。私はそこに所属している。今日はその大事な会合。クラブの本拠地を何処へ移すかの話し合い。」
 ロナは隣の吸血鬼を見て悟った。
 彼女の顔はいつもより血色が良さそうに見える、頬はほんのり赤く上気しており、無表情ながらその会合に臨むために溜め込んだ気合いを感じさせる。
 先程からアルカードが妙に多弁なのはそれが理由なのだろう。
 ロナは言った。
 「あの、俺…人間。しかもどっちかというと人間大嫌いクラブに所属中なんですがァ?」
 アルカードは微動だにせず応えた。
 「大丈夫。付き添いの出席は認められている。人間目線の意見は貴重。」
 ロナは首を傾げるしかなかった。
 アルカードは続ける。
 「吸血鬼、ラミア、夢魔。前二つは人の血、残り一つは人の夢を必要とする種族。世に出てきた魔王が問答無用で人類を滅ぼすような輩なら、人の側に立ち戦うこともある。そんな私たちは人間が大好きだ。だから、作った、人間大好きクラブ。このクラブの存在を知ったのはサラダス公国が究極帝国に吸収されてからだ。この会合は私にとって人の血だ。つまりは最上の喜び。」
 ロナは何度も頷いて同意する機械になった。
 アルカードはそんなロナを見て一つの話を始めた。
 「実は知り合いの夢魔から聞いた話なのだが。その夢魔は人の喜びや愛の感情を味わうのが好きで、そういった夢を人々に見せる。」
 ロナは嫌な予感がした。
 アルカードは続けて言った。
 「それで、偶然なのだが…その…貴方の夢に入り込んだ彼女は、私の姿で貴方と…ここではとても言えないような事をして、今まで感じたこともない愛や喜びの感情を味わったそうだが、つまりは…その、そういうことなの?」
 見つめ合う両者は互いに顔を真っ赤にした。
 ロナは顔を手で覆って言った。
 「とりあえず、その夢魔の顔と名前を教えろ。」
 アルカードはしどろもどろになって言った。
 「か、彼女も別に悪気があるわけではなくて…!ネタばらしをしなければ只のいい夢ではあるし!」
 ロナは深く頷いて言った。
 「ああ、そうだな。そうだ。いい夢だ。だが、これとそれとは話が違う。安心しろ、少しお灸を据えてやるだけだ。」
 アルカードは目を瞑って唸った。
 「あぁ…!」

 その後、人間大好きクラブでロナが大暴れをし、会合の結果、本拠地の場所は移動要塞ディアボロス内、一般解放区に移す事となった。

sec.85 - 灰色ビー玉

2018/06/26 (Tue) 01:11:57

 究極帝国の次の首都を決める動きを我が神教団についで行ったのは意外な陣営であった。

 実質的に移動要塞の管理を一任されているジャッジ・ザ・アルバトロスの元にその知らせは送られてきた。
 あくまで実質的な管理をしているのが騎士団であって移動要塞の持ち主は返却されるまでサラダス公国であるし、返却後は究極帝国のものだ。現時点では。

 現在位置は栗原のオフィス。
 応接室で和装の男、日小五郎が来客の応対をする。
 「はぁ、首都をディアボロスに…。首都の名前が悪魔だと縁起が悪くないですか?そりゃ悪夢なんて名前の都市もありますけど。」
 弱小勢力である烏合の衆が自分達のテリトリーに首都機能を引き込むのは現実的ではないとして、移行先に移動要塞内の一般解放区を指定したのだ。
 現実的な考え方をできる勢力であるとは思えないので今回の提案はもはや異変である。
 烏合の衆のメッセンジャーとして送られてきたのはメリッサ少佐。
 何を隠そう、先日、日小五郎が手酷く驚かせた部隊長である。
 メリッサは先日の作戦失敗を受け、中佐から少佐に降格処分を受け、乗機のジャイアントトードを没収され、率いていた部隊を解体されたのである。
 ここまで手酷い処分を受けたのは、メリッサの部隊のみ兵器に目立った損傷を受けなかった点をアルバトロス騎士団との接点を怪しまれての事だ。
 つまり日小五郎のやり口が遠因である。

 究極帝国の軍人は自分たちが使う装備の殆どがスターダスト製なので、その約半数は同勢力の肯定派である。
 メリッサもその例に漏れず肯定派だったが、今回の処分を受けて人間不信に陥っていた所を悪魔の囁きの如くタイミングで烏合の衆に声をかけられたのだった。

 日小五郎はとりあえず質問してみた。
 「どうして移動要塞なのです?他の三つの勢力の意見に擦り合わせるなどすればいいでしょうに。」
 メリッサは頷くと言った。
 「私も最初はそう思った。ちなみにここを選んだ理由は、人間大好きクラブが近々本拠地をここに移すという情報が入り、ここしかないと思ったらしい。」
 日小五郎は言った。
 「人間大好きクラブ…。」
 メリッサは腕を組むと言った。
 「名前はアホっぽいが、究極帝国における魔物の一大勢力だ。」

 日小五郎がメリッサの対応をしている頃。
 ジャッジ・ザ・アルバトロスとスライムが、将軍っぽい格好をしたヒロシ・サトーと、簡略化されたヒゲのない猫のマスクを被った戦闘服の男ジョン・スミスの応対に出ていた。
 ヒロシはジャッジの背後に隠れるスライムを見ながら言った。
 「そうあからさまに嫌われると傷つくね。」
 スライムはジャッジの背後から言った。
 「私に気があるように振る舞ったのは、貴方の奥さんに似ているからですか。」
 ヒロシは言った。
 「人間体の姿は二種類あるけど、君より100倍は妻の方がかわいいよ。」
 スライムはジャッジの背後でピョンピョン跳ねながら言った。
 「一発ぶん殴っていいですか?」
 ジャッジは額に汗をかくと言った。
 「究極帝国の大使だから止めようね。」
 ジョンは一歩前に出て言った。
 「ジャッジ・ザ・アルバトロス。我々は貴方の危険性が改善されたとは微塵も思っていない。今回、我々が来たのは貴方を引き続き見張るためだ。それを忘れないように。」
 二人はそういうと、一般解放区にいつの間にか出来ていた大使館に向かって歩き去った。

 スライムは二人を見送りながら言った。
 「あんなこと言ってますけど、本当は我が神教団やネオ柳生に、烏合の衆への牽制役として送られてきただけですよ。」
 ジャッジは腕を組みながら言った。
 「ま、その二勢力に対する橋渡し的な働きを期待したい所だね。」

 日小五郎の方はメリッサを介しての烏合の衆の申し出を断る事ができそうにない。
 仮に断ったら少佐の人間不信が加速してそれはそれで面白いかもしれないが。

 空中要塞の解体が終わり、いよいよ移動要塞が次の町を目指して動き出した。

 スライドが同要塞天井甲板で流れる景色を眺めながら言った。
 「結局、スターダストからの使者は来なかったな。」
 隣に立つカクタスキッドは応えた。
 「あれだけ手塩にかけて製作した兵器群を破壊されて何も思わないはずないよ。」
 スライドは首を傾げて言った。
 「そうなのか。」

 ジャッジが向こうの世界で住んでいたアパートに近い物件をみつけたので部屋を借りた。
 場所は203号室。
 一仕事終えて彼が玄関のドアを開けると、何故か妹が中でくつろいでいた。
 ジャッジは言った。
 「何をしているんだ。」
 律は姿勢そのままで言った。
 「お帰りー。早速で悪いけど、近くのコンビニでポテチップス買ってきて。」
 ジャッジは言った。
 「あのな…ポテチップスはこの世界には……まさか、お前。」
 律は姿勢を崩さないで言った。
 「くっくっくっ…その通り。覚えている限りの情報をお菓子制作会社に伝えて、既にポテチップスは量産体制に入っているのだー。」

 たまたまコンビニの近くにいたエクレアがポテチップスを買ってきた。
 エクレアはそれを律に渡しながら言った。
 「このポテチップス、ペン十郎カード入りって書いてあったんだけど…?」
 律がポテチップスを受け取って片手を挙げながら言った。
 「それも私だ。カードデザインからプロデュースさせてもらった。」
 ジャッジはあきれ果てて言った。
 「お前…その熱意は何処から湧くのだ…。」
 律は言った。
 「今週発売の週間少年ワープにペン十郎を主人公にした私の読み切り漫画が載るぞ。」
 ジャッジは言った。
 「歌って踊る片手間に何をやっているのだ…。」
 律は言った。
 「戦うのは痛いし、別のことで頑張ろうかなって。」
 だからと言って活動の範囲がマルチ過ぎはしないだろうか。
 そこへ、キラリが駆け寄ってきて言った。
 「大変よ!律ちゃんとユキコちゃん、ファティマちゃんの三人のユニットデビューが決まったわ!」
 ジャッジは律の活躍はデウスエクスマキナを取り込んだせいだろうと結論付けて、ツッコミを放棄してその場から歩き去った。

sec.86 - 灰色ビー玉

2018/06/26 (Tue) 16:20:55

 移動要塞内一般解放区。
 一日一回集まってユキコ、ファティマ、律が歌って踊る。
 最初は道いく人が足を止めて見ているだけだったが、次の日から口コミで人が集まるようになり、レッドアップルがどうせ歌って踊るならユニットデビューしてみないか?と提案し、キラリが栗原に問い合わせた結果、今回の事が決定したようだ。

 キラリが言った。
 「一度、エクレアちゃんを似たような形でアイドルデビューさせようと企画した事があるんだけど、栗原さんから胸の大きなキャラクターは大衆受けしないと却下されてたのよね…。」
 エクレアは水面下でそんな攻防があった事を初めて知った。
 キラリは腕を組んで頷いた。
 「今回の律ちゃんたちのユニットが成功したなら、エクレアちゃんのアイドルデビューも夢ではないかもしれないわ…!」
 エクレアはそのまま夢のまま終わってほしいと思った。

 とりあえず、ユニット名を決めるために栗原の事務所に戻る。
 オフィスには先にユキコ、ファティマが待機していた。
  律が言った。
 「まだユニット名も決まってない。」
 ユニット名に関してはメンバーである三人に任せるとして、キラリとエクレアは来客の対応をすることになった。

 同オフィス、応接室。
 日小五郎はメリッサ少佐と詰めの調整をするために場所を移している。規模は本来の四分の一になるとはいえ、都市機能を丸々移植するとなると一筋縄ではいかない。

 キラリと二人して中に入る。
 そこには、究極帝国撮影隊として組織されていた男たちの一人がいた。
 男は語る。
 「先の戦いで行方不明になった前皇帝グリエフ様がペン十郎のセカンドシーズンを撮影していたのは知っているよな?」
 レッドアップル篇、VSカクタスキッド篇、どれも負けず劣らない名作に仕上がっており、映画の興行収入、各種映像媒体での売り上げも好調、数ヶ月後には地上波での初放映を予定している。
 男は続けて語る。
 「撮影は今後も各地を巡りながら続けられる予定だった。だが、主役のアクションを担当するヒマジン殿の失踪に加え、肝心の監督さえ消えちまっては、この先、どうしようも…。」
 エクレアが言った。
 「それを俺たちに話して、どうなされるおつもりですか。」
 男は深々と頭を下げながら言った。
 「要塞天井甲板を使った野外ライブの話は聞いている。お前たちが演じたペン十郎ショーの話もな。俺たちがこのまま続きを撮影するより、アンタたちが撮影した方がいいものが撮れるんじゃないかって…そう考えたのさ。」

 「ダメだ。」

 いつの間にか応接室の入り口にジャッジが来ており、彼は背中を預けながら立っていた。
 男はジャッジに詰め寄ると言った。
 「何がいけねぇんだ…?」
 ジャッジは男の目を見返しながら言った。
 「俺は一度、レッドアップル篇で偽ペン十郎の中身を演じている。目の慣れた観客には中身がバレてしまうだろう…。」
 男はニヒルな笑みを浮かべると言った。
 「下手な断り方だぜ。偽ペン十郎と俺たちが撮った二作のペン十郎の動きは瓜二つでさぁ、それをアンタがわかってないはずがねぇ。」
 ジャッジは首を横に振った。
 彼は告げる。
 「だが、監督の不在はどうしようもない。」
 男はジャッジの肩に手を置くと言った。
 「アンタらなら、何とかしちまう気がするんだよ。これは男の勘だ。」
 男は去り際に言った。
 「とにかく、こちらが持ってきものは受け取ってもらう。後は捨てるなりしてもらっても構わん。」
 結局、押し付けられた形でペン十郎の撮影機材やら何やらが運び込まれてしまった。
 エクレアが言った。
 「どうするこれ?」
 ジャッジが言った。
 「とりあえず、倉庫に入れておこう。先ほど言った通り監督がいなければ話にならん。」
 キラリは首を傾げて言った。
 「貴方たち、同一人物なのに会話が必要なの?」
 ジャッジは糸目になって応えた。
 「いや、そりゃノータイムで連携とれますけど、無言で黙々と作業されたいですか。」
 キラリは苦笑いしながら言った。
 「ちょっと不気味かもしれないわね。」

 事務所に運び込まれたものを、最寄りの倉庫に収納する。
 ジャッジの見立てでは、監督が務まりそう奴が一人はいるが、それは現在アイドル活動が始動するかもという大事な時期だ。
 なるべく邪魔はしたくない。

 エクレアが、倉庫に収納したヒマジンが着ていたペン十郎のスーツを開いて中身を見る。
 中身は細部こそ違うが、ジャッジたちが使っているペン十郎のスーツに酷似していた。
 エクレアは思った。
 (やはり、あいつは…。)
 賢者タルト曰く、タイムパラドックスとドッペルゲンガーの合わせ技で世界がヤバイらしいので真相は曖昧にしておいた方がいいという。

 倉庫の扉を閉め、鍵をかけた。

 事務所に戻ると律たちが話し合いを続けていた。どうやらユニット名決めが難航しているようだ。大事なことなのでもう少し悩んでもらうとして、次の来客が来ていた。
 ジャッジが首を傾げながら言った。
 「今日はお客さんが多い日だな…。」

sec.87 - 灰色ビー玉

2018/06/26 (Tue) 23:36:24

 究極帝国撮影隊から、撮影機材などを押し付けられ、それをオフィス最寄りの倉庫に収納して戻ると、次の来客が来ていた。

 ジャッジ、エクレア、キラリが応接室に入ると、待っていた男が言った。
 「受け取りにサインお願いしまーす。」
 大手通販サイト、ユグドラシルから何か送られてきていた。
 来客ではなく、通販?と訝しむも、代金は既に支払われているらしく、配達に来ていた男はさっさとその場と後にしていった。
 後に残ったのは世界樹と思われるマークが描かれた段ボール箱だ。

 ジャッジは首を傾げながら言った。
 「何?爆弾?」
 キラリが言った。
 「私たちに恨みを持つ相手かぁ…ちょっと心当たりが多すぎるわね。」
 エクレアが言った。
 「隣で話し合いをしているお子さんたち避難させておきますか?」

 キラリがえいと言いながら段ボールを開いた。
 身構えるジャッジとエクレアであったが、中にあったのはマゼンタ色の奇妙なガスが詰まった円柱形のガラスケースだった。
 ジャッジは首を逆方向に傾げながら言った。
 「やっぱり爆弾かな?」
 エクレアが言った。
 「むやみに触らない方がいいんでしょうかね。」
 キラリは妙に警戒する二人を無視して、円柱形のケースを机の上に置くと、中身を運んできた段ボールを片付けるために席を立った。

 応接室のテーブルの上にマゼンタカラーのガスが詰め込まれた円柱状のケースが鎮座する形となった。
 結局、これが何なのかさっぱりわからない。
 キラリが円柱状のケースの傍に汲んできたお茶を置いた。
 彼女は言った。
 「団長。来客ですよ。」
 ジャッジは言った。
 「何?ガス状生命体なの?」
 すると、円柱のケースの方から声が聞こえてきた。
 「お初にお目にかかります。夢魔ですぅ。」

 夢魔。
 女性型をサキュバス、男性型をインキュバスという。
 人間に、あんな夢こんな夢を見せてその精気を吸い取ると言われている。
 ジャッジは腕を組みながら言った。
 「はぁ、それでその夢魔さんがアルバトロス騎士団に何か御用でしょうか。」
 夢魔は言った。
 「あの実は今回、私どもが運営している人間大好きクラブがこちらに拠点を移すことになりましてぇ、そのご挨拶を。」
 キラリがお茶菓子を用意しながら言った。
 「あぁ~、わざわざ遠いところからご苦労様です。」

 ジャッジは言った。
 「しかし、思っていた姿とは違いますね。夢魔ってガス状だったんですね。」
 夢魔は言った。
 「私共は夢に入り込みますので、実体が不安定なんですぅ。そこで、人間の人にご契約を提示して、お体を借りたりするんですよぉ。」
 体を借りるまでは不安定なガス状の体のままということのようだ。
 キラリは言った。
 「体を借りる…意識を乗っ取るわけですか?」
 夢魔は言った。
 「私共の力が強く出ている時などはぁ、通常の人間さんならぁ意識は保てませんねぇ。」
 ジャッジは言った。
 「そのガス状の状態だとやっぱり不便なのか?」
 夢魔は言った。
 「はい~、見ての通り、自力では動けませんのでぇ。」

 夢魔の体が、現在のようにガス状に戻ったわけは、究極帝国において体として契約していた女性が、究極帝国から拠点を移すということで、今期を持って契約を満了したからであるらしい。
 体がガス状に戻ったので、一足先にガラスケースに入って送られてきたようだ。

 ジャッジは言った。
 「ええっと、つまり今回はご挨拶と、宿主になってくれそうな女性を探してくれないかという依頼ですか?」
 夢魔はカタカタと円柱のケースを揺らしながら言った。
 「め、め、滅相もない!実はそちらの団員様を怒らせてしまってぇ!そのことを一言謝っておきたかったのですぅ。宿主はこちらで何とか探しますのでぇ。」
 キラリが言った。
 「でも、貴方、動けないんでしょう?どうやって探すの。」
 夢魔は言った。
 「お知り合いの魔物さんに協力してもらいますぅ。」
 エクレアが言った。
 「その知り合いの魔物さんはまだ究極帝国にいるんじゃないの?」
 夢魔は…はっ!と発言した後、押し黙ってしまった。

 このままでは数か月は円柱ケースの中でじっとしていなければならない。
 だが、目の前の人たちに迷惑はかけられない。
 夢魔に残されたのは沈黙するしかないという道だった。

 キラリが呟いた。
 「ところで、宿主に適した人間って具体的にどんな?」
 夢魔はその後の展開を察しておそるおそる言った。
 「…せ、セクシー系な方だと適合率が高まるようですぅ…。」
 キラリの目が光った。
 彼女はエクレアの肩を掴みながら言った。
 「つまりは…エロい!!って事ね?」
 夢魔は心底申し訳なさそうに言った。
 「は、はい~…。」

 結局、身近に適合率高そうな女性がエクレアしかいなかったので、彼女が円柱のケースを開くことになった。
 エクレアは言った。
 「そんなに自由に動かせてあげられないかもしれないけどいいの?」
 夢魔は言った。
 「お構いなく~。」
 彼女が円柱形のケースを開くと中からマゼンタ色のガスが出てきてエクレアの体を触手がはい回るように覆っていく。何とも言えない感触が体の表面から、体の奥底まで浸透していく。

 キラリがごくりと唾を飲み込んでから言った。
 「これはまさに…サキュバスだわ!」
 ジャッジは頷かざるを得なかった。
 「まごうことなき立派なサキュバスだ、これ。」
 エクレアは一回りエロくなった体と衣装を隠しながら言った。
 「ちょ…!隣に子供もいるのにこれは不味いですぅ…!」
 口調が夢魔っぽくなっているのは融合した結果、人格がそちらに引っ張られている影響だろうか。

 エクレアは言った。
 「夢魔さんと俺で意識が半々かなぁ…?いや、どっちかというと俺が強く出てる気がするし、6対4くらいかもぉ。」
 今のエクレアは意識せずとも体をくねくねと動かして挑発してくる。
 ジャッジの中の健全な少年の何かが危ない。だが、彼には誓いの剣による呪いがあるので魅了はされないようだ。
 ジャッジはがくりと膝を折ってから言った。
 「おそるべし童貞の剣…。」
 キラリは顎に手を添えながら言った。
 「この格好で外を歩き回るのは流石にまずいわね。」
 エクレアがスッと自分の胸に手を置くと、三割増しパワーアップしていたエロさが鳴りを潜めて元の姿に戻った。

 ジャッジが立ち上がりつつ言った。
 「聖獣ユニゾンに続く新形態、いわゆる夢魔フォームってところか。」
 エクレアは言った。
 「これで、今後の俺には夢魔さんとして働く義務が生じますね。」
 キラリが言った。
 「栗原ちゃんには私から連絡しておくわ。」
 その後、ジャッジの精神世界の新たな住人となった夢魔は並み居る先輩方にこぞって挨拶されたという。

sec.88 - 灰色ビー玉

2018/06/27 (Wed) 16:17:06

 究極帝国にて、幻想帯となった首都の機能を試験的に分けて運用する案が出て、実行が開始された。
 ネオ柳生は次世代のナンバー2を狙っているので候補地を取り下げ、当初は有力候補のスターダストと我が神教団の一騎討ちになると思われていた。
 だが、ここへ来て烏合の衆による妙手が飛び出した。
 首都機能を移す候補地を実質アルバトロス騎士団が管理中の移動要塞に切り替えたのだ。

 これにより、首都候補地合戦は三つ巴の様相を呈し始めていた。


 次のライブ開催地へと向かっている移動要塞の中。少し開けた場所にアルバトロス騎士団の姿があった。

 イワトビが手に持った杖で地面に光る線を引いていく、魔法陣だ。
 その場に集まったのは、魔術師イワトビを筆頭に、スライド、デュラハン、オーガ、弟子、ミイラ、そしてユニーだ。
 リザードマンは次のライブに向けてキーボードの練習をレッドアップルたちとやっているので、今回は欠席。

 弟子が辺りを見回す、彼の背にいつも背負っているサンドバッグが見当たらない。
 オーガが気になったのか聞いた。
 「おや、お師匠さんはどうしたんだい?」
 弟子が応えた。
 「実は朝から姿が見当たらないのだ。」
 ミイラも心配そうに言った。
 「私と弟子さんで探したのですが…。」
 スライドが話を聞いていたようで言った。
 「どうする?出張組をフェンリルたちと交代するかい。それぐらいはまだ融通が利くぞ。」
 弟子が小さく首を振って言った。
 「いや、師匠も子供ではない。好きにさせるさ。」

 魔術師が描き終わった魔法陣に魔力を行き渡らせる。
 魔法陣に満ちた魔力が粘りけを持った湯気のように立ち上ぼり、少しずつ気化している。
 イワトビは振り返ると言った。
 「魔法陣の上に待機してくれ。」
 ユニーは魔術師の反対側に回り込んで、魔法陣の中に入った。青い角を生やした白兎が、その場でふよふよと浮いている。
 魔術師はユニーと対象の位置に足を踏み入れた。トンっと、杖の先端を魔法陣の上に置く。
 魔法陣がより強く輝く。
 転移予定の団員たちは慌てて魔法陣の上に乗った。魔法陣から発せられる光が視界を覆うほど強くなる。


 光が収まると、そこには見慣れない景色が広がっていた。
 魔術師は持っていた杖を肩に預けると言った。
 「究極帝国に到着だ。」

 イワトビの助けもあり、皆を無事に瞬間移動させ終わったユニーは一足先に瞬間移動で元来た要塞へと戻った。

 イワトビもここからは皆と別れて単独行動だ。一人、何処かを目指して歩き去った。

 入れ替わるように、魔物の団体を引き連れたアルカードとロナ・ブラッドがやって来た。
 スライドが言った。
 「彼らが人間大好きクラブか。」
 ロナが頷いて言った。
 「そうだ。ま、よろしく頼んだァ。」


 一方、スムーズな首都機能の移転を実現するべく強制的に働かされている片割れのドートンの元にランクたち三人が直談判に来ていた。
 ドートンは言った。
 「何故、栗原君ではなく私なのかね?」
 ラグナは言った。
 「なんだかんだ優しいから!」
 ランクも言う。
 「玲やん、一度言うたことは曲げんからな。何せそれがベストやから。」
 ジロウはドートンの机に手をついて言った。
 「そこをどうにか曲げて頼む!」
 ドートンは肩を竦めて言った。
 「いいだろう。ジロウの護衛として連れてきたランクとラグナは行って良い。だがジロウ、君はだめだヨ。君の事務力は現時点では必須だ。欠けることは許されない。」
 ジロウは傍のラグナに言った。
 「ラグナ!今日から一人になるが大丈夫か。」
 ラグナは胸を叩いて言った。
 「どんとこい、だ!」
 ラグナとランクが護衛として人間大好きクラブに合流するために出ていき、代わりに一人の魔術師が中に入ってきた。
 ジロウは驚いて言った。
 「兄貴!?兄貴が代わりの護衛っすか。」
 魔術師は頷くと言った。
 「ま、そういうことだ。」


 魔術師イワトビがジロウの護衛に着いた頃。
 究極帝国の首都にある駅に停車していた車両に、荷物が運び込まれた。
 この荷物が烏合の衆に任された分の首都機能を司る品々であり、アルバトロス騎士団は、これら荷物と人間大好きクラブの人々を無事に移動要塞まで連れていかねばならないのだ。

 ビッグママと名付けられたその車両は急ぎの旅で大陸横断鉄道を要塞とは逆向きに進み、数ヶ月後には同要塞に到着を予定している。
 要塞が各駅停車でライブを開催しながら進んでくるのと違ってビッグママは、用がなければ駅を素通りして進む、急行列車である。

 また、要塞とは違う通常の車両なので、護衛を任されたアルバトロス騎士団がしっかり守らねばならない。

 空間を拡張し、中に町を作ってしまった要塞とは違って、ビッグママは大陸横断鉄道を走る通常の車両。その点も勝手は違うのだが、大陸横断鉄道を走る車両自体が通常の車両の何倍も大きな車体をしているので、中に町に準ずる施設が備わっていないわけではない。

 何にせよ、そんな巨大車両に大事な荷物とお客を乗せた護衛の旅が始まろうとしている。

sec.89 - 灰色ビー玉

2018/06/28 (Thu) 01:18:24

 究極帝国に臨時に開設されたオフィスに来客があった。
 後ろにコード0を控えさせた栗原玲が、その来客を出迎える。
 栗原は言った。
 「スターダストさん、今回はどのような御用件でしょうか。」
 スターダストの重役を名乗る男は言った。
 「まずは、首都機能の移転に多大なご助力ありがとうございます。」
 栗原は言った。
 「お世辞はいいわ。放置するなら悪評をばらまくと脅してきたのは貴方たちよ。」
 重役は額に手を添えて言った。
 「これは手厳しい。ですが、悪評と言ってもあなた方が実際にやったことを我が国の国民に分かりやすく並べ立てて解説するだけですよ。それだけで国民は目を覚まし、あなた方が敵である事を思い出すだけです。」
 正論である。
 人的な被害こそ零に留めているが、アルバトロス騎士団が究極帝国に与えた被害は計り知れない額になっている。

 栗原は言った。
 「何故私に会いに来たのでしょう。アルバトロス騎士団の長はジャッジ・ザ・アルバトロスですよ。」
 スターダストの重役は言った。
 「実質的なリーダーは貴方でしょう?彼は貴方の操り人形に過ぎない。」
 栗原は微笑して言った。
 「間違ってはいないわ。だけど、アルバトロス騎士団のリーダーは彼よ。そこを間違えてはいけないわ。」
 スターダストの重役は言った。
 「では、今回私が持ってきた話、ここで決めてしまわなくていいと…?」
 栗原は身ぶりを交えて言った。
 「ジャッジ個人をどうにかしたいって話なら、ここで決めてしまっても構わないわ。彼に拒否権は無いもの。だけど、それがアルバトロス騎士団の話になるなら別よ。私は参謀長で彼は団長なのだから。」
 スターダストの重役は首を横に振った。
 彼は迫力を増してから言った。
 「こちらが妥協しようと言っているのに、拒否なされるのですか。」
 栗原は言った。
 「こちらの物を無条件に差し出す代わりに安全を保障する…どの辺が妥協しているのかしらね。控えめに言って不等な申し出だと思うわ。」
 スターダストの重役は額に汗をかいた。
 アタッシェケースは一切開かれていない。だが、その中に用意してきた書類に書かれている妥協案の概要を目の前の女は言い当てていた。
 栗原は口を三日月のように歪めながら言った。
 「それと、あいつをあまり舐めない方がいいわよ。」

 スターダストの重役は結局、何もせずに帰った。
 コード0はようやく口を開いた。
 「帰して良かったのか?」
 栗原は言った。
 「あんな条件の書かれた書類だけ持たされて送られてきた奴よ。重役なんて名乗ってたけど、個人では何も決められない立場、時間の無駄。」
 コード0はそれを聞いて目を閉じた。

 すると、入れ替わるようにキラリが部屋のドアを開いて乗り込んできた。
 栗原が驚いて言った。
 「貴方、移動要塞にいるはずでしょ?」
 キラリはにこやかな笑顔を浮かべると言った。
 「走ってきた!」
 栗原は感心して言った。
 「大したものね。」

 キラリは持ってきた写真を机の上に置いた。
 彼女は言った。
 「エクレアちゃんが夢魔と融合したわ。」
 写真には三割まし艶やかになったエクレアが写されていた。
 栗原が食いつきながら言った。
 「そっちではそんな面白いことになっているのね。」
 栗原は背後で置物と化しているコード0を見た。彼は無反応だ。
 栗原はキラリの方を見て言った。
 「会員制のアイドルにしちゃおうか。」
 キラリは言った。
 「いいですねそれ。何だかとってもいかがわしい響きがそそる!」
 コード0は静かに瞬間移動で部屋から離脱した。どうせ拒否権は無いのだ。


 移動要塞内。
 日小五郎はメリッサ少佐との詰めの協議を終えて、町並みが見渡せる場所に来ていた。
 彼は言った。
 「数ヶ月後、ここに都市機能の移転が行われるわけですね。」
 メリッサは言った。
 「そうだ。これから忙しくなる。」
 日小五郎は言った。
 「気になりませんか。」
 メリッサは首を傾げて言った。
 「何をだ?」
 日小五郎は言った。
 「烏合の衆は前評判通り政治力皆無です。そんな彼らが妙案を思いつき、そのメッセンジャーとして貴方を選んだことです。」
 メリッサは顎に手を添えて言った。
 「確かに、路傍の石のような存在感だった彼らがここに来て頭角を現しているのは不自然だ。スターダストに私が見放されたタイミングでの声かけといい…おそらく、紅茶の似合いそうな明晰な人物が背後にいるのだろうな。」
 日小五郎は嬉しそうに微笑みながら言った。
 「やはり貴方は賢い。お化けなどを極端に怖がる所が弱点ですが、それを合わせてとてもキュートです。」
 メリッサは少々照れながら言った。
 「可愛いなどと言われたことはないな。それと、私が怖がりなことは皆には内緒だぞ。威厳に関わるからな。」
 日小五郎は言った。
 「ええ、わかってますよ。その秘密を知るのは今のところ砂漠天狗だけです。」
 メリッサは天狗と聞いただけで全身をブルッと震わせた。本当に極端に怖がりだ。
 こんななのに、銃弾飛び交う戦場や血みどろの白兵戦などは恐怖せずに居られるのだからバランスが悪い。
 日小五郎は一つの書類を取り出した。
 「実はスターダストにも派閥がありまして、これはその派閥の一つが送って来たものです。」
 メリッサは書類に目を通すと言った。
 「これはキャプテン・マスターが使用している戦闘服などを開発している部門のものだな。」
 日小五郎は言った。
 「大使として着任しているスパルタクスの、護衛として着いてきているキャプテンのスーツを定期的にメンテナンスできるように近くに工房を作れないかという打診です。どう思いますか。」
 メリッサは首を傾げて言った。
 「どう思うも、了承すれば良かろう。」
 日小五郎は言った。
 「貴方のそういう所も好きです。」
 メリッサは顔を真っ赤にして言った。
 「お、おま、お前!体が複数あるからって出会う女全てにそんな浮わついた事を言っていたらいつか刺されるぞ!」
 日小五郎は首を傾げて言った。
 「貴方は刺しますか?」
 メリッサは言った。
 「…さ、刺すわけなかろう。惚れた相手だぞ?」
 日小五郎は突っ伏して叫んだ。
 「はあぁ~!カワイイ~!!」
 メリッサは狼狽えながら言った。
 「や、やめ、ヤメロォ!」

sec.90 - 灰色ビー玉

2018/06/28 (Thu) 15:48:14

 水鏡の町ミラージュ。
 移動要塞が停止し、次の公演の地にたどり着いた。

 さっそく、会場設営のためにスタッフが移動要塞から出ていく。
 テロ予告などはないが、カクタスキッドとフェンリルが念のために同行する。

 フェンリルがミラージュの様子を見ながら感嘆の声をあげた。
 「おぉ~!?何だこりゃあ、すげぇ…。」
 町中を縫い合わせるように、水の帯が四方八方から空中に飛び出しては、不思議なカーブを描いて町の中を入り乱れている。
 カクタスキッドは言った。
 「ミラージュを流れている水の透明度は最高を誇る。」
 フェンリルが傍の空中を流れている水の流れを覗き込む。
 光が反射して彼女の顔が水面に映った。
 「おぉ…。」
 おそるおそる彼女はその流れの中に手を入れる。しかし、まるでその手から逃げるように水が流れを変えて、彼女の手が水に触れることはなかった。
 フェンリルは不思議に思って、突っ込んだ手を四方八方に振り回す。
 しかし、その度に流れている水は彼女の手を避けるように変化して一向に水に触れることが出来なかった。
 「この…!」
 フェンリルはついに、その体を目の前の流れの中に突っ込んでみたが、やはり彼女の体を避けて水は流れ続けていた。
 彼女はカクタスキッドの方を見た。
 流れる水面の向こうでサボテンの男が腕を組みながらこちらを見ている。
 フェンリルは叫んだ。
 「何なの!?」

 先に進んでいたスタッフたちに追いつきつつカクタスキッドが解説する。
 「ミラージュに存在する水は逃げるのさ。」
 フェンリルは言った。
 「え?血液も!?」
 カクタスキッドは苦笑いを浮かべて言った。
 「そうだとしたら今頃は死んでるねぇ、私も君も。掌握領域は知っているだろう?誰しも持っている自分の支配する世界さ。普通の人なら体をぐるっと囲むようにそれが存在していて、外界からの影響をその強度に応じて防いでくれる。私たちの体内の水が環境に影響されて外へと逃げださないのはそのためさ。」
 フェンリルは言った。
 「なるほど、今すぐ死ぬわけではないのはわかったけど、そうなると、一見すると大量の水に恵まれているように見えるこの町は水が一滴も飲めない砂漠なのか?」
 カクタスキッドは言った。
 「流石にそんな場所に人は住めないよね。」
 フェンリルは激しく肯定して頷いた。


 後から来たジャッジにフェンリルたちは警備を引き継いでもらう。
 会場の設営はスタッフと手の空いた魔獣ヌメが手伝ってくれるようだ。


 警備を交代したフェンリルたちはとある場所までやって来た。
 カクタスキッドに連れられてやってきた水路にエクレアが浸かっていた。
 フェンリルは言った。
 「!?…女団長が水に触れられているように見えるぞ。」
 カクタスキッドは言った。
 「よく見て、微かに隙間がある。だけど、あれだけ水に接近できないと資格はないんだけどね。」
 フェンリルは首を傾げて言った。
 「資格ってのは何のことだ?」
 カクタスキッドは見ていればわかるよ、と言って様子を見守っている。

 エクレアの体の周りに流れる力が静かに流れる川のようになっている。
 自然と一体化するぐらい体内エネルギーをコントロールすることで、今回の秘術は可能になるのだ。
 彼女がそのまま両手を水面に沈めて静かに掬い上げる。すると、その両手に本来は逃げるはずの水の塊が留まった状態となった。

 彼女はその水の塊を持って水路から上がって来た。
 フェンリルがエクレアの手の中にある水の塊を突く。ぷるんぷるんとゼリーのように柔らかく変化するが、水が逃げることはない。
 彼女は言った。
 「まさか、これが飲み水になるって話…?」
 エクレアは言った。
 「これを更に加工して水の鏡を作るのさ。」
 掬い上げた水の塊は依頼されていた所に持って行く。


 エクレアを加えた三人で訪れた店には水を加工して作ったと思われる品々が所狭しと配置されていた。
 フェンリルが覗き込みながら言った。
 「これ全部水で作られているのか…。」
 全ての品々がまるで鏡のような反射率で彼女の姿を映し込んだ。
 フェンリルは思わず感じた。
 (綺麗…。)

 奥から職人が出てきてエクレアが取って来た水の塊を受け取った。
 職人は驚きながら言った。
 「本当に初めてやったのかい?信じられない…。まるでベテランが掬って来た水を見るようだよ。できれば専属の術師として雇いたいけど…。」
 エクレアは手を小さく振って遠慮した。


 カクタスキッドが、中が水の鏡になっているネックレスをフェンリルに買え与えた。彼女は喜んでそのネックレスを首にかける。
 エクレアは言った。
 「水で出来ているから、万が一割れても怪我し難いんだよ。」
 フェンリルは言った。
 「それはわかったんだけど。結局、この町で水を飲むにはどうすればいいの?」

 エクレアは自分用に持ち歩いていた手鏡を持ち出すと言った。
 「こうして、鏡に映っている水は逃げなくなるのさ。」
 彼女はそう言いながら鏡に映った水面をパシャパシャと掬って見せた。

 フェンリルはペンダントを開けて鏡の部分を露出させると、同じように空中を流れる水の帯に手を突っ込んだ。今度は触れる。
 彼女は思った。
 (冷たくて気持ちいい…。)

 不思議な水の光景が広がるミラージュにて、レッドアップルバンドの公演が迫っていた。

sec.71 - 灰色ビー玉

2018/06/19 (Tue) 00:33:10

 アルバトロス騎士団が要塞の解体を始めたその頃。
 究極帝国に極秘回線で一本の電話があった。
 リベリオンズチック首領スパルタクスを名乗る電話の主は話の通じる相手、確かな交渉が可能な相手を早急に電話口に出すように命じた。

 電話口に出たのは究極帝国現皇帝グリエフ・シュナイドだった。
 グリエフは言った。
 「スパルタクス将軍、貴方は一体何処からこの電話をかけているのです?」
 その先にいるであろうスパルタクスと名乗る男は言った。
 「敵地のど真ん中さ。」
 グリエフは言った。
 「ですから、そこは何処だと聞いているのです。」
 男は受話器の向こうで低く笑いながら言った。
 「今、私はどんな姿でなんと名乗っていると思う?」
 グリエフはにこりと笑うと言った。
 「それがわかっていれば究極帝国は貴方の首をはねに向かわせていますよ。」

 「ヒロシ・サトー。それが今の名だ。」

 究極帝国皇帝として、帝国にとって悩みの種となったアルバトロス騎士団の構成メンバーの名は全て把握している。
 グリエフは驚きのあまり受話器を落としそうになった片手をもう一方の手で支えた。その手にはレッドアップルのファンであることを示す印が刻まれている。
 「まさか…いえ、貴方とキャプテン・マスター大佐に限ってその言葉には意味がありませんでしたね。それで、今回そのことを知らせてきた意味は何です。」

 「絶好の機会だ。近年稀にみる程のな。」

 先日、アルバトロス騎士団が飛行兵器ビッグバードと空中要塞ヘカトンケイルの奇襲強襲攻撃を事前に察知できたのは、究極帝国内に潜むリベリオンズチックから、スパルタクスつまりはヒロシ・サトーに情報が入ったからだ。

 グリエフは言った。
 「ちょっと待ってください。貴方がその情報を騎士団に知らせたということは、その時点では貴方はアルバトロス騎士団の味方だったという事ですよね。何故心変わりを?」

 数秒迷ったような沈黙があった。

 スパルタクスは言った。
 「あの力は危険だ。善悪に関係なくだ。今はまだ要塞や飛行兵器を数時間で潰してしまえるレベルだが、あれは記録によると急速に成長している。つい先日には世界の法則さえ書き換えた、大した犠牲も出さずに。しかも、だ。それはあのコード0に並ぶために、普通だった男が手にした力だ。たったそれだけの理由で世界を滅ぼしかねない力が育ちつつあるのだ。君だったらどうする?その普通だった男の善性に全てを託して、世界の命運をその男のさじ加減に委ねるか?あいつは殺せるはずだった兵士の命を救っている。だが、それだけだ。そこには絶対と言える正義はない。」

 スパルタクスが全てを語り終わるのを待ってから、グリエフは口を開いた。
 「それで、私は…いえ、僕はどうすればいいんですか。」

 スパルタクスは応えた。
 「娘の安全を保障しろ。我々、リベリオンズチックはどんな危機的状況からも笑って脱出して見せるが、娘は違う。彼女はまだ未熟だ容易に殺せる。」

 グリエフは重々しく告げた。
 「それだけでいいんですか。」

 スパルタクスは言った。
 「究極帝国全軍を動かせ、国を人質に取れ、奴はまだ善人だ。それで拘束できる。国内に潜むリベリオンズチックは動かないことを我が神に誓おう。」

 通信は途絶えた。
 罠の可能性も零ではなかった。
 だが、グリエフの中にある皇帝としての勘が告げていた。スパルタクスは本気だと。


 数時間後、皇帝の命により秘密裏に発進した究極帝国軍は小国、レオ・ガルディア、ライジング、フェニックス、スコーピオン、そしてサラダス公国をその全軍で包囲した。


 移動要塞ディアボロス。

 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…。」
 壊れた人形のように言葉を吐き続けるのはジョン・スミスに銃口を突きつけられたスライムだった。
 謝るような過失があったという自覚があるということは、彼女はヒロシたちの正体を知っていたという事だろう。
 ヒロシは言った。
 「ジョンの銃口は貴方方がいくら早く動こうが、彼女の魔物としての弱点であるスライムの核を確実に撃ち抜く。そういう風に事象が確定している。因果律の操作は説明しなくてもわかるよね。」
 ジョンは微動だにせず告げる。
 「カクタスキッド、君の早撃ちが誰にも撃ち負けないのと同じだ。君が先手を取ろうと意味はない。私は君の攻撃を避けるか防ぐかして、いずれにせよ彼女を殺す。」
 だから、今すぐに飛びかかろうとしている彼女をしっかり抑えておけと暗に忠告した。
 カクタスキッドはフェンリルの肩に手を置いて彼女が飛び出すのを抑えるしかない。

 ヒロシは告げた。
 「ジャッジ・ザ・アルバトロス。君は他のアバターを全員この場に呼び出して元に戻るんだ。一人になれ、変な気は起こすなよ?この場は凌げても君らの味方だった人々は国ごと地図から消える。」

 そう指示されて、ジャッジ・ザ・アルバトロスの元に、魔術師イワトビ、エクレア・ティラミス、日小五郎、そして、コード0とスライドがこの場にやって来た。
 彼らと行動を共にしていたと思われる団員たちもこの場に戻って来た。
 ただならない様子に周りがざわつき始める。
 ランクが言った。
 「一体何の冗談や。どういった悪ふざけなんや。実害が出るおふざけはやらんのやろ?なぁ、ヒロシ。」
 ヒロシが近づこうとするランクの動きを手で制する。
 ヒロシは悲しそうに言った。
 「残念だけどおふざけじゃないんだ。しかも、誰も悪くない。誰も悪くないんだよ。」

 複数の役に分身していたジャッジ・ザ・アルバトロスが一人に融合する。
 ヒロシがジャッジの装備を剥ぎながら言った。
 「君には二階堂審としてついてきてもらう。役を演じさせない事で力をある程度押さえ込めるはずだ。」
 ジャッジはマントを含め、全ての武装を解かれた。
 強化スーツさえ奪われ、普通の人間だった男、二階堂審に力を封じる枷がはめられた。

 二階堂審は言った。
 「彼らはどうなる。アルバトロス騎士団の皆は?」
 ヒロシは首を横に振って言った。
 「悪いが安全を確保できたのは私の娘だけだ。おそらく…いや、確実にレッドアップルバンドとそのスタッフの安全は守られるだろう。皇帝は彼女らのファンだ。ペン十郎同様にだ。」

 ランクが叫んだ。
 「ウチらに黙って殺されろって!?」
 ジョンは冷静に言った。
 「国を盾にして動きを封じているのは団長と参謀長だけだ。できるというなら、究極帝国相手に逃げ切って見せろ。」

 枷をはめられた二階堂審は言った。
 「君らは知っているのか、例の日以降、メンテナンスの仕方を失った究極皇帝システム、機械仕掛けの神デウスエクスマキナが徐々にバグを蓄積しつつあり、それがもうすぐ限界を迎える事を。」
 ヒロシはうつ向いて言った。
 「究極帝国に住む市民の殆どが知らぬトップシークレットを君は」
 そこで一つの事実を思い出して彼は顔を上げた。ヒロシは続けた。
 「…いや、知っていて当然か。見ているのだろう、魔獣を通して。ユキコ・ガルディア。…いや、今は母方の姓を名乗っているからユキコ・レインフィールドだったか。」
 そう呼び掛けられてユキコが物陰から姿を現した。
 ジョンは言った。
 「一緒に来るというなら歓迎しよう。今の皇帝に話を通せば究極皇帝システムの前までは、たどり着けるはずだ。」
 ユキコは枷を嵌められた二階堂に駆け寄ってすがるように見上げた。
 「魔術師様…。」
 二階堂は無言で頷いた。
 ファティマが声をあげる。
 「お父様!こんな…こんな方法しかなかったのですか!」
 ヒロシは首を横に振って言った。
 「疑問に思ってしまったんだよ。彼がコード0を名乗り、たった数時間で二つの巨大兵器を一人の犠牲も出さずに潰してしまった事でね。」
 ファティマはそんな…と呟いて絶句してしまった。少女に抱えられつつも恐怖に震えるユニーは何かを訴えたいのか必死に二階堂を見る。
 彼はユニーの方を見ると小さく頷いた。
 その瞳は言った、心配するなと。ユニーの震えは収まった。

 枷を嵌められた二階堂と栗原が並んで立つ。
 彼とは対称的に栗原の手には枷はない。
 そんな二人の間にユキコが控えている。
 二階堂は言った。
 「こんなことになっちまってすまんな。」
 栗原は肩を竦めて言った。
 「元々死ぬはずだった命よ。貴方が救ってくれたのよ。忘れないで。」
 ユキコが両隣に立つ、二階堂と栗原の手をそれぞれ握りしめた。

 究極帝国製と思われる幻想帯内でも飛行可能な輸送ヘリが空からやって来る。
 あれに乗って究極帝国を目指すようだ。

 そのうち、草原で待機中の移動要塞も究極帝国軍に包囲されるらしい。
 半ば人質として連れてかれるファティマもヘリに同乗する。
 ヒロシはファティマに言った。
 「現皇帝は約束は守る男だ…いや、女かな?ともかく、何か困ったら彼を頼る事だ。いいね?」
 ファティマは無言で頷いた。

 輸送ヘリがワープ形態に変形する。
 回転翼と着陸のための足を折り畳み、流線型に近い形になる。
 どうやって浮いているのかは謎だ。

 ヘリの外の景色が線のように流れ、広大な究極帝国の領土を一気に移動していく。
 ワープから抜ける、再び畳んでいた回転翼と足が展開する。
 眼下には究極帝国の首都が広がっていた。

sec.72 - 灰色ビー玉

2018/06/19 (Tue) 10:43:16

 輸送ヘリがヘリポートに到着し、究極帝国兵と思われる最新装備で身を固めた屈強な男たちが中に踏み込んできた。
 ユキコ、ファティマ、栗原が二階堂を盾にしたのでその銃口を突きつけられることになったのは彼であった。

 屈強な男は言った。
 「彼らは何処へ消えた?」
 彼らとはこの場合、スパルタクスとキャプテン・マスターの事、つまりはヒロシ・サトーとジョン・スミスの行方を聞いているのだ。
 二階堂は視線を外さずに答えた。
 「とっくに逃げた。」
 その視線に圧倒的高みから生殺与奪の権利を握られている事を悟った兵士は、到底受け入れがたい恐怖を払拭するために思わず手にしていた銃の銃床で彼の頭を殴り付けた。
 一瞬、自分が何をしたのか理解できなかった兵士は、頭が割れて血が流れ出した目の前の男を見て冷や水をかけられたように冷静になれた。
 兵士は思わず呟いていた。
 「す、すまん…。」

 輸送ヘリに備え付けてあった救急箱で、栗原が二階堂を治療する。
 栗原が治療を終えてから言った。
 「はい、これで大丈夫でしょ。」
 二階堂は言った。
 「これから死刑になる男にすまねぇな。」
 栗原は腰に手を添えて言った。
 「何よそれ。素直に感謝しなさい。」

 ファティマがそんな二人に声をかける。
 「あ、あの…お父様が勝手な事をしてこんなことに…。」
 二階堂はそんなファティマの頭にポンと手を置いてから優しく撫でて言った。
 「気にするな。一度は辿らないといけない道だ。遅かれ早かれこうなってたさ。」
 ユキコが次に来る別れを察して彼に抱きついた。
 少女は瞳に涙を溜めながら言った。
 「魔術師様、私…私!」
 二階堂は人差し指を自分の口の前に持ってきて言った。
 「そいつは未来の彼氏に言ってやりな。俺みたいな大罪人には勿体ない。…いたッ!ユキコ痛い!」
 ユキコは無言で二階堂の肩をバシバシと叩いた。一世一代の告白を不意にされたのだ、無理もない。
 栗原は表情一つ変えずに言った。
 「私はハーレムでも構わないわよ。貴方、アバターでいくらでも増えられるし。こちらで環境を整えてあげてもいいわ。」
 二階堂は思わず真顔になった。


 いい加減、護送の準備が整ったのか、ここからは三方向に分かれることになった。

 ユキコ、ファティマの究極皇帝宅直行便。
 栗原の奈落、もしくは深淵と称される封印施設行きバスツアー。
 そして、二階堂の究極帝国最大最強と名高い刑務所へ無期限宿泊の旅だ。

 それぞれの裁判は現地で執り行われる。
 普通の裁判施設ではセキュリティを保証しかねる事態ゆえの特例措置らしい。
 ユキコ、ファティマが見守る中、栗原玲と二階堂審が帝国兵に連れていかれる。
 二階堂は栗原との別れ際に言った。
 「そっちは楽しそうだな。」
 栗原は不敵に笑って言った。
 「ええ、深淵の底で快適な眠りが約束されているわ。たっぷり寝坊してあげるから、貴方が起こしに来なさい。」
 二階堂は言った。
 「究極帝国が滅亡したらな。」
 物騒な事を言った男を護送する兵士が力強く彼を引っ張って牽引していく。
 栗原と二階堂は互いの視線が切れるまでお互いを見つめあった。


 一方、こちらは移動要塞に取り残されたアルバトロス騎士団。
 スライムは光の無い瞳で床を見つめながら何やら独り言を呟いている。
 「ごめんなさい団長…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい。」
 フェンリルがその顔を覗き込みながら言った。
 「こりゃダメだ、完全に精神をやられてる。」
 この状態で戦いなど論外だろう。
 キラリは顎に手を添えながら言った。
 「さて、困ったものね。こちらからは打つ手がない。下手に反撃しようものなら、それを口実に各国を攻撃される。逃げの一手しかないわ。」
 フェンリルも考えてから言った。
 「オールドの奴なら口八丁手八丁でのらりくらりとかわせそうなものだが…アルバトロス騎士団に、貸し与えられてた要塞をあげたようなものだし、流石に無理か。」
 彼女の予測通り、サラダス公国を包囲した究極帝国軍は、公国にオールド・オメガとブリュンヒルデの身柄の引き渡しを要求。
 同軍が二人の確保のために玉座の間へと踏み込んだが、邸内の何処を探してもその二人の姿が見つかることはなかった。
 それと同時に公国に住まう巨鳥イワトビ・ドゥも巣から離れ、戻ることはなかった。

 草原で停止中の移動要塞。
 それを包囲するために、究極帝国軍が各部隊を周辺に展開し始めた。

 カクタスキッドが言った。
 「逃げるなら早くした方がいいようだ。と言っても、もう物理的な逃走は不可能だと思うけどね。」
 ジロウ、アルカード、ロナ・ブラッド、ドートン・クヲン、マックス、弟子はいまだに撃墜されたヘカトンケイル要塞内に潜っていて連絡がつかない。

 ユニーが口を開いた。
 「僕が皆さんを飛ばします。希望の逃走先がある人は申告してください。それ以外の人は一旦タルト庵へ退避してもらいます。」
 ランクが驚いて言った。
 「なんや、いつもは弱虫でブルブル震えてばかりなのに、今日はやけに勇気あるな。」
 ユニーは言った。
 「ジャッジ・ザ・アルバトロスが大丈夫だと言ったのです。僕はそれだけで少し強くあれる。」

 結局、究極帝国軍が無抵抗の移動要塞に踏み込んだ際には、レッドアップルバンドとその運営スタッフ、要塞ディアボロスを維持管理する魔獣ヌメや、要塞ヘカトンケイルを解体して資源として溜め込む作業を続けている魔獣ヌメは確認できても、アルバトロス騎士団の団員たちの姿を見つけることはできなかった。

sec.73 - 灰色ビー玉

2018/06/20 (Wed) 00:20:26

 「被告人ジャッジ・ザ・アルバトロスは死刑。大量の罪もない人々を恐怖に陥れ、あわよくば究極帝国の転覆を企み、言葉巧みに人々を騙し、テロ支援組織を樹立し…云々…。」
 と、まあ、そんな感じで二階堂の死刑は即決した。 

 処刑方法、禍釜と呼ばれるこの世のありとあらゆる死因を詰め込んで煮詰めたという魔術道具を使ってのものとなった。

 飛び込み台みたいな場所に立たされる。
 下を見ると巨大な鍋に赤黒い何かが煮たっているのが見える。
 処刑人が言った。
 「あれぞ、この刑務所が誇る最大の処刑法、禍釜よ!その数、百八億。百八億パターンの死があの釜の中で煮たっているのだ。」
 二階堂は下を見ながら言った。
 「死を煮込んでるってどういう事でしょうか?」
 処刑人は言い切った。
 「俺もよくはわからぬ!皆目見当もつかん。だが、あれを作った魔女いわく実感を持って百八億の死をじっくり味わえる。それを経験した魂が無事で済むはずはないとのこと。」
 二階堂は首を傾げて言った。
 「つまり、痛みも再現した死因VRって事っすか?」
 処刑人は腕を組むと言った。
 「ま、まぁ、そういう事だな。結構とんでもない話だと思うのだが、お前、恐怖心は無いのか?」
 二階堂は青い顔になって歯をガチガチ言わせながら足の先から頭の天辺までブルブルと震えた後で、スッと顔色を戻し、全身の震えを止めて言った。
 「怖くないわけがない、痛くないわけがない。貴方はそれでもやるのかい?」
 処刑人は真っ直ぐ二階堂を見つめながら言った。
 「ああ、それが処刑人だからな。」


 彼が禍釜に落ちて、最初に目の前に現れたのは栗原玲だった。
 まるで現実のように意識がはっきりとしている。
 夢を見るようにとはいかないようだ。
 栗原は言った。
 「良かった。貴方は処刑される直前に無事に助け出されたのよ。」
 勿論、嘘だとはわかっている。だが、一縷の希望がそうさせるのか、ほんわりと胸の奥を温める。思わず、目の前の彼女の手を取って喜びを表現して飛び跳ねたい気分になる。
 腹部に熱い、熱い痛みを感じる。
 身を引くと、栗原の両手に握られているナイフが血に染まっていた。
 栗原は焦点のわからない瞳でこちらを見ながら言った。
 「貴方がいけないのよ。私なんかを、助けた、貴方が、悪いの。」
 彼女は笑っている。
 言葉の度に馬乗りになった男の体にナイフが突き立てられる。
 脳を揺らすような痛み。
 何より、彼女の姿でもたらされる死という疑似が何より痛い。

 こんな死が今回を含めて百八億用意されているらしい。
 なるほど、これは無事では済みそうにない。


 究極帝国、地下奥深く。
 通称奈落もしくは深淵と称される封印施設。
 祭司服を着た男が言った。
 「栗原玲。貴方をなるべく刺激せずに封印するためにこの方法が選ばれました。何か、ご不満な事が有りますか?」
 栗原は言った。
 「そうね…一つ懸念があるとしたら、あれかしら。」
 彼女はそう言いながら白い扉を指差した。その扉の隙間からは濃い魔素と思われる黒いオーラが漏れ出ていた。
 栗原は言った。
 「デウスエクスマキナだけが帝国の秘密ではなかったようね。」
 祭司服の男は頷くと言った。
 「究極帝国はかつて一度、とある英雄に助けられています。ですが…いえ、ここから先は私が語ることではありませんね。」
 男が容器の蓋を開けると、青い液体で満たされた中身が現れた。
 祭司服の男は言った。
 「この中に入れば二度と目覚めない深い眠りに貴方は誘われるでしょう。勿論、死ぬわけではありません。容器から出されぬ限り目覚めることはあり得ないだけです。世界が終わるその時まで貴方には眠っていてもらいます。」
 言われた通り、栗原は容器に体を入れた。
 下半身が冷たい液体に浸される。
 そのまま上半身を倒し、全身が液体に浸かる。栗原は数秒と待たず眠りに落ちた。
 祭司服の男が容器の蓋を閉じた。
 男は肩の荷が降りたことを確信したのか、小さく息を吐いた。
 究極帝国に新たな秘密が一つできた。
 ただそれだけの事だと男は自分に言い聞かせて、踵を返して地下から去った。

 そのすぐ後に、白い扉から漏れ出ていた黒いオーラが一際大きく燃え上がったと思うと、人の形になった。
 人の形になったオーラが徐々に現実味を増していき、黒い髑髏の顔をした巨躯ブラックスカルの姿になった。
 ブラックスカルは辺りを見渡し、栗原が入っている容器、眠りの棺に手をかけた。
 「図らずとも私と同じになったかジャッジ・ザ・アルバトロス。この場はこれから多少荒れる。彼女の身柄はこちらで預かるとしよう。」
 巨躯が身を屈めて眠りの棺に手をかけると、それは黒い炎に包まれ、燃え尽きるようにその場から姿を消した。
 一仕事終えた巨躯は立ち上がると地上の方を見た。
 「ヒカリ、君の忘れ形見を守りにいくよ。」
 その体が黒い炎に包まれて消えた。

sec.74 - 灰色ビー玉

2018/06/20 (Wed) 11:38:41

 禍釜の作成を究極帝国に依頼された魔女は言ったという。
 「貴方たち、処刑道具が欲しいのよね。それとも、化け物を作りたいの?」
 魔女の真意を掴めない相手は詳しい説明を求めた。
 魔女は深刻そうに言った。
 「これに耐えきるような化け物を貴方たちが御し得るとは思えないのだけど。」
 小粋な魔女ジョークと思った周りの人間は爆笑して言った。
 「そんな人間がいるわけないじゃないか。」


 いた。
 長い究極帝国の歴史上、たったの一人だったが、そいつは現在、禍釜の中に満ちていた死を具現化したスープが干上がって、見えるようになった底、先の犠牲者たちである白骨の中心に立っていた。

 男は少し力を入れて自らの力を封じる枷を粉々に砕いた。禍釜に落ちた際に強度が弱っていたのもあるし、この程度の能力封じでは最早彼は止められないのだろう。

 男は二三度地面を蹴ると、勢いをつけて飛び上がり、落ちて来た飛び込み台まで舞い戻った。
 処刑人は目の前の光景が信じられないのか腰を抜かしている。
 男はそんな彼の目の前で柔軟体操を始めた。
 二階堂は言った。
 「よっ!随分と久しぶりな気がするぜ。」
 一度の死が約1分として単純計算すると、百八億分、計算が間違っていなければ約2万年は経過している。
 後述するが、実際は様々なシチュエーションを表現するために1分では足りないので、もっと長い時間がかかった。
 現実で経過した実時間は、彼が禍釜に投入されてから、中身の水位が下がり底まで干上がるまで。風呂の湯を抜く速度で水位が下がった。
 処刑人はガクガクと足を震わせながら立ち上がりつつ言った。
 「へへ…ま、まさか耐えるとは…。」
 二階堂は体操を続けつつ言った。
 「耐えれるわけ無いだろ?痛みを感じる部分は完全に麻痺するし、感情は磨り減るし、数多の犠牲者がそうだったように精神の死と連動して何度も肉体の方も死んださ。」
 処刑人は手すりに掴まりながら言った。
 「死んでるようには見えないが?」
 二階堂は言った。
 「死ぬ度に不死鳥の力で蘇っただけ。さて、こいつで殺せなかった俺だ、この刑務所で用意できる処刑方法ではもう殺せないぞ。どうする?」
 処刑人は言った。
 「ど、どうすると言われてもなぁ…。」


 禍釜から化け物が誕生した頃。
 多数の護衛に守られた高級車が究極帝国の中心地である皇帝の住まいを訪れていた。
 ユキコが見上げながら言った。
 「ふわぁ、大きいですね。」
 ファティマは隣に立つユキコの手を握りながら言った。
 「お父様が将軍だったから、何度か来たことがあるわ。」

 護衛に守られつつ、住居の中を進んでいく。彼女たちを出迎えたのは、始まりの町ライジングで一度、目にした事がある人物だった。
 ユキコは言った。
 「貴方は、監督さん!」
 グリエフ・シュナイドは深々と頭を下げて言った。
 「究極帝国現皇帝グリエフ・シュナイドです。以前は正式な身分を隠すように振る舞ってしまい申し訳ありません。」
 ユキコは驚きのあまりフリーズした。
 ファティマはつられて頭を下げた。
 「母マリアと父スパルタクスが娘ファティマです。お久しぶりですね。皇帝。」
 グリエフは苦々しい顔をしながら言った。
 「貴方の母上には酷い仕打ちを…おそらく、スパルタクスが帝国に反旗を翻したのはそれが理由でしょうね。」
 ファティマはユキコの手を少しだけ強く握ると言った。
 「母はケイオス、混沌より生まれた、混沌そのものの竜種。いずれ何処かでボタンをかけ間違え、似たようなことにはなっていたでしょう。ですから…。」
 グリエフは頷くと言った。
 「そうだね。今は過去を反省するより、やるべき事をしなければ…!」


 再び、禍釜の上にある飛び込み台。
 二階堂は暇を潰す目的で禍釜であったことを処刑人に話す。
 「んで、最初のうちは俺に好意を持っていると思われる女の子が入れ替わり立ち替わり、様々な手段で俺を殺しに来るの。殺害に及ぶほど憎らしいはずの相手を同時に深く愛しているのがわかる演出で…それを何巡かした後、古今東西の逸話に残る英雄の死に様や、神話の神様の死因を体験してすげー勉強になりながら、こいつを作った奴はきっと凄い学があるな、とか思ってたわ。」
 処刑人は言った。
 「お前の話を聞いてると禍釜が楽しい装置のように聞こえてくるんだけど…?」
 二階堂は微笑んで言った。
 「おっ?じゃあ、一度体験してみるか。」
 彼の右手に禍々しい光が宿る。
 処刑人は本気で悲鳴をあげた。
 「や、やだー!まだ死にたくない!」
 逃げる処刑人に二階堂は歩み寄りながら言った。
 「ちょっとした体験版だよぉ?普通の人間ならそれで死ぬけどな。」
 処刑人の肩に二階堂の手が置かれる。処刑人は死を覚悟した。だが、既に二階堂の手に禍々しい光はなかった。
 二階堂は処刑人に向かって呟いた。
 「究極帝国はもうヤバイぜ?早く逃げな。」

 チュインッと音を立てて銃弾が彼らの傍の床を抉った。威嚇射撃だ。
 二階堂は発砲した兵士の方を見ながら言った。
 「とりあえず、外に出るか。」
 彼の姿が風のようになって、その場から掻き消えた。戦闘音と思われる発砲音が徐々に遠ざかっていく。
 処刑人はゆっくりと立ち上がると言った。
 「処刑人はもう止めよう。」
 忠告通りに逃げ出すために、彼は移動手段を検索しながらその場から歩き去った。

sec.75 - 灰色ビー玉

2018/06/20 (Wed) 23:19:38

 撮られた写真が劣化するほど過去の話。
 この地に異世界から一人の人間がやって来た。
 名前は雨原光。
 後にヒカリ・レインフィールドと名乗ることになるその少女は美しい銀髪の持ち主であった。
 彼女が降り立った地は究極帝国の片隅。
 究極帝国は今より広くはないが、時折魔物が湧いて出て悪さをする以外は至極平和な国であった。
 ヒカリは最初こそ異邦人ゆえに苦労も多かったが、何より幸運だったのは、見上げるほどの巨躯で全身が鍛えあげられた筋肉を備えた異国の男、レオ・ガルディアと出会った事だろう。
 レオはその姿に似合わぬシャイな男で、ヒカリと共に長い旅を続けながらじっくりとその愛を育んでいった。
 友人としての友情に始まり、親友としての揺るぎない絆へと変化し、そしていつかそれは恋人としての愛へと成長した。
 誰にも言わないが、その旅は二人にとって至福の時間であったろう。

 異国での英雄譚が、レオ・ガルディアの故郷にすら響き渡り、当時の地領主だった父親から、主としての権利を譲り渡されたレオ・ガルディアはその地に国を作ることにした。
 本人は本当に恥ずかしがったらしいが、当時は既に二人の回りに沢山いた仲間たちが、国の名前を彼の名前とした。
 レオ・ガルディアという国がおおよそ今の形になったのもこの時期で、当時にしてもとても大がかりな建築となった。

 城ができてしばらく、レオ・ガルディアはとても賑わった。それこそ、古くから続く究極帝国すら凌ぐほどの盛り上がりを、歴史家は当時を振り替えって獅子王の奇跡と呼ぶ。
 そこまで国が栄えたのも理由はある。
 勿論、獅子王の王としての器もあったろうが、何より彼の妻であるヒカリの存在が大きかった。
 神の血が混ざると緑、魔が交われば赤。では、両方が交わった場合、どうなるかというと黄、瞳は黄金色の輝きを放つようになる。
 人々はそれを神魔の眼、もしくは魔神の眼と呼んだ。
 神と魔がそれぞれ人と交わるというだけでも珍しく、神魔の眼に目覚める者はそんな混血の中でも更に珍しい。
 魔神眼に目覚めた者は、魔王のようなカリスマで人を引き付け、神の如く采配を振るう、奇跡のような人間。
 ヒカリは異世界からやって来た異邦人の身でありながら、長い旅の経験で成長し、神魔の眼に目覚めていた。
 そんなスーパー有能妻に支えられた王政が繁盛しないわけがなかったのだ。

 面白くないのは当時の究極帝国だ。
 異邦人とはいえ、ヒカリは究極帝国に籍を置く究極帝国の住人だ。
 同帝国は当時から既に、というか国が形になった当初から議会民主制の上に皇帝を頂く帝国制民主主義であった。
 その皇帝を決めるのが全国民参加の総選挙であり、神魔の眼に目覚めた者は大抵そのカリスマ性と名采配で皇帝へと至る。
 だが、今期はこともあろうに他国の王妃である。人気も持っていかれたかのように当時のレオ・ガルディアは本当に賑わっていた。

 陰りを感じ始めた究極帝国はここらで逆転するために皇帝総選挙を実施、エントリーが本人ではなくても可能だったというのが事の妙で、当時は凄まじい人気だったヒカリは大した選挙活動もせずにぶっちぎりで優勝。
 当代皇帝となった。

 これより先、ヒカリはレオ・ガルディアの王妃と究極帝国の皇帝という二足のわらじを履くことになった。
 字面だけでわかると思うが、到底無理な話だった。とはいえ、レオの献身的な協力もあって表向きは何とかなっていた。

 レオがヘタレなので、二人の間にはなかなか子供ができずに回りがやきもきしつつ、妾を作ったらどうかとか、何なら私自身が妾になる、とか騒ぎつつも、二人は周りの理解が及ばないレベルの深い愛を育んでいた。

 そんなある日。
 究極帝国内で魔物が大量に発生した。
 強力な魔族も同時に姿を現し、大量出現した魔物を指揮して究極帝国全土を恐怖のドン底に陥れたのだった。
 勇者ミケの時代以来の魔王の登場かと世間が震え上がる中、聖剣ライオンハートを手にレオ・ガルディアが獅子奮迅の活躍を見せた。
 勇者ミケの再来とすら称されたその活躍は勿論、仲間の支えあっての事だが、何よりヒカリとの愛が彼を強く在らせた。

 究極帝国首都に逃げ込んだ最後の魔族が、地下奥深く、魔界にもっとも近い地点を死に際のラストアタックで活性化。
 このままでは究極帝国全土を呑み込んで地上に魔界の一部が出現するという大惨事が起こりかねなかった。
 そんな危機的状況の中、根本的な解決にもならず、遠い将来に課題を先送りにするだけであったが、レオとヒカリは地上を救う方を選んだ。
 互いの命を削って、魔界と一番近い場所に白い扉を作り出し、魔界、地上の両側からそれを閉じたのだ。
 これにより、究極帝国が魔界の一部に呑み込まれるという最悪の事態は避けられた。
 だが、魔界に残ったレオ・ガルディアはその後、魔界にてせっせと武勇を積み重ねてブラックスカルと字されるまでになり、一方、地上では行方不明扱いとなったレオ・ガルディアは王位から退き、以前からそうするつもりであった国民議会が開かれ、究極帝国では魔物の大量発生という危機を未然に防げなかった責任をとってヒカリが皇帝の任から降ろされた。

 その後、ほぼ追放扱いで国外に出されたヒカリは次代皇帝にデウスエクスマキナのメンテナンス方法を伝授する事なく永遠の眠りに落ちることになる。

 その少し前、密かにブラックスカルとして地上を訪れたレオ・ガルディアとヒカリは引き裂かれ想いも募ったのだろう、激しく愛し合った結果、その愛の結晶とも言える娘を授かった。
 ユキコ・レインフィールドの誕生である。
 その後、魔界の顕現を防いだ代償か。ヒカリの睡眠時間が日増しに長くなってきた。
 レオ・ガルディアの農耕層で親子三人仲良くヌメを育てる日々だったが、ブラックスカルが眠りの棺を用意し、ヒカリの病を必ず治すと誓って、彼女は棺の中でいつ覚めるともわからない眠りについた。
 以上がレオ・ガルディアと究極帝国の間にある因縁である。

sec.76 - 灰色ビー玉

2018/06/21 (Thu) 12:05:29

 元処刑人の男が端末の情報から割り出した逃走経路を急ぐ中、異変はその鎌首をもたげていた。
 亀裂の入ったアスファルトから黒い霧が吹き出始めたのだ。
 通行人の一人がそれに気づいて叫んだ。
 「高濃度の魔素だ!一体何が起こっているんだ!?」
 凶悪犯ジャッジ・ザ・アルバトロスが最大刑務所から脱出したというニュースはすでにSNSに乗って流布されているし、とある情報筋からは発進した帝国の軍隊が諸外国を包囲しているとの報道も出ている。
 元処刑人は二階堂から告げられたことに信憑性が生まれつつあることを察し、端末を使って親しい友人などに危機を知らせながら足早に歩いた。


 一方、やるべき事をやると称して先を急ぐグリエフたちは螺旋状に下へと降りていく長い長い動く床の上にいた。
 グリエフは言った。
 「この先に究極皇帝システムはあります。」
 ユキコは帝国そのものに迫る危機を肌で感じつつ、はやる気持ちを抑えるために片手を胸の前に添えた。
 その時、一陣の風が皇帝グリエフの前に舞い降りた。
 その格好から忍を連想させる女性はグリエフに静かに報告した。
 「ジャッジ・ザ・アルバトロスが刑務所から脱獄、行方知れず。」
 グリエフは険しい表情になったかと思うと重々しく告げた。
 「わかりました。待機している軍隊には攻撃命令を」
 全てを言い終わる前にファティマが止めに入った。
 「待ってください!皇帝、貴方は母の時と同じ間違いをしようとしています御再考を!」
 グリエフは首を横に振って言った。
 「違うよ、ファティマ君。あの時もそして今も、僕は究極帝国皇帝としては何も間違った選択はしていないんだ。それがどれだけ悲しい出来事を引き起こそうともね。」
 ファティマは絶句した。
 伝令の忍が呟く。
 「重ねてご報告が。ワープ機能のある輸送ヘリが何者かに奪われました。」
 グリエフが考察する。
 「まさか、リベリオンズチックが…?いや、彼らは動かないと誓った。市民の避難などはやるかもしれないけど軍用機に手を出すとは思えない。となると、アルバトロス騎士団か?何故このタイミングで…?」
 腑に落ちない事であったが、何れにせよ命令は下さなければならない。
 グリエフは言った。
 「彼はこれを機会に、自分の力の使い方を熟考するようになるべきだ。自分の身の振り方一つで沢山の人々が死ぬとわかれば彼も今後は大人しくなるだろう。今一度、命ずる。各国へ攻撃命令、移動要塞とサラダス公国は除外、要塞は言わずもがな、サラダス公国は全面降伏した上で国主の引き渡しにも応じたから、その上で攻撃するなんて真似は無理だ。国主には逃げられたが、いずれは探し出して罪は償ってもらう。」
 忍は冷酷とも取れる命令を聞き終わると来た時と同様、一陣の風となって舞い上がり、その場から消え去った。
 グリエフは傍にいるユキコを見て言った。
 「君は僕に何か言いたいことは無いのかい。」
 ユキコは一言だけ呟いた。
 「いえ。」
 ファティマは悲しみをごまかすために、そんなユキコの背中に顔を埋めていた。


 解体中の空中要塞ヘカトンケイルに乗り込んできた帝国兵をぶっ飛ばし、異変を察知した残されたメンバーが外へと出ると、マイペースに作業を続けるヌメと、帝国軍に囲まれた移動要塞が見えた。

 ロナ・ブラッドが素直に言った。
 「何が起きてやがる…。」
 その時、彼らの頭上に帝国軍の輸送ヘリがワープアウトして来た。
 ヘリから、四人のアバターがこちらへ飛び降りてくる。コード0、スライド、イワトビ、日小五郎だ。
 彼らは、残されたメンバーの傍に次々と着地した。
 コード0は言った。
 「ドートン、プランZだ。まずはタルト庵へ向かってキラリたちと合流して、究極帝国へ向かえ、お前の頭脳をフル活用して被害を最小限に抑えろ。」
 ドートンは頭に手を添えて言った。
 「待ちたまえよ。何故、プランZが必要になったのか明白ではない。」
 コード0は言った。
 「推測も含むぞ。栗原が眠らされ、R00が動く。獅子の打ったカンフル剤も限界が来ている。」
 「把握。」
 ドートンは状況を理解したので、近くに着陸しようとしている輸送ヘリに向かった。
 ジロウが叫んだ。
 「ちょっと待ってくれ!理解ができない!」
 アルカードがそんな彼を引きずってドートンの後を追った。
 マックスにヘリの運転を代わってもらったエクレアが外へ出てくる。
 ヘリが離陸する。
 その場に残った弟子が問う。
 「君らはどうする?」
 イワトビがレオ・ガルディアのある方角を指差した。何かを察した弟子は影渡りで輸送ヘリに乗り込んだ。
 直後、ワープで輸送ヘリはその場から逃げ去った。近くで待機中の軍も、同軍の輸送ヘリだったので対応に遅れたようだ。

 輸送ヘリが消えた直後。
 5人のアバターは各地に向けて風となって散った。

sec.77 - 灰色ビー玉

2018/06/21 (Thu) 23:50:02

 究極帝国上空へとワープアウトしてきた輸送ヘリ。地上は各地で噴出し始めた黒い霧で魔素の濃度が上昇しつつあった。

 ランクがそんな地上を眺めながら言った。
 「獅子王英雄譚の再現やな…!」

 ドートンが告げる。
 「難しい指示は無しだ。地上に出現している魔物を倒せ。後、ジロウは残れ。」
 地上近くでホバリングしている輸送ヘリからアルバトロス騎士団が飛び出していく。
 残されたジロウは言った。
 「何すか?」
 ドートンはノートパソコンを取り出すと言った。
 「SNSで情報を発信しろ。誰が味方で、何が起こって、何に備えなければならないのか。」


 究極帝国首都は高濃度の魔素に包まれつつあり、時間が経つほどこれが外に広がっていき臨界点に達すると魔界の一部が顕現する最悪の事態となる。
 地上全てでこの現象が起こるわけではなく、魔界に一際近いポイントが地下奥深くに存在した究極帝国だからこその事態である。


 レッドアップルは一時的に若々しくなったMs.アップルを影武者に立てて、自らはアルバトロス騎士団に同行していた。
 牙のように禍々しく変形したギターを斧のように振り回し、出現した魔物を片っ端から元の黒い霧へ戻す。
 彼女は何かを思いついたのか言った。
 「おいで、私の家族!」
 彼女がそう唱えると、魔界のように濃くなった魔素を元にして執事服やメイド服を着た魔物が次々に姿を現し始めた。
 レッドアップルは告げた。
 「さあ、主の命だ。人間たちを助けるよ!」
 突如出現した魔物の軍団が主の命令を受け、人々を助けるべく動き出した。


 ドートンたちは輸送ヘリを近くの安全地帯に下ろし、そこから文明の利器を使って情報を発信する。
 うまく動くかは情報の受け手次第、ドートンはそこから先の責任を負うつもりはない。
 マックスは貴重な戦力なので、ヘリを地上に下ろすとドートンに一言断ってから町へと飛び出していった。

 ジロウがにらめっこしているノートパソコンに新情報が飛び込んできた。
 「執事やメイドの格好をした魔物?レッドアップルさんの使用人の事だろ?そりゃ味方ですよ、と。」
 次に入った情報はカーボーイ風の格好をした魔物が助けてくれたけど信用していいのかという書き込みだった。
 ジロウは首を傾げつつキーボードを打ち込む。
 「それってサボテンの男性?え?違う?じゃあ、あの人の部下だろうな…居たのか。つーか、アルバトロス騎士団の正式ホームページあるから、そこで最低限メンバーの顔ぐらい覚えてくれ。え?ランクちゃんが戦ってる姿を記念に撮った?そんなことしてる暇があったら、さっさと逃げてくれ…おおっ、魔物が吹っ飛んでる…やるなぁ。」


 アルバトロス騎士団が究極帝国の被害を抑えるべく動き出した頃。

 皇帝の命令を受け取った浮遊都市フェニックス周辺に待機していた軍が、上空に発光する信号弾を打ち上げた。
 攻撃開始の合図である。

 それが、一定感覚で待機させておいた兵士に伝わり、信号弾の打ち上げが伝達していく。

 それを見ながらエクレアが呟いた。
 「間に合ったから良かったけど、一番手俺かよ。」

 最初に強力な一撃を加えるべく、一方通行のワープゲートでここまで飛んできた巨大兵器がその主砲を浮遊都市へと向ける。
 巨大兵器の中で陣取る部隊長が言った。
 「がっはっはっ、この一撃で終わってしまうかもしれんな…撃てぇ!」
 空気を震わす発射音と共に光弾が浮遊都市めがけて飛んでいった。
 着弾、大爆発。
 煙が晴れた後には無傷の浮遊都市があった。
 予想外の防御力に部隊長は歯軋りした。
 「ぐぬぬ…フェニックスの加護か?一撃でダメージにならんというなら、何度でも。」
 そこで観測班から声が上がる。
 「飛行物体が急速接近!」
 不死鳥の翼を背中から生やしたエクレアが超スピードで飛んできていた。
 最初の主砲を防いだのも彼女だ。

 部隊長がすかさず指示を出す。
 「こちらも飛行部隊を展開して迎え撃て!時間を稼いでもう一度主砲をくれてやる…!」

 エクレアは向かってくる戦闘機を見ながら思った。
 (まさか、生身で戦闘機を相手にするはめになるとはなぁ…。)
 すれ違い様に魔法弾を戦闘機に撃ち込む。戦闘機は煙を上げて墜落していく。パイロットは脱出したようだ。
 他の戦闘機から発射された機銃をバレルロールでかわし、仕返しに魔法弾を撃ち込む。
 ニ機目を撃墜したところで、どうやったのかこちらにミサイルを撃ってきたので、フレア効果のある魔法弾を撒いてミサイルをかわす。
 エクレアは攻勢に移る。
 「一気に片づけます。」
 彼女の視界に入った戦闘機にターゲティングマークが刻まれていく。
 エクレアの周辺に展開した複数の魔法陣からマークされた戦闘機へ一気に魔法弾が飛んでいった。

 報告を聞いた部隊長は驚愕した。
 「あれだけいた飛行部隊が全滅…?…わ、私たちは何と戦っているんだ…?」
 兵士の一人がぼそりと呟いた。
 「魔王…。」
 隣の兵士が、呟いた兵士の胸ぐらを掴んで叫んだ。
 「んなわけねぇ!相手が魔王なら、魔王なら…勇者がいねぇと勝てるわけがねぇだろ!!」
 そんな兵士たちの頭上に小さな魔法陣が展開する。
 それに気づいた兵士が小さく悲鳴をあげた。
 「ヒッ…!」
 次の瞬間に訪れる死を予感させる響きだ。

 浮遊都市周辺に展開していた巨大兵器が内部から巨大な火柱を上げて爆砕した。火柱の形が不死鳥の姿に見える。

 その光景を先程まで、巨大兵器の中にいた兵士たちが見つめていた。
 兵士の一人がふと我に返って言った。
 「い、生きてる…?」
 そんな兵士たちを取り囲んだ神殿騎士が、武装解除しつつ拘束する。

 エクレアが空に浮かびつつ言った。
 「この辺はもう大丈夫かな…?」

sec.78 - 灰色ビー玉

2018/06/22 (Fri) 14:56:54

 「砂漠天狗の話、知ってます?」

 砂漠の町スコーピオンを攻撃するために陣を張った究極帝国軍は突然の砂嵐に巻き込まれていた。

 上述の問いを新米と思われる兵士からされ、部隊長は首を傾げると言った。
 「何だ藪から棒に。この酷い嵐では総本部からの命令も確認できんのだぞ。」
 新米はジャスチャーを交えながら言った。
 「攻撃を前に砂漠の町を偵察してたら奇妙な話を聞いたんですよ。」
 部隊長は椅子に深く座り込むと言った。
 「それが砂漠天狗か?天狗なんぞいるか、バカバカしい。」
 新米はメモ帳を取り出すと言った。
 「鬼や魔物だっているんですから、天狗だってきっといますよ。」
 部隊長は頬杖をつくと言った。
 「わかったわかった。状況報告を聞こう。」
 新米はメモ帳を確認しつつ言った。
 「見ての通りっす。砂嵐のせいで視界は利かず、我が軍は立ち往生っす。」
 部隊長は言った。
 「ああ、そうだな。それもこれもここが幻想帯なせいだ。くそいまいましい。」
 新米は首を傾げた。
 今一度、メモ帳に目を通して彼は言った。
 「幻想帯の起こりはその昔、勇者ミケが魔王に勝つために取った手段が起源っすよ。悪く言うもんじゃないっす。」
 部隊長は驚いて言った。
 「そうなのか?偉い学者さんぐらいしか知らなそうな事をよく調べておるな。」
 新米はそこで再びメモ帳の内容を精査してから、ちらりと外の砂嵐を見た。
 部隊長は俄然話を続けたくなったので話しかけた。
 「その、天狗の話について他にないのか。」
 新米は答えた。
 「この地域では、原因のわからない不思議な出来事を天狗の仕業であると言うらしいっす。実はこの地域だけではなく、別の場所でもこういった伝承が広まっていて、天狗の存在を密かに感じさせてくれます。」
 部隊長は新米の話に聞き入っていて、気づかなかった事があった。
 「そういえば、コントロールルームに私たち二人しか居らぬな。」
 新米は呟いた。
 「変ですね。先輩方、なかなか戻りません。」
 部隊長は思い出しながら言った。
 「我々は突如砂嵐に巻き込まれ、巨大兵器ジャイアントトードの足が止まり、一人に何があったか調べさせにいったのだったな。」
 新米は答えた。
 「報告によると、脚部に故障箇所を確認。天狗の仕業ですね。」
 部隊長は手をヒラヒラさせながら言った。
 「バカを言うな。状況的に考えて敵の破壊工作だ。修理に向かわせた奴はどうだったか…。」
 メモをめくり新米は答えた。
 「修理キットを取りに行った先輩は同備品がなくなっていることを確認。天狗の仕業です。」
 部隊長は言葉に詰まりながら言った。
 「お、お前のその天狗押しはいったい何なのだ?それも敵の工作…巨大兵器内に侵入されとるではないか!由々しき事態だ。」

 その時、バンという音と共にコントロールルームの照明が落ち、非常用照明に切り替わった。
 新米は呟いた。
 「天狗の仕業だ…。」
 確かにそう聞こえた部隊長は振り払うように叫んだ。
 「機関部はどうしている?エンジントラブルだ!」
 新米がメモ帳をめくる。
 彼は告げた。
 「主要エネルギーを担っているコアクリスタルが引き抜かれており、エネルギー不足により非常用照明に切り替わったようです。」
 そこでようやく気づいた部隊長は恐る恐る聞いた。
 「お前、そこまで把握しておいてどうして報告を遅らせた…?」
 新米の手からメモ帳が床に落ちる。
 メモ帳は白紙だった。
 その顔は、非常用照明の薄暗さの中、輪郭しか確認する事ができない。
 新米の兵士は言った。
 「砂嵐が起きる前に見たでしょ?砂漠のど真ん中に立っている鳥居。あれ、地元の人は天狗鳥居って呼ぶそうです。何でかって?その鳥居を通りすぎたキャラバンなどがよく遭遇するそうです、砂嵐。」
 部隊長は緊張のあまりハアハアと大きく息をあらげながら言った。
 「お、お前…だ、誰だ……?」
 暗闇の中から姿を表した顔は真っ赤で人のものとは思えない立派な鼻、見開かれた瞳は黄金色に輝く、天狗の顔だった。
 天狗はおぞましい声で言った。
 「最初から言っていたでしょ天狗ですよ。」
 部隊長は恐怖が頂点に達したのかその場で背筋をピーンッと伸ばすと力の限り叫んだ。
 「ニギャアアアァッ!?」

 部隊長はそのまま泡を吹いて気絶した。
 同隊長は全身の力が抜けて四肢がだらしなく垂れ下がり、目は白目を剥いて、舌も垂れ下がっている。
 ウェーブのかかった金髪美女という端正な顔立ちが台無しだ。
 新米の兵士を名乗っていた天狗は被っていた天狗の面を外すと言った。
 「あらら、気絶しちゃってまぁかわいい。ここまでリアクションしてくれるなら、驚かし冥利に尽きますね。」
 天狗の面を外した男は同面を机の上に置くと、乱れている部隊長の顔を整えてから横抱きして、そのまま闇の中に連れ去った。

 砂嵐が止み、巨大兵器ジャイアントトードとその周辺で待機していた兵器群の視界が晴れても、軍団が動き出すことはなかった。
 何故なら、人っ子一人いなくなってしまったからである。

 砂漠の町スコーピオン。
 衛兵詰所。
 そこへ部隊長を横抱きした男が風を纏って姿を現した。
 その姿を確認した衛兵が言った。
 「彼女で最後ですか?」
 男は頷いて言った。
 「ちょっと驚かせ過ぎたから半日は起きないと思うよ。」
 衛兵は額に汗をかきながら言った。
 「何をやったんですか?」
 男は最寄りのベッドに部隊長を寝かせてから言った。
 「貴方の怪談を多少使わせてもらっただけですよ。」
 衛兵の顔がいつの間にか天狗の面に変わっていた。
 男もとい日小五郎は言った。
 「天狗鳥居の周辺は砂嵐を発生させやすい掌握領域になっているようですね。」
 天狗の面は言った。
 「どうする?私を退治するか?」
 日小五郎は首を横に振った。
 「悪い噂の一つでも耳にしていれば違ってましたけどね。」
 天狗の面は小さくお辞儀をすると舞うように飛び上がってそのまま風のように消えた。
 日小五郎はそれを眺めながら呟いた。
 「究極帝国方面からの抜け忍か…はたまた本当に化生の類いか…真相は闇の中ですね。」

sec.79 - 灰色ビー玉

2018/06/23 (Sat) 00:34:00

 長い螺旋廊下を抜けた先にそれはあった。

 真っ白で巨大な空間に、大小様々な歯車が動いているのが見える。歯車の動力が何なのかはわからないが、それらは今も動き続けていた。

 ユキコがその光景に驚く気持ちを抑え込みつつ、今一歩前に踏み込む。
 彼女は辺りを見回しながら言った。
 「これが究極皇帝システム、機械仕掛けの神デウスエクスマキナ…!」
 ユキコにぴったりついて来ていたファティマも辺りを見回す。
 グリエフはそんな彼女たちから少し距離を置いて立ち、彼女たちに問いかけた。
 「本当にこの巨大な機械仕掛けにメンテナンスなんて可能なのかい?」
 ユキコは頷くと、ファティマに言った。
 「ファティマさん、やれますか?」
 ファティマは無言で頷いた。

 それより始まるは歌、そして踊りだった。
 本来、デウスエクスマキナのメンテナンスを担うのは神魔眼の持ち主。
 目覚めうる条件は整っているものの、いまだユキコはそれに目覚めてはいない。
 圧倒的に経験が不足しているのだ。
 ヒカリが神魔の眼に目覚められたのは素質があったのも大きいが、何より長い旅とその過程で得た経験による成長があればこそだ。
 そのためユキコはまだ目覚めの時ではない。
 よって、神魔眼を欠くという不足を補うため、ファティマと協力することを彼女は手段として選んだのだ。
 背格好の近い二人の少女が歌い踊る。
 歌の響きが空気を震わす振動となって巨大な空間に広がっていき、踊りによるステップが床を伝わる波紋となって部屋全体に波及していく。
 グリエフはその様子を見ながら思った。
 (やはり、通常のメンテナンスからは、かけ離れた手段、一度失われれば取り戻すのは至難。どうしてヒカリ皇帝を追放したままにしたのですか、前時代の皇帝よ…!)
 ヒカリが眠りにつく前まで、再三に渡って送られた手紙も皇帝は全て読まずに破棄したと伝え聞く、失われるべくして失なわれ、訪れるべくして訪れた結果、それが現状だ。


 究極帝国にアルバトロス騎士団が降り立ち、各地で戦い始めてから数時間が経過しつつあった。
 彼らと周辺に待機中だった兵士たちの協力で市民の避難はスムーズに行われていたが、魔素の濃度は濃くなる一方だ。

 ランクが襲いかかる魔物を切り伏せて言った。
 「何とかならんのか!」
 強化スーツの通信機能でドートンが答える。
 「マックス君の暴食で、ある程度は抑え込めるがそこまでだネ。地下深くに開いてしまった穴をどうにかしなければ解決には程遠い。」
 ランクは質問した。
 「プランZの準備は?」
 ドートンは告げた。
 「多く見積もっても30%だよ。」
 ランクは言った。
 「ウチらの体力の方が先に無くなるわ…!」


 一方、移動要塞にて解除されたジャッジの武装を背負って、スライムはひた走った。
 護衛に当たるのは弟子とミイラ。
 弟子と無事に再会できた彼女はいつもより心なしか距離が近い。
 ミイラは質問した。
 「団長様はどの辺にいらっしゃるのでしょう。」
 弟子が答える。
 「プランZの内容から考えて魔素の濃い方角。ユキコたちが心配になってそちらに出向いている可能性もあるが…。」
 彼女たちを信じて託したとするなら、その行為はむしろ侮辱でもある。
 とはいえ、心配になる気持ちも理解できないこともない。

 答えはどちらであったかと言うと、スライムが二階堂を前方に見つけて言った。
 「団長!装備お持ちしました!」

 二階堂は、スライムが持って来た武装を一つ残らず装着する。
 彼は言った。
 「サンクス!」
 お礼を言われたスライムは頬を染めて照れた。
 移動要塞内でやった時と同様、今回も全力で挑まねば成功にはまず及ばない作戦だ。
 マントを羽織り、ジャッジ・ザ・アルバトロスとなった男は、危ないのでスライムを下げさせてから準備に入った。
 何時ものように、全ての武器、防具を己の周囲に展開し、前回から増えたアイギスも一緒に一纏めにして一振りのハンマーを形作った。
 槍のように柄の長い、プラチナのような輝きを放つ鈍器。それがジャッジ・ザ・ハンマーの完成形である。

 男は手にしたハンマーを放り投げた。
 投げられたハンマーは重力を無視したかのように落下しては来ない。
 ピタリと空中で動きを止めて浮いている。

 ジャッジは腕を組み、一番濃い魔素が漏れ出てきている封印施設を臨むと言った。
 「まだ、だ。成功するには足りねぇ…!」
 一連のやり取りの間、周辺に湧いていた魔物は弟子が残らず駆逐した。

sec.80 - 灰色ビー玉

2018/06/23 (Sat) 15:06:24

 始まりの町ライジング、一番背の高い時計塔の天辺に立つのはコード0。

 ライジングを攻撃する部隊は伝令より受けた報告により攻撃方法を検討、部隊を複数に分けて360度から同時にライジングへ攻撃する作戦に打って出た。
 相手がいかに強力な個体であろうが個人であるからには複数の戦場に同時に干渉はできまいという魂胆だ。
 また、ライジングの立地が見渡す限りの草原ど真ん中であるというのも作用した。言うまでもないが非常に守りに向いていない地形なのだ。
 だが、ここを担当することになったのがコード0であったのが状況を一変させた。

 部隊長が声をあげる。
 「か、各隊接近せよ!」
 不自然に草原に走っている一筋の線、現在時計塔の天辺に立っているコード0がその場から一歩も動かずに飛ばしたレーザーで地面に敷いたデッドラインである。
 そこから先の安全は保障しかねるという彼の意思表示で、現にその線を一歩でも越えた兵器群は残らず燃えるスクラップにされた。
 壊された兵器に乗っていた乗組員は、遠隔瞬間移動と思われる技で外に放りだされて無事だが、ここより少し後方の自陣でお手上げ状態で待機中だ。
 その兵士の一人が言った。
 「此方からの長距離砲撃はよくわからん強度のバリアに阻まれてノーダメージだし、その直後に飛んできたレーザーによる狙撃で俺たちは一撃で沈むし、やってられんわ。何なのあいつ、ガチでコード0じゃないの?本物ってあれに輪をかけて強いの?何でそんな奴ら相手に戦争しかけてんの?自殺?」
 その兵士は心神喪失状態と診断されて療養テントに連れていかれた。

 しばらく、デッドラインを越えては燃えるスクラップとお手上げ状態の兵士が増える戦場が続いた。
 相手が命を取らないと舐めてかかった兵士が一人いたが、飛んできたレーザーが武器と服だけを綺麗に消し飛ばしたので、同兵士は全裸で撤退した。

 また、塹壕を作ってライジングへ接近する作戦も行われたがレーザーが地面を貫通して塹壕を掘っていたスコップを溶かした時点で作戦は中止された。
 次は服ごと全装備を溶かされると判断したからである。
 裸一貫で敵地に飛び込んでもライジングの衛兵に拘束される、というより一名が拘束された。
 彼の勇気ある挑戦で今作戦が無駄に終わると判断できた事に上官は涙を流して感謝したという。無茶しやがって…。

 しばらく、どうにかこうにかデッドラインを越えれないかと試行錯誤が続いたが、目論見は全て見透かされ、一様に燃えるスクラップが増えた。
 部隊の消耗率も無視できないレベルになった頃。
 兵士の一人が言った。
 「上官。今の我々の装備であれの突破は不可能っすよ。諦めて帰りましょーや。」
 上官である部隊長が檄を飛ばす。
 「ばっか、お前そこで諦めんなよっ!ネバーギブアップ!帝国の誇りのために散っていったあいつを見習え!」
 兵士の一人が呆れ気味に言った。
 「全裸で捕まっただけでしょうに…。」

 その時、本来は更に先、小国やレオ・ガルディアを攻撃するために配備されていたアイツがやって来たのだ。
 部隊長が叫んだ。
 「ヘカトンケイルが来た!これで勝てる!」
 空中要塞ヘカトンケイルの残り二つのうち一つが、ライジングでの苦戦の連絡を受けて持ち場を離れて駆けつけたのだ。
 ヘカトンケイルの浮かぶ大地部分から二つのアンカーが地面に射出され、それが浮かぶ大地を地面と結びつけた。この二本のアンカーが巨人の足に見えるらしく、名前の由来の一つとなっている。
 更に大地の部分から有線式の子機が空中に展開、その数、なんと百。
 部隊長は誇らしげに言った。
 「あの数の子機から一斉に魔法弾が発射されるのだ。その制圧力には、さしもの奴も敵うまい、やってしまえ!」
 ヘカトンケイルから展開した百の子機から無数の魔法弾が発車されライジングを襲う。
 その凄まじい攻撃により発生した煙で覆われてライジングの姿が見えなくなった。
 部隊長は手を合わせて祈った。
 「アルバトロス騎士団に味方した憐れな民衆よ、せめて安らかに眠れ…。」
 傍にいた兵士は額に汗をかきながら言った。
 「隊長…あの町には捕虜がいるんすよ?連絡してないんすか?」
 「あ…。」
 今思い出したのか隊長はフリーズした。

 その頃、ほぼ同時に攻撃を開始したレオ・ガルディアと小国に展開した究極帝国の部隊。
 フェニックス同様に幻想帯ではないので航空部隊もふんだんに投入されている。

 イワトビは持てる魔術を駆使してそれら軍団を一人で迎え撃ち、スライドも刀を片手に孤軍奮闘した。
 イワトビがレオ・ガルディア上空で浮かびながら一人愚痴る。
 「俺だけ負担大きくない?」
 今回、攻撃対象となっている地点で一番の大国といえるので必然ではあった。
 レオ・ガルディアから少し離れた地点に最後のヘカトンケイルが配置され、百ある子機をローテーションすることで休みなく魔法弾を繰り出してくる。
 魔術師はそれを防御能力のある魔法陣で受け止めつつ、襲い来る飛行部隊と地上部隊を同時に相手取っていた。
 ユキコがこの場に居たら、流石です魔術師様!と誉めてくれそうな奮闘ぶりだ。

 一方、小国にて戦うスライドは、空を飛び回る戦闘機に飛び乗っては手にした刀で叩き切って撃墜する。
 彼は撃墜した戦闘機から飛び降りながら言った。
 「そこも間合いだ。」
 抜き身の白刃が見えない、神速の抜刀を繰り出したかと思うと太陽を背にしていた戦闘機が真っ二つに切れた。
 しかし、どうやったのかパイロットだけは綺麗にかわし、同パイロットは脱出後にパラシュートを展開した。
 スライドはそのまま落下していき、地上に展開していた戦車を膾切りにすると、再び地面を蹴って上空高く飛び上がった。
 膾切りにされた戦車から出てきた戦車長がそんなスライドの戦い方を見て呟いた。
 「あれが伝説のサムラーイか…くわばらくわばら。」
 拝む戦車長の目の前で上空を飛んでいた二機の戦闘機が同時に真っ二つになった。


 その頃、上空はるか高く。
 衛生軌道上にそれはあった。
 星の国から借り受けた対地上用の衛星兵器だ。
 そこを任されていた部隊長が言った。
 「地上に三匹の化け物がいるようだが、この衛星兵器には敵うまい!まずは小国、次にレオ・ガルディア、最後にライジングを地図から消してやろう!!」
 まさに悪魔の兵器と呼べるものが動き出そうとしていた。

 同時刻、離ればなれの位置にいる三人、コード0、イワトビ、スライドは同時に言った。
 「小癪な。」
 「見えてるよ。」
 「そこも、だ。」
 まず、百の子機から魔法弾を受けたライジングは問答無用のバリアで守られて無傷。
 同都市から飛び出したコード0が一瞬でヘカトンケイルの目の前まで詰めると、光る右手で同要塞をぶん殴った。
 へこむ大地部分と地面を抉りながら抜けるアンカー。地面に倒れ込む空中要塞。攻撃はまだ終わりではない。
 謎の力、念動力のようなもので浮かび上がらされた空中要塞はそのまま勢いをつけて宇宙へと打ち上げられた。
 今まで空中要塞に乗っていた兵士たちは、その様子を特等席の草原の上で見せられ悲鳴をあげた。
 衛星軌道上から攻撃しようとしていた兵器に向かってイワトビが無言で手をかざす。
 衛星兵器のコントロールルームで警報が鳴り響く。
 部隊長が反応して言った。
 「何事だ!?」
 観測班が返答する。
 「地上から高質量の物体がこちらへ!隕石も来ます!あ、ああ!アアアーッ!!」
 衛星兵器は宇宙から飛来した隕石と地上から飛ばされてきたヘカトンケイルにサンドイッチにされ潰された。
 地上でスライドが静かに納刀した。
 潰れた物体に無数の光が走り、一つの大きな塊だけを残してバラバラに千切れ飛んだ。
 バラバラになった部分は大気圏に突入して残らず燃え尽きた。残った塊の部分が狙い澄ましたかのようにレオ・ガルディアの近くで攻撃行動をしていた最後のヘカトンケイルに直撃した。
 宇宙からの落下物直撃の反動で周辺環境に影響が出ないように、イワトビがその地点を魔法陣で覆って攻撃の余波を宇宙へと逃がした。

 戦いの終わりを告げる光の狼煙が天高く上がった。その光景を見た帝国兵たちは己の敗北を悟ったという。

sec.61 - 灰色ビー玉

2018/06/14 (Thu) 00:13:55

 移動要塞ディアボロス内、栗原が自分用に開設したオフィス。魔術師イワトビは何故か、そんな栗原の傍に立たされていた。

 ネット上では、コード0を名乗る者が犯行声明を出しており、砂漠の町スコーピオンで行われるレッドアップルのライブを襲撃するという。
 また、レッドアップルの側が砂漠の町でのライブの日程をずらした事もその犯行声明の信憑性を増していたのであった。


 栗原は現状を見て語る。
 「こうして大々的に名乗り上げているのは、襲撃の成功が目的というより、コード0がレッドアップルを襲撃しようとしている事を世間に知らしめるのが目的のようね。」
 魔術師が黙って聞いていたが、何かを思いついたように言った。
 「このコード0が偽者だと言えそうな証拠は?」
 栗原は言った。
 「ないわね。仮にあったら小国が公国に疑われた時に使っているわ。」
 ということは、このコード0は世間的には暫定で本物ということだ。だが、現時点では悪質なデマという領域を出ない。実害を生じて初めて倒すべき敵となるのだろう。
 レッドアップルのライブを襲撃する。話題性も実害性も十分ある。
 イワトビは呟いた。
 「被害を完全に封じてギリギリって所だな。」
 栗原も頷いてから言った。
 「失敗しても彼らはリベリオンズチックと繋がりがあったことにされるでしょう。」
 実際には背後にいるのは究極帝国であるが、今回はその事を一切匂わせずに事を運んでいるものと思われる。
 仮に何らかの証拠があがっているなら、情報部が何かしら連絡してくるはずだ。

 栗原は問う。
 「今回のことで何が起こるか読めたかしら。」
 魔術師は答えた。
 「空中要塞ヘカトンケイルの移動。襲撃の成否はその移動距離を決めることになる。」
 究極帝国に三つ存在するヘカトンケイルのうちの一つが移動してくるだろうとの事。
 栗原は微笑しつつ言った。
 「一応、合格点をあげるわ。では、どうなるのが私たちにとって一番幸いかしらね。」
 その問いの答えはすぐには出ない。
 何せ、失敗しても成功してもいずれにせよ要塞は動く。だが、レッドアップルたちのライブはやるからには成功させるべきだ。

 魔術師は告げた。
 「ヘカトンケイルには、こちらの地方で動きを活発化させつつあるリベリオンズチックへの牽制のために動いてもらうとしよう。」
 コード0制圧のために、同要塞が真っ直ぐこちらを目指してやって来る早期決戦パターンは不採用。
 理由としては、こちらの準備が不足している点。起こり得るかもしれない第二次決戦に挑むには時期尚早だ。


 選ばれたルートは、一見安全策に見えるが、テロリストに狙われたレッドアップルのライブにて、一人の怪我人も出さないという虫のいい結果を捻出しなければならないという選択肢でもある。

 計画の前倒しくらいは当然必要だ。 


 ユキコを連れた和装の男、日小五郎がサラダス公国国主ブリュンヒルデに謁見する。
 日小五郎が言った。
 「…というわけで、早急に事を運ばなければなりませぬが、大丈夫ですか。」
 ブリュンヒルデは玉座で頬杖をつきながら言った。
 「一度だ。究極帝国に返却することになっている移動要塞を国内を素通りさせて波風が立たないで済ませられる回数が、それだ。」
 側近のオールドが国主に代わり続ける。
 「行きと帰り、計二回もナイトメアを素通りするとなると、国を他国の好きなようにさせないという講和の条件に反します。難しいでしょうな。」
 日小五郎は少し考えてから言った。
 「では、こうするのはどうでしょうか。」


 後日。
 キラリの森、入り口付近に待機していた移動要塞がこつぜんと姿を消した。

 その間、城塞都市ナイトメアの両門は閉じたまま微動だにしなかったという。

 姿を消した移動要塞は門の反対側に位置する砂漠の町スコーピオンを目指すレールの上にあった。
 移動要塞は砂漠の町へ向かい、一般公開用に増設したスペースを使ってレッドアップルのライブを開催する予定である。
 何せ、腐っても要塞だ。
 砂漠の町でそのままライブをやるより安全を確保しやすいという算段である。

sec.62 - 灰色ビー玉

2018/06/14 (Thu) 11:15:38

 翌朝。
 日の出と共に移動中の魔獣車に強化スーツが届けられた。
 驚いたことに全員分用意されていた。
 ドートン・クヲンは普段着の下に着てきた強化スーツを指し示しながら言った。
 「一応、大丈夫だとは思っていたが一晩自分に装着してみて具合を見た。結果は見ての通りだ。」
 キラリが手を上げた。
 「質問、そのスーツってそうやって服の下に着て使うのが正しいの?」
 ドートンは取り外してある各種部品を手に取りながら言った。
 「流石にヘルメットやブレイサー、レッグガードを装着しながらの日常生活は無理があるようだ。適応している奴もいるがナ。」
 誰とは言わないがマックスの事だろう。
 ドートンは各種部品を装備しながら解説する。
 「こうして、着ている服次第だが、各種装備も問題なく装着できるはずだ。最後に…。」
 彼が被ったヘルメットが透けて、顔だけは見えるようになった。
 ドートンは言った。
 「希望があればヘルメットのデザインはこちらで微調整するが、個人を認識しやすいようにヘルメットを透明にできる。」
 ラグナが傍に寄ってきたのでドートンは屈んだ。ラグナの手が見えなくなっている彼のヘルメットに触れた。
 少年は感嘆した。
 「まるで透明になった時のエクレアさんだね。」
 ドートンは立ち上がると言った。
 「左様。幻想帯内で使用できる機能は全て魔術かそれに類似した超自然的な技術を採用している。」
 ロナが言った。
 「超科学、もしくは超魔術か。」
 世間一般ではそう言われている。
 この世に存在するあらゆる技術を取り入れ、一つのテクノロジーとして集約したもの。
 あらゆる分野に明るくなくては実現不可能なので、長命種か、大容量AIのような存在でないと実現は不可能とされている。

 ドートン・クヲンの天才具合は承知したが、各自質問があるようで、まずレッドアップルが手を上げた。
 「しつもーん、これって一般人も装着して大丈夫なの?大丈夫だったら万が一に備えてバンドのメンバや、スタッフに装備してもらいたいんだけど。」
 ドートンは頷いてから言った。
 「体力的には一般人とそう変わらん僕が問題なく着こなせている。その点は問題ない。導入コストについてだが…。」
 ドートンとレッドアップルが膝を付き合わせて相談を始めたので代わってマックスが質問に答えるようだ。
 カクタスキッドが手を上げた。
 「サボテン男の私の分も用意されている事に驚きを禁じ得ないが、これを着た状態で魔物としての機能は十分に発揮できるのだろうか。」
 マックスは首を縦に振った。
 スライムが身を乗り出しながら言った。
 「ちょっと待って。つまり、私がどんな姿になってもスーツの方が柔軟に対応してくれるってことですよね、それ。」
 マックスは腕を組むと言った。
 「そこが博士がマッドなサイエンティストだと言われるゆえんだ。まるで予めこうなることを予期していたかのように、あらゆる可能性を追求している。」
 フェンリルがヘルメットを玩びながら言った。
 「だとしたら不思議スーツ過ぎるぜ。」
 アルカードが呟く。
 「端的に言って神。」
 日光や流水が効かなくなるので。

 説明もそこそこに各自個室で強化スーツを着てくる者がポツポツと現れ始めた。
 一番最初に着てきたエクレアが普段着の上からスーツの具合を確認する。
 キラリがそんなエクレアの肩に手を置きながら言った。
 「何で上に服を着てきちゃうの?ピッチリスーツを着たエクレアちゃん、皆が期待しているのよ!」
 周りから巻き込むなと声が出る。
 いくらキラリが悔しがった所で、エクレアがいくら流されやすいと言っても、流石にこの場で服は脱がない。

 ジロウも強化スーツを着てきた。
 室内なので、軽くステップを刻んだりジャブを空中に繰り出すぐらいだが。
 「断然、体が軽いぜ。」
 と、自己申告するぐらいには強化されたようだ。その様子を見ていたドートンは無言で頷いた。

 レッドアップルとの相談も終わってドートンが再び解説を始める。
 「ヘルメットやブレイサー、レッグガードにはそれぞれ様々な機能がついている。そのうち、通信機能については機械に頼る所が大きいので、幻想帯内では使用不可能だ。」

 ここからは、説明しても覚えきれないだろうからと希望者だけを残して解散となった。
 用意されていたスーツは全員分はけた。

sec.63 - 灰色ビー玉

2018/06/15 (Fri) 00:40:15

 日が昇りきる頃、魔獣車は砂漠の町スコーピオンに到着した。
 後で要塞内に移動させるとして、今はいつもの待機場に魔獣車を留め置く。

 エクレアが真っ先に魔獣車の外へと出る。
 「それじゃ、町長にライブ会場の変更を知らせてくる。」
 スライムが続く。
 「お供します。」

 次にアルカードが恐る恐る外へと出ようとする。
 まず手先を日光にさらす、問題ない。次に足先を日光にさらす、問題ない。
 後ろを見ると、万が一のためにロナが日傘を持って待機している。
 ロナが言った。
 「傘を差すだけで日光は平気なのだから、そんなにビビることはないのではないかァ?」
 アルカードは言った。
 「太陽をなめてはいけない。」

 等のやり取りをしている二人の横を抜けて弟子とミイラが砂漠の町に足をつけた。
 弟子が言った。
 「まずは観光がてら町を見て回るとするか。」
 そう言いながら町中へ歩み始める。
 ミイラはそんな彼について行きながら言った。
 「あの、私の格好、変ではありませんでしょうか?」
 彼女はいつも身に纏っている包帯の下に強化スーツを着ていた。
 弟子は言った。
 「包帯はこの町でも目を引くのではないだろうか。」
 ミイラは胸元に手を持っていくと言った。
 「私、唯一のミイラ要素ですので…。」
 弟子は後ろに視線をやると言った。
 「ドートン博士がまさか師匠の分も強化スーツを用意しているとは思わなかった。」
 ミイラは少し驚きつつ言った。
 「お師匠様もスーツを着るのですか?」
 弟子は視線を戻すと首を傾げた。
 「わからん。」
 ミイラは言った。
 「弟子さんと、お師匠様はどういった間柄なのでしょうか。」
 弟子は言った。
 「名乗りの通り、弟子と師匠だが?」
 ミイラは少し頬を染めて言った。
 「いえ、それだけ常に肌身離さず一緒にいるので只ならぬ仲なのでは…と。」
 弟子は頷きながら言った。
 「ああ、そう思われても仕方ないかな。だが、師匠は既に夫子持ちの人妻だ。」
 ミイラは今度こそ驚いた。
 「ご結婚なされてるんですか!?」
 弟子は顔を近づけると声量を落として言った。
 「師匠曰く、自分は死んだことになっている。今は草葉の陰から見守っているそうだ。」
 ミイラは感心して言った。
 「色々と大変なのですね。」

 ようやく魔獣車の中から出たアルカードが太陽の輝く空を見上げた。
 久しく見たことのない光景のように思える。少なくとも、アルカードになってからは一度も目にしたことはない。
 ロナが日傘を片手に持ちながら言った。
 「どうやら、こいつはもう必要ないようだなァ。」
 アルカードはそんなロナの方を見た。
 彼女は彼の手から日傘を受け取るとそれを差した。
 アルカードは言った。
 「吸血鬼要素は必要。」
 ロナはそんな彼女を見ながら苦笑いした。

 スライムを連れたエクレアが、町長の勤務している町役場から出てくる。
 エクレアは言った。
 「レッドアップルのライブは地域の振興も兼ねてるから、会場を要塞内に変えるのには難色を示したね。」
 スライムは言った。
 「流石に観客の安全をちらつかせたら首を縦に振らざるおえないみたいでしたけどね。」
 町の方へ、会場の変更を連絡はした。
 後はレッドアップル側からお客さんに会場の変更を周知するだけだ。
 日程を繰り下げたおかげで、この町でのライブも開催には漕ぎ着けられそうだ。

 残る問題はこの町に息を潜めているという、コード0を名乗るテロリストへの対処である。


 薄暗い路地裏。
 刀を抱えた赤い目をした男と、黒いピルボックス帽と同色のマントを羽織った男が控えていた。
 そこへ、百戦錬磨の気配を漂わせた一団が歩み寄っていく。
 その中の一人が言った。
 「お早いご到着ですなぁ。そちらさんの名前は?」
 黒い服装の男が前に踏み出すと告げた。
 「俺がコード0だ。文句がある奴は前に出るがいい。」
 後で到着した一団から笑い声があがる。
 おそらくリーダー格と思われる男が言った。
 「コード0とはすなわち、既にそこに居た者の名。つまりは最強の代名詞。そんなひょろっちい見た目で名乗る名前ではない。」
 赤目の男が刀を手に取った。
 男は自らをコード0だと名乗った男の隣に立つと告げた。
 「俺の名前はスライド。今回の依頼、ゼロっさんがコード0で何か問題でも?」
 集団がざわつく。
 人々から半魔だ、などの呟きが聞こえてくる。
 スライドは頬を掻きながら思った。
 (そういうデザインってだけだがな…。)
 リーダーが言った。
 「その目と刀が飾りじゃないことを祈るぜ。お前がコード0でいい。だが、こちらの指示には従ってもらうぞ。」
 宣言通りコード0という事になった男は踵を返すと、壁を背にしてそのまま押し黙った。
 スライドは一団にペコペコ謝りながら言った。
 「すいません。ゼロっさん、見ての通りコミュニケーション能力に欠けてまして…。」
 一度、壁に背をつけた男はつかつかとスライドに歩み寄ると軽く裏拳で男の頭を殴った。
 スライドの頭が小さなクレーターを作る勢いで地面にめり込んだ。
 コード0は静かに呟いた。
 「誰がコミュ障だ。」
 彼は再び踵を反して元の壁際に戻って行った。
 スライドはめり込んでいた頭を引き抜くと言った。
 「あたた…何も殴るこたぁないでしょ。」
 一団のリーダーは額に冷や汗をかきながら言った。
 「あいつへ何か指示するときはお前に連絡するから…。」

sec.64 - 灰色ビー玉

2018/06/15 (Fri) 15:26:16

 移動要塞が大陸横断鉄道発着駅に到着した。
 レッドアップルとそのスタッフは数日後を予定していたライブの開催場所を移動要塞内に変更する旨を町の中心街で宣伝して回っている。


 多数のヌメが砂漠の町を偵察して回り、怪しげな集団がいないか探して回っている。
 ユキコから、それらしい集団を見かけたが、すぐに解散してしまったという報告が上がった。

 カクタスキッドは久々に衛兵と共に、町の平和を守るためにパトロールへと出た。
 もはや大人気バンドと言って差し支えないレッドアップルたちの公演が迫り、町の人口が通常時の数倍に膨れ上がり、それと共に各種トラブルが頻発しているらしい。

 衛兵組織から正式にアルバトロス騎士団へ協力要請も出され、手の空いている者からご近所の安全を見守りに出ていった。


 Xデー前日。
 再び例の路地裏に集うテロリスト。
 赤目の男、スライドが言った。
 「随分と減ったな…。」
 人数が目減りした一団のリーダーは言った。
 「神隠しにあったタカシから、故郷のかーちゃんに親孝行できて毎日充実している云々と書かれた手紙が送られてきた。浮かれた仲間が酒場で飲んで暴れて、カクタスキッドに捕まった。計画実行の日までに留置所から出られるとは思えん…。」
 それ以外にも、まずは連れていたリザードマンが野生化して失踪。
 くっ殺された挙げ句にデュラハンと化した女騎士は砂漠の熱に当てられてダウン、現在は最寄の宿屋でコード0が看病中。
 鬼なのにお酒がまったく飲めないオーガは、カクタスキッドに捕まった面々に酒場に連れてかれ、よせばいいものを酒の瓶をらっぱ飲みした影響で急性アルコール中毒となり、駆けつけた弟子とミイラの助けもあって一命を取り纏め、砂漠の町の病院で窓の外を眺めている。
 その時に飲んだお酒の銘柄は、砂漠の町名物となっている蠍の一刺しである。
 スライドは改めて言った。
 「お前ら、やる気あるの?」

 結局、残存戦力で要塞の攻略など到底不可能だと判断した一団のリーダーは契約を破棄、といっても報酬は前払いだったので、お金はもらったが依頼は達成せずに町を去った。
 計画が成功しようが失敗しようが、後の扱いは捨て駒だったろうからある意味正しい判断ではある。


 結局、そんな裏事情もあってか、あれだけネットで大々的に宣伝したコード0がレッドアップルのライブを襲撃するという情報は、世間では悪質なデマという結論に至った。
 結果的に誰も暴れもしていないので、究極帝国はリベリオンズチックが関与している等と騒ぎようもなく、空中要塞ヘカトンケイルは一ミリも動かなかった。


 ライブ会場の変更や開催日時が繰り下げられるというトラブルに見舞われたものの、こうして無事に砂漠の町での公演も行われたのであった。

 意味ありげに姿を現したコード0とスライドは、砂漠の町に取り残されたデュラハン、オーガ、戻ってきたリザードマンと共に要塞内一般公開エリアに増設されたライブビューイングでレッドアップルバンドのライブを観賞した。

 ほんとに何しにきたんだこいつら。

sec.65 - 灰色ビー玉

2018/06/16 (Sat) 00:47:23

 砂漠の町での公演を終え、次に向かうは城壁に守られた都市ナイトメア。

 再び同都市の国主ブリュンヒルデ謁見の間。
 やって来ているのはジャッジ・ザ・アルバトロス。
 その傍らには少女ファティマが控え、同少女を守るように四枚羽のついた球体アイギスが空中に止まり、少女はまるでぬいぐるみのように聖獣ユニーを抱き抱えていた。

 ジャッジは言った。
 「国主様は以前申されましたな。国を素通りできるのは一回だけであると。では、前回同様避けて通りますので。」
 ブリュンヒルデは身を乗り出すように上体を傾け、片手のひらを見せながら言った。
 「待て。以前とは条件が違う。レッドアップルを乗せた要塞。他国同様、必ずや我が国に潤いをもたらすものだ。」
 ジャッジとオールドは同時に言った。
 「「虫のいい話ですな。」」
 ビクリとブリュンヒルデの体が跳ね上がる。
 オールドは顎に手を添えながら言った。
 「相手が苦しい時に手を差し出さず、蜜を味わえるとわかった時だけは赤いバラを差し出す。それでは信頼は勝ち得ませぬぞ。」
 ブリュンヒルデはわたわたしながら言った。
 「ずるいぞオールド!お前だってあの時は私の意見に賛同気味であっただろう…?」
 オールドは頷くと言った。
 「まっこと虫のいい話ですが、人間しいてはそれが作り上げる国とは元来そういうもの。国主殿の赤いバラを賜った貴方ならご理解頂けるかと…。」
 ジャッジは腕を組むと言った。
 「真実の愛ってんなら仕方ないね。」

 国主にナイトメアでのライブ計画書を差し出す。
 ブリュンヒルデは資料に目を通すと言った。
 「…なるほど。移動とライブを同時にやってしまうわけだな。これなら国民感情もそう逆撫ではすまい。よろしい、関係省庁には私から連絡しておこう…所で。」
 ブリュンヒルデはそう言いながら片手を差し出してきた。
 ジャッジは首を傾げる。
 彼女はもう一度、片手を差し出しながら言った。
 「わかっておろう。例の参加チケット!」
 ジャッジは腰に手を添えながら言った。
 「そこまでやったら賄賂だろうが。流石にスキャンダルになるわい。」
 オールドはブリュンヒルデにそっと耳打ちした。彼の懐には例のチケットが見えた。
 彼女は玉座でふんぞり返ると言った。
 「素直じゃないわね、貴方も。」
 ブリュンヒルデが立場を考えなさすぎとも言える。


 砂漠の町ではテロ騒ぎもあって日程を繰り下げたのもあり、城壁都市での公演は予定通りスムーズに行いたい。レッドアップルバンドとそれを支えるスタッフの本音だった。
 移動要塞ディアボロスは城塞都市ナイトメアの大門前に待機していた。

 同要塞、天井甲板。
 ナイトメアでのライブはここで行われる、野外ライブの予定。会場の設営はもう始まっている。
 臨時で雇われたスタッフとして、テロリストとして乗り込んできたメンバーが会場の設営を手伝っていた。
 コード0は念動力のような力で物の重さに関係なく物体を浮かせて移動させられるので現場で重宝がられた。
 スタッフの一人が声をあげる。
 「コード0さん、こっち手伝ってー。」
 「うむ。」
 彼は一つ返事で空中を滑るように移動して呼ばれた方へ向かう。

 ピンク色のリザードマンも今回は野生に帰らずに真面目に設営の手伝いをしている。
 スタッフがリザードマンに指示する。
 「こっちの荷物、B4に持っていってくれる?わかる?B4。」
 リザードマンは指示された荷物を抱えると、トコトコとB4を目指して歩いて行った。
 スタッフが首を傾げながら言った。
 「リザードマンというより、着ぐるみを着てる人間に見えるんだけど…。」
 あながち間違ってはいなかった。

 鬼は元来力持ちなのでやはり役に立つようだ。すっかり一部のスタッフにオーガ姐さんと呼ばれて慕われている。打ち上げの席などでうっかり酒を飲まされなければ良いが。
 オーガが一仕事終えて戻ると、黒い鎧に身を包んだデュラハンが救護テントで倒れていた。
 オーガは呆れながら言った。
 「なんだいだらしないねぇ。それでもデュラハンかってくらい体力ないね、アンタ。」
 デュラハンの額には冷却シートが貼られていた。
 彼女は不満げに言った。
 「あのね、前にも言いましたけど、私、宮廷暮らしをしていた王族ですのよ?いくら体が魔物化したからって元から鍛えてないものが、簡単に身につくわけないでしょう。」
 オーガは肩を竦めながら言った。
 「まぁたそのホラかい?そんな事になってたら今頃大事件だろうし、アンタの言う王女様はいまだに健在だよ。」
 デュラハンは倒れていた体を起こし、ジェスチャーを交えて訴えた。
 「ですから、あちらの方が影武者だと何度も申し上げていますでしょう?貴方、鬼なのに嘘か真かも判別が…ああ!お待ちなさい!」
 オーガは去り際に手を振りながら言った。
 「そこまで元気なら大丈夫だね。もう少し体を休めたら仕事に戻りなよ。」
 入れ替わりに、紙コップに清涼飲料水を汲んできたスライドがやって来た。
 彼はデュラハンにコップを差し出しながら言った。
 「ほいよ。お姫様、ご注文のお水。」
 「わーい。」
 デュラハンは離れている首に水を飲ませた。
 彼女は言った。
 「五臓六腑に染み渡るわぁ…。」
 スライドはデュラハンの隣に座ると言った。
 「ま、無理はしなさんな。誰にだって得手不得手はある。」
 デュラハンは思うところがあるのか声のトーンを落としながら言った。
 「私の配下に貴方がいたら、このような悲劇も起こらなかったでしょうね…。」
 スライドは傍にあったタオルでデュラハンの首を優しく拭った。
 思わず彼女の口から声が漏れる。
 「ん…。」
 スライドは空を見上げて言った。
 「過ぎたことです…。」
 デュラハンは言った。
 「私にも、スタッフさんが装備している強化スーツがあれば今よりもう少し皆の役に立てますのに…。」
 スライドは言った。
 「あれは、正式メンバーに数えられたスタッフに与えられるもので、臨時の俺たちには…。」

 デュラハンは首を正しい位置にセットすると立ち上がって言った。
 「休憩もしましたし、もう一頑張りしましょ!」
 スライドも同様に立ち上がって言った。
 「御供致しましょう。」

sec.66 - 灰色ビー玉

2018/06/16 (Sat) 16:09:05

 サラダス公国、城塞都市ナイトメア。
 同都市にレッドアップルバンドの野外公演が迫る。
 いつもは高い壁と門に囲まれて、閉鎖的な雰囲気の漂うナイトメアでも祭りの前となると、多少慎ましくはあるが、その日を心待ちにしているのが見て取れるぐらいには町に変化が見られる。
 ブリュンヒルデ曰く、経済効果は上々であるとのこと。

 野外公演の様子は要塞から発進した飛行ドローンが上空から空撮し、場内の様子を撮影する数台のカメラと連携、要塞内のライブビューイングにてその様子を臨場感溢れる映像でお送りする予定。
 また、メインステージより離れた位置に設置されたサイドステージでは何故かペン十郎のヒーローショーがライブと同時に開催されることになっている。
 場所がサラダス公国内というのもあって、ここから先は究極帝国領、住民にはペン十郎の受けもいいので、こういう事になった。


 ヒーローショーをやるというお鉢が回ってきたアルバトロス騎士団はてんやわんやだ。
 スライムとヒロシの間で意見が別れた。
 誰が進行役のお姉さん枠をやるか。
 そもそもヒーローショーに進行役のお姉さんが必要なのか。
 「却下で。ナイトメアのいたいけな子供たちの情操教育によくありません。」
 ヒロシは力強く言った。
 「では、エクレアさん以外に適任者がいると?まさか、貴方がやるとでも?」
 スライムは言った。
 「やるわけないでしょう。そもそも、ヒーローであるペン十郎が目立つショー何ですからエクレアさんが出ていくと趣旨が違って来てしまうんですよ。」
 ランクはテーブルの上でぐでっとしながら言った。
 「確実にその年頃の子供の性癖を歪ませるやろなぁ…。」
 スライムはタンッとテーブルの上に手を置きながら言った。
 「ナイトメアしいてはサラダス公国の未来…それが歪むことに貴方は責任が取れますか!」
 ヒロシは崩れ落ちて片膝をついて呟いた。
 「今回は俺の完敗ですね…。おふざけで実害が出てはいけない。これは鉄則です。」
 その様子を見ていたエクレアが言った。
 「何で俺、映像災害扱いされてるんだろう…。」
 ランクがエクレアを見ながら言った。
 「そら騎士団の色欲担当やからやで。魔獣ヌメの怠惰、マックスの暴食、アンタが色欲。」
 エクレアが焦りながら言った。
 「ちょっと待って、どの辺が?」
 ランクが片目を光らせながら言った。
 「存在が。」
 存在がエロい物体を子供の前に出すわけにもいかないので、普通のヒーローショーをやることになった。


 一方、フェンリルに連れられて久しぶりの公国を見て回っていたカクタスキッドの前に、スーツに身を包んだもう一人のフェンリルが姿を現した。
 もう一人の彼女の首には小さな黒い水晶がぶら下がっていた。
 カクタスキッドは驚きながら言った。
 「君は双子だったのか。」
 フェンリルはふふふと笑うと言った。
 「違うぜ。」

 魔物の中には高度なレベルに達した事により仮初めの体を作り出せるようになった個体が存在する。ブラックスカルなどがその例である。
 サラダス幹部連は全員が仮初めの体を生成する事ができ、こうして国内の事務仕事用に一体常駐させているのだ。
 スーツ姿のフェンリルの方がペンダントにしてある黒い水晶を持ち上げながら言った。
 「事務仕事ができりゃあいいから、これくらいの魔素があれば戦闘用ではない体を維持するには十分なんだ。」
 カクタスキッドは感心しながら言った。
 「そうなのか…。」
 彼はそんなフェンリルの意外な一面を知ったのだった。

 スーツ姿のフェンリルは通りすがりだったので、そのまま別れて事務仕事に戻った。
 カクタスキッドは疑問に思ったことを口にする。
 「私たちはBOSSとしての核を持つから、こうして魔素が薄い地上に存在し続けられるけど、やっぱり君たちの中にも核があるのかい?」
 フェンリルは少し考えてから答えた。
 「ドートンの奴が言うには、適合する人間と混ぜられた事によって、こっちの世界にそういう生き物であると認識させて維持コストを払わなくて良くするものらしい。」
 カクタスキッドは首を傾げた。無理もない。
 フェンリルは言った。
 「魔物は魔界からやって来るだろう?この世界に魔物が存在し続けるには高濃度の魔素が必要で、人間と混ぜることで魔界から来たという縛りから抜け出す技術らしい。」
 思ったより難解なことをしているようだ。

 カクタスキッドは言った。
 「君の仮初めの体の方には維持コストがかかっているのは何でだい?」
 フェンリルは言った。
 「そりゃあ、あっちの体は魔素を…この場合は魔力か。それを使って一からこの世界に作り出してるからだよ。世界に家賃払えって言われてるわけだな。」
 等など時折、お勉強を交えつつ二人のサラダス公国巡りは続いた。

sec.67 - 灰色ビー玉

2018/06/17 (Sun) 01:02:06

 城塞都市の大門が開き、ゆっくりとレールの上を移動要塞が進む。
 天井甲板での野外ライブが始まった。
 前半一時間、休憩時間30分、後半一時間を予定している。
 休憩時間の30分の間に、アルバトロス騎士団によるペン十郎ヒーローショーをサイドステージで行う。


 その頃、究極帝国の基地から巨大な鳥の姿をした飛行兵器が静かに離陸した。
 先手必勝奇襲強襲。
 究極帝国でも数の多くない幻想帯内で飛行可能な兵器ビッグバード。アンバー学園周辺に黒い水晶をばらまいたのもこの兵器だ。

 勝つためにはこのタイミングしかないと功を焦った軍部が、究極帝国内の有力者の後ろ楯を得て、この兵器を発進させたのだ。

 より確実な勝利をものにするためには、この動きに合わせて空中要塞ヘカトンケイルを動かすべきである。
 だが、ヘカトンケイルは周辺の反乱分子に睨みを利かせる役目がある。持ち場を離れることは相応の危険を意味した。

 結局は二択だ。
 より確実にアルバトロス騎士団とそれに与したサラダス公国に打撃を与える方を選ぶか、周辺に潜んでいるであろうリベリオンズチックを抑え込むことを優先する安全策を取るか。


 空を裂き、真っ直ぐに目的地を目指すは飛行兵器ビッグバード。その動きに呼応して空中要塞ヘカトンケイルが動き出した。
 守りより攻めを優先した判断だ。


 サラダス公国の中に一本の木が生えている。
 その木の天辺に巨大な鳥が巣を作っている。その名も無敵ペングィン・イワトビ・ドゥ。
 陸海空を制するように進化した青い巨鳥である。
 通称ドゥは、自分の巣に入って来た来訪者をその澄んだ瞳で静かに見つめた。
 黒いピルボックス帽に同色のマントを羽織った男が空中を滑るように入って来た。
 黒い服装の男コード0は言った。
 「貴様の力を借りたい。」
 その後に続いてぞろぞろと人がやって来た。
 ジョン・スミス、ヒロシ・サトー、エクレア・ティラミス、弟子と師匠、ミイラ。
 ヒロシは集まった面子を見ながら言った。
 「相手は飛行兵器と要塞ですけど、これで戦力は足りてる?」
 黒い服の男コード0は言い切った。
 「俺一人で十分だ。」


 日が落ちて、空が紫色に染まる頃。
 ライブでナイトメアが盛り上がる中、巨大な木から鳥目など物ともせずに空を飛ぶペングィンが、背中にアルバトロス騎士団を乗せて、静かに大空へ飛び立った。


 ドゥは雲を切って真っ直ぐに飛ぶ。
 ジョンは鳥の背に乗りながら言った。
 「この鳥はビッグバードに向かって飛んでるのかい?」
 コード0は言った。
 「巣を荒らそうと向かってくる相手がいる。貴様がこいつならどうする。」

 数分後。
 青い巨鳥ドゥは、飛行兵器ビッグバードと遭遇した。
 同兵器内、コントロールルーム。
 真っ直ぐにこちらに向かって来ている巨鳥を発見した部隊長が言った。
 「でかい焼き鳥にしてくれるわ。」
 攻撃準備命令を送る。
 飛行兵器ビッグバードがその身に搭載した魔術兵装をドゥに向けて構えた。

 だが、その兵器が巨鳥に向けて発射されることはなかった。
 瞬間移動と影渡りでコントロールルームに侵入したコード0と弟子が同ルームに居た兵士を瞬く間に無力化したのだ。
 弟子に利き腕を決められて動けない兵士長は言った。
 「バカな!瞬間移動などと…!この兵器内にその手の転移は不可能なはずだ!」
 でなければ、ほとんどの兵器をコクピットに入り込んで無効化してしまえる。現代兵器が猛威を振るえない理由の一つでもある。

 掌握領域と呼ばれているそれは、己のスキルが影響を及ぼせる範囲の目安となる。
 掌握領域はより強い使い手であれば基本上書きが可能だ。この場合、兵器内にワープ禁止の掌握領域が存在していたわけだが。
 コード0は言った。
 「イワトビ・ドゥのスキル無敵で掌握領域を上書き、無効化した。」
 隊長は取り乱して言った。
 「バカな!そんな真似が」
 言い切る前にコード0が手刀で兵士長の意識を断った。


 空中要塞ヘカトンケイルが真っ直ぐにサラダス公国を目指して進む。
 そんな要塞の管制室に危険を知らせるアラートが鳴り響いた。
 同じくサラダス公国領内に進軍中だった飛行兵器ビッグバードが進路を変えてこちらへ突っ込んで来るというのだ。
 通信機の使えない幻想帯内であるのも手伝ってか状況判断が十分ではなかった。
 決断するのに数秒の迷いが生じた。
 最高速に達していたビッグバードにはその隙だけで十分だった。
 まったく速度を落とさなかったビッグバードは質量の爆弾と化して空中要塞ヘカトンケイルに直撃した。直後、深々と要塞に突き刺さったビッグバードが要塞内で爆発、要塞は致命的な損傷を受けて、ゆっくりと墜落し始めた。


 その様子を巨鳥ドゥの背中から眺めつつヒロシが言った。
 「ほんとに一人で十分だったな。」
 巨鳥の背中に影渡りと瞬間移動で弟子とコード0が帰還した。
 コード0は言った。
 「今から帰ればライブのフィナーレには間に合うだろう。」
 作戦開始からたった数時間の幕引きであった。
 この戦いは後に第二次決戦と称される事となる。

 究極帝国は貴重な飛行兵器を一つ、三つあるヘカトンケイルのうち一つを失うこととなった。
 不思議なことに人的被害は一切発生せず、同兵器や要塞に乗り込んでいた兵士は気がつくと全員が草原の上に寝かされていたという。

 第一次と違って激しい被害の出た第二次決戦であったが、無血という意味では同じだった。


 今回の戦いを経て、究極帝国はアルバトロス騎士団やそれに与した国々の扱いを見直さざるを得なくなった。

sec.68 - 灰色ビー玉

2018/06/17 (Sun) 15:56:51

 サラダス公国でのライブを無事に終え、帰宅後のニュースを見て、その影で第二次決戦が行われていたことを知った一同はジャッジ・ザ・アルバトロスに詰め寄っていた。

 現在位置、移動要塞一般解放区宿泊施設。
 簡単に言えばホテルの中。
 ランクが言った。
 「どうしてや、だんちょ。ウチらはそんなに足手まといか。」
 ジャッジは言った。
 「サイドステージでヒーローショーをやるのも立派な任務だ。お客さんには好評のようだったしな。」
 そもそもジャッジ本体は第二次決戦に加わっておらず、ヒーローショーのペン十郎役をこなしていた。
 ジョンがフォローする。
 「情報がこちらに入ってから、戦闘に移るまでの猶予がなかった。実際に全員に周知している時間はなかったように思うよ。」
 ジロウが悔しそうに言った。
 「それは別にいいっす。だけど、彼は一体何者っすか。伝説のコード0を名乗るその男。」
 ジャッジは言った。
 「ゼロっさんはゼロっさんだ。以下でも以上でもなく、コード0だ。」
 ドートンから異論が出る。
 「待ちたまえ。本来の意味でのコード0なのか、コード0という氏名なのかで、今の発言に賛同するかそうでないかは決まる。」
 スライドはソファーで突っ伏しながら言った。
 「どーでもいいっすわ。それを言い出したら、俺たち元々レッドアップルのライブを襲撃する予定だったテロリストですしおすし。」
 レッドアップルが驚きながら言った。
 「それは本当かい?」
 コード0は無言で頷いた。
 フェンリルがスライドの上に飛び乗る。
 彼女はスライドを揺さぶりながら言った。
 「って、ことはネット上の犯行声明はお前らの仕業かぁ~!」
 スライドは揺さぶられながら否定した。
 「違うよ~。ライブ後にレッドアップルちゃんに青い薔薇は差し上げたけどね~。」
 カクタスキッドがスライドの上に乗っかったフェンリルを抱え上げてから床に下ろした。
 レッドアップルは言った。
 「あの薔薇綺麗だから部屋に飾ってるよ。」
 スライドは引き続き突っ伏しながら言った。
 「さいですか。」

 スライムがデュラハンの姿をまじまじと見ながら言った。
 「自然発生的に私たちとほぼ同じ条件となった個体ですか。珍しいですね。」
 デュラハンは照れながら言った。
 「条件としては半魔に近いらしくて、いつも身に付けている黒い鎧で魔素を補給してますの。魔素が足りないとヘロヘロになって大変ですのよ。」
 アルカードが後ろから近づいてデュラハンの首を持ち上げた。胴体と首の接続部から青白い炎のようなエネルギーが出ている。
 デュラハンはその状態で話す。
 「どういう理屈かこの状態でも物理的には繋がってまして、こうして声も出せます。」
 アルカードは言った。
 「何だかエロい。」
 その場に居た三名の頬が赤く染まった。

 わちゃわちゃした一同から少し離れた窓際にオーガは座っていた。
 ロナ・ブラッドが近寄りながら言った。
 「どうしてテロを止めた?巡り合わせがよけりゃアンタと俺が戦ってたかもしれねぇ。」
 オーガは言った。
 「必然か偶然か、トラブルが重なっちまってね。それと、あたいはもうアンタたちと事を構える気はないよ。」
 ロナ・ブラッドは肩を竦めてから近くの座椅子にどっかりと腰を下ろしながら言った。
 「そいつは、残念だ。」
 オーガは少々呆れながら言った。
 「アンタもあたいが鬼だから、バトルジャンキーだと思ってるんじゃなかろうね?」
 ロナは目を見開いて言った。
 「違うのか…?」
 オーガは顔を手で塞ぎながら言った。
 「勘弁しとくれよ。」

 新たに仲間に加わった一同と親睦を深めつつ、今宵の夜は更けていった。

 ヒロシが言った。
 「所で、彼…いや、彼女は何者なんだろう。」
 ピンク色のリザードマン、着ぐるみに見える。
 ナイトメアでの公演の直前、キーボード役が突如として腹を下し、スタッフ一同すわ鬼門の発動かと騒いでいた所に、ピンク色のリザードマンが颯爽と現れ、彼女は見事にキーボードを弾いて見せ、そのままライブにまで参加したのだった。
 デュラハンは言った。
 「私と一緒で、何処からか拾われてきた子だから、よくは知らないわね。」
 オーガも言った。
 「あたいもよくわかんないね。」
 素性がよくわからないメンバーがいるのは今に始まったことでもないので、実害が発生しない限りは本人に好きにさせておく事になった。

sec.69 - 灰色ビー玉

2018/06/18 (Mon) 00:20:09

 サラダス公国での野外ライブも終わり、翌日。天井甲板では、昨日に引き続き会場の撤去が行われている。
 一般解放区のホテルで宿泊していったお客さんが大門から城壁内へ帰っていくのを見送ってから、キラリが言った。
 「お客さん全部帰ったかしら?」
 隣で控えていたユキコが言った。
 「ヌメの報告によると今ので全員です。」

 キラリが周辺の様子を確認してから、無線機で連絡する。一般区から外へ出入りするために開いていた搬入口がゆっくりと閉じていく。


 一般区の一角にある栗原のオフィスでとある交渉が終わった。
 彼女は隣で不慣れな事務仕事を手伝わされている魔術師に言った。
 「例の件、許可取れたわよ。」
 魔術師は言った。
 「…昨日の今日、要塞落とされたばかりだぞ。まぁ、許可取れたのならそれに越したことはないが。」
 栗原はにこっと営業用の笑顔を浮かべると言った。
 「貴方方の側でやってもらえるなら、それに越したことはない。本来は我々でやるべきことであるがよろしくお願いします。だってさ。」


 天井甲板での会場撤去作業の邪魔にならないようにゆっくりと要塞はレールの上を滑っていく。しばらくすると、キラリの森へと入った。
 鬱蒼とした森の中を進む。
 デュラハンは思わず作業の手を止めて、甲板から見渡せる景色を眺めた。
 彼女は言った。
 「徒歩で森を抜けた際は景色を楽しむ余裕などありませんでしたが…。」
 なかなかどうして美しい森だろうか。
 現世と幽世の境というのも頷ける光景だ。

 森の中をしばらく進んでいるうちに会場の撤去作業は終了し、甲板の上にはそのまま周辺警戒の任務につく人員だけ残った。


 徒歩で突破するには相応の日数が必要なキラリの森であるが、レールの上を一定の速度で進む移動要塞は半日ほどで走破した。

 これより広がる光景は見渡す限りの草原。

 その草原をしばらく進んだところでつい先日に陥落させた空中要塞が無惨な姿で草原のど真ん中に墜落していた。


 あの世から帰還してからしばらく、ユニーは栗原からある指令を言い渡されていた。
 要塞内の更なる空間拡張である。
 だが、今回は前回と違って急を要するに任務ではないので、ゆっくりと進めるように言い渡されている。
 今回、拡張を開始したのは資源置き場だ。


 栗原が皆を集めて言った。
 「野外会場の撤去作業が終わって早速の所だけど、次は空中要塞ヘカトンケイルの解体作業をやるわよ。」

 ドートン・クヲン、マックス、弟子に先発隊として先行させ、ヘカトンケイル要塞内に残っている使えるものとそうでないものを仕分けさせ、残りは解体分解し、資源として貯蔵しようという一大作業である。
 先ほど、オフィスで栗原が究極帝国相手に交渉していたのはこの件の事であった。

 既に先発隊はこの場には居らず、大量のヌメが必要ないと判断された部分を分解して要塞内に運び込み始めていた。

 栗原は言った。
 「貴方たちがやることは主に三つ。一つ、要塞に潜って先発隊が使えると判断したものを持ち帰る。二つ、要塞内に残存していると思われる黒水晶の破壊。コントロール下に無い黒水晶は危険なだけよ。見つけ次第破壊して。三つ、ヌメたちと一緒に要塞の解体および資源の運搬ね。運ぶだけなら大した知識も要らないでしょうし、他の任務より危険が少ないと思うわ。以上、三つの事を己の力量と相談して行ってもらうわよ。」
 三つの作業以外で自分が能力を発揮できると思った仕事がある場合は自己申告で。
 また、どの作業に当たる場合にもチームを組むことを推奨した。

 現在進行形で分解されて行っているが、要はダンジョンアタックである。

 レッドアップルバンドやその運営スタッフは強化スーツを着用しているとはいえ一般人なので、次の公演に向けて英気を養ってもらうために一般解放区で休養してもらう。
 レッドアップル自身は本人の希望によりダンジョンアタックに参加することとなった。


 ランクが言った。
 「ジロウはヌメたちと解体作業か?」
 ジロウは首を横に振って言った。
 「こういう時にこそ、積極的に経験を積むべきだと俺は思う。」

 他のメンバーも誰と組んで行くのかの相談を始めた。
 ミイラが呟く。
 「ふふふ、早くダンジョンに入って弟子さんと合流しなくては…ふふ…ふふふふ…。」
 その様子を見ていたフェンリルが近くを通りかかったスライドに耳打ちした。
 「なぁ、ミイラの奴、ちょっと様子がおかしくないかな?」
 スライドはそう指摘を浮けてミイラを見た。
 確かに、今の彼女は何処か上の空というか、危うい気配すら感じる。
 スライドは言った。
 「誰か見ておく必要がありそうだなぁ。」

 ロナ・ブラッドが意気揚々と言った。
 「久々に暴れられそうな案件だァ。」
 ヒロシが近づいて囁いた。
 「おっと、そうでもないぞ。潜った先のダンジョンから生きているアイテムを持ち帰る必要がある。」
 ロナは肩を落として言った。
 「回りの被害を考えずに、とはいかねぇか…残念だぜェ。」

 オーガが柔軟体操しながら言った。
 「ダンジョンアタックか、腕がなるね。」
 デュラハンは呟いた。
 「ヌメ様方と一緒の作業をしようかしら。」
 オーガは少々呆れながら言った。
 「アンタねぇ、そんなんじゃ何時まで経っても一人前になれはしないよ。」
 デュラハンは言った。
 「うぅ…わかっておりますわ。とにかく、誰かお強そうな方とご一緒できればいいのですけど…。」

 そうこうしているうちに日が暮れて夕方になった。
 一日目のダンジョンアタックの開始は黄昏時となった。

sec.70 - 灰色ビー玉

2018/06/18 (Mon) 16:46:46

 キラリの森を抜けた先に広がる草原。
 そこに墜落した空中要塞を解体して資源として溜め込むのが今回の狙いだ。

 日暮れと共に作業を開始したアルバトロス騎士団。
 共に行動する者を決め、次々に解体中の要塞へと乗り込んでいく。
 「抜かったわね。先発隊に瞬間移動を使える役として弟子さんを配置したのは失敗だったわ。」
 魔術師は言った。
 「だが、コード0を配置した場合も、それはそれで厄介だぞ。ドートンなら間違いなく気づく。」
 栗原は首を横に振って言った。
 「博士ならいずれ気づくわ。それに下手な嘘はすぐにあばかれるものよ。」
 今度は魔術師が小さく首を横に振ってから言った。
 「嘘ではないさ。…嘘にはさせない。彼はコード0だ。そうでなくてはならない。」
 栗原は無言で魔術師を見定めるような視線を送った。


 究極帝国による、あのタイミングでの攻撃は決して悪いものではなかった。
 だが、アルバトロス騎士団にはそれを察して撃退できるだけの準備が整っていた。

 仮に本土の防衛や国内の世論など気にせず、この時点で究極帝国が総攻撃を開始していたら、アルバトロス騎士団そのものは残っても、それに与した国々は全て灰と化していただろう。
 それは、アルバトロス騎士団にとって敗北そのものと言える結果だ。
 だが、現実的に動かせたのは飛行兵器と要塞が一つずつ、それでも国一つに大打撃を与えるには十分な戦力だったはずだ。


 要塞中央部。
 飛行兵器ビッグバードが突っ込んでいって盛大に爆発四散した地点だ。
 要塞として重要な部分が、ここに集められており、そこに的確に致命的な攻撃をされたのが空中要塞の死因。
 ドートンはそこを見渡しながら言った。
 「ビッグバードの部品は残っていないだろう。最高速で突っ込んでから爆発したのだ。要塞の様子を見ればわかる。」
 弟子は言った。
 「貴重な飛行兵器の部品が全て、か…。」
 マックスが辺りを見渡しながら言った。
 「品質次第だが、下手な国家予算がその一瞬で吹っ飛んだのだ。ロナ辺りが聞いたら喜びそうな話だ。」
 ドートンは先頭を歩きながら言った。
 「空中要塞が墜落したのも、その時のダメージで中枢が損傷したからだ。だが、損傷だ。ビッグバードのように全壊したわけではない。おそらく、探せばまだ使える部品はある。」
 弟子は首を傾げて言った。
 「下手をすると軍事機密に当たる部品もあると思うのだが、よく許可が出たな。」
 マックスは言った。
 「この辺は既に究極帝国内だが、その中に墜落した要塞を放置していて、世論が悪くなるよりは多少の機密を売り渡してでも瓦礫の除去を優先した。そんなところだろう。」
 機密より世論、究極帝国が帝国制民主主義たる所以はこの辺りにあるものと思われる。


 ダンジョンアタックを開始する面々はヌメが解体した要塞の部品を運搬している道を遡って、重力を基準とした時に上に当たる部分まで登ってきた。
 大空は既に紫がかって来ており、すぐにでも夜が来そうだ。
 ヌメたちの作業現場には魔術による照明がつけられており、解体、運搬作業が夜通し行われるであろうことを予感させた。

 ジロウがその様子を見ながら言った。
 「ここから先はチームごとに自由なんだろ?」
 ジョンは頷いてから言った。
 「時間帯は夜だ。夜の魔物には気をつけること。それと、おそらく敵は魔物だけに限らないはずだ。チームの仲間としっかり連携を取るんだぞ皆。」
 ジョンの言葉に皆が頷いた。

 ヌメの作業はアイスクリームを上から舐めとかすように墜落した空中要塞を削って行っていた。既にやたら分厚い外壁部分は削られており、上に当たるブロックの部屋がちらほらと見えるようになっていた。

 アルバトロス騎士団はチームごとに別れると、それぞれ見繕った侵入口から要塞内へと入って行った。
 その際、近くの現場で作業中のヌメに挨拶していくのを忘れてはいけない。
 彼らの解体作業に巻き込まれて思わぬ怪我を負わないようにするためだ。

 ジロウ、アルカード、ロナ・ブラッドのチームで要塞内へ踏み込む。上から、ヌメたちが要塞を解体している作業音が聞こえてくる。
 強化スーツのヘルメットに照明機能があるので、それを使って前方を照らして進んでいく。ヘルメットは透明化してあるので、なにもない空中から光が出ているように見える。
 ジロウは思わず声をあげた。
 「うー、どきどきしてきたぁ。」
 アルカードは呟いた。
 「心配はいらない。私とロナがいる。」
 ロナ・ブラッドは目をギラギラさせながら言った。
 「戦闘は任せろ!ジロウ、お前には期待している。」
 主に非戦闘的な働きで。
 三人はロナを先頭に、要塞内をずかずかと進んでいった。

sec.51 - 灰色ビー玉

2018/06/08 (Fri) 08:32:40

 流石に暗いので、片手に聖なる炎と称される青白い炎を灯して進む。
 途中、ユニーとはすぐに合流できた。
 ユニーは小刻みに震えながら辺りを見回す。
 「何処なのでしょうか、ここは…。」
 「おそらくはあの世だろう。」
 だが、死後の世界なんてものはそいつの持っている人生観で幾らでも変わるものだ。死後の世界なんて無い、そんな例もあるくらいだ。
 そういう意味で言えば、ここは精神世界の親戚みたいなものだ。

 何時まで経っても隣のユニーの震えがおさまらないので、提案する。
 「そんなに怖いなら、俺のフードに入るか?」
 「は、はい~。」
 ユニーはすっぽりと着ていたマントのフードに入り込んだ。
 フードに入った兎の震えが徐々に小さくなる。
 「凄い。とても安心します。」
 「そうか。」
 時空を操るという聖獣をフードの中におさめて進む。

 しばらく歩いていると、地面を杖で叩くような音が聞こえてきた。誰かやって来る。
 それは、巨大な鎌を携えている美女で、片手にジャッジが灯している炎と同じ色の炎を燃やしているランタンを携帯していた。
 よく見ると鎌の持ち手に白い蛇が巻きついている。
 ジャッジが警戒しつつ言った。
 「死神か?俺たちの魂を取りに来たか。」
 美女は微笑むと言った。
 「死神は当たり。私はメデューサ、ゴルゴーンとも呼ばれたかしら、わかる?」
 ユニーとジャッジはとっさに両手で自分の目を塞いだ。
 メデューサは苦笑しながら言った。
 「何をやっているの?」
 「いや、石にされちゃうかと思って。」

 魔眼が発動していないので大丈夫らしい。
 適当に座れそうな場所を見つけて腰かける。
 メデューサは言った。
 「こんな仕事をしていると地上が恋しくなるのよ。貴方たち、話を聞かせてくれる?」

 多少の脚色を交えて、栗原との出会いからこれまでの戦いを振り返る。
 ユニーは聖獣らしい知識の豊富さで、時折その話に注釈のようなものを入れた。
 メデューサは静かに話に聞き入った。


 話が終わって、彼女が感想を述べる。
 「私の目に狂いはないわ。やっぱり貴方たち、面白いわね。」
 やはり魂を頂こうかしらとか、私のコレクションにくわえて一生大事にとか、物騒な独り言が聞こえてくる。
 ジャッジはスッと立ち上がるとごく自然な動きでその場を後にしようとした。
 メデューサから声がかかる。
 「お待ちになって。」


 メデューサに案内されて、この世界の出入口までやって来る。
 「私は一応仕事だからここまでだけど。」
 巨大な門の前に三つの首の黒い犬が座っているのが見える。地獄の門番ケルベロスだ。

 メデューサは言いづらそうに口を開いた。
 「有給休暇を取ればそちらへ出向いてもいいのだけれど…。」
 何かを察したジャッジは胸を開いた。
 「俺のここ、空いてますよ。」
 メデューサの鎌に巻き付いていた白蛇が、途端に飛び出して、水面に飛び込むように彼の胸の中に吸い込まれていった。
 メデューサは感激して言った。
 「これで何時でも貴方を通して地上を知れるわ。仕事にも身が入るというものです。」

 すると、暗闇の彼方から、丸い球体に四枚羽を生やした物体がスーッと飛んできた。
 それはジャッジの傍についてピタリと浮いている。
 メデューサは言った。
 「その子はアイギス。私の首がはめ込まれたとされる神の盾。」
 どうやら、アイギスは力を貸してくれるつもりらしい。
 メデューサに見送られて、彼らはケルベロスの前に出てくる。

 ケルベロスの中央の首が言った。
 「貴様のような死者にこの先、何の用がある。」

 ジャッジはにやりと笑って言った。
 「細かいやりとりはもういいだろう。通らせてもらうぞ。」

 ケルベロス三つの首が牙をむく。

 彼は背中のフードに収まっていた聖獣を引っこ抜いて、体の前に持ってきた。
 盾の姿に変身したアイギスがケルベロスの第一撃、二撃、三撃を全て受け止めた。

 「聖獣ユニー、ユニゾン。」
 盾の影に隠れたジャッジの姿が発光する。

 白に輝く髪に、兎のような耳が生え、青い角が生えている。青いマントが変形した長いマフラーが風もないのに身をなびかせる。

 思わずたじろいだケルベロスが言った。
 「そんな姿になって何をするつもりだ。」

 聖獣ユニゾンした彼が呟く。
 「こうするのさ。」

 彼の左右にジャッジ・ザ・アルバトロス、イワトビ・イワトヴィン・イワラルグ、エクレア・ティラミス、日小五郎が姿を現した。
 五人に増えたジャッジは一斉にケルベロスに挑みかかった。

 ケルベロスの叫びが木霊した。
 「す、ストーップ!!」


 その後、程なくしてジャッジは見知らぬ天井を眺めながら目を覚ました。
 その顔を三つの娘が覗き込んでいる。
 ジャッジは畏まって言った。
 「お、おはようございます。」

 同時に目を覚ましたユニーの傍に、冥界からついてきた神の盾アイギスが佇んでいた。

sec.52 - 灰色ビー玉

2018/06/08 (Fri) 19:30:37

 計画概要は皆に知らされているので、ジャッジは死ぬと聞かされても何時ものこと程度にしか受け止められていなかった。
 虚実含めて既に計四回やっているネタだ。

 だが、ライジングにたどり着いた一行を待ち受けていた事実には戦慄した。
 「レッドアップルが風邪を引いた!?」
 その驚愕の事実を聞かされてジロウは飛び上がるほど驚いたという。

 現在地、始まりの町ライジング。
 同町で神憑り的な人気を誇るレッドアップル。そんな彼女のバンドに、ライジングから始まるライブツアーをやらせるのが今回の計画の肝であった。

 ランクが現状に対して唸る。
 「だんちょが死ぬのは計画通りでも、まさか林檎ちゃんが倒れるとは…。」

 赤系のパジャマ姿のレッドアップルが、カクタスキッドが作った砂漠の町風おかゆを食べながら呟いた。
 「いやぁホントに申し訳ない。せっかく、おばあちゃんが退院できるくらい元気になったのに…。」
 ベースのアラコも深刻そうな顔で言った。
 「レッドアップルのビジュアル、歌唱力、ギターテクどれを失ってもこのバンドには痛い。」
 ジロウは熱を入れて語った。
 「いや、アラコさんのベース力や、メメさんの小柄な体からは想像できないドラムテクもバンドに不可欠っすよ。」
 ジロウはレッドアップルバンドのファンでCDもグッズも持っている。
 ちなみにキーボード担当は同バンドの鬼門と呼ばれており、入れ替わりが激しく固定メンバーがいない。

 スライムがくるりとその場でからだを回転させると姿がレッドアップルそっくりに変わる。
 その姿のまま喋る。
 「こうやって姿かたちは似せれますけどね。ギターや歌唱は…。」
 声は同じなのでマイクパフォーマンスやダンスは問題ないと自負しているようだ。

 その時、部屋の隅から声がした。
 「ふっふっふっ…ついに私の出番が来たようね。」
 満を持して、Ms.アップルことおばあちゃんが進み出てきた。
 この部屋、人が居すぎだ。

 アルバトロス騎士団がサラダス公国をライジングから撤退させてからというもの、病院に入院しっぱなしだったMs.アップルは全快。
 今では車椅子なしで元気に歩き回れるまで回復している。
 そんな彼女が普段から溜め込んでいる魔素を活性化させることでなれる…否、戻れる姿があった。

 ベースのアラコが驚愕する。
 「ギターテクもそうだが歌唱もまるでレッドアップルそのものだ!」
 メメが鋭く分析する。
 「が、厳密には全てが同じではなく、各所にオリジナリティを感じる…。」
 Ms.アップルの真の姿、赤い髪のレッドアップルがそこに立っていた。
 若々しい姿を取り戻したMs.アップルは言った。
 「どうかしら、これならあの子が元気になる間の影武者くらいにはなるだろう?」


 結局、ライジングにおけるライブツアー初日は、二人の影武者が入れ替わり立ち替わりでパフォーマンスを披露することで何時もより盛況な様子で幕を閉じたのだった。
 スライムであることを活かしたイリュージョンやったり、赤い髪のレッドアップルが本物よりお茶目さんだったり、やり過ぎ感はあった。


 後日。
 レッドアップルバンドとそれを支えるスタッフを同行させ、ライジングを出発するアルバトロス騎士団一行。
 正式な手続きも済んで、サラダス公国幹部連もはれてアルバトロス騎士団の一員となった。

 次に向かうのは、浮遊都市フェニックス。
 そこで再びライブを開催したら次は砂漠の町スコーピオン、その次は城塞都市ナイトメアで公演をし、いよいよキラリの森で待機中の移動要塞ディアボロスに乗り込むのだ。
 プロジェクトの準備期間が約一ヶ月であるのはこれによる比重が大きかった。

sec.53 - 灰色ビー玉

2018/06/09 (Sat) 22:49:00

 次の目的地へ向かうアルバトロス騎士団。

 その道中。
 たまたま出くわしたレッドアップル、キラリ、フェンリルで会話が始まった。
 三名は荷車の乗り入れ口に座り込んでいる。
 フェンリルが自信なさげに呟く。
 「い、言われた通りに一緒におかゆ作ったけどよ…あんなんで良かったのか…?」
 キラリは親指を立てながら言った。
 「いいのよ!ああいう積み重ねが大事なの。男はね、気の利く女の子に弱いの。」
 レッドアップルが反応する。
 「お、恋愛の話かな?作曲の参考になるかもだし、是非詳しく聞かせてくれ。」
 フェンリルが慌てて否定する。
 「ち、ちげぇーし!ただ、戦いのいろはを叩き込んでくれた相手が私を覚えてないってのがちょっと…寂しくて…。」
 フェンリルの両側からキラリとレッドアップルが挟み込むように抱きつく。
 レッドアップルは言った。
 「おかゆ、おいしかったよ。」
 キラリは言った。
 「ああ、乙女シウムが満たされていく…。」


 その様子を見回りに出ていたカクタスキッドが見かけて、近くを通った弟子に問う。
 「彼女らは一体何をしているんだろう?」
 弟子は通りすぎざまに呟いた。
 「日々に潤いを与える行為。」
 その答えにカクタスキッドは一応納得した。
 「なるほど。」
 そのまま、三人に見つかる前に歩き去った。


 草原を抜け、森を通り、山を登る。
 見えてきたのは浮遊都市フェニックスだ。
 流水が弱点なので、風呂に入る時以外にはあまり水に近づかないことにしているアルカードにとって、一度は訪れてみたかった場所である。ちなみに、流れていなければプールも大丈夫らしい。
 二重扉を抜けて、通常の空気と水のようになった空気の境界線を目の前にする。
 ロナが問う。
 「大丈夫かァ?」
 苦手とか、そういうレベルではない種族ゆえの弱点なので克服するとか以前の問題である。
 ちなみに、太陽を克服した吸血鬼のことをデイウォーカーと呼ぶ。
 人間と混ぜられたアルカードは、将来的に日光や流水を克服する可能性があると栗原が述べていた。
 返事がないのでもう一度、ロナが問う。
 「だからって、それが今ってわけじゃねーよなァ…?」
 返事の代わりに片手が出てきた。
 アルカードは言った。
 「貴方が導いて。」

 手を引いて現れたロナとアルカードを見てキラリが思わず騒ぐ。
 「ヒューヒューお暑いぞ、ご両人!」
 無言で照れまくるロナとアルカードだった。


 今回、希望者は小型のモーターボートのような物を借りていいことになった。
 通称エアバイクと呼ばれるそれは、浮遊都市フェニックスの外周を使ってのレースが開催されることもあるらしい。

 ランクはエアバイクに乗り込みながら言った。
 「この前は、自力で泳いでいって足がパンパンになったわ。」
 フェンリルが準備運動しながら言った。
 「よし、競争しようぜ。」
 キラリも体を伸ばしながら言った。
 「一位の人は…どうしよっか?」
 アルカードは呟いた。
 「誰でも好きなように命令できる。」
 エアバイクに乗り込んだロナが言った。
 「おい、ちょっと待てェ。」
 アルカードの瞳が怪しく輝く。
 彼女は呟いた。
 「ロナの血を頂く。」
 ロナが言った。
 「ああ、ロナ・ブラッドだけになァ…って、おいィ。誰か助けてくれませんかねェ?」
 ヒロシが彼の肩に手を置きながら言った。
 「リア充吸血されろ。」

 キラリが告げる。
 「一番最初に陸地に足つけた人が優勝ね。」
 スライムが手を変形させてスターターピストルを作り出す。
 ジョンが言った。
 「君はレースに参加しなくていいのかい?」
 スライムは言った。
 「勝てない戦いはしない主義です。」
 パァンと始まりを告げる音が響いた。

 途端に、空気が爆発したような音と共にエアバイクに乗ってない人々が上空高く飛び出していった。
 ランクが呟いた。
 「はっや…。」
 スライムがエアバイクを吹かしつつ言った。
 「競技用でもないエアバイクで勝てるわけないんですよ。」
 ジョンが納得したのか無言で頷いた。

sec.54 - 灰色ビー玉

2018/06/10 (Sun) 15:36:32

 結論だけ述べるならレースの勝者はミイラだった。
 若干遅れてスタート地点にやって来た彼女は、競争の事を聞いていなかったので、その場に留まっていた弟子に影から影へ移動するワープ能力、影渡りで上の陸地まで送ってもらったのでした。


 キラリが頭を抱えながら言った。
 「レースなのにワープ能力を禁止にしなかった私が悪かったわ。」
 ミイラは申し訳なさそうに言った。
 「私が弟子さんに上まで送ってほしいと頼まなければこんなことには…。」
 何故か全身黒こげのヒロシが肩をすくめながら言った。
 「弟子さんの影渡りを考慮しなければ、優勝は俺なんですから、素直にそうすればいいでしょうに。」
 スライムが抗議する。
 「ダメです!貴方が優勝なんて事になったらどんな辱しめを受けるかわかったものではありませんからね。」
 ヒロシは残念そうに言った。
 「今度ビーチで開催されるミスコンに出てもらうだけですよ。元の姿のままでね。」
 スライムはミスコンに参加させられていた未来を想像して顔が青くなりながら言った。
 「とにかく、優勝は最初に陸地に足をつけたミイラさんです。これは揺るがない!」
 というより、揺らいだら自分が大変である。

 一方、どちらに転んでも最悪の未来は回避できたロナは安堵のため息を吐いた。
 そんな彼だが何故かヒロシ同様にダメージを受けていた。
 アルカードは誰に聞かせるでもなく呟く。
 「別に眷族にしたいわけではないのに…。」
 相変わらず無表情だが、何となく不満げだ。

 キラリは言った。
 「はい、じゃあ、ミイラさんは誰に何を頼むか決めておいてね。ロナ君は壊したエアバイクの弁償を請求されるだろうから、レンタル店へ向かって頂戴。ミサイルで微塵隠れした忍者は神殿騎士に連絡しなさい。陸地にできたクレーターは翼の巫女がどうにかしてくれるはずよ。」
 彼女の指示にしたがって、ヒロシとロナがそれぞれその場から歩き去った。
 ヒロシにはスライムが、ロナにはアルカードがついていった。

 その頃になると、ようやくエアバイクで下からやって来ていた一団が追いついた。
 ランクがその場に着くなり言った。
 「結局、誰が優勝したんや?スライムか。」
 ミイラが手を挙げながら言った。
 「私です。」
 「ホンマか。」
 予想していなかった結果にランクは驚いた。
 ラグナはエアバイクから降りながら言った。
 「てっきり弟子のお兄ちゃんかと思ってた。ワープには誰も勝てないでしょ。」
 キラリは目を糸目にしながら言った。
 「当たらずとも遠からずなのよねー。」


 エアバイクを駐輪場に置いてから、ここからは徒歩で市街地へ向かう。
 浮遊都市での移動なので、当然泳いでだ。

 すると、そんな一団の前に白衣を着た男が立ち塞がった。
 フェンリルが反応する。
 「お前は!」

 白衣の男は眼鏡を位置調整しながら光らせつつ自己紹介した。
 「そう!僕こそが歴史上最大最後の天☆才科学者ドートン・クヲンなのサ!」

 ミイラが思わず身震いをして前方を歩いていた弟子の影に隠れてから言った。
 「い、今さら出てきて何のつもりですか!」

 ドートン・クヲンは不遜な態度を崩さない。
 「君たちは僕の大事な研究材料、それを取り戻そうとすることに何か不自然な点でも?」
 弟子の背中にミイラの片手が服のシワを作るほど食い込む。
 弟子は然り気無く後ろを見た。

 フェンリルは興奮ぎみに言った。
 「へへ…てめえの方から出てきてくれるとは都合がいいぜ。探す手間が省けた。」
 そんな彼女の肩にカクタスキッドが手を置く。
 彼は彼女をかばうように前に出ると言った。
 「お引き取り願おうか、博士。」

 ドートン・クヲンは言った。
 「君らはあの過酷な実験の数々を生き延びた。つまりは潜在能力で言えば最高級というわけサ。是が非でも持ち帰らせてもらおう。マックス、カムヒア!」
 彼の呼び掛けに応じて、サイバー感溢れるスーツを身に纏った人物が舞い降りた。
 顔はフルフェイスのヘルメットで覆われていて見えないが、スーツのわかりやすい位置にMAXと刻印されている。
 ドートンは続ける。
 「彼は現時点での最大の研究結果。だからマックス。君たちもポテンシャルで言えば彼と同等なのだがネ。まあ、ぬるま湯に浸かってた君らの潜在能力が引き出されているとは考えてない。さっさと連れ帰ろう。」
 彼がそう言うと何処に控えていたのかマックスと同様のサイバースーツを身に纏った集団が一斉に姿を現した。
 ドートンは告げる。
 「彼らはマックスを作り上げる過程で生じた失敗作さ。だが、君たちを相手取る戦力としては十分だろう。かかれ。」
 彼の合図と共にサイバースーツの軍団がアルバトロス騎士団一行に襲いかかった。

sec.55 - 灰色ビー玉

2018/06/10 (Sun) 21:37:24

 浮遊都市フェニックスにて、レッドアップルの公演を前に襲撃を受けたアルバトロス騎士団。今、避けられない戦いが始まる。
 カクタスキッドが身構えながら言った。
 「フェンリル。君は狼だ。誰よりも群れでの狩りを本能として知っているはずだ。」
 フェンリルは言った。
 「…簡単にやられるなよ!」
 神狼が地面を蹴って風となる。彼女がカクタスキッドの背後から消えた。

 すかさずマックスが攻め込んでくる。
 彼の狙いは、弟子の背後に控えているミイラ。彼女を守るためにその場から動かずに弟子が迎え撃つ。
 目にも止まらぬ攻防、師匠と呼んでいるサンドバッグの紐を握っていない方の片手と両足でマックスの徒手空拳から繰り出される攻撃を全て捌く。
 一度、マックスはバックステップで弟子から距離を取る。
 今度はこちらの番と、カクタスキッドが片手からサボテンの針を数発放つ。
 それはほぼ弾丸と同じ速度で後ろで控えているドートン・クヲンを狙って飛んだ。
 素早い動きで回り込んだマックスが針をスーツのブレイサーで叩き落とす。
 ドートンがそれを見ながら言った。
 「足手まといがいるのはお互い様だネ。」
 カクタスキッドがテンガロンハットの鍔を指先で上げながら言った。
 「何のことだ。」


 一方、多数現れたサイバースーツ軍団の相手をすることになった残りの団員たち。
 ランクが片目をエメラルドの輝きで満たしながら言った。
 「ジロウは玲やんに言われた通りに立ち回れ、ラグナはウチから離れんなや!」
 ジロウがファイティングポーズを取りながら返事を返した。
 「おう!」
 ラグナはランクの背後で少年の身には大きい剣を両手に構えた。
 「どんとこい!」

 キラリが複数で襲い来る敵を、攻撃を受け止めては華奢な体からは考えられないパワーがこもった打撃でぶっ飛ばす。
 だが、相手は一撃二撃では倒れないようだ。
 少女は現状を分析しつつ呟いた。
 「手応えはあるんだけど、タフね。」
 風のように乱入したフェンリルがまとめて敵をぶっ飛ばしながら、四本足でキラリの傍に滑り込んだ。
 フェンリルは言った。
 「こいつら、きっと私たちと同じ実験体だった奴らだ。」
 キラリは挑みかかってきた一人をぶん殴りながら言った。
 「お知り合い?」
 フェンリルは言った。
 「スパルタクス元将軍に助けられた私たち以外は全員死んでる。過酷な実験で!」
 彼女はそう言うと、飛びかかってきた相手を四本足の体勢から放つサマーソルトキックで迎撃した。
 キラリは回し蹴りでサマーソルトキックで浮いた敵を彼方に吹っ飛ばした。
 吹っ飛ばされた相手は土煙をあげて地面に衝突した。
 彼女は着地して言った。
 「じゃあ、この人たち全員ゾンビなの?」
 フェンリルは言った。
 「死んだ奴をどーにかこーにかして動かしているらしい…死んでからもあいつの玩具ってわけ!」
 キラリは苦笑いしながら言った。
 「死後もこき使われるわけね。笑えない冗談…。」
 フェンリルは風に変わって次の戦場に向かった。

 ジロウは栗原に言われたとおり、敵の攻撃を避け続ける事に全神経を傾ける。
 逃げに徹する相手に攻撃を当てるのはなかなか難しい。仮にそれでも攻撃を受けるようなら、そんな相手の前にはそもそも出てはいけない。
 ランク、ラグナはジロウに注意を引き付けられた敵を二人がかりで切りつける。
 ランクが言った。
 「峰打ちだ。」
 ラグナが言った。
 「峰はない。」
 だから、剣の腹で殴った。
 ジロウが前転で地面を転がりながら言った。
 「へへ、どうよ。俺もやるだろ?」
 ランクが言った。
 「逃げ腰でよう言うわ。」
 ラグナは言った。
 「そんな逃げ足は見たことねぇ。すげーぜ!」
 誉められてるのか貶されてるのか、ジロウは複雑な気持ちになりながら、見えない細さで張っていた蜘蛛の糸を引っ張った。

 地面に埋め込まれていた閃光手榴弾のピンが抜けて、まばゆい光とけたたましい音が回りにいたサイバースーツたちを襲った。
 ほぼ棒立ちとなった敵を飛び込んできたフェンリルがまとめてぶっ飛ばした。


 「で、誰が足手まといだって?」
 カクタスキッドがそう言いながら火のついたダイナマイトをドートンに向けて投げる。
 マックスが素早く走り込んで、手刀で火のついた導火線を切った。
 ほぼ同時にダイナマイトが爆発。至近距離での爆風にドートンは思わず後退りした。
 煙が晴れぬうちにマックスが初めて口を開いた。
 「貴様、今何をした?」
 カクタスキッドは言った。
 「見えなかったかい?オイラの技もまだまだ捨てたものではないね。」

 ドートン・クヲンは冷静な方の頭で戦況を見て潮時だと悟った。
 「マックス!君たちの調整はまだうまくないようだ。ここは退こう、悪役らしくネ!」
 マックスは無言で頷いた。
 まだ無事なサイバースーツが倒された仲間を抱えて撤退を開始する。
 カクタスキッドが問う。
 「待て!君らは何でこんなことを」
 ドートン・クヲンはマックスに抱えられながら言った。
 「君たちは正論ばっかり言ってくる敵と戦いたいのかネ?僕は嫌だネ!」
 煙幕が張られて彼らの姿が見えなくなる。
 カクタスキッドは尚も追おうとするが弟子が肩を掴んで止める。
 弟子は呟く。
 「相手は手負いだ。追うなら相応の覚悟がいるぞ。」
 カクタスキッドは足を止めた。

 何にせよ、襲ってきた相手が退いたので、この場での戦いは幕を閉じたのだった。

sec.56 - 灰色ビー玉

2018/06/11 (Mon) 00:50:13

 戦闘が終了し、ミイラが負傷した者の治療を開始する。主にジロウが擦り傷やら打ち身を負っていたので念入りに治療されてから包帯を巻かれる。
 ジロウは治療されながら言った。
 「俺とランクやラグナの違いって何だろ。」
 一緒に弱い部類に入る仲間だと思っていたが、今回の戦闘ではっきり違いが出た。
 ミイラは衛生兵の観点から二人を語った。
 「ランクさんは体内に宿る神の力で身体能力を底上げしていますし、先読みの力で敵の動きをある程度把握しているようです。ラグナ君は普通の少年のように見えますが、聖フェニックスで戦闘訓練を積んだ時期がありますし、実は普通の人間よりかなり打たれ強い体をしています。」
 ジロウは語られた内容から、自分には経験が足りないのと己の力を使いこなせていないのがわかった。次までの課題である。


 レッドアップルは徒手空拳で暴れまわるR01と連携を取りながら牙のように変形したマイギターを振り回していた。
 それを肩に担ぎながら彼女は言った。
 「ジョンさんお疲れ。今回の敵はタフだったけど大丈夫だった?」
 ジョンは身だしなみを整えながら言った。
 「私も人類の限界値までは鍛えているつもりだけど、ああいうのが相手だと分が悪いね。」
 火器で武装したいが、幻想帯内だと只の荷物になるので難しいところだ。
 治療が終わったジロウがやって来て言った。
 「ジョンさんから頂いていた閃光手榴弾が役に立ったっす。」
 ジョンは少しばかり口元を綻ばせて言った。
 「それは何よりだ。」


 しばらくすると、別の場所に出向いていたアルカードたちが戻ってきた。
 スライムは開口一番に言った。
 「やー、何なんですかね彼ら。町中で襲いかかってきたから衛兵さん方と一緒に撃退しましたけども。」
 帰って来た四人の様子から察して、どうやら両者とも問題なく追い返せたようだ。
 黒こげの状態からいつの間にか回復した忍者ヒロシが言った。
 「キラリさん、言われた通りに神殿騎士に連絡してきましたよ。つい先日、電話回線が通じるようになったから、それで呼び出すそうです。」
 ロナが言った。
 「妙な奴らが襲ってきたのを撃退したら、弁償はしなくていいからァって追い返されちまったぞ、どうすんだおいィ。」
 キラリは複数回頷きながら言った。
 「そ、翼の巫女さん来てくれるのね。ロナ君の方は、弁償しなくて良いなんてラッキーじゃないのよ。」
 ロナは「そういう問題かァ?」と言いながら若干呆れている様子だった。


 等々のやりとりをしていると、ヒロシが作り出したクレーターの縁に、呼び出されたと思われる翼の巫女が蹲っていた。

 キラリがハッと気づいてから言った。
 「うわ、いつの間にか来た。気づかなかったわ。」
 ジロウがサングラスの奥の目を細める。
 彼は呟いた。
 「あっれ…?何処かで見たような…?」
 よく見ると、その傍らに聖獣ユニーが浮いており、その女性は見慣れたマントを羽織っていた。
 ランクが言った。
 「だんちょやんか。」

 エクレア・ティラミスが、遠路はるばるキラリの森から浮遊都市フェニックスまで、聖獣ユニーの瞬間移動でやって来ていた。
 同女性が地面に手をつくと、火の粉のような赤く輝く粒子が降り注ぎ、クレーターが修復されて元のなだらかな地面に戻った。
 エクレアらしき人物は立ち上がると手を払ってから言った。
 「よし、お仕事終了。戻ろうか、ユニー。」

 「待てコラ。」
 ランクが近づいていって、背後から思いっきりその非現実的な大きさの胸を揉みしだいた。

 絹を裂いたような悲鳴が木霊した。


 エクレアが涙目になりながら言った。
 「はぁあ…、びっくりした。何だお前たち居たのか。」
 キラリが腰に手を添えながら言った。
 「居たのかではないでしょ。スケジュール通りに浮遊都市フェニックスの公演前ですよ。」
 エクレアが頷きながら言った。
 「あぁ、そうだったな。細かいスケジュール管理とか栗原がやってるから、そういうのに疎くて。」
 ランクが両手を蠢かせながら言った。
 「もっかい揉んどこうか?」
 エクレアが額に汗をかきながら言った。
 「止めてよぉ…。本気で。」
 キラリが言った。
 「だめよ。次の機会があったら是非私が。」
 エクレアは思わずキラリから身を引いた。

 キラリが仕切り直す。
 「とりあえず、一個ずつ疑問を解消していこうかしら。団長、重要任務はどうなったんですか。」
 例の一回死なねばならない仕事の事である。
 エクレアは事も無げに言った。
 「ああ、あれなら数日前に終わったぞ。」
 次の質問。
 今度もキラリが話す。
 「キラリの森は幻想帯内のはず。それなのに電話が通じるのはおかしな話ですけど?」
 エクレアは言った。
 「それはそうだが、移動要塞内のみ幻想帯として扱われなくなったからな。今では衛星経由で電話もかけられるぞ。凄かろう。」
 言葉の意味が理解できないのか、その場の全員が首を傾げた。

 最後の質問。
 引き続き皆を代表してキラリが続ける。
 「貴方は参謀長と一緒に重要護衛対象を守る任務に着いているはず。のこのことこんなところに来て大丈夫なのですか。」
 エクレアは腰に手を添えると言った。
 「そのことなら、今の俺、体が四つあるから。」
 再び意味が理解できない言葉が飛び出したので皆で首を傾げる。
 ランクが隣のラグナに問う。
 「牛の胃袋は?」
 ラグナは元気よく答えた。
 「四つあるんだ。すげーぜ!」

sec.57 - 灰色ビー玉

2018/06/11 (Mon) 23:40:31

 騎士団長ジャッジ・ザ・アルバトロス。
 魔術師イワトビ・イワトヴィン・イワラルグ。
 翼の巫女エクレア・ティラミス。
 和装の男 日小五郎。
 彼が、役の数だけ体を分離できるようになったことに気づいたのは、冥界から帰った翌日の事であった。
 おそらく聖獣とのユニゾンが切っ掛けで目覚めたスキル。

 寝て起きたら体が増えていた。
 最初は混乱したが、慣れてくれば右手と左手を別々に動かす感覚で個別に動かすのは容易だった。
 何せ体ごとに脳や神経があるわけで、それぞれを一つの人格が操縦しているわけではないからだ。
 栗原の予想では演じる役が増えれば分身先も増えるかもしれないとの事。
 だが、ずっと犬なのは流石に勘弁してほしいと申し出た所、対策を考えると言われている。


 浮遊都市フェニックスについて、いつものファミレスで昼食を取りながら、首を傾げられた項目を噛み砕いて説明する。
 忍者が後ろの席から身を乗り出しながら言った。
 「へぇ、ってことは今の団長さんはずっと金髪美女の体のままってことか。」
 彼女の隣に座っていたスライムが牽制する。
 「おっとぉ…!押しに弱い団長をミスコンに参加させようなどと考えていませんかね?」
 忍者は愛想笑いをすると後ろの席に戻った。
 エクレアは、よくわからないうちに危機がやって来て去ったことを感じ取った。

 スライムがついでに質問した。
 「要塞内が幻想帯として扱われなくなったとはどういう意味でしょうか。」
 エクレアは切り取ったハンバーグをよく噛んで飲み込んでから言った。
 「言葉通りの意味だよ。幻想帯の空白地であるここみたいに、ディアボロス内に限り、対幻想帯加工の必要なく機械類が使える。」
 スライムはちょっと語調を強めて言った。
 「貴方、ご自分が何を仰っているか理解していますか?」
 エクレアは食べる手を止めて言った。
 「人間が本来やってはいけない事かも知れないね。世界の法則をねじ曲げる何て事は。」
 スライムはエクレアに顔を近づけて言った。
 「まるで伝説のレヴレトやコード0と同レベルなんですよ。本来、人間が一人死んだ所で起こり得ない事を貴方はやったんです。自覚してください。これが世間に広まるような事になれば貴方、下手すると魔王扱いで討伐指令が下されるかもしれませんよ。」
 エクレアは小さく頷いて言った。
 「…うん、やる前に栗原に言われたよ。それはともかくとして良い匂いだね。何処の香水?」
 スライムは頬をほんのり赤く染め、近づけていた顔を離すと言った。
 「今度、時間を作ってくださればお店を紹介しますよ。」
 ランクがアイスコーヒーに刺さったストローから口から離すと言った。
 「お?デートのお誘いやな。」
 スライムが慌てて否定した。
 「ち、違います!団長と親睦を深めるためです!」
 ランクはにやぁと表情を歪めてから言った。
 「その否定の仕方はあかんで。」
 反論の余地のないスライムはそのまま押し黙ってしまった。
 エクレアは彼女のために時間を作ろうと思った。


 浮遊都市フェニックスでのレッドアップルの公演は、ドートン・クヲンの襲撃というトラブルがあったものの、それ以外は特に事件も起こらずに順調に進んだ。

 ライジングでの初公演を終え、各種媒体でのCMも加えたフェニックスでのライブは、レッドアップルたちが今まで味わったことのない規模の盛り上がりを見せた。


 対象は限定的であるが、ロナ・ブラッドがやっていることも女神の力を付与しての一時的な世界の法則の書き換えだ。
 世界の法則の書き換えは、賢者タルトの見立てでは時間旅行と同様に禁術に当たる。
 ロナの術は黒よりのグレー。術の対象が今より広まると危険との事。
 ちなみに、初日のレースでロナのエアバイクが爆散したのは、エアバイクに女神の力を付与してオーバースペックを発揮させたからである。バイクが爆走による負荷に耐えきれなかったようだ。


 浮遊都市フェニックスを離れる前日。
 弟子はここを訪れた初日の競争で、優勝したミイラから頼まれていた約束を果たすため、彼女と共にその日一日を観光に費やした。

 都市全体が見渡せる展望台。
 弟子はそこから風景を望みながら言った。
 「観光は俺の趣味だが、付き合わせて良かったのか?」
 ミイラは返事の代わりに微笑んで見せた。

 エクレアはかねてより時間を作るつもりであったスライムと共に町へ繰り出した。
 何故かフェンリルを連れて。
 フェンリルは抵抗しながら言った。
 「何で私がお前らの買い物に付き合わなきゃならないんだ!」
 キラリ副団長からの指示である。ちなみに副団長には皆からの推薦でなった。
 フェンリルの女子力を上げることが、エクレアを一日貸し出す条件として提示されたからだ。
 最初は嫌々付き合っていたフェンリルだが、終始満更でもない様子だった。

sec.58 - 灰色ビー玉

2018/06/12 (Tue) 13:20:28

 激しい雨が降る。

 究極帝国とサラダス公国が長い戦争状態に入って国は疲弊し、大人は死に、国に残されたのは子供と老人、病人、犯罪者…etc。
 当時のサラダス公国はひどい有り様だった。それでも究極帝国に決定的な勝ちを譲らなかったのは、彼らが主力としていた魔物の力によるだろう。
 魔素の濃度を引き上げる黒い水晶という元手こそ必須だが、揃えてしまえば後は魔界から無尽蔵に湧いて出てきてくれる。物量で引けを取ることはなかった。

 問題は兵器としての質だ。

 激しい雨が降る中、青色の傘を差した白衣を着た男が町の中を歩く。
 男は何かに気づいたように立ち止まると、道端に蹲っていたボロ布に近づいて行った。

 「そのまま、そこで朽ちるか。僕について来て地獄を見るか、選びナ。」

 詞の意味もわからなかった。
 だが、差し出されたその手は救いに見えた。


 意識が覚醒する。
 ぬるい湯のような液体で満たされた容器。
 それが男の現在位置だ。

 男に名前はない。
 両親から授かった名前はあったように記憶しているが、生きるのに必要なかったから忘れた。
 sma12、他の数多いた実験体と同じく識別コードで呼ばれていた頃の名前。
 ありとあらゆるものを喰らう、暴食の力。その頃に目覚めたものだ。

 白衣の男が容器の前を通りかかる。
 中の男が目覚めている事に気づいた白衣の男は言った。
 「マックス、目が覚めたかね?…ああ、無理に出てくる必要はない。ゆっくりしていたまえ。」
 白衣の男ドートンが実験体たちに用意した実験の数々はまさに地獄であった。バリエーションは多岐にわたるが、その中でも実地実験と称して究極帝国軍と戦わされた時は多数の死者が出た。だが、あの戦いは退くことのできないものだったとマックスは記憶している。
 今でこそサラダス公国幹部などと呼ばれている少女たちは泣き叫ぶばかりで何の役にも立たなかった。
 今思えば、あの時の出来事が彼女たちの心を決定的に破壊したのかもしれない。

 その戦いが終結する間際の記憶…。

 「行くなよ!お前まで死んじゃったら…。」

 「た、た、た、助けて、たす、たす…。」

 「ふふふ…ふふ……ふふふふ…。」

 「…。……!………?………。……!?ッ!!」

 見ていられなかった。
 男は一人飛び出して、究極帝国に真っ正面から挑みかかって無様に死んだ。


 結果だけを述べるなら、その後、サラダス公国は究極帝国に吸収され、周辺諸外国を魔物により支配する時代へと移っていく。


 次に目覚めた時、男は生ける屍となり、名前をマックスと改めていた。
 あの戦いより長い月日が経過していた。

 「一応、志願制だからネ。」

 全員、死んだ後の体の扱いは研究所側に任せると書かれた契約書にサインしていた。


 その後、来るのが遅すぎたヒーローたちにマックスは恨み言を叫びながら拳を叩きつけた。
 「貴様たちがあの戦いの指揮を取っていたら…!!」

 ドートン・クヲンが主任研究員を務める施設は壊滅した。


 今は各地を転々とし、良さそうなスペースを見つけるとドートンがそこにラボを建設し、彼の虹色の脳細胞が紡ぎ出すエキセントリックな研究の実験が始まるのが日常だ。

 物資や資金はどうしているのかとドートンに問うと、僕は天才だからネ☆と自信満々に返してきたのには流石のマックスも苦笑いした。

 今は暇を見つけてはドートンの研究資金の足しになる仕事をしている。

 途中で述べたように、彼らへの実験は志願制。止めようと思えば、途中で抜けることもできる。
 流石に、かつての実験体仲間であるフェンリルたちをさらいに出た今作戦は多くの主義に反したのか、脱落者が多数出た。

 脱落希望者は、生きる屍状態だった体を蘇生され、通常の生活が可能な体にされてから放逐される。よって、死者ゆえにタフであった体は失われる。
 現在、故郷であるサラダス公国はブリュンヒルデが国主となり、安定してきている。
 放逐された彼らにも帰る場所が出来ていた。

 だいぶ人数の減ったサイバースーツ軍団を見ながらマックスは問う。
 「何時までこんなことを続けるつもりだ?」
 ドートンは言った。
 「このやりとりは何度目だろうネ。前にも言ったとおり、僕の研究がコード0を超えたと証明されるまでサ、前途多難だよ。」

 もう一度言うが彼らの実験は志願制だ。止めようと思えば何時でも止められる。

 ドートンは熱にうなされた時に出る譫言のように続けた。
 「彼女たち本人が僕の実験から降りると言うならば、もう追わない。だけど、彼女たちは君を失ったあの戦いを覚えているのサ。このままで居たら、あの日と同じことになりはしないか。彼女たちは、心の奥底で怯えている。」
 だから、決定的に彼を否定はできないし、されない。否定されない限り、彼女たちはドートンに取って大事な研究材料。

 今は減ってしまった実験体の数を増やす時期だ。実験体に志願する者を探し出すのは容易だ。何せ、一度たりともこの大地から争いの火は消えたことがないのだから。

sec.59 - 灰色ビー玉

2018/06/12 (Tue) 23:15:56

 究極帝国側の資料によると、サラダス公国を吸収する前の大規模な戦いにて、コード0らしき存在の出現を記録しており、そのたった一体のイレギュラーにより、同帝国軍は一度撤退にまで追い込まれている。

 戦後、サラダス公国内を捜索したが、コード0らしき存在は発見できず、近年の謎とされている。


 ドートンが建設した数あるラボのひとつ。
 究極帝国のメッセンジャーと思われる道化師風の男。
 男は名前をクラウン・クラウンと名乗った。

 クラウンは言った。
 「マッドサイエンティストに究極帝国から提案デース。今度、砂漠の町で行われるレッドアップルのライブを襲撃しなさい。それも、自らを数年前に現れたコード0だと公然と主張しつつデース。」
 ドートンは言った。
 「なんとも回りくどいね。そうなると、その後はどうなるのかネ?」
 クラウンは言った。
 「知らぬが仏デース。」
 ドートンは肩をすくめながら言った。
 「胡散臭すぎる。それに何の実験にもなってないではないか。労力の無駄だ。カエレ。」
 彼はシッシッと道化師の男を手で追い払うジェスチャーをした。
 道化師の男は体を器用に傾けながら言った。
 「いいのかな~?いいのかな~?君らがやらないなら別の人に頼むだけだよ。」
 ドートンは言った。
 「くどい。帰りたまえ。」


 数時間後、マックスに連れられてドートンは砂漠を横断中だったアルバトロス騎士団の魔獣車を訪れていた。
 魔獣車内のリビングのソファーに腰を下ろし、ドートンは淹れられた紅茶を口にした。
 彼は紅茶の味を噛みしめてから言った。
 「ここは、我がラボより良いところではないカ!流石はコード0だな。」
 ドートンは紅茶のカップを小皿に置いた。

 そんなドートンの対面に座るのは副団長のキラリだ。
 彼女は言った。
 「この前はよく見えなかったけど、まさかご近所様だったとはねぇ…。」
 ドートンは身ぶり手振りを交えながら言った。
 「何、気にすることはないサ。僕があの里を出たのは齢一桁の頃だしな。その頃には里で読む本も残っておらず、天☆才ゆえの弊☆害という奴だ。」
 エクレアはマックスに近づきながら言った。
 「何だか元気のいい人だね。いつもあんな感じなのかい?」
 マックスはスッとそっぽを向くと言った。
 「研究がうまく行っている時などは、あんな感じだ。」
 エクレアはそっぽを向いたマックスの正面に回り込んだ。
 マックスは首の方向を元に戻した。
 エクレアは言った。
 「あ、あの…俺、何か気にさわることでも?」
 その様子を観察していたランクが言った。
 「フルフェイスの兄ちゃんはムッツリスケベやで。」
 マックスは腕を組むと言い切った。
 「否定はせんッ!」
 ヒロシはスタンディングオベーションしながら言った。
 「俺、あの人嫌いじゃないかも。」
 スライムが頭を抱えながら言った。
 「幼い頃の綺麗な思い出が崩れて行きます…。」

 キラリはドートンから聞いた話を要約する。
 「つまり、次の公演はまず間違いなくコード0を名乗るテロリストが襲撃してくるってわけね…どうしましょ。」
 ジョンは言った。
 「テロが起こって、観客含め一人残らず無傷というのは流石に虫が良すぎるだろうね。」
 こちらの計画を崩すという意味ではこれ以上の妨害はない。

 ドートンは語った。
 「ちなみに数年前に現れたコード0らしき人物はマックス君の事だ。あの頃の公国がコード0に味方される理由はないし、実際にその人物と対峙し生き残った帝国兵の供述から推測して、まず間違いないネ。それと、マックス自身はその事を覚えてはいないよ。死域に入ってからの暴走だからね。通常時にそんな力はまず出せない。」

 幻想帯内ということもあって、エクレアを通じて栗原に連絡すると、公演の日程を繰り下げてギリギリまで様子を見ることになった。

 フェンリルは言った。
 「ところで、前回はさらおうとしてきた奴が今回はいやに協力的だな。」
 ドートンは言った。
 「もう少しのところまでうまく行った作戦なら繰り返すことも有効と言えるが、前回は誰が見ても失敗だった。やり方を変えただけサ。」
 ところで、と言いながらドートンが遠巻きに見ていたジロウに歩み寄ってその腕を手に取って筋肉の張りなどを触診した。
 ドートンは言った。
 「君、ウチで実験体やらないかネ?」
 ジロウは言った。
 「嫌に決まってるだろ。」
 ドートンは眼鏡を光らせながら言った。
 「では、ウチの強化スーツを着てみないかネ?君なら確実に強くなれるよ…?」
 「うっ…!?」
 ジロウはこれ以上にない的確な誘いを受けて思わずたじろいでしまった。
 ランクがノリノリで言った。
 「悪魔の誘いやでぇ、暗黒の戦士が誕生してしまう!どうするジロウ!」
 ジョンが顎に手を添えて言った。
 「スーツによる強化か。悪くはないかもね。プロフェッサー、私の分も用意できるかい?」
 意外な所から暗黒の戦士が誕生したことに一同は衝撃を受けた。
 ドートンは言った。
 「御安いご用サ。…後出しで悪いけど、一応、スーツを使った時のデータとかは取らせてもらうよ。何せ実験だからネ!」

sec.60 - 灰色ビー玉

2018/06/13 (Wed) 13:46:51

 引き続き、魔獣車内リビング。
 ランクが疑問を呈する。
 「強化スーツって、フルフェイスの兄ちゃんが着てるあれやろ。そんなすぐに出来上がるもんなんか?採寸とかあるやろ。」
 ドートンはふんぞり返って言った。
 「僕は天才だからネ。」
 ランクは顔をしかめながら言った。
 「もっと具体的に説明せぇ。」
 ドートンはふむと一息入れてから言った。
 「僕ほどの天才になると見ただけで相手のサイズや体重が判別できてしまうのサ。」

 数秒後、ドートンは目隠しをされた上で縛られて天井に吊るされていた。
 ランクは言った。
 「思ってたより乙女の天敵やったなこいつ。」
 ドートンはあくまで冷静に言った。
 「こんな真似をされる謂れはないよ?」
 ランクは言った。
 「うっさいわ、見てるだけでセクハラしてるようなもんやで。」
 そのまま、持っている刀の鞘でドートンを突っついた。ギシギシと縄を軋ませながらドートンが空中で揺れる。
 ドートンは告げる。
 「そもそも今さら目隠しをしたところで遅かろう。」
 ランクは言った。
 「気分の問題や。ちなみにウチのデータを外に漏らしたら…頭に風穴が空くで。」
 ドートンは少し考えてから呟いた。
 「上から…」
 「あーっ!ああーッ!!」
 ランクは大声で叫んで彼の台詞を打ち消した。

 結局、吊るした本人がドートンを地上へ下ろした。
 ドートンは目隠しを取りながら言った。
 「とにかく、そういうわけで採寸の方は問題ない。ただ、今まで生きる屍たちにしか装着させてこなかったスーツを生身の人間が着た場合の違いを、データとして収集できるのであれば良い機会だと思ってね。」
 キラリが軽やかにドートンの傍に歩みよりながら言った。
 「ち、な、み、にぃ…エクレアさんのバストのサイズはいかほどでしょう?」
 ドートンは若干引きながら言った。
 「それを僕に聞くのかネ?」
 キラリは待望の眼差しを彼に送った。

 ドートンはキラリに耳打ちした。
 キラリが声をあげる。
 「おほほ、そんなに…ファンタジーですね。」
 皆の視線がエクレアの方へ注がれる。
 エクレアは言った。
 「みんな俺が男だからってナチュラルにセクハラするのはやめよーよ!」

 ジロウがマックスに近づいて言った。
 「エクレアさんが男である事について何かコメントはありますでしょうか。」
 マックスは腕を組むと言った。
 「何か問題でも?」
 ジロウはマックスから身を引きつつ言った。
 「こいつ…。」
 マックスは続けて語る。
 「好きになった奴が幼女ならロリコン、母親ならマザコン、男なら…。…お前の好きだという気持ちはその程度で揺らぐものなのか?」
 ジロウは一度とはいえ、四人の少女のために命を散らした男の中に一種の狂気を感じた。

 サイズを調整したスーツを取りに戻るためにドートンたちは一度、魔獣車を出る。
 出入り口付近で、ラグナ少年が待ち構えていた。
 ドートンは言った。
 「竜種と唯一適合できた検体。名を確かラグナロクとしたものだったな…。」
 少年は真っ直ぐにドートンを見つめる。
 ドートンは言った。
 「そう怖い顔で見てくれるな。どうしても許せないというなら、僕の首を狙ってきたまえ。ま、簡単にはくれてはやらんがな。」
 そのまま、少年に背を向けて魔獣車から出ていった。
 マックスがそんなドートンの背中を見送る。
 ラグナが口を開いた。
 「博士に伝えといて、ランクお姉ちゃんのバストサイズ一センチ間違えてるって。」
 マックスは無言で頷くと、去っていったドートンを追って歩き去った。

sec.41 - 灰色ビー玉

2018/06/03 (Sun) 23:08:27

 大陸横断鉄道発着駅に突如姿を現した青いローブマントに身を包んだ男。
 男は自分の声を風に乗せて拡声して言った。
 「第一回チキチキ皇帝の使者は誰だ大会~。」
 第二回が開かれるとも思えない催しが始まった。


 ざわざわと周囲の人々がざわつく。
 「魔術師イワトビだ…!」
 「え?チキチキ…何…?」

 魔術師の傍らにいるユキコが言った。
 「現時点で相棒が既にいない方はお帰りください。使者は二人と聞いてますし、現時点で相棒をなくされるような方は以後の戦いで死にます。あ、それと最初から独りだったり、三人以上で組んでる方もお帰りください。そもそも趣意を理解できていませんので。」

 数名がそう言われて素直に帰り始める。

 一人の男が慌てた様子で言った。
 「待て!一人しか残っていない者が本物だったらどうする!」
 魔術師は冷淡に告げた。
 「それならまだ偽者の方が役に立つ。そういうことです。」

 一人が憤慨して近寄る。
 風の尾がそれ以上の接近を阻む。
 憤慨した男が叫んだ。
 「貴様らが選り好みできる立場だと思っているのか!?恥を知れ!」
 結局、怒り散らした男は衛兵に連れて行かれた。何にせよ彼も脱落。


 ユキコと数名のヌメが、相方は現在トイレに行ってるから一人であるとか、弁当を買いに行ってるから一人であると説明する使者候補の応対をする。

 魔術師は続ける。
 「そこの棺桶を引きずっている君と、サンドバッグでいいのかな?を背負っている彼、こっち来て話を聞かせて。」

 魔術師は、一見すると一人に見える棺桶を引きずっている男とサンドバッグを背負っている男を呼び出して事情の説明を求める。
 棺桶を引きずってる男はくそ暑いのに黒い司祭服を着用している。イワトビのローブマントといい勝負だ。
 棺桶の男が言った。
 「この棺の中に入っている。」
 魔術師が棺桶を見ながら言った。
 「開けていい?」
 男は首を振って小声で言った。
 「感光する危険がある。」
 魔術師は闇の尾で辺りの光を弱めてから言った。
 「これなら?」
 棺桶の男はしぶしぶ了解した。
 棺の中に入っていたのは武器弾薬だった。幻想帯内なのでまったく役に立たない。
 魔術師は淡々と言った。
 「お帰り願います。」
 男は舌打ちしてその場を後にした。

 次にサンドバッグを背負っている男の応対をする。
 魔術師は言った。
 「まさかとは思いますが、その中に貴方の相棒がいるということでしょうか。」
 男は一切躊躇せずに言った。
 「そうだよ。俺の師匠が入ってる。」
 魔術師もまったく動じずに言った。
 「中身を見せてもらっても?」
 「どうぞ。」
 彼がサンドバッグの紐を解いて中身を見ると赤黒い何かが中で蠢いていた。
  魔術師はもう一度質問した。
 「師匠のような何かではなく…師匠?」
 「はい。」
 一応、人らしきものと一緒にいるからセーフ?いや、むしろアウト寄りのアウトだ。
 だが、残ってもらった。

 ようやく、二人組で来てた人々と、事情をユキコに説明した人たちだけ残った。

 魔術師は残った人々を見ながら言った。
 「まだこれだけ残っているのか…。」
 このまま大陸横断鉄道に乗り込むとして何人の人間が犠牲となるだろうか。

 その時、生真面目そうな男が進み出て言った。
 「もう止めよう。」

 魔術師は表情を変えない。

 生真面目そうな男は訴えかけるように言った。
 「本当に皇帝が二人の使者を送ってくると思っているのか?」

 男は周りを見渡しながら言った。
 「こいつら全員、お前たちを殺すために雇われた殺し屋、賞金稼ぎ、傭兵だぞ。」

 魔術師は言った。
 「それでも俺たちは究極帝国を目指すさ。」


 目の前の男が鞘から剣を抜いた。
 男は言い放った。
 「お前たちの冒険はここで終わるんだよ。」

 それを合図にその場に集まっていた人々が一斉に武器を構えた。荒事が始まる気配を察した人々が発着駅の外から続々とやって来る。


 魔術師はユキコの方を見る。
 ユキコの傍には数名のヌメが油断なく控えている。このまま始めても問題はなさそうだ。

 魔術師は言った。
 「皇帝もまさかうわべだけの言葉が実を持つことになるとは思うまい。」
 魔術師の周りに風が吹き、火、水、風、地、雷、氷、光、闇の八つの尾が顕現する。
 周りから殺到する人々を八つの尾が次々と打ち倒していく。

 発着駅の出入り口から棺が飛んできて床を砕いて着弾した。着弾地の周囲にいた人々が吹っ飛ばされる。
 棺をぶん投げたのは先ほどの黒い祭司服の男だ。
 男はガシガシと髪を乱すと叫んだ。
 「いい加減起きやがれ我が神!!」

 その叫びに呼応するかのように棺が独りでに開き、中から銃器や弾薬が飛び出して黒い司祭服の男の周りを浮遊し始めた。
 幻想帯にて力を失っていた銃器が神秘を得て息を吹き返す。信心深い者の目には男の背後にうっすらと女神の姿が映っただろう。

 黒い祭司服の男は語る。
 「我が神は言った、アルバトロス騎士団に助力せよと。」
 男は浮いてるショットガンを片手でもぎ取ると、そのまま向かってくる相手に発砲した。

 魔術師が群がる敵をなぎ倒しながら、黒い祭司服の男に迫る。
 魔術師は問う。
 「君が共に戦う理由はそれか?」

 黒い祭司服の男は浮いてるダイナマイトに火をつけて投げた。数秒後、けたたましい爆発が発着駅で巻き起こった。
 男は嬉々として言った。
 「俺がそうしたいと思ったからだァ!我が神は関係ねぇ!」
 その返答に背後の女神様が軽くショックを受けているように見える。
 「俺の名はロナ・ブラッド。覚えておけ魔術師ィ!」

sec.42 - 灰色ビー玉

2018/06/04 (Mon) 12:44:34

 その日、城塞都市ナイトメアから、サラダス公国に究極帝国より貸し与えられていた超兵器ディアボロスが発車した。
 大陸横断鉄道の上を行くように設計されたそれはさながら移動する要塞。
 表向きはアルバトロス騎士団の暗躍や、反乱のひよこの蜂起により、不安定化したフェニックスやスコーピオンの実効支配安定のため。
 だが、真の目的はそれらの先、支配権を失ったライジングや独立したレオ・ガルディア、アルバトロス騎士団を擁する小国を地図から消し飛ばす勢いで攻撃に出るためであった。

 同時刻、主の危機を察した魔獣ヌメが各地から姿を消す。後に第一次決戦と呼ばれる戦いは水面下で静かに進行しつつあった。


 一方、一度火蓋を切られた大陸横断鉄道発着駅は地獄の様相だ。
 この場に集まっていた者共は数の暴力でアルバトロス騎士団を一方的に殺戮できると思っていた。何故なら、これだけの戦力があればダンジョンをBOSSごと倒してもおつりが来る総数だったからだ。

 しかし、一度蓋を開けてみれば戦場で巻き起こったのは質による一方的な蹂躙であった。

 雇われた殺し屋、賞金稼ぎ、傭兵たちは究極帝国の有力者を名乗る者から、それぞれ金で雇われており、アルバトロス騎士団の誰かを倒すごとにボーナスが出る契約だ。特に、団の長であるジャッジ、噂でしかないが所属しているらしいコード0、BOSSを単独撃破したことになっている魔術師イワトビ、何故か大半の情報がトップシークレットである半魔のユキコなどが高額に設定されている。
 ちなみに、ファティマの死はそのまま争乱の終結を意味するのもあってか、スパルタクスの首の値段と同額である。今のところ仲間内では最高額だ。


 魔術師イワトビとロナ・ブラッドが暴れまわる傍らで、ヒロシ・サトーとジョン・スミスは背中合わせで回りの敵と向かい合っていた。
 ヒロシは忍者であり、ジョンは某国のスパイ。ヒロシがクナイを投げて迫る賞金稼ぎを倒す。ジョンがアクション映画さながらの殺陣で並みいる敵をぶっ飛ばす。
 ジョンが背後の忍者に言った。
 「我々は彼らに味方していいのか?混乱を助長しているだけでは?」
 ヒロシは言った。
 「ジョンさんがアルバトロス騎士団は悪だと思ったら寝首を掻けばいいよ。」
 ジョンは襲いかかる殺し屋を投げ飛ばしながら言った。
 「よしてくれ。少なくとも彼は母国の独立を助けた英雄だ。」
 ヒロシが手で印を組むと彼の姿が複数に分身、一人残して全員で目の前に迫る敵に立ち向かっていった。
 一人残ったヒロシが呟く。
 「英雄の最後なんて大抵悲劇的なものさ。」

 一方、背中に背負ったサンドバッグを師匠と称した拳闘士の男は並み居る人間の影から影へ移動し、素早い動きで相手の首に手刀を打ち込んで意識を刈り取っていた。
 あまりに動きが洗練されているのか、戦いというより作業に見えるほどだ。

 しかし、一人の女性が放った回し蹴りが、そんな男の動きを止めた。
 男は回し蹴りをスウェイして避けたが、女性はその動きにぴったりついて行って素早いジャブを繰り出す。二三度拳を互いに交わしあった男女はバックステップで距離を取った。
 女性は構えを解かないまま質問した。
 「…もしかして、味方?」
 迫り来る敵を裏拳で叩き落としながら男は言った。
 「アルバトロス騎士団の、という意味ならそうだ。君は?」
 お互いに、互いの背後に迫っていた敵をぶっ飛ばす。
 女性は着地しながら言った。
 「私はキラリ。」
 サンドバッグの男は自分の影に沈みながら言った。
 「俺のことは弟子とでも呼ぶといい。」

sec.43 - 灰色ビー玉

2018/06/04 (Mon) 23:04:51

 大陸横断鉄道発着駅での戦闘はほどなくして終了し、現在は戦後処理中。

 複数のヌメが戦場を見て回り治療の優先順位を決め、放っておくと死亡しそうな重傷者から治療を始めた。
 キラリが治癒術の専門家だったのも手伝ってか、治療の方は順調に進んだ。
 また、死亡して手遅れであった者は一ヶ所に集められ、魔術師の翼の巫女としての蘇りの力や、九尾最後の尾である命の尾の力で次々に蘇生されてから治療に回された。

 治療作業には多くの人手が必要だったので、ファティマとその防衛隊たちも呼んできて手伝わせた。
 ファティマはキラリ同様に治癒術が使えたので大いに貢献した。彼女に治療された賞金稼ぎが涙ながらに自分のしようとしていた事を悔いていた。

 無論だが、治療費や迷惑料と称して貰うものは貰う。現金での支払いが不可能な人は後日支払って貰うか、装備していた武器などを料金分取り立てた。
 ここまで規模が大きくなってくると団の運営にもお金が必要になってくる。慈善事業とはいかぬのだ。

 日が落ちる頃にはあれだけ居た傭兵や殺し屋、賞金稼ぎなどはほとんどいなくなっていた。残ったのは戦闘時にこちらの味方をした新顔と途中で合流したファティマとその防衛隊、そしてユキコとヌメ、最後に魔術師だ。

 お互いに自己紹介しておく。
 今回加わった新顔はどれも癖が強い。
 その上、栗原や魔術師などを除けば元から居たメンバーより戦闘力も上だろう。
 元から居たメンバーが発展途上だとしたら、今回加わった新顔はそこそこ鍛えられたベテラン揃いと言った所、戦闘力にも差が出るのは当たり前だ。

 でかい戦いが迫っているのを感じる魔術師にとっても、即戦力として使える人員の加入は嬉しい限りだ。ただし、無条件で迎え入れていいわけではないが。

 襲ってきた人々を治療させたのも、そういう人となりを見る意味もあった。結果としては受け入れがたい人員はいないように思えた。


 治療のために用意した簡易テントや設備を撤去し終わり、暇になったヌメたちが戦闘で破壊された駅の修復作業をしているのを手伝っているとそれは来た。

 テンガロンハットを被り、カウボーイ然とした服装をしたサボテン男、カクタスキッド。
 砂漠の町の担当BOSSだ。
 彼には、砂漠の町の平和を、その町の衛兵たちと守って来た矜持がある。
 胸に輝くシルバースターがその証拠だ。
 駅の出入り口から現れて、テンガロンハットの位置調整をしながら辺りを一瞥した。
 カクタスキッドは拍手しながら言った。
 「あれだけの荒くれ者共をどうやって退治するのかと見ていたが、なかなかやるものだなアルバトロス騎士団。恐れ入るよ。」
 物腰や評判からレッドアップルと類似する人間と仲良くできるタイプの魔族と思われるが油断はできない。
 魔族は高度な知能を持つがゆえにそれを演じて周りを油断させることもあるからだ。

 カクタスキッドは身構える騎士団に対して語る。
 「そう固くならないでくれ、とは言いづらい雰囲気だな。これは、この町でペン十郎を撮影していた人たちから撮影に協力した礼として教えてもらった情報なのだが…。」
 撮影した内容はペン十郎vsカクタスキッド。よくある最後には共闘する対決モノだ。
 魔術師は映像化したら是非見たいと思った。

 カクタスキッドからもたらされた内容は一度火を吹けば国が消し飛びかねない超兵器がこちらに向かっているかもしれないという情報であった。
 情報を流した方からすれば事前に知らせておいて、受け入れ体制を整えて欲しかったのだろうが、カウボーイの怒りの琴線に触れたようだ。
 カクタスキッドは言った。
 「オイラは罪もない人々が住まう町が消し飛びかねない事態を指を加えて見ていられるほど暢気しているつもりはない。アルバトロス騎士団、俺も仲間に入れてほしい。」

 ジロウの左手甲に刻まれた蜘蛛の印も何か思うところがあったのか、彼はカクタスキッドにずかずかと歩み寄るとその手を取って言った。
 「俺の名はジロウ!カクタスキッド、一緒に頑張ろうぜ!兄貴には俺からもお願いしておくからよ…。」
 カクタスキッドは困惑したように言った。
 「あ、ああ…よろしく頼むよ…?」

sec.44 - 灰色ビー玉

2018/06/05 (Tue) 12:21:14

 城塞都市ナイトメアを出発した移動要塞ディアボロス。一度、火を放てば名前の通り悪魔のような力で敵を討ち滅ぼすという。

 その前方に立ちふさがる超巨大ヌメ。
 各地から集合したヌメが合体してこの大きさになった。ディアボロスと正面からぶつかってもひけをとらないパワーを持つに至っている。


 移動要塞の最深部に設けられた指令室。
 司令官とおぼしき少女が、外の様子を伝令から伝え聞いた。
 少女は姿勢を崩し頬杖をつくと言った。
 「逃げずに真正面から挑むかアルバトロス騎士団。その心意気は買おう。だが、何だそれは?巨大なナメクジ?それでこの要塞に挑もうと言うのか。なあ、オールド、どう思う?」
 オールドと呼ばれた男は、眼鏡の位置を調整しながら言った。
 「どうもこうも、このまま戦えば負けるのはこちらですな。」
 「ふえぇ…!?」
 司令官の少女の雰囲気が崩れる。
 オールドは顔は笑っているが雰囲気は笑っていない。
 彼は続けて言った。
 「そもそも国際的に認められてない領土を魔物を使って実効支配とかアホかと。この戦いでそれら領土から軍を引き払ってうまく講和に持っていく算段をしないと次に持ってかれるのは本土である城塞都市ナイトメアです。」
 「ふえぇ……。」
 だが、それができれば苦労はしないのだ。
 わざわざ移動要塞ディアボロスまで貸し与えられている以上、敵と仲良く講和などしようものなら次に究極帝国に狙われることになるのはサラダス公国であろう。


 超巨大ヌメの頭部。
 巨大になった分、生えている体毛でふっさふさのモフモフしている。
 先ほどから動きのない移動要塞。上層部が混乱しているのだろうか。
 青いマントを羽織ったペン十郎が、その様子を双眼鏡で望みながら言った。
 「なんか当初の予定と違うな。相手に動きがない。」
 その傍らには対幻想帯加工が施されて動けるようになったR01が三角座りで待機している。


 再び要塞最深部の司令室。
 メンタルブレイクから立ち直った少女が現状を統括する。
 「つまり、究極帝国かアルバトロス騎士団のどちらにつくか、この場で決めよ。と、そういう事か…。」
 オールドは無言で頷いた。
 ピンと来た少女が言った。
 「言いくるめられそうになっているが、これって売国行為ではないか?背信だぞ。」
 オールドが眼鏡をくいっと上げる。
 彼は内心イライラしているのか語調が強い。
 「売国…?もっと早い段階で講和に持ち込めていたらこちら十分で交渉できたものを売国ですと…?」
 「ヒェッ…!」
 少女は、側近のあまりの迫力に少し漏らした。


 対峙する巨大ヌメと移動要塞ディアボロス。
 同要塞からデンデンデンデン…とドラムロールが聞こえ始めた。
 徐々にせり上がっていく旗。
 ジャーンとシンバルが鳴り響くと、此方からでもよくわかる巨大な白い旗が要塞の天辺で風を受けてなびいていた。

 ペン十郎は双眼鏡で旗の色を二度見してからそばに控えていた黒猫に質問した。
 「白旗…?サラダス公国では開戦時に白旗を掲げるのか?」
 黒猫は言った。
 「白旗は古今東西降参を意味するわ。宇宙人は違うかもしれないけど。」
 ペン十郎は呟いた。
 「何があったんだ…?」
 黒猫は言った。
 「英断だと思うわ。後の世では売国奴と罵られるでしょうけどね。」

 何にせよ。
 こうして第一次決戦は、始まる前から意外な形で終わりを迎えたのであった。

sec.45 - 灰色ビー玉

2018/06/05 (Tue) 21:32:37

 一大決戦を前にヤル気満々、一部団員にいたっては前日に大暴れしたのもあってアルバトロス騎士団は盛大に肩透かしをくらった。
 これも戦術の一つだとするなら、なかなかの奇策だ。


 アルバトロス騎士団には何の権限もないので、そもそも話し合いの場に呼ばれるのもお門違いであったが、現地が幻想帯内ということもあって、呼べばすぐに集まれるというわけでもないし、連絡を取るにもまずは手紙を出すところから始めなくてはならない。


 よって、要塞が白旗を掲げた直後に、アルバトロス騎士団は同要塞に来るようにと使者から呼び出しがあった。
 当然だが騙し討ちを疑うのが普通だ。

 相手が白旗を掲げてから伏兵として各所に配置されていた団員も一ヶ所に集まっていた。
 現在地は超巨大ヌメの麓だ。
 足元がウォーターベッドのように沈み込む。

 カクタスキッドが言った。
 「まさか、戦う前から降参されるとは…。」
 振り上げた拳の振り下ろし先が無くなってしまった。

 ランクが言った。
 「要塞に来いってんなら、行ったらいいんとちゃう?元々乗り込む気だったんやし。」

 ヒロシが言った。
 「元の計画では奇襲気味に乗り込んでいって暴れまわる算段だったから、呼ばれて行くのとではちょっと違うね。」

 ジョンもヒロシの意見に賛同する。
 「そうだな。白旗が嘘であった場合、万全の相手の懐に飛び込む事になる。それはまずい。」

 この状況で相手が本気で降参していると見抜けるものはそうはいなかった。


 ポンと一人の女性が両手を合わせて言った。
 「そうか!そうですよ。オールドさんです。」
 キラリはそう言いながら一人で納得している。

 弟子が首を傾げながら言った。
 「そのオールドなにがしとは?」

 キラリは微笑みながら言った。
 「私が森から出てくる前に会った人で外に興味を持つ切っ掛けになった人です。」
 それが今回の白旗と、どんな関係があるのかさっぱりわからない。
 キラリは思い出したのか続けた。
 「ブリュンヒルデさんが毎日持ってきてくれてた新聞でジャッジ、コード0って名前を見てビビっと来ました☆これは何かある、私は森を飛び出しました。」
 青いマントのペン十郎は頷きながら言った。
 「それが君が共に戦う理由だね。」


 結局、相手が降参に至った経緯がわからぬまま、一団は要塞へと踏み込んで行った。
 不安なら残ってもいいぞとペン十郎が言い残したが、残されても暇であるため、結局は全員がのこのこと出向いていった。


 しばらく進むと、サラダス公国の幹部連を引き連れたオールドが一行を出迎えた。
 オールドは深々とお辞儀しながら言った。
 「御待ちしておりました。」
 キラリが駆け寄る。
 「オールドさん!」
 オールドは動じずに応対する。
 「おや、キラリさん。お嬢様から森を出られたと聞きましたが、まさかアルバトロス騎士団に…奇縁ですな。」
 ペン十郎が辺りを見回しながら言った。
 「ブリュンヒルデは何処だ?そっちの総大将だろうに。」
 オールドは言った。
 「お嬢様はお着替え中です。ジャッジ・ザ・アルバトロス殿はこちらへ。皆様は幹部連と交流を深めて頂きたく、あちらへどうぞ。」


 来賓歓迎用の広いスペースにペン十郎と黒猫を除いたメンバーが通され、向かい側に公国側の幹部とおぼしき少女たちが座った。
 少女の一人、犬耳を頭から生やしている少女がカクタスキッドに向かって言った。
 「カクタスキッドぉ!てめえ、何でそっち側に座ってやがる。」
 カクタスキッドは動じずに返した。
 「カウボーイとしての矜持のためだ。」
 すぐ傍のキラリがカクタスキッドに質問する。
 「どういう関係?」
 カクタスキッドは首を傾げた。
 「どうもこうも、私は砂漠の町の担当BOSSで彼女は一幹部ってだけさ。」
 それを聞いて犬耳の少女がガタッと立ち上がる。何やら非常に焦っているように見える。
 犬耳の少女は言った。
 「…命拾いしたなアルバトロス騎士団。私の名前はフェンリル。自慢の爪を披露する機会を逃したぜ。」
 弟子がフェンリルと名乗った少女を見ながら言った。
 「確か、人狼の弱点は銀…。」
 ヒロシが言った。
 「銀製の武器なら幾つかありますよ。」
 ロナ・ブラッドが天井を見上げながら呟いた。
 「人狼やるには銀の銃弾がいい…。」
 フェンリルの額に緊張からか汗がにじむ。
 「私は神獣フェンリルだぞ!そこいらの人狼と一緒にするな!」
 音もなく近寄っていたファティマが、置いてあった銀製のフォークでフェンリルのお尻を優しく突いた。
 「あァアァーッ!?」
 弾かれるように飛び上がったフェンリルはそのまま、天井、壁、床を跳ねてから部屋の隅で縮こまってブルブルと震え始めた。
 ファティマはふんすと鼻から息を出すと言った。
 「効果は抜群ね!」
 流石に不憫になったカクタスキッドはフェンリルを慰めに向かった。

sec.46 - 灰色ビー玉

2018/06/06 (Wed) 01:18:02

 カクタスキッドが何とかなだめすかしてフェンリルは再び席についた。
 カクタスキッドは戻ってきて殺伐とした思考が抜けきらない男子に小声で注意した。
 「これはあくまで楽しい会食なんだから、君たちも少しは言葉を選んでほしい。」
 注意を受けた男子たちは小さく頷いた。

 だが、お互いに得意なことは戦うことの両者。会話が進むのはどうしても荒事方面となる。

 先にジョンが口を開いた。
 「互いの手の内をさらけ出すのも、君たちの司令がどうして戦わずして敗けを認めたのか、考察する材料になるとは思わないかい。」
 ジョンはあくまでも会話を盛り上げるためにそう言った。

 寡黙な少女が手を上げて言った。
 「私はアルカード。」

 真っ先に反応したのはロナ・ブラッドだ。
 彼は嬉しそうに言った。
 「吸血鬼か。パワースピードタフネス、どれを取っても申し分のない相手だァ。」

 アルカードと名乗った少女はロナを見ながら言った。
 「負けない。」

 ヒロシも負けじと語る。
 「吸血鬼の弱点は太陽光か流水かな。要塞内となると、どちらも用意するのは大変だね。僕の場合、水遁の術で水は出せるよ。」
 そう言って、巻物を一つ取り出した。

 アルカードは無表情で呟く。
 「それはまずい。」

 弟子が片手を光らせながら言った。
 「この光を太陽光に近づけることも可能だ。」

 アルカードは俯きながら呟いた。
 「私では勝てない…。」

 全身を包帯で巻いた女性が言った。
 「私はミイラ、衛生兵よ。騎士団さんの方で治療を担当するのは誰かしら。」
 ファティマ、キラリが手を上げる。
 弟子も治癒効果のある光を出せることが今回の会食で判明した。


 ユキコが疑問に思った事を口にした。
 「皆さんの中にドラゴンさんはいないのですね。」

 フェンリルがナイフとフォークの動きを止めてから言った。
 「居たらしいって話は聞いたな。少年が一人、脱走したみたいだけどな。」

 何故か男性の脱走率が高く、現在の幹部に少女しか残っていない一因らしい。


 ジョンが先ほどの話の流れを続ける。
 「君たちは不自然なほど少女しかいないけど、それはどういうわけだ。」

 アルカードが呟く。
 「帝国との長い戦いで親が死んだ。私たちは孤児。」
 帝国に吸収される前の話だ。

 ユキコが首を傾げる。
 「貴方たちが半魔であると言うなら全員、目が赤いはずです。」

 ミイラが伏し目がちに言った。
 「私たちは全員、元人間よ。魔物と人間を混ぜ合わせる研究、その結果が私たちなのよ。」

 流石の事実判明に皆の手が止まった。


 ランクが会話を続ける。
 「その研究施設はまだ残っているんか。」

 ミイラが首を横に振った。
 「当時はまだ究極帝国の将軍だったスパルタクスと、その部下であり伝説の軍人と称されるキャプテン・マスター大佐、そして、オールド・オメガ様の手によって施設は壊滅したわ。」

 フェンリルが腹立たしげに言った。
 「当時の主任研究員だったドートン・クヲンには逃げられたがな!」


 アルカードが呟く。
 「その時、私たちと共に施設から助け出された。」

 ランクが言った。
 「誰がや?」

 フェンリルが言った。
 「ブリュンヒルデの事だろ。」

 原初の魔王レヴレト。
 魔界を創造したというその魔王の力を模倣することに成功した唯一の実験体。
 それがブリュンヒルデであるらしい。

sec.47 - 灰色ビー玉

2018/06/06 (Wed) 21:16:57

 重要な話し合いはオールドと黒猫に任せて、ブリュンヒルデとペン十郎は少しはなれたソファーで向かい合っていた。
 ブリュンヒルデは言った。
 「原初の魔王の模倣なんて言うと、物凄いことのように聞こえるけど、ようはこういう事よ。」
 彼女はそう言いながら片手に真っ赤な薔薇を召喚した。真っ赤な薔薇は、現れた瞬間から光の粒子になって消滅していっている。
 「込める魔力を増やせばもっと長い間、留まってくれるわ。」
 ほどなくして真実の愛は光の粒子に変わって儚く消えた。

 ブリュンヒルデは言った。
 「この能力が発展していったら、いずれはレヴレトのように世界が作れるらしいわ。それは何時の事かしらね。」
 ペン十郎は腕を組んで話を聞いていたが、事も無げに言った。
 「世界を作るだけなら今すぐ可能だ。」
 その答えには流石のブリュンヒルデも目を見開いた。
 ペン十郎は語る。
 「まずは頭の中、想像するだけなら紙もペンもいらない。そこでの俺は何時だってヒーローにも勇者にもなれる。世界一の美少女だって俺に一目惚れさ。」
 ブリュンヒルデはあまりに滑稽な返しに、大笑いしてから言った。
 「それは詭弁よ、貴方。…でもそれなら誰だって今すぐにレヴレトになれるわね。」


 その様子を、話し合いを少し中断してオールドが静かに見つめる。
 黒猫が問うた。
 「珍しいものでも?」
 オールドは言った。
 「研究所の人間のようにお嬢様を怖がらせることは出来ても、あのように笑わせることはできませんでしたので。」
 黒猫はしゅるりと尻尾を動かして言った。
 「今までの貴方の献身あってのものよ。誇っていいわ。」
 オールドはにこりと微笑むと言った。
 「ありがとう。貴方は優しいのですね。」
 黒猫はつーんと澄ましながら言った。
 「あら、褒めたって講和の条件は緩くはならないわよ。」
 オールドは苦笑しながら話し合いに戻った。


 話し合いで決まった内容は、後日、浮遊都市フェニックスを経由し、文明の利器を使って各国に届けられる。
 幻想帯内にある国には書簡が別途で送付される模様。
 栗原が言っていたが、講和の条件はあれでほぼ決まりらしい。実際に人的被害の出ているレオ・ガルディアや小国は渋るであろうが、蘇生の機会を逸している死者は戻っては来れない。命に値段がつけられないとはいえ、他に償いようがないとなれば、被害の規模に応じての賠償額を支払う他ない。

 オールドの思惑通り、サラダス公国自体の領土や国の仕組みにはノータッチとなった。
 これに関しては、後の世に争いの火種を残すのではという各国の批判はどうあっても免れない。今後のサラダス公国の政治的な努力に期待するしかない。


 城塞都市ナイトメアの門が開き、同都市内を移動要塞ディアボロスが進んでいく。
 要塞の行き先は、反対側に位置するもう一つの門。大陸横断のレールは悪夢の都市を越えて更に先へ。
 表向きは、貸し与えられていたディアボロスの返還だ。
 講和の条件として、各国に分割払いすることになった賠償金が毎年の国家予算に計上され、今までは払えていた要塞のレンタル料を支払えなくなったからだ。
 だが、真の狙いは別にある。
 各国の実効支配を止め、協調路線を進み始めたサラダス公国を、究極帝国の攻撃から逸らすためだ。
 表向きの理由があるとはいえ、一度火を吹けば国を消し飛ばす物体が自国を目指して進んでくるのだ。正常な人間であれば気が気ではあるまい。
 また、表向きとも裏の目的とも違う第三の目標がオールド・オメガにはあった。

 後日、彼は黒猫に向かって頭を垂れていた。
 「経済を…経済を潤したいのです。」
 綺麗事をのたまうにもお金がいるのだ。
 移動要塞が究極帝国へたどり着き、同帝国に返還されるまでの間、要塞内のスペースを利用しての経済対策が早急に必要であった。

sec.48 - 灰色ビー玉

2018/06/07 (Thu) 02:46:28

 後日、再びサラダス公国に呼び出されたアルバトロス騎士団。
 実質の舵取り役であるオールド・オメガに頭を下げられて経済の充実に助力するよう頼まれたのであった。

 黒猫は語る。
 「貴方のところの国民は皆勤勉だしよく働くわ。貴方が自国の領土で展開している方策も悪くないし。各国への賠償を兼ねながら国を運営していくには十分なはずよ。毎年の支払い額もその点を考慮して決めたもの。」

 オールドは下げた頭を上げずに言った。
 「平和を愛するという寛大な心は豊かな経済環境という温室があってこそ育ちます。現状の収益では賠償を支払いきるまで果てしない上に長い戦いで疲弊しきっていた頃とさしてかわりありません。」
 ちなみに、経済環境が究極帝国と戦っていた頃とたいして違いがないというのは言い過ぎである。
 相手から返事を引き出すための方便だ。

 嘘だとわかっていても話は続ける。

 困ったように黒猫は言う。
 「…もう、そうやって頼み込めば何でもやってくれると思っているわね。私たちは何でも屋ではないのよ。」
 栗原としては、小国の収益を下支えしていたという実績はあるものの、その時のノウハウがそのまま通用するような案件ではなかった。

 黒猫がここまで返事を渋る以上は容易な事ではないのだなと、ペン十郎は端から見ていて思った。
 ペン十郎はその上で聞いた。
 「具体的には何が起こる?」

 黒猫は信じられないという顔してから、ペン十郎の目を覗き込むようにして告げた。
 「貴方とユニーが死ぬ。」


 構想ほぼ一瞬、準備期間約一ヶ月の大プロジェクトが始まった。


 引き受けた以上は全力を尽くす他ない。
 サラダス公国があげた利益は、賠償という形でそのまま周辺各国の利益にもなる。一方的に押し付けられたとはいえ悪い話ではないのだ。

 城塞都市ナイトメアから、たった数キロ先にある生い茂る森。通称、キラリの森。
 この世とあの世の境目が曖昧になるというその森は死した魂と再会できるという謂れがあり、実際キラリ曰く、森をさ迷っているとガチで死んだ人と会えるらしい。
 そんな森の奥深くには、キラリの格闘術と治癒術を鍛え上げた集落が存在するようだ。

 そんな森に入ってすぐのレールの上に移動要塞ディアボロスは待機していた。
 返しに行く旅路とは言っても、そんなに急ぐ旅ではないし、そもそも今はその準備の段階であった。

 要塞が待機している傍に、丁度座り心地の良さそうな切り株があり、その上でジャッジ・ザ・アルバトロスが座禅して沈黙していた。
 今回のプロジェクトで重要な鍵の一つが自ら犠牲を買って出た以上は実行する他ない。
 栗原は今まさに極限状態に達しようとしている男を見つめながら、やはり自分の予測に外れはないことを悟った。

 一方、聖獣ユニーは要塞内の一般人を招き入れてもセキュリティ上問題ない領域を空間拡張して広げていた。
 その拡大する総面積は、魔獣車の中身を広げた時とは比較にならない広さだった。何せ、今回は町一つがすっぽり収まる空間を作り出そうとしているのだ。
 しかし、聖獣は今までに無いほど精神が充実していた。脳内で変な物質が過剰に分泌され、全く疲れを知らない。ハイの状態だった。
 ジャッジの様子を見てきた栗原がそんなユニーに声をかける。
 「大丈夫?少しは休んだ方がいいんじゃないかしら。」
 聖獣は溌剌とした気を発しながら言った。
 「僕、くそ雑魚弱虫だから、こういう非戦闘時にこそしっかり活躍しなきゃって…思うんです!!」
 止めても無駄なようだった。
 次の現場に移動するためにふよふよと飛んでいくユニーが振り返って言った。
 「僕に何かあった時は、ファティマさんをよろしくお願いします!」
 栗原は苦々しい笑みを浮かべて手を振った。

 建設などの労働力は超巨大ヌメが分離した無数のヌメに担ってもらって、できうる限りのコストを削減する。

 万が一の時にヌメをコントロールするためにユキコは現地で待機。
 ファティマは護衛のため、同様に現地で待機。
 その他のアルバトロス騎士団員とサラダス幹部連はプロジェクト最後の鍵となる一団を迎えに、始まりの町ライジングへと向かった。

sec.49 - 灰色ビー玉

2018/06/07 (Thu) 14:00:13

 キラリの森から出発し、始まりの町ライジングを目指すアルバトロス騎士団一行+α。
 砂漠を越え、山を越え、森を抜け、草原へとたどり着いた。目標の町はそろそろだ。
 道中、多数の魔獣車が物資を積んでキラリの森方面へと向かっているのを見かけた。

 ランクがその様子を見ながら言った。
 「特需が発生してんねや。ウチも何か商売しとけば良かったわ。稼ぎ時や。」
 ラグナが道行く魔獣車を見送りながら言った。
 「魔獣車護衛の任務とかあるけど?」
 傭兵などがそのような仕事をしている。先日、大陸横断発着駅でぶっ飛ばされた連中もちらほらと見える。
 ランクは小さくため息をつくと言った。
 「それ、ウチじゃなくてもできるやつ。」


 今回のプロジェクトの元本となった資金は、ジロウ、ファティマ、ユキコ、栗原のポケットマネーと、サラダス公国幹部らの懐から少々出ている。オールドとブリュンヒルデの私財は貴族っぽい生活、例として挙げるなら先日の会食などをするために蓄えてある以外は全て国政に対して擲っているので、余裕などあるわけがない。

 日傘を差して歩くアルカードの隣を、ロナ・ブラッドが鎖で繋がれた棺桶を引きずって歩いている。
 何かに勘づいたロナが、魔獣車の一つを引いているヌメに一言断ってから止め、荷車の中身を検分してから出てきた。
 一時停止していたヌメは、荷物を運ぶために再出発して去っていった。
 ロナ・ブラッドはアルカードにだけ聞こえる声量で呟いた。
 「荷物の中に軍用のパーツが仕込まれてやがった。参謀長殿は何を考えてやがる…?」
 アルカードは返答する。
 「移動要塞の要塞部分の改修。」
 ロナは首を傾げながら言った。
 「いいのかぁ?ありゃあ借り物とはいえ、元々はそっちの物だろがァ…?」
 アルカードは視線を動かして言った。
 「諜報員がいる。各国が与り知らぬ案件ではない。」
 ロナがにやりと口を歪めながら言った。
 「承知の上というわけか。きな臭い話だァ…!」


 一方、その諜報員たちは究極帝国側からの探りがないかを警戒していた。
 丁度、魔獣車を護衛していた傭兵からジョンが話を聞き終わって離れた所だった。
 シュタッと何処からともなく忍者が着地する。
 忍者はジョンに気さくに話しかける。
 「やっほジョンさん。そっちはどう?」
 ジョンは肩をすくめながら言った。
 「どうもこうも、こう大規模に動かれては何処かしらに潜り込まれても文句は言えないね。」

 何処からともなく声がする。
 「あら、後で情報部の怠慢だとか言われても知らないわよ。というか、こっち側はスパイ同士が馴れ合う風習でもあるのかしら。」

 ジョンが道端に生えている木に向かって言った。
 「そんな所にいないで君も輪に入らないか?サラダス公国の密偵くん。」

 ズリュリと木の表面が剥がれ落ち、地面に落ちたそれが人の形に変身した。
 新たに現れた第三のスパイは言った。
 「あらら、やっぱり声を出すと位置がばれちゃいますねぇ。」
 ジョンは苦笑しながら言った。
 「誰かに見られているのは最初からわかっていたよ。」
 忍者は笑いをこらえながら言った。
 「君が幹の表面に化けるところをしっかり見てたよ。木の上から。」
 第三のスパイ、スライムの顔が羞恥からボッと赤くなった。

sec.50 - 灰色ビー玉

2018/06/07 (Thu) 22:56:53

 キラリの森、その入り口付近に今は存在する移動要塞。その内部、拡張した空間を含めて、丁度中心地に位置する場所に男は立っていた。
 通常時をはるかにしのぐコンセントレーションを終え、彼史上初となる難関への準備は整った。

 栗原が隠しきれない動揺のようなものを見せながら言った。
 「ねぇ、やっぱり止めにしない?確かにこれが最善で貴方ならきっとやり遂げられると思うわ…だけど…。」
 言葉ではなく仕草でそれから先の台詞を遮る。ユニーがやったのだ。ならば続かねば嘘だと。男のかざされた右手と背中が語っていた。

 栗原は固唾を呑み込んでから口を開いた。
 「女王として命じるわ。二階堂審、その全身全霊をもってやり遂げなさい!」
 言霊が力を持って最後の一押しとなる。
 男の全身からオーラのような気がたぎり始める。触れずとも男の前方に展開する全武装、ジャッジ・ザ・ハンマー、誓いの剣、聖剣ライオンハート、そして九尾村正。それらが絵の具を混ぜるように男の目の前で混ざり合うと、まるで槍のように長い柄を持つハンマーが姿を現した。
 それを確認した男は己の中で練りに練っていたこの世に存在するあらゆるエネルギーをおのが両手に集中させる。
 男の立ち姿にブラックスカルのシルエットが重なり、九尾の尾が広がって閉じ、不死鳥の翼が優しく包み込んだ。
 酷く疲労する男の手に透明の杭のようなものが握られていた。それを中心と教えられていた地点に力の限り打ち込む。固い何かに阻まれて杭は空中に浮いたまま、突き刺さる。
 ほぼ完成形となったハンマーの柄を手に取る。両手に持って振り上げる。
 「あァアぁaアあ!!」
 絞り出すような叫びと共に振り下ろしたハンマーが透明の杭を床にぶち込んだ。
 その地点から回路の線のように四方八方に光の帯が走り、広がり、移動要塞全体を覆っていった。
 全てが終わり、振り下ろしたハンマーが硝子を砕くように消滅。融合が解けた全武装が彼の周りに散らばって落ちる。
 同時に、命を燃やしきった男の膝が崩れ、ゆっくりと地面に倒れ伏した。

 倒れた男に栗原が近寄って声をかける。
 「おい。二階堂…審。」
 返事が返ってこないのは知っている。彼がやったのは世界の法則の書き換え、限定的なものだが、ジロウを大蜘蛛から戻すときに似たようなことをやってはいた。
 だが、今回は町一つがすっぽり収まる面積よりもまだ広い、移動要塞全体におよぶもの。
 今のジャッジ・ザ・アルバトロスなら命を燃やし全力をもってようやく成功する。

 同時刻。
 空間を拡張し終わり、まるで眠るようにして息絶えた聖獣ユニーが発見された。

 予測通り、貴方とユニーが死んだ。

 何かが栗原の頬を伝う。
 「…自分で命令しておいて、私って頭おかしい。」
 頬を伝ったものを拭って立ち上がる。

 立ち上がった栗原の後ろには尋常ではない力の脈動を感じ取って姿を現したユキコとファティマが立っていた。
 二人の少女の様子は尋常ではない。
 「あ…あれ?ま、魔術師様…?」
 「また私を置いていくの…?」

 栗原ははあと息を吐いて言った。
 「とりあえず、運ぶわよ。」


 別の現場で発見されたユニーとジャッジの体をベッドの上に並べて置く。
 栗原が言った。
 「運ぶ時に気づいたでしょうけど、脈は止まっているけど、体は温かいまま、おそらく死後硬直も起こらないはずよ。」

 運ぶ最中、ひきつけを起こしたように泣いていたユキコが真っ赤になった目を拭いながら言った。
 「魔術師様は生きておられるのですか!」
 目のハイライトが消えて虚空を眺めていたファティマの瞳に光が戻り言った。
 「どういうことなのか説明しなさい!」

 栗原は言った。
 「説明するから、まずユキコは顔を洗って来なさい。」

 キラリの森。
 あの世とこの世の世界が曖昧になる環境で死亡したジャッジとユニーは生きてはいないが死んでもいない状態となった。
 計画の遂行に命を燃やすレベルの重労働が必要だと悟った栗原はキラリの森の環境を利用することを思いついたのだ。
 栗原は壁に寄りかかりながら言った。
 「でも駄目ね。まさか、私があそこまで乱されるとは思わなかった。今後は止めましょう。」
 ジャッジが一応無事だとわかったファティマとユキコは先ほどから栗原の体にギュッと抱きついている。
 三人とも気持ちは同じだった。

sec.31 - 灰色ビー玉

2018/05/30 (Wed) 11:49:13

 司祭から聞いた話を要約する。

 聖なる炎に焼かれて服が燃え残ったということは、その力を身に宿す資格があったということらしく、いずれは不死鳥としての蘇る力や、火の鳥としての火の力に目覚める可能性があるという。

 遠い昔より、それらは翼の巫女と称され、浮遊都市フェニックスに多くの恩恵をもたらしてきたそうだ。

 着火できる程度の火種なら既に発生させられるので、その火の力が今後強まっていくのかもしれない。


 フェニックス神殿から出て、帰路につく。
 神殿を出るころには日が傾き、空は夕焼け色に染まっていた。
 エクレアが傍にいるユキコに言った。
 「そろそろ帰ろっか。」
 ユキコは元気よく返事した。
 「はい!」


 帰りの道を歩きながら会話する。
 流石にぱんつが燃え尽きている状態で泳いで帰る気にはならない。ただ、水中を歩く時のように、歩行の際に多少の抵抗があり、こだわりがないのであれば浮遊都市で移動する際は泳ぐ方が速い。ただし、泳ぐという行為は通常の地上でいう走る行為に当たるらしく、室内ではむやみやたらに泳ぐものではないようだ。よって、神殿内を移動する際はほとんど歩行だった。

 エクレアはちゃんとユキコがついて来れるように手を引いて歩く。

 彼女は傍らの少女に対して言った。
 「今日の事だけど、一応、栗原には話しておこうか?」
 栗原は騎士団のブレイン、彼女が扱える情報は多いに越したことはない。
 ユキコは少し間を置いて言った。
 「私は秘密にしておきたいです。」

 何故なのかは、聞かなくても何となくわかった。
 エクレアもしばらく考えてから言った。
 「そうだな。二人だけの秘密にしておこう。」
 気恥ずかしかったのか、ユキコは少しだけ頬を赤く染めた。


 宿へ帰ると、ランクは就寝中で、部屋の奥、小さな明かりを付けて栗原はノートパソコンに向かっていた。
 浮遊都市は幻想帯の空白にて、機械が息を吹き返す場。
 この場から、小国やレオ・ガルディアへネットを介して干渉しているのだ。それら二国がスムーズに復興や、その後の穏やかな生活に戻れたのは栗原の力添えが大きいとエクレアは考えている。もし、彼女一人が欠けていたら、おそらく争いはもっと激化し、悲劇の一つや二つは起こっていた。
 ライジングのその後に関しては幻想帯内であるのもあって手紙でやりとりをしているものと思われる。そのうち、レッドアップルのその後でも聞いてみよう。


 エクレアは部屋に備え付けてあったコーヒーメーカーでコーヒーを二杯作ると、一方を栗原に持って行った。
 栗原はノートパソコンから一度目を離し、コーヒーカップを受け取りながら言った。
 「ありがと。」
 そのままコーヒーに口をつける。作業が途中なのか、コーヒーは傍らに置いて、再びノートパソコンに向き合い始めた。

 ユキコには温めたミルクを提供した。
 彼女はミルクの入ったカップを口に運びながら言った。
 「栗原様は忙しそうですね。」
 エクレアは頬杖をつきながら言った。
 「ああ、ありゃあ終わるのは深夜だな。」
 栗原一人で完結する作業であるならば幾らでも速度を上げることができる。だが、彼女が向き合う人々は普通の人間。コミュニケーションである以上、お互いに歩幅を合わせる必要があり、必然的に作業時間が延びる。


 ランクが目を覚ますのを待って宿のレストランへ向かう。

 ランクは席に着くなり言った。
 「玲やん、置いてきて良かったの?」
 ノートパソコン上で行われている作業を覗いた限りでは、途中で抜け出せそうな雰囲気ではなかった。一応、一言断ってから部屋を出てきた。
 エクレアは言った。
 「それはそうとして、ランク。君は体の疲れの方はどうなんだ?」
 ランクは肩をぐるぐる回しながら言った。
 「調子は万全や。あのマッサージ良く効くで。だんちょもやってもらったら。」
 エクレアは深々とお辞儀をしながら言った。
 「お断りします。」


 ユキコの提案を受け、エクレアが厨房の料理人たちと交渉し、一時厨房を借り受け、3人で栗原の夜食、軽くつまめるようにポテトフライ、サンドイッチ、おにぎりなどを作って持って行くことにした。

 部屋へ着くと匂いで気づいたのか彼女はこちらを向いて言った。
 「あら、いい匂いね。」
 と、持って行った夜食は栗原には結構好評だった。

 ちなみに、二階堂審は料理が下手くそでキャベツを煮込んでドロドロの物体にしてからというもの、料理にはまったく手を出してなかったが、今回はランクとユキコという優秀な助手の助けもあって、まるで別人のような手際で料理できた。

sec.32 - 灰色ビー玉

2018/05/30 (Wed) 15:56:27

 浮遊都市フェニックスの中に存在する一番規模の大きい砂浜。

 砂浜から望める水辺は一見すると波を打つ海のように見えるが、海水のようにしょっぱくはない。その水は陸地の端から下へ流れているが、水源がどうなっているのかわからないが、その流れは止むことはない。


 常夏のような気候に合わせた服装に変えてきたエクレアは砂浜で巨大蟹と格闘していた。自然界に存在する魔素を吸収して巨大化した蟹らしい。
 ほとんど魔物みたいなものだが、魔物を倒した時と違って消滅しないので、その肉は食用になる。
 ドッと音を立てて聖剣ライオンハートが蟹の脳天を貫いた。

 昨日、エクレアが厨房を借りるために交渉した際、蟹の討伐をシェフらからお願いされたのだ。彼女は動かなくなった蟹を荷車に乗せる。
 今夜は蟹づくしフルコースだ。


 荷車を引いて宿につくと見習い従業員と思われる少年が歓喜の声を上げた。
 「すげぇぜエクレアさん!ジャイアントクラブの討伐は神殿騎士が数名で挑む大仕事なんだぜ!すげぇすげぇ!」
 素直に喜んでくれるのはうれしいが巨大蟹に苦戦するようなことはなかった。


 栗原の仕事は予想に反して翌日まで縺れ込んでいた。
 夜のうちは流石に寝ていたが、朝起きると早朝からノートパソコンに向かっていた。栗原はただひたすら黙々と仕事に向かっており愚痴も独り言もいわない。
 時折、飲み物とお茶うけになりそうなものを持って行くと、お礼のリアクションをしてくれる。それ以外は完全に仕事をするマシーンと化している。
 どうやら、幻想帯にいた期間で溜まったタスクを解消しているようだ。


 浜辺をうろついていた蟹を倒したので、最寄りの砂浜が解禁されるらしい。
 蟹も食える、依頼料ももらえる、砂浜も解放されると一石三鳥の依頼であったらしい。一応、水辺に危険がないか見回りをしてほしいという依頼を追加でされた。


 栗原が宿に缶詰めなので、残り三人で砂浜へとやって来た。
 安全が確認されるまで一般客を砂浜へ通すことはない。
 よって、実質貸し切りのような状況。
 ランクが腕を広げて言った。
 「この広い砂浜、ぜーんぶウチらの独占や!」
 間違ってはいないが、お遊び気分でやるような仕事ではない。
 ユキコが手をパンパンと叩くと、何処からか現れた無数のヌメが砂浜とそれに面している水辺を探索し始めた。
 こう広いとヌメの手を借りた方が調べが早く終わる。


 ヌメだけに頼るのもどうかと思うので、エクレアは空中を泳いでいき、湖の水面に足を付けた。ちゃぷんと水面に波紋が立つ。
 波打つ湖の水面に立ち、自分の中を空っぽにする。目を瞑り、残りの感覚で周辺の様子を探る。まるでソナーのように感覚の波がスーッと広がっていく。
 湖の中をヌメが動いているのが見える。後は小魚。

 蟹が巨大化していたので、あるとは思っていたが、水の底に黒い水晶が設置されていたことに気づいた。
 確認すると湖の中を探索していたヌメから連絡があったとユキコも言っていた。

 こんなこともあろうかと持ってきていた九尾村正を鞘から抜いて白刃を水面にさらす。エクレアは呟く。
 「水の尾。」
 まるで生きているかのように湖の中の水が蠢いて底に沈んでいた黒い水晶を水面に打ち上げた。
 続けて彼女は呟く。
 「火の尾。烈火猛攻。」
 白刃が強烈な炎に包まれる。ロケットのように飛び出したエクレアが燃える刀で黒い水晶を滅多切りにした。黒い水晶はバラバラに砕け、欠片も炎に焼かれて灰になって消滅した。
 精神世界で九尾と出会ったことにより妖刀の力が一段階強くなったものと思われる。また、不死鳥の助けもあるため、火の力はより強く引き出せるようだ。

 黒い水晶を破壊され魔素不足となった魔物が一斉に水面から飛び出してこちらに襲いかかって来た。
 だが、臆せずエクレアは告げる。
 「風の尾足す雷の尾。疾風迅雷!」
 風と雷を纏った素早い動きで飛び出してきた魔物たちを一呼吸で切り伏せた。
 全てが黒い霧状となって消滅していく。
 残心。
 彼女は敵意が戦場に残っていないことを確認すると九尾村正を鞘に納めた。

 ランクはその様子を浜辺から見ながら言った。
 「その乳でよくあれだけ刀が振り回せるもんやなぁ…。」
 彼女はそう言いながら、ねっとりとした視線でエクレアを舐った。
 エクレアの背中をゾクゾクと嫌な寒気が走った。思わずその両胸を庇うように抱き寄せて震えた。

sec.33 - 灰色ビー玉

2018/05/30 (Wed) 23:45:50

 栗原を除いた三人は、砂浜とその周辺の水辺の見回りが終わったので、依頼の終わりを報告し、現在はファミレスでお昼ご飯を食べている。

 そこへ、若干焦っている男が歩いてやって来ていた。
 髪の色はオレンジ色だが地毛。同色の薄い色のサングラスをしている。

 男は辺りを見渡しながらブツブツと呟いた。
 「くそ…イワトビ…イワトビ・イワトヴィン・イワラルグは何処だ…?」


 ご飯を食べ終わり、清算するために立ち上がる。

 すると、少し離れた所で声が上がった。
 「きゃ!…ああっ!お客様すみません!」
 ウェイトレスさんが運んでいたグラスの水をぶつかったお客さんにぶちまけてしまったようだ。
 ぶつかった客、オレンジ髪の男は言った。
 「ああ…?別にいいよ。こっちも焦っていて避けなかったのがわりぃし。」
 ウェイトレスさんは男のスーツにかかった水分をタオルで拭いている。
 男は急いでいるのか、ウェイトレスさんを避けて先へ進もうとする。すると、彼は下に落ちていた濡れタオルを踏みつけて床を滑った。

 男がこんな声をあげてバランスを崩す。
 「おわぁっ!?」
 空気が水のようになっているので割と簡単にはこけれないのだが、男はフラフラとよろけてこちらへ向かってくる。
 そして、男は何故か床に落ちていたバナナの皮を踏んづけた。
 「ッ!?」
 バランスを戻しかけていた男の体がバナナの皮で滑って加速する。その右手が男の様子を眺めていたエクレアの胸に伸びる。
 コマ送りで、滑ってこけそうになっている男の右手がエクレアの胸に迫る。1m…50cm…25cm…と、そろそろタッチできそうな距離まで迫ったところで、それが神速で間に割り込んだ。
 魔獣ヌメである。

 ズボッと男の右手がヌメの口に滑り込んだ。

 転んでラッキーなスケベになりそうだったのはわざとではない。よって、この状況も男として不本意である。
 男は自分の右手を呑み込んだ魔獣に驚きつつ言った。
 「な、な、なんだこいつ…!?」
 最初に反応したのはユキコだ。
 「この人、魔術師様のおっぱい様を触ろうとしました!」
 場の空気を読んでふざけているのかランクが便乗する。
 「何ぃー!?よし!神殿騎士に連絡だぁ!」
 男は当然焦る、しどろもどろになりながら言った。
 「な、何かしらねぇが…すまねぇ!謝るから!うおお…み、右手がぁ!」
 丁度、小型の犬くらいの大きさのヌメに男の右手が徐々に呑み込まれていく。もう肘くらいまで呑まれているだろうか。こうして見ている間も徐々に呑まれて行っている。生きたまま丸呑みにされる感触、さぞかし恐怖だろう。
 男は半狂乱になりながら、その様子を静観していたエクレアに左手を伸ばして助けを求めた。エクレアは男の左手甲に蜘蛛の印が浮かんでいることに気づいた。
 男は叫ぶ。
 「た、助けて!助けてぇ!!」
 尚もヌメは男を呑み込まんとする。小型だというのに凄い吸引力。
 流石に可哀想なのでエクレアは男の左手を取るために手を伸ばした。ヌメが尚も呑み込むので男とエクレアの距離が縮まらずに手が掴めない。
 必死に左手を伸ばそうとする男。その手のひらがエクレアに向けられた、その時。白い粘つく何かが男の手のひらから発射されてエクレアの顔面から胸にかけてかかった。
 あまりの絵面に店内が凍りついた。


 数時間後。
 衛兵に取り調べを受ける男を尻目に、ユキコたち3人を栗原が迎えに来た。
 当然だが、仕事が終わったから来たようで、彼女は呆れ果てながら言った。
 「何をしでかしたのよ。貴方たち。」
 ユキコが言った。
 「魔術師様が公然で白い粘つく何かを男からかけられました!」
 ランクはなおもふざけているようで口元を隠しながら言った。
 「おお、ひわいひわい…。」
 状況がまったくわからない栗原は首を傾げる。

 エクレアは栗原に近寄って耳打ちした。
 「レオ・ガルディア、議員の息子。イワトビを追ってアルバトロス騎士団を探している。」
 なるだけ簡潔にわかった情報のみを知らせた。
 合点が行ったのか、栗原は頷いた。
 ちなみに、エクレアがかけられた白くべたつく何かは、大蜘蛛化の後遺症で男に身についた蜘蛛の糸を発射するスキルの誤射である。
 わざとではないからといって、胸を触ろうとしたり、公然で白いべたつく何かを女性に誤射したりするのは立派な犯罪です。皆も気をつけよう。

 衛兵による取り調べが終わり、衛兵さんが声をかける。
 「ええっと、取り調べた結果、男に悪気があったわけではないので、貴方たちが良ければですが、示談でよろしいでしょうか。」
 そもそも場の混乱を助長したのはヌメの突然の吸引であるし、これで男が有罪にでもなったらあまりに可哀想なので、示談ということにした。


 アホな騒動で時間が潰れたので、外はもはや夕焼けだ。
 男はぺこぺこと頭を下げながら言った。
 「いや!すまねぇ!俺って昔っからこうなんだ!」
 どうやらラッキースケベ癖は昔かららしい。もしかしたら、それを蜘蛛男に見つかってボコられた可能性もある。
 先ほどエクレアが栗原に耳打ちした通り、この男、レオ・ガルディアの元議員の息子だ。大蜘蛛化した際の影響で魔物の力が一部使えるようになった、生物としてはいわゆるミュータントに近い。
 エクレアは言う。
 「さっきの衛兵さんとのやり取りを聞いてたんだけど、アルバトロス騎士団…魔術師イワトビを探してどうするつもり何だい?」
 男は真剣な顔で言った。
 「…まずはお礼を言いてぇ。そして、こうも伝えたい。俺のオヤジは確かに邪悪で、俺はそのことを気にして一時期荒れていた。蜘蛛男にぼこぼこにされて目も覚めたし、改めてオヤジの所業を省みても褒められたもんじゃねぇ…だけど、あれはあれでオヤジなりにレオ・ガルディアを守るためにやったんだ。オヤジは自分が極悪人になろうが故郷を守ろうとした。…それだけは伝えて起きたかった。」
 だが、いくら探してもイワトビは見つからず焦っていた所だったようだ。

 エクレアは栗原を見た。
 彼女が何を言いたいのかわかった栗原は頷いた。
 エクレアは笑みを浮かべると若干言いづらそうに言った。
 「えっと…俺がイワトビ。イワトビ・イワトヴィン・イワラルグなんだ…。」
 男は驚愕に目を見開いて震えていた。

sec.34 - 灰色ビー玉

2018/05/31 (Thu) 16:08:10

 宿へと戻った一行。
 オレンジ髪の頭が土下座で下げられる。その頭が叫ぶ。
 「姉御!!俺を仲間に入れてください!!」
 見習い従業員の少年も一緒に土下座しながら言った。
 「俺も俺も!仲間にいれてくだせぇ!」

 対応はエクレアに一任されているのか、他の三人は静観している。
 エクレアは困っていた。
 騎士団はピクニックしに行くわけではないのだ。それ相応の危険も今後待っているだろう。とはいえ、自分がイワトビだと名乗る時にこうなるであろうことは予測できた。自分の不手際であるのは間違いない。

 どう断ったものか。
 ランクを仲間にした際はどうだったか。
 彼女を仲間にした際は、店を首にされたちょっと頭の回る店員だったわけだ。その後に神の力を秘めていることが判明したとはいえ、彼女を仲間に迎え入れておいて目の前の青年を突っぱねる理由は無いように思える。
 だが、メタ的な視点で言えば、青年は一番最初に死にそうなポジションだ。もしかしたら、不死鳥による蘇る力の試し打ちのために死に目にあう可能性もある。

 エクレアは考えが纏まらないものの口を開いた。
 「少年。君は通っている学校があるだろう。だから、ダメ。」
 少年は心底絶望した顔で叫んだ。
 「えぇーっ!?」
 オレンジ髪の青年が土下座の姿勢のまま詰め寄ってきて言った。
 「待ってくれ!こいつはこんなんでも結構根性ある奴なんだ!」
 何でそこで君が少年をかばうのだ青年よ、とエクレアは思った。


 どんな言葉でやんわりと断ろうとも、青年はそこをなんとか!とか、絶対裏切らねぇ!とか、努力する!とか、言って食い下がってくる。
 少年は既に眠くなってきたのか土下座の姿勢のまま眠りこけている。
 かれこれ数時間はこうしているところを見ると、青年は間違いなく根性があるようだ。


 団の長として、死亡フラグが見える人物をわざわざ仲間に入れて死なせるわけにもいかない。だが、現時点で青年の要求を突っぱねる理由はない。


 栗原に了解を取った際にGOサインが出たのは、彼女も青年の騎士団入りを認めているという事だろう。
 だが、了承する前に最後の確認をしておきたい。
 エクレアは言った。
 「君ら、この容姿に引かれて入団したいって言っているんじゃないよね?」
 彼女がそう言いながら持ってきていたローブマントをバサッと翻して纏うと、金髪美女だったその姿と服装は、魔術師イワトビのものに一瞬にして早変わりしていた。
 魔術師は眼鏡をくいっと位置調整しながら言った。
 「俺の正体なんてこんなものだぞ?それでも団に入りたいっていうのか。」

 相手が女じゃなくなったせいで遠慮が要らなくなったのか、青年と先ほどまで眠りこけていた少年はイワトビに抱きつきながら言った。
 「かまわねぇ!兄貴って呼ばせてください!」
 「わぁ!すべすべふわふわのローブだぁ!」
 イワトビは焦りながら叫んだ。
 「やめろ!抱きつくな!ああーっ!」
 そのまま二人でイワトビを床に押し倒した。

 栗原がその様子を見ながら言った。
 「はしゃぐのは止めなさい。もう夜よ。」
 こうしてオレンジ髪の青年ジロウと、従業員見習いだった少年ラグナが仲間に加わった。


 その夜、宿の部屋をもう一室借りて、一方はジロウとラグナとイワトビ、もう一方は女子で別れることになった。
 ジロウは言った。
 「路銀は心配しないでください。こう見えて結構稼いでますから。」
 株とかで儲けているらしい。
 ラグナはすでに寝ている。
 同少年は宿の従業員見習いであったが、孤児でもあるようで、旅立つというなら宿の職員たちは喜んで送り出すようだ。
 ジロウはラグナの顔を見ながら言った。
 「責任もってこいつの面倒は俺が見ます。」
 そうしてくれると助かる、とイワトビは思った。

 その時、男子が寝床にしている和室のふすまがスッと開いた。
 そこには栗原が立っていた。
 彼女は二人が起きているのを確認すると言った。
 「サラダス公国兵が来ているわ。」


 宿の受付にサラダス公国兵が乗り込んできていた。
 従業員にサラダス公国兵が質問する。
 「先日からアルバトロス騎士団に所属している魔術師イワトビ・イワトヴィン・イワラルグを探しているという男が泊っているという情報があるのだが。」
 従業員はあくまで冷静に対応する。
 「男の特徴は?」
 サラダス公国兵は小さく頷くと言った。
 「髪の毛がオレンジ色で同色の薄いサングラスをしているはずだ。」
 従業員は少し考えてから言った。
 「…ああ、その人だったら今は飛燕の間にお泊りになられてますね。」


 あくまで静かに進軍したサラダス公国兵は、銃器を構えながら飛燕の間のふすまを開いた。同兵士たちはささっと部屋の中へ雪崩れ込む。部屋の中の人が隠れられそうな場所を探索する。
 最後に1人が窓の外を確認して言った。
 「クリア。」
 隊長らしき男はくやしそうに呟いた。
 「逃げられたか。アルバトロス騎士団め…!」
 間一髪のところで宿を脱出したアルバトロス騎士団は何処へ消えたのか。
 サラダス公国兵たちは協力してくれた従業員にお礼を言うと、彼らを追って夜の闇へと繰り出していった。


 従業員はサラダス公国兵を見送って、彼らの姿が見えなくなると言った。
 「もう出てきていいぞ。」
 隠し扉のようなものが開いて中からイワトビたちが出てきた。ユキコとラグナは寝ぼけ眼だ。
 イワトビはジロウの肩をポンと叩きながら言った。
 「これから先、こんなことがしょっちゅうある。引き返すなら今だぞ。」
 ジロウは震える声で言った。
 「だ、大丈夫っすよ…へへ…。…すいません、やっぱちょっとまだ無理っす。」
 彼はへなへなと床に崩れ落ちた。

sec.35 - 灰色ビー玉

2018/05/31 (Thu) 23:00:16

 聖フェニックス学園。
 一般人より優れた戦闘能力を持つ子供を一か所に集めて教育行う一貫校。
 役割としては小国でいうアンバー学園に近い。
 その卒業生の大半は神殿騎士となる。

 孤児であるラグナもその教育制度でほぼ無料で学校へ通えていたようだ。
 子供を戦闘兵器へと育てるという冷酷な一面はあるものの、この教育現場が彼に与えた影響が悪いものだけとは思えない。


 職員室横、応接室。
 フードを目深に被ったイワトビが、ラグナの担当教員だった男と面会していた。
 イワトビの説明を聞いて教員は小さく頷きながら言った。
 「では、ラグナ君は貴方たちについていくと…。」
 イワトビは返答する。
 「はい、少なくとも彼はその気のようです。ですが、彼はまだ子供、できれば安全に暮らせる場所に置いておいてあげたいですね。」
 教員は伏し目がちになりながら言った。
 「普通の人間の子供ならそうでしょう。ですが、彼らは手放せない拳銃を持たされて生まれてきたようなもの。正しい使い方を教えてあげなければならない。」
 教員は応接室のソファーから立ち上がる。
 彼が窓から見える運動場に目をやると、ラグナとジロウがキャッチボールをしていた。
 教員はそのまま窓の方を見ながら言った。
 「イワトビさん、貴方は私たちから、彼を教育する機会を奪うのです。そのことを重々承知したうえで旅立ってください。」
 魔術師ははっきり言ってこういう真面目な話は苦痛だった。


 今日は昨日とは違って登校日なので教室に生徒がいるはずだが、体育の授業ではないので運動場に生徒の姿はない。
 ジロウはラグナとキャッチボールをしながら言った。
 「いいのか、同級生に別れの挨拶しなくて。」
 ラグナは言った。
 「会っていったら別れが辛くなるし。」
 ジロウは言った。
 「あのな。こういう時、行動して後悔するのと、行動しなくて後悔するのとでは、行動しなかった時の方がより後悔するぞ。」
 ポトリと、ラグナがボールを取り落とした。
 ラグナがそわそわし出した。
 ジロウは少年の内面を察して言った。
 「後片付けは俺がやっとくから、さっさと行ってこい。」
 ラグナは「ありがとう!」と言ってから教室の方へ駆けて行った。


 イワトビが教員からこってりお説教を受けてから戻って来た。
 彼が運動場を訪れると、片づけを終えたジロウしかいなかった。
 イワトビは辺りを見回しながら言った。
 「ラグナは?」
 ジロウは言った。
 「同級生と別れのあいさつに行ってます。」
 しばらく、2人で待つことにした。

 空を見上げると、雲が流れているように見える。
 イワトビが呟く。
 「そういえば、浮遊都市フェニックスって雨降るのか?」
 ジロウがスマホを弄りながら返事する。
 「降るみたいっすよ。ここ数日は晴れみたいですけど。」

 空を見上げていたイワトビの視線が険しくなった。
 教室の皆と別れの挨拶を終えたと思われるラグナが駆けてくる。
 ラグナが叫ぶ。
 「大変だ!アルバトロス騎士団を悪の軍団だと思っていたクラスメイトがサラダス公国に連絡しちゃったって…!!」


 空から何か大質量の物体が降ってくる。
 それが運動場の中心に落下し、土埃が巻き起こった。
 土埃の中でカメラアイの放つ光が瞬く。
 イワトビは土埃の中、ジロウに駆け寄ると言った。
 「ジロウ。ラグナを連れて逃げろ。栗原と合流するんだ。」
 ジロウは何が起こっているのかわからなかったが、その指令を全うするため、駆け寄ってきていたラグナの方へ踵を返した。


 土埃が晴れて、上空から降って来た物体の正体が明かされる。
 それは巨大なロボットのように見える。
 見えやすい位置にR01とマークされたロボットが運動場にできたクレーターの中心で仁王立ちしていた。

 栗原から事前に聞かされていた。
 サラダス公国軍は主力としている魔物が二度も失敗しているので、上層部が魔物に変わる戦力として星の国のロボット兵器を購入し、戦場に投入することを検討しているという情報。


 R00という表記を少し前に何処かで目にしたことがあるような気がする。
 それと同時に究極皇帝システム、機械仕掛けの神デウスエクスマキナというワードも脳裏を駆ける。
 R00はコード0をもっとも模倣できた最初で最後の成功作である。


 目の前の巨大ロボットと対峙しつつ魔術師は呟く。
 「悪の軍団ねぇ…あながち間違ってない。」

 R01のカメラアイが目の前の魔術師を捉える。
 戦闘用に作られたというロボットは無機質な声を上げる。
 「スキャン開始…適合率98%…対象を魔術師イワトビと認定。」

sec.36 - 灰色ビー玉

2018/06/01 (Fri) 15:46:28

 運動場に落下してきた戦闘ロボR01との戦いが始まる。

 彼は呟く。
 「我が名は虚空。インビジブル。」
 魔術師の姿が空気に溶けて消える。
 瞬時にロボットの視覚が熱感知センサーを作動、消えたはずの魔術師の熱を映し出す。魔術師はぐるりと回りこんでロボットに迫る。

 右手の隠し武器であるガトリング砲が飛び出して、殺傷力抜群の弾丸の雨を迫ってくる人型の熱に向けて放つ。

 何もない空間から声が響く。
 「地の尾。」
 ガトリングの弾丸が突如盛り上がった地面に防がれる。同時に、熱センサーで追っていたイワトビの姿が盛り上がった地面に邪魔されて見えなくなる。右か左か、ロボットはどちらから飛び出すのかと身構えるが…。
 上である。
 地の尾により地面が盛り上がると同時に、風を纏って加速、盛り上がった地面を蹴って上空に跳び上がったのだ。

 絶好の攻撃チャンスだったが、魔術師は透明のままロボットの頭部付近に着地すると、何やら小型の部品をその辺に取り付けてから、そのまま飛び退いた。


 彼は透明状態を解いて呟く。
 「眼は脳みその近くにあることが多い…言われた通りカメラの近くに取り付けたが、これでいいんだよな?栗原。」
 そんな彼の背後から空き缶が飛んでくる。風の尾のようなものが出てきてそれを自動で撃ち落とした。
 彼が後ろを見ると、涙目で少女が物を投げつけていた。
 少女は次弾を構えながら言った。
 「ラグナ君を連れていく悪の軍団め!」
 彼女はそう言いながら手に持った小石をイワトビに放り投げた。
 風の尾が小石を明後日の方へ弾く。
 なるほど、仲の良い幼馴染を遠くへ連れて行くのは確かに悪の軍団の仕業。

 イワトビは対峙していたロボットが沈黙していることを確認すると、次の手を準備している少女の方を向いた。
 彼は言う。
 「少年は自らの意志でついていくと言ったんだ。」
 少女はホースにつなげた水道の栓を捻る。
 勢い良く発射された水がイワトビにかかる前に風の尾に阻まれる。そのうち、水の尾の作用で水の軌道自体が明後日に逸らされた。

 少女は納得いっていないのかこのような事を言う。
 「ラグナ君は優しいから、貴方たちに洗脳されたんだわ!」

 少女はホースを投げ捨てると、慣れた手つきで植物の種が入った小袋を複数、その両手に構えた。種の袋は既に開封済みだ。
 少女が小袋から植物の種を一斉にイワトビに向けて発射。当然だが、全てが風の尾に阻まれて地面に落ちる。そう、水を撒かれた地面に。

 少女が両手をイワトビの方へかざす。
 「かかったわね!ヒーリングライト!」
 少女の両手から癒しの光が放たれた。
 癒しの光により成長力が増長した植物の種がみるみる成長していく。様々な植物がイワトビの体に絡んで、実を付け、花を咲かせた。

 植物の強度次第ではあるが、普通の大人ならこれで動けないほどには拘束可能だろう。規模の大小はあれ、この学校に集められた少年少女は皆、このような特殊な力の使い道を学ぶ。

 少女は言った。
 「さあ!サラダス公国に突き出されたくなかったらラグナ君を戻しなさい!」
 この少女、基本的に話を聞かないタイプのようだ。


 運動場で沈黙していたR01が突如動き出し、その腕で植物で雁字搦めにされたイワトビを掴み取った。根をはった地面ごと引っこ抜かれる。

 少女が驚いて言った。
 「ちょっと!何処へ連れて行くのよ!」
 普通ならサラダス公国兵の前だろう。

 そこへ、善意の第三者から通報を受けて駆け付けたサラダス公国兵がやって来た。サラダス公国兵はイワトビを掴み上げたR01を見つけた。
 同兵士たちは少女がいるにも関わらず銃口を向ける。
 しかし、そのうち目の良い兵士から声が上がった。
 「隊長!戦場に少女がいます!」
 その報告を受けた隊長が義憤に震える。
 「おのれぇ!アルバトロス騎士団!少女を盾に取るつもりかァ!」


 少女は果敢にロボットに食い下がる。
 「待ちなさい!」
 彼女は公国兵めがけてずんずんと歩み寄るロボットに掴みかかってよじ登り、ついにはイワトビが掴まれている方とは逆の肩の上に登ってしまった。

 隊長が言った。
 「よくやったR01!やはり魔物を使うのは前時代的、これからはロボットの時代だ!がっはっはっは!」
 隊長は傍に寄って来たR01の装甲をバンバンと叩いた。

 隊員の一人が植物で縛られているイワトビへ言った。
 「はっはっは!無様なものだな魔術師!」

 イワトビはポツリと呟いた。
 「おい、そこの肩の奴。今すぐ降りろ。」
 ロボの肩の上に乗っている少女は言った。
 「い・や・よ!絶対おりないんだから!」
 魔術師ははあとため息をついた。
 どうしてこうも思惑通りとはいかないのか。

 R01の背部バーニアが火を吹いた。
 噴射された風でR01の周囲に集まっていたサラダス公国兵が吹っ飛ばされた。
 隊長が地面を転げながら叫んだ。
 「な、何だァ!?」
 突如、上空高く飛び上がったR01はそのままサラダス公国兵たちを飛び越していった。少女とイワトビを連れ去って。

sec.37 - 灰色ビー玉

2018/06/02 (Sat) 00:43:51

 我々は反乱のひよこ、リベリオンズチックである。冗談みたいな声明文が発表された。

 彼らはいまだ栄華を誇る究極帝国に潜在的に存在する反徒であるらしい。

 声明文に目を通した皇帝は膝から崩れ落ちて呟いたという。
 「ペン十郎が遅すぎた…。」
 彼はペン十郎の強さが、綻びつつあった究極帝国が持ち直す鍵となると信じたのだ。だが、彼の目論見が現実となる前に事態は急変した。綻びはもう隠しきれない段階まで広がっていたのだ。


 事の知らせを聞いたサラダス公国も動かねばならぬ。リベリオンズチックの規模がまず不明、国内にどれ程の勢力を有しているのかもわからない。公式に領土と認められていない実効支配地域にも彼らは潜んでいるはずである。


 一方、R01と共に空の彼方に消えたイワトビは、サラダス公国兵を振り切って路地裏にいた。大人しく縛られていたのは演技なので、既に彼の体に巻きついていた植物はほぼ全て取り除かれている。
 実っていた果物や野菜はもったいないので、通りすがりのヌメに提供した。

 栗原が言っていたが、R01の現在地が把握できるような仕組みがあるらしく、仮にその機能が生きていたら何処へ逃げようが見つかっただろう。逆説、追っ手がないということは、栗原が遠隔操作で、その機能はオフにしたということだ。
 星の国の技術で作り出されたロボにハッキングを仕掛け、尚且つ、このようなアフターケアまでやる。なかなかできるような事ではない。

 R01、ついてきた少女、イワトビで路地裏を歩いていると少女が立ち止まって言った。
 「しまった…!」
 そう言った彼女の表情は暗い。
 イワトビは立ち止まると言った。
 「どうした?」
 少女は深刻そうに言った。
 「蛇口の水が出しっぱなしだわ…。」
 このままでは大変なことになる、と少女は本気で心配していた。
 イワトビは事も無げに言った。
 「水なら止めておいたぞ、風の尾で。」
 少女は心配が一つ解消されたのか晴れ晴れとした顔で言った。
 「ほんとに?…貴方意外といい人ね。」

 そのようなやりとりを終え、そろそろ路地裏を抜けるところまで来た。ここから先はR01の図体では目立ちすぎる。
 少女とは別れて少し険しい道を進む必要がある。ここからちょっと進めば人通りの多い場所に出る。だから、ここでお別れだ。
 少女はすがるように手をさ迷わせながら、口から絞り出すように言った。
 「待って。」
 イワトビはしゃがみ込んで諭すように言った。
 「ラグナ君の事はいずれ君の中で大事な思い出になるよ。」
 「違うの。」
 少女はイワトビの言葉を被せぎみに否定した。サファイア色の瞳から涙の粒が落ちる。
 少女は懇願するように言った。
 「おいてかないで。」
 「一人にしないで。」
 「私を見て。」
 イワトビはそんな少女を見ながら、どうすればいいのかわからなかった。
 その肩に戦闘用のプログラムしか採用されていないであろうR01の手が添えられる。まるでソッと背中を押されたような気がした。
 簡単なことなのだ。その結果、何が起ころうとも、その時点では。


 宿を出て、次の町へ行く前の仮の拠点。
 そのソファーに鮮やかな金の髪にサファイア色の瞳の少女が眠っていた。少女はタオルケットの代わりに魔術師から剥ぎ取ったローブマントを抱いて寝ている。
 ラグナから少女の名前を聞いたジロウが呟く。
 「ファティマ…ファティマ…はて、何処かで耳にしたことがあるような…。」
 少女の名前はファティマというらしかった。

 栗原が傍にあった号外をジロウに手渡して言った。
 「これよ。」
 一面、リベリオンズチックの反乱について扱っている紙面の片隅に書かれていた。
 リベリオンズチック首領スパルタクスの一人娘ファティマ行方知れず。

sec.38 - 灰色ビー玉

2018/06/02 (Sat) 16:08:12

 助けた少女は超巨大大国に喧嘩を売ったレジスタンスの一人娘だった。

 知らなかったとはいえ、魔術師は超地雷案件を全力で踏み抜いた形となった。
 女の子一人守れずに何が騎士かと思われるだろうが、この子一人生かすことで国が一つ二つ消し飛ぶかもしれないのだ。
 冷静な損得勘定のできる現実主義者なら、彼女を大人しく究極帝国に引き渡す手も考えただろう。

 急遽開かれた作戦会議。
 何かを思い付いた栗原が呟いた。
 「…いや、むしろアリかもしれないわね。」
 ジロウが明らかに嫌そうな顔で言った。
 「何の罪もない女の子を受け渡すのかよ…。」
 魔術師は栗原が言いたいことが何となくわかった。だが、所詮は詭弁。うわべだけは言葉の通りに行動するとしても実が伴わない。

 魔術師が一つの可能性を見出だす。
 「この手ならうまく行くかもしれん。」

 直接送りつけた所で検閲にあって届かない可能性があったので、ソーシャルメディアに乗っけて大々的に放映することにした。

 以下が動画サイトで流された内容。

 青いマントを羽織ったペン十郎の傍らに、豪奢な椅子に座らされた少女ファティマが映っている。少女は不安なのか、ペンギンの着ぐるみのマントを握りしめている。
 少女は言った。
 「天国のお母様、そしてかの地で戦いの狼煙を上げたお父様。ファティマは今、アルバトロス騎士団と共にいます。」

 ペン十郎は言った。
 「アルバトロス騎士団団長、ジャッジ・ザ・アルバトロスだ。素顔を晒さない宣言ってのもおかしな話だが、このメッセージを受け取ったアンタになら、この意味がわかるはずだ。」

 少女は告げる。
 「私は今からアルバトロス騎士団と共に究極帝国を目指します。」

 ペン十郎は言った。
 「できれば双方邪魔しないでもらいたい。降りかかる火の粉は払わねばならないからな。…この続きはそちらに着き次第やるつもりだ。いい返事を期待している。」

 以上の内容の動画が各種動画サイトに一斉にアップロードされた。帝国側から動画削除の要請があったが、動画がコピーされる勢いが勝ち、情報は瞬く間に拡散された。

 数日後、究極帝国皇帝から正式に返事があった。

 あなた方の意思は伝わった。
 指定日時に大陸横断鉄道に乗車されたし、同行者を二名遣わせる。


 浮遊都市フェニックス。
 いまだに仮の拠点に潜む一行。
 魔術師はニュースを見ながら言った。
 「やっぱりな。皇帝はペン十郎に入れ込んでいる。中身が伴わなければ只の着ぐるみなのに。」
 隣に立っていた栗原が言った。
 「そう悪く言うものではないわ。相手の期待に添えるように、ペン十郎に反する行動は控えるべきね。」

 現在はヌメに引かせる魔獣車を改造中だ。途中、大陸横断鉄道に乗車するまでは確実に必要になる。
 青い角を生やし、同色のマフラーをした白い兎、時と空間、時空を司る聖獣ユニー。
 その兎がふわふわと空中を浮きながら移動している。
 ユキコでいう魔獣ヌメのポジション。
 ファティマの使役獣、それが聖獣ユニーだ。ユニーは本来は賢者タルトの使役獣だが、同賢者からファティマに貸し与えられている。
 同兎は、能力は聖獣の名に恥じぬものを持っているがメンタルがくそ雑魚兎なので、それが十全に発揮されたことはない。
 ユニーは能力上、タイムトラベルも可能だが、時間旅行は扱いが難しく賢者から禁術に指定され使用を制限されているらしい。

 聖獣は言った。
 「言われた通りに、魔獣車内の空間拡張は終わりました。後は内装だけです。」
 栗原は頷きながら言った。
 「ご苦労様。休んでていいわよ。」
 「はい~。」
 聖獣は返事をしながらふわふわと飛んでいった。

 浮遊都市フェニックスの出入り口は、サラダス公国兵と、動画を見て反応した帝国兵で固められている。偵察のヌメからもたらされた情報によると一分の隙も無いようだ。

 栗原は作業の目処がついた所で言った。
 「そろそろ砂漠の町へ向かいましょうか。」

 指定の日時までまだ時間があったが早く着いておくに越したことはない。

sec.39 - 灰色ビー玉

2018/06/03 (Sun) 00:11:17

 現在、魔獣ヌメが引く荷車は水中を進んでいた。
 浮遊都市で一番規模の大きい湖であるそれは、水源が不明で今もなお陸地の端から水が下へと落ちていく光景が見られる場所だ。
 現在は、大蟹を討伐し、黒水晶を排除した影響で観光客で賑わう砂浜に戻っている。流石に人に見られるのはまずいので、水中に入る際はなるだけ人気のない場所を選んだつもりだ。
 水中を進む荷車は完全に密閉されており、水中行動を可能としている。細かい問題点はマジカルな技術で全て解決していると思っていただこう。

 その御者席にはペン十郎が座っている。
 こちらも着ぐるみをマジカルな技術で補強、ほぼパワードスーツと化したそれは今や単独での水中行動を可能とするまでになっていた。

 栗原に聞かされていた通り、それは水の奥底に存在した。
 まるでワープゲートのような輪っかから、水が噴き出していた。
 ヌメに頼んでその輪っかを潜ると、その先が別の輪っかに繋がっていた。
 ワープゲートのようなではなく、本当にワープゲートだったようだ。
 栗原曰く、何世代か前の翼の巫女が浮遊都市にビーチとかほしいよねぇ~と言ったのを切っ掛けに設置されたものらしい。古い資料にしか記述が残っていないので、浮遊都市に住んでいる者でも知る者は少ない事実だそうだ。

 おかげで、帝国兵とサラダス兵がタッグを組んだ包囲網を難なく突破できた。


 ワープゲートの先にあった湖から浮上すると、ペン十郎の目の前には広大な砂漠が広がっていた。どうやら、砂漠のど真ん中にあるオアシスから水を引いているようだ。ここから、砂漠の町スコーピオンを目指す。

 潜水モードから切り替わり、荷車モードに戻る。だが、その荷車は地面から若干浮いている。悪路である砂漠地帯を進むのに荷車では車輪を砂にとられる。よって、車体を若干浮かすことでその問題を解決した。
 どうやって浮いているのか。
 魔術師が栗原に質問したところ、延々と謎の技術について語り始めたので、彼はなんかすごい技術で浮いているということで納得した。

 ともかく、砂漠地帯を克服した改造魔獣車が熱砂の上を行く。
 相変わらず御者席にいるペン十郎が時折、水の尾、氷の尾を使って荷車を引くヌメを冷やしてやる。
 荷車の動力は今のところ彼?だけなので頑張ってもらうしかないのだ。

 そうやって一日がかりで砂漠を進んでいくと、砂漠の町スコーピオンが見えてきた。大陸横断鉄道の出発地点であるそこは、何となく西部劇っぽい雰囲気の街並みが広がっている場所だった。


 魔獣車を共有の待機スペースのような場所に止める。
 今日一日、御者をやっていたので見て回れなかった荷車の中を見て回る。
 ちなみに、聖獣の力で内部の空間だけを拡張しているので、見た目はそこらの荷車と大差はない。
 改造が施され、荷車内は、広いリビング、寝室をかねた各個室、クーラー完備、シャワー&浴槽を備えた浴室など下手な宿屋より居心地がよくなっていた。

 R01は生活スペースとは別れた兵器の格納庫のような場所で沈黙していた。
 対幻想帯加工を施されていないR01は、今はピクリとも動かなかった。
 出撃の際は荷車の上部が開き、そこから射出されるらしい。

 工事費は、ジロウ、ファティマ、ユキコ、栗原などが各自持ち寄ったようだ。魔術師はジロウにいくらかかったのか聞いたが、はした金っすよとしか教えてもらえなかった。

 荷車の外では今日一日がんばった魔獣をユキコがねぎらっていた。
 ユキコは林檎などをヌメに食べさせている。
 これから先は大陸横断鉄道での移動になる。今後は彼?も楽できるといいが。

sec.40 - 灰色ビー玉

2018/06/03 (Sun) 16:17:02

 改造された魔獣車と古い情報の妙により浮遊都市フェニックスを脱出した一行は、一路砂漠の都市スコーピオンを目指し、到着した。


 双眼鏡で大陸横断鉄道の発着駅を眺めながら、魔術師は呟いた。
 「なぁ、皇帝が遣わしたっていう二人の使者ってあの中の誰だと思う?」
 発着駅にはまだ指定の時刻にもなっていないのに多数の人間が待ち伏せていた。
 魔術師から受け取った双眼鏡を覗いた後でジロウが言った。
 「俺にわかるわけないじゃないっすか。」
 彼は隣のラグナに双眼鏡を渡す。
 少年は見慣れたものを視界に捉えた。
 「あ、ペン十郎だ。」
 この世界では発祥の地は究極帝国ということになるのだろうかペン十郎。
 流石のセールス力で世界に認知されており高解像度処理された原作が今は放映されている。
 一般的な浸透度で言えばこちらの世界の方が上だ。皇帝がお気に入りだったり犯罪者集団の長が好んで変わる姿だからかもしれない。


 とりあえず、一旦引き返す。
 まだ指定された日時でない以上、乗車しなくてはならない車両も来ていないからだ。


 町の入り口で待機中の魔獣車内部。
 栗原が三人から報告を聞いた。
 その上で彼女はこう語った。
 「多数の使者ね…。皇帝が声明を発表しても帝国兵に足並みがそろった様子は見られなかったし、情報通り今の究極帝国は一枚岩ではないのかもしれないわ。」
 故の多数の使者ということだろうか。


 ランクが何か思いついたのか言った。
 「まるでリアルでやる怪物ゲームやな。」
 暇潰しでやるゲームの一つで市民の中に潜む怪物を当てるというもの。
 栗原は頷きながら言った。
 「そうね。怪物ではないけど使者同士の殺し合いは起こるでしょう。皆、それに巻き込まれないように注意しなさい。」


 ふと、魔術師はファティマの様子を気にする。
 彼女の安否は今回の皇帝との約束が成立するかしないかの生命線と言える。
 彼女の傍には常に、誰かがしっかりと守りについている必要がありそうだ。

 防衛力という観点で考えると、栗原か魔術師、次点で魔獣ヌメということでユキコが、ローテーションでファティマの傍に居ることになりそうだということになった。

 面白くないのはローテーションから外れた三人だろう。
 ランクが不満を漏らす。
 「流石に足手まとい扱いは癪にさわるわ。」
 ジロウも同様だ。
 こちらは自覚があるのか項垂れながら呟く。
 「確かに俺たちは弱いっすけど…。」
 ラグナだけは理解が及んでいない。
 両手を握りしめて気合い十分に言った。
 「何だか知らないけどがんばる!」

 以上、三名と栗原をファティマ防衛隊として残して魔獣車を出る。
 はからずもライジングにて牢屋にぶちこまれた面子が外へと出た。
 外へと出るなり意気揚々とユキコが言った。
 「何処へ行きましょう魔術師様。」
 出発までまだ時間はあるが多数の使者の様子を探りに行くのもいいかもしれないと思った。


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