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sec.11 - 灰色ビー玉

2018/05/18 (Fri) 23:35:35

 空を分厚い雲が覆い、雨が降る。今日はそんな日だった。

 郊外の寂れた場所でそれはしめやかに行われた。

 異邦人、二階堂審の葬儀。
 そう称された式典の主役が入っているとされる黒い棺が土の中に収められる。棺の中に入っているのは既に燃やされて灰となった骨壺。
 葬儀に出席した人々。葬儀を進行する司祭などもそう伝え聞いている。

 その棺の様子を力のない目で見つめるのは栗原玲だった。



 アンバー学園にダンジョンが形成されかかり、諸外国と同じように絶体絶命の危機に立たされた小国。それを救ったのは、異世界からやって来た男、二階堂審。だが、激闘の末、二階堂は力尽き、現在はその葬儀が行われている。

 公式にも二階堂審は死亡したと記録された。



 同時期、サラダス公国が非公式に実効支配している諸外国にも妙な噂が流れ始めた。アルバトロス騎士団団長ジャッジ・ザ・アルバトロスがやって来るというものだ。これは、魔界を経由してその土地を収める魔族越しにその地に駐留するサラダス公国軍の耳に入った情報で、このご時世で青いマントを羽織り騎士の剣を振りかざして戦うとのことだ。


 一時、休戦状態だったサラダス公国は小国に外交官を飛ばした。

 外交官は小国の外相に会うと同時に言った。
 「ジャッジ・ザ・アルバトロスを出せ。」
 小国で立派に戦って死んだのは二階堂審であって、ジャッジ・ザ・アルバトロスではない。話がまったく噛み合わない。
 外相は務めて冷静に語った。
 「あなた方は一度、この国にコード0がいると決めつけ攻め込んできました。今度はジャッジ・ザ・アルバトロス?そんな男はこの国にはいませんよ。」

 外交官はふんと鼻で笑ってから言った。
 「お前たちが秘密裏にコード0をかくまっていることは知っているのだ。それと、ジャッジ・ザ・アルバトロスを出さないというのならこっちにも考えがあるぞ。覚悟することだな。」
 結局、今回の外交は物別れに終わった。



 一方、その頃。
 外国へと向かう汽車の席に揺られ、眼鏡をかけ、青いローブマントに身を包んだ男が窓の外を見ながら呟いた。
 「俺、嘘つくの下手なんだけどなー…。」
 男が他人に名を聞かれたとすればこう答えるだろうイワトビ・イワトヴィン・イワラルグ、旅の魔術師であると。

 その傍らに男の使い魔と思われる黒猫が佇んでいる。
 黒猫は栗原の声で言った。
 「そうボヤくものではないわ。本来、人間が一人でBOSSを撃退して見せるなどという真似は不可能。異常な戦力を保有していると見られて当然。死んでおいた方が色々と都合がいいのよ。」
 今はイワトビである男は、コード0とやらもその異常な戦力の1つなのかと聞こうとした口を塞いだ。口は禍の元。今回はその教訓が活きた。


 この汽車が向かう先は小国の隣に位置する、かつて獅子王と呼ばれた男が治めていた国が議会民主制に移行したという民主主義の国だったが、現在はサラダス公国に実効支配を受けている状態だ。
 イワトビはこれから先待ち受ける問題を想像してため息を吐いた。

 何はともあれ、汽車は止まらずに線路の先へ向かう。

sec.12 - 灰色ビー玉

2018/05/19 (Sat) 14:35:59

 レオ・ガルディア。
 建国の王の名前をそのまま国の名としたもの。
 外見は巨大な螺旋階段のようで、一層ごとにその役割が違う、最上層にかつて王が住んでいた城が存在する。
 城は現在、魔物が済むダンジョンと化している。サラダス公国軍も最上層を駐留所として派兵している。

 国の中枢である国民議会は最上層から一つ下、貴族層と呼ばれる第二層に存在。現在は政治に関わる者以外では高所得者などが居を構える場所でもある。もっぱら、政治に関わる政治家はこの層から選出される。

 本来は、獅子王レオが国民に国を委ねた際、国民議会は最上層の城に存在した。しかし、長い民主制は国民をしいてはそれを束ねるものを腐敗させ、結局、そんな腐敗に乗じた隙を突かれてこの国はサラダス公国の手に落ちた。


 第三層、平民層と呼ばれる。いわゆる中流階級が住まう場所だが、貧富の格差が拡大し、住んでいる民の裕福度はピンからキリ。
 第四層、第五層、それぞれ工業層、農耕層。この二層で国民の大半が働いているとされる。農耕層では畜産も行われているようだ。

 最後に第六層。
 獅子王レオが退位してから作られた層で、唯一地面にめり込んでいる。
 社会的に没落した者や、何らかの理由で日の目を見られなくなった者などが住まう場所だった。
 社会的な監視の目が薄いという点に目を付けられ、秘密裏にサラダス公国が黒い水晶を設置。魔素が十分に高まった所で、第六層から第一層に直接繋がる通路を通って、サラダス公国軍が魔物の軍勢と共に城を襲撃し、同城をダンジョン化して支配を盤石なものとした。

 その際、第六層に住んでいた者は魔物に襲撃され、その時の被害そのままに、ほぼゴーストタウンと化している。層が地面にめり込んでいるため、日の光もあまりささず作物を育てるのにも向かない。
 ちなみに、第六層から最上層へ直接繋がる通路の本来の用途は最上層から地下へと逃げる脱出路であった。


 そんな国へとそろそろ到着する汽車の中。
 上述したような、これから向かう国の大まかな概要を黒猫から説明された。
 イワトビと名乗ることになった男は、何だか聞いているだけで胃がキリキリしてきた。特に第六層の説明。
 隣でぼぼ民主化に成功している国があるのに隣合っているその国では見事に民主化が失敗しているのである。どういうことなのだろうか。
 黒猫はふむと一息ついてから語った。
 「ノブレスオブリージュ、上に立つ者が責任を果たさなかった。といえば簡単な話だけど、上が動くだけでは国は機能しないわ。結局のところ、国民全体に何らかの過失があったということでしょうね。」
 と、長い社会講義の時間が終わった。

 列車がレオ・ガルディアに到着した。

 列車から降りると先に説明があったように巨大な螺旋階段のような国が魔術師を出迎えた。
 物理的に現存が不可能そうな形の国であるが、ファンタジーな要素が当たり前のように存在する世界だからこそ、こうして実存できるのだろう。

 上を見上げると現在、魔物の住処と化している城の様子が辛うじて見える。
 一方、くぼんだ様に崖となっている場所から下を覗くと第六層らしき街並みが見える。全体的に霧がかかっていて全容を把握することができない。
 魔術師ははあとため息を吐いてから使い魔に答えを委ねた。
 「来たはいいけど、どっちに進むんだ?」
 黒猫は悪戯っぽく微笑むと言った。
 「どっちから行きたい?聞かなくてもわかるけどね。」

sec.13 - 灰色ビー玉

2018/05/19 (Sat) 21:58:22

 崖のような場所をそって歩いていくと、昇降機らしきものを見つけた。スイッチを押してしばらくすると、エレベーターが下から上って来た。
 エレベーターは乗り込むのが不安になるほど錆びついている。
 流石に躊躇したのかイワトビは言った。
 「これに乗るのか?」
 返答の代わりに黒猫はローブマントのフードの中にすっぽり収まった。下はおそらく、湿気で地面がぬかるんでいることだろう。
 そんな場所を猫の体で歩き回る気はないようだ。

 錆びついたエレベーターに乗ると、ゆっくりと下へと降りて行った。


 魔術師は霧深い街並みへと降り立った。当然だが、来たかった方ではない。
 霧がかかっているせいで数メートル先もよく見えない。

 イワトビはスッと自然体で目を瞑った。
 視覚を切って聴覚と触覚で周辺の様子を探る。
 霧の町を微かに流れるそよ風を感じ、それを見えない手で掴み引っ張り込むようなイメージを脳内に浮かべる。
 風神拳の応用である。
 周辺から風を呼び込み、周りの空気をかき混ぜるように回転させ、遠心力で霧を散らす。
 目を開く。
 パッと周辺の光景が視界に入るようになった。

 彼の目に飛び込んできたのは、襲撃があった時そのままという前情報通り、文句のつけようがないゴーストタウンだった。
 「復興が行われた様子は微塵もないな。」


 生き物の気配は無い。
 代わりに、眠ることのない魂が与えられなかったやすらぎを求めて彷徨う、何かを引きずる音が聞こえてくる。
 まだ晴らしていない霧の向こうから人影がやって来る。

 骨、どうやって動いているのか全身骨格のスケルトンと、腐った肉片、所々直視するのも嫌悪感を伴う動く屍であるゾンビ。
 いわゆるアンデッドモンスターである。
 それが1ダースほど数をそろえた一団で霧の向こうからやって来た。

 数分後。
 「アメーン!アクリョタイサーン!」
 魔術師はほぼ半狂乱状態で取り出したスコップと鈍器を振り回し、その悉くを粉砕した。近くの地面が土になっている土地に、スコップで穴を掘り、そこへ砕いた死体を放り込み、その後で灯油をぶちまけた。
 「着火ァ!」
 その言葉に反応し、穴の中で火花が散ったかと思うと、穴から火柱が上がった。火から立ち上る煙は天高く昇っていく。
 「…成仏しろよ!」
 片手人差し指と中指を突き立て、それで十字を切った。

 その後、同様の事を両手の指で数えるには足りないほど繰り返し、日が落ちる前に昇降機で第六層を後にした。


 翌日。
 昨晩は農耕層の親切な農家の一軒家に泊めてもらって、夜を明かしたイワトビたちは、再び第六層へと降り立った。
 流石に昨日あれだけ暴れ回ったのでアンデッドのおかわりが沸いて出てくることもなかった。


 たどり着いた螺旋階段の支柱、その頂点に城が建っているのだが、この支柱の中を例の隠し通路が伸びているはずだ。
 支柱をペタペタと触って回るがそれらしい通路は見当たらない。
 入るには鍵のようなものが必要なのかもしれない。
 六層での調査はこの辺にして引き上げることにした。

 引き上げる前に掘った穴はしっかり埋めた。

sec.14 - 灰色ビー玉

2018/05/20 (Sun) 12:00:19

 第五層。
 いわゆる地上に位置する農耕層とされる土地を行く。
 風景としては、ひたすら牧歌的なものが続く。
 自給自足。
 ここで生産された農作物はそのほとんどがレオ・ガルディアで消費される。だが、年間かなりの量の作物が無駄になっているのが現状だ。


 とあるものを見つけた魔術師がローブの中にいる黒猫に声をかける。
 「なあ、栗原。」
 黒猫が返事をする。
 「何だ?」

 魔術師がスッと指さした先には小さな黒い水晶を首から下げた少女がいた。


 少女の名前はユキコというらしい。少女の髪の毛は白銀、瞳は赤い。
 そんな彼女は畜産に当たる魔獣の世話をしているらしい。
 朗らかな笑みを浮かべながら少女は問う。
 「魔術師さんは旅の途中なのね。何処を目指しているの?」

 特に目的地を決められているわけではない。
 だが、魔術師の脳裏には一種の確信に近いものがあった。
 彼は青空を見上げながら言った。
 「究極帝国。皇帝にちょっと用事がある。」
 その返事に驚いたのかユキコはその場で小さく飛び跳ねた。
 わたわたと慌てた様子で少女は言った。
 「はわわ!そんなお偉い魔術師さんとは知らずに…!!」
 魔術師は大笑いをしながら言った。
 「えらくねぇよ?只の木っ端の魔術師さ。」

 目の前の魔術師が大ぼらを吹いたのだと思ったユキコはジト目で目の前の男を睨みつけた。ルビー色の美しい瞳が半月に欠ける。


 手を止めさせた礼ではないが、ユキコの魔獣の世話を手伝うことにした。

 魔獣ヌメ、怠惰の化身とされる。と説明だけ聞くと大層な魔物に聞こえるが、地上の薄い魔素でも生きていけるように進化した比較的温厚な生き物。

 頭から背中に生えるふさふさとした体毛は刈り取れば衣服などの材料になる。肉は食用に足るうまさを誇る。基本的に何でも食べ、そこらの雑草でも食わせておけばいいと世話もかからない。

 魔術師はそんな魔獣の世話、といっても近づいてくる奴を猫かわいがりしているだけ、をしながらユキコから説明を聞いた。
 彼は不思議に思った点を口にする。
 「そんな生き物なら、皆こぞって育てそうなものだが。」
 何より楽して稼げる。苦難を乗り越えながら、元の世界に帰るより、ここで魔獣を育てて暢気に暮らしたほうがいい。

 ユキコは真剣な表情で遠くを見る。
 「得たいが知れないからよ。」
 原理は不明だが魔獣ヌメはまず浮く。子供より大きく育ったヌメの背中に子供が乗って一緒に浮かぶこともできる。
 人間の子供はおろか野良犬や野良猫にも負ける。だが、実力が足りなくて負けているというより、あえて負けてやっているという様子が透けて見える。その様子を大人が見ると非常に不気味に感じるようだ。
 肉が食用できる点。ヌメは非常に賢く人語も理解できる。ただし、喋れないので魔獣に分類されている。そんな高度な知能を持つ生き物の肉を食べる。非常に背徳的であるというのがもっぱらの意見。
 などなど、挙げてない点以外にも受け入れがたい得体の知れなさを内包しているのが魔獣ヌメらしい。
 よって、それを好き好んで育てる畜産家はそういない。


 一軒家。
 現在はユキコと、家事手伝いをする魔獣ヌメが複数暮らしている。
 キッチンのまな板の上に魔獣ヌメが着地。ごろりと腹を見せるように寝転がる。食えという意思表示だ。
 目の前でまな板の上に寝転がられた魔術師は困惑した。
 「え?まさか丸ごと?」
 少女はその様子を見ながら苦笑しつつ、準備を始めた。
 「流石にそれは嫌がるの。」
 まだキッチンに向かうには背丈の足りない少女が台を持ってきてまな板に向かう。手には一振りの包丁。スパッとヌメの体を切断。胴体から伸びている尻尾に当たる部分がまな板の上に切り離された。
 少し短くなった魔獣はまな板の上から降りて何処かへ行った。まな板の上にはしっとりした肉が一切れ残された。血が一切でない。不気味に思われる点の一つなのだろう。
 少女は台の上から振り返りつつ聞いてきた。
 「どうする?丁度お肉ができたけど食べる?」
 流石にあれから取れたと知って食欲がわく奴はそういない。

 だが、食べよと差し出されたものを食さないのは礼にもとる。

 一人暮らしで鍛えられたのか、ユキコはすぐさま手料理を振舞った。
 結果、食感はとても柔らかい牛肉だった。
 これなら牛肉ですと言われて出されればおいしく食べられるかもしれない。
 ユキコがメモを取りながら呟いた。
 「今回は牛肉の食感だったのね。」
 肉の食感もランダム。不気味に思われる点の一つ。


 出されたのが魔獣のお肉だった点を除けば普通のお宅訪問回だった。
 一軒家から出て、魔術師は旅を急ぐ。
 少女は尋ねる。
 「魔術師さんは何処へ向かうの?」
 魔術師は答える。
 「まずはすぐ上の四層、そして次の三層までかな。そこから先はセキュリティ的に進むのが厳しくなるから。」
 最後、少女を見つけた当初から気になっていた事を聞く。
 「赤い瞳は魔族と交わった人間に現れる特徴の一つ。君は半魔なのか?」
 首から下げた黒い水晶は地上の薄い魔素を補う役目を持っている。

 少女はスッと懐から古ぼけた写真を取り出した。
 そこには、今より更に幼い頃の赤い瞳の少女と、少女によく似た銀髪の美女。そして、その傍らには黒い髑髏の顔をした巨躯が立っていた。
 「父上からは聞き及んでいますよ。旅のご無事を祈っています。ジャッジ・ザ・アルバトロス。」
 サッと魔術師から血の気が引いた。

sec.15 - 灰色ビー玉

2018/05/20 (Sun) 23:30:23

 第四層。
 いわゆる工業層と呼ばれる場所。右も左も工場だらけだ。
 第六層へと降りる昇降機が錆びついていることを告げた帰り、妙な噂を耳にした。工業層では夜な夜な蜘蛛男が出るらしい。
 工場での作業はしばしば夜遅くまで続く、その帰りに襲われることが多いとのこと。
 最初は軽い怪我程度の被害だったが犯行が次第にエスカレートし、そのうち死亡者が出かねない事態だという。

 犯行の被害にあった人に聞き込んで回り、栗原が自作した工業層の地図に印をつけていく。すると、蜘蛛男が根城にしているだろうと思われる廃工場が浮かび上がった。


 根城へと直接乗り込む。
 「おい、蜘蛛男。出てこい。」
 魔術師の呼びかけに応え、廃工場の暗がりからスッと蜘蛛の特徴を人間に足したようなシルエットの怪人が姿を現した。
 怪人は姿を現すなり言った。
 「何者だ?レオ・ガルディアの人間なら、俺様の遊びを邪魔する権限があると思っているのか。」
 魔術師は両手を掲げて言った。
 「旅の魔術師だ。最近のお前の行動は目に余る。自重してくれないか。」

 言葉の意味を理解しかねたのかしばし沈黙が流れる。
 先に沈黙を破ったのは蜘蛛男の方だった。
 「こいつは傑作だ!通りがかりのお人好しって奴か?無視して去ってりゃ、その寿命が短くなることもなかったろうにな。」
 蜘蛛男の方はあきらかにやる気だ。
 とはいえ、魔術師の方はつい先日、飯を振舞ってくれるほど友好的な半魔族と会ったばかりでやる気がない。説得を続行する。
 「おい、話し合いで解決する気はないのか。」
 怪人は口から飛び出している牙を見せつけながら言った。
 「お前みたいな偽善者をぶち殺すとスカッとするんだよ…!!」

 交渉決裂。
 伸縮自在なのか、蜘蛛の糸が絡まった瓦礫が四方八方から魔術師めがけて飛ぶ。明らかに並みの魔物を超えた攻撃能力、蜘蛛男はBOSSだ。

 魔術師が風を纏う。
 超自然的な力を身に纏うことで、人を超えた動きを可能にする。だが、反射神経、動体視力などはそのままなので超人的な体の動きに振り回される。

 魔術師が先ほどまでいた場所で四方八方から飛んできた瓦礫がぶつかって砂ぼこりが舞う。同時に、適当に選んだクッションになりそうな場所に魔術師の体が突っ込んだ。

 目の前の光景に驚く怪人。
 「!?…な、なんだ?消えたと思ったらゴミ捨て場に突っ込んで…。」

 魔術師は体についたゴミを払いながらゴミ捨て場から出てくる。
 めんどくさそうにぶつぶつと呟く。
 「全然コントロールが利かねぇ…。」
 
 男はのそのそとゴミ捨て場から出てきた所でズバッと指を刺す。
 「いいか。俺がその気だったらお前は今ので死んでいた。もうこんな真似は止めて城で大人しくしていてくれないか。」
 説得のつもりなのか煽りたいだけか、どちらにしろ怪人は激昂した。

 二本の足を除いた合計六本の腕で細剣を抜いたかと思うと突撃してきた。

 すわ、カウンターチャンスと魔術師が身構えるが、真っすぐ突っ込んでくる蜘蛛男の動きが途中で直角に曲がった。空中の方向に。

 辺り一面に張り巡らされている蜘蛛の糸を足場にした高速移動。人間の目では追いきれないスピードだ。

 「くくく…!俺が何処にいるか見えるか?見えまい!」
 見る必要はない。待てばいいのだ。そもそもこの程度のスピードに対応できなかったら今頃はブラックスカルの刀の錆となっていただろう。

 蜘蛛の糸のしなりを利用して魔術師の背後に回った怪人は、背後から細剣で串刺しにするために、その糸から飛んだ。

 刹那。地面を踏みしめて魔術師が体を回転させた。

 「ッ!?」
 怪人は飛び出した後だったが反射的に近くの糸を掴んで軌道をずらす。
 両手に鈍器とスコップを構えた魔術師の攻撃を、怪人は糸を掴む際に捨てた一本の細剣を除いた五本の細剣で受け止め…切れずに吹っ飛ばされた。

 地面に叩き落とされた怪人はじりじりと後退しながら言い放った。
 「げはっ!…ば、化け物め!」
 魔術師は左肩にスコップを置き、右手に鈍器を構えながら詰め寄る。
 「まだ人間をやめた気はなかったが、もう卒業の季節か。」

 攻撃の衝撃から回復した怪人は地面から立ち上がると脱兎の如く逃げ出した。糸を使って立体的に逃走するその動きを今の魔術師は追うことができない。

 「城に居る魔物も動員して復讐してやる!俺に逆らった事を地獄で悔いるが」
 蜘蛛の怪人が全てを言い終わる前に銃声が鳴り響いた。
 空中に飛び出していた蜘蛛の怪人が落ちていく。
 怪人の体が黒い霧状に分解されて消える。同時に、形成されたダンジョンのコアとなっているBOSSが死亡したので、レオ・ガルディアの城に満ちていた魔素が急激に減っていく。

 狙撃を終えたアンチマテリアルライフルから薬莢が排出された。
 空中に飛び出した蜘蛛男を狙撃したのは栗原玲。女子高生である。

 蜘蛛男は、最初は町の平和を守るヒーローの真似事をしていたそうだ。それが貴族層の人間に暴行した件をサラダス公国軍から注意されたのを切っ掛けに、むやみやたらに人を傷つけるようになったとのこと。
 魔術師はそれを聞いて少しだけ胸の内が痛んだ。


 それからしばらくして、サラダス公国によるレオ・ガルディアの支配が終わった。主力ともいえる魔物の手を借りられなくなった公国軍はレオ・ガルディアから撤退するしかなかった。

 その後、レオ・ガルディアは兼ねてより水面下で進めていた隣国である小国との国交を回復させた。

sec.16 - 灰色ビー玉

2018/05/21 (Mon) 22:39:35

 第三層。
 平民層と呼ばれる。
 螺旋階段の二段目ともなると、地上も割と遠くに見えるようになる。
 連日の聞き込みにより、蜘蛛男が暴行を働いたのは貴族層に住む有力議員の息子であるらしい。有力者のドラ息子が権力を笠に着て粗相した場面に出くわし、蜘蛛男がボコボコにした。
 調べてみればよくある話だった。

 問題はその後の顛末だ。


 平民層のカフェテラス。
 ペット同伴OK。
 コーヒーの注がれたカップの目の前で疲れたようにうなだれる男と、その席の向かい側で綺麗な皿に乗っけられた芸術点の高いパンケーキを誰も触れていないナイフとフォークが食べやすいように切り分ける。
 切り分けられたパンケーキは皿の傍で座っている黒猫の口に運ばれた。

 黒猫は口の中で奏でられるハーモニーを堪能してから感想を述べた。
 「んー、おいしー。一度食べてみたかったのよね。ここのパンケーキ。」
 うなだれていた男は「さよか」とだけ反応してコーヒーを口に含んだ。
 苦い。
 調べれば調べるほど、件の有力議員とその周りから出るわ出るわ汚職の話。おそらく、サラダス公国と懇意にしていたので今まで見逃されていたというのもあるだろうが、問題はそれら全てが綺麗さっぱり証拠がない状態という徹底ぶりだろう。蜘蛛男なんかより余程邪悪だ。 


 魔素が溜まるとすれば城の中よりよほど貴族層の方が溜まってそうだなと男が思っていると、その貴族層の方から何かが崩れる音が聞こえてきた。
 微かにだが地面も揺れている。
 地震。
 仮にあったとしても地震で倒壊するような作りなら既に崩壊していて然るべき、別の原因があると考えられる。

 貴族層の方がよく見える場所へと駆けてくると、次々と建物が倒壊しているのか天高く昇る煙が遠くからでも見える。
 テロか?とも思ったが、自分が潜入できなかった貴族層で早々そんな真似ができる奴がいるとも思えない。しばらく見ていると、何だかサイズのおかしい蜘蛛が町の中で暴れているように見える。
 「カイジュー?」

 超巨大な蜘蛛の化け物が一本の足で弾き飛ばした瓦礫が平民層まで飛んできた。悲鳴を上げて避難する人々がいた場所に瓦礫が落ちる。危ないから遠くへ避難していてほしい。それにしてもあんなのどうやって倒せというのだろう。

 最悪の場合、貴族層ごと崩落させて倒すしかないと現実味のないことを考えていると、レオ・ガルディアの兵士に誘導されて貴族層の住民と思われる団体が平民層に降りてきた。貴族層に留まるよりはよほど安全と踏んだのだろう。

 そのうちの一人。
 件の汚職まみれの有力議員が魔術師の元に駆けつけた。
 「貴様!知っているぞ!最近、私の周りを嗅ぎまわっているようだな。」
 否定はできないので無言で頷く。
 議員は呼吸を落ち着けると言った。
 「私の方でもお前のことを多少調べさせてもらった。イワトビ・イワトヴィン・イワラルグ、旅の魔術師。先日、BOSSである蜘蛛男を倒した。」
 議員が調べたという内容も栗原が用意したデータとあっているので二回頷く。しかし、この状況で何が言いたいのだろうか。
 議員は縋り付いてきた。議員の顔をよくよく見ると顔面蒼白で、表情はとても焦っており、瞳は興奮からか涙で潤んでいる。
 「あの巨大蜘蛛は私の息子なのだ!君なら息子を助けられるだろ!?なあ!?助けてくれぇ!頼む!」
 しかし、魔術師の脳裏は冷ややかだった。自分の大切なもののためならここまで必死になれるのに、どうしてその気持ちを他人に分けることができないのだろうか。いや、むしろ逆だ。この議員は正常なのだ。

 魔術師は議員を一度、自分から引きはがすと無言で右手を差し出した。
 議員は懐に手を入れながら言った。
 「金か!?金なら幾らでも出そう!小切手に言値を書き込むといい!」
 本当によくある話だ。
 魔術師の欲しているものは違った。
 「ライオンハート。レオ・ガルディアが首から下げていた装飾品。あれは城から地下への脱出路を開く鍵のはずだ。貴方が持ってますよね?」
 それを出すという事がどういう意味を持つか。一瞬だが議員は躊躇した。だが、震える手で議員は懐から白金に輝くネックレスを取り出した。

 周りに控えていた兵士がざわつく。兵士の長と思われる男が出てくる。
 兵士長と思われる男は議員の肩に手をかけながら告げた。
 「議員。貴方を背任の罪で逮捕しなければなりません。」
 議員は膝から崩れ落ちた。


 その場を後にして、平民層からリフトに乗って貴族層へと向かう。
 魔術師は肩に掴まっている黒猫に声をかける。
 「ありゃ一体何なんだ?」
 黒猫は語る。
 「BOSSを倒したことにより本来霧散するはずだった魔素が指向性を持って議員の息子に向かったものね。蜘蛛男が消えてから、巨大蜘蛛の登場まで時間があったのは潜伏期間のようなものかしら。」
 魔術師は首を傾げる。
 「しかし、何でドラ息子なのだ?蜘蛛男が恨むのならむしろ俺だろう。」

 リフトが貴族層に到着。
 巨大な蜘蛛が巨大な建物や聳え立つビルなどを破壊して回っている。
 黒猫が言った。
 「貴方に魔素が集中したらそのまま何事もなく吸収してパワーアップするだけでしょ。」
 納得した。

 魔術師は手に持っていた白金の飾りに声をかける。
 「おーい、王様ー。国の危機だぞ、力を貸してくれ。」
 澄んだ鈴の音がしたかと思うと、辺りに光で出来た羽根が舞い散った。魔術師の手に一振りの剣が握られている。
 白金の飾りの真の姿、聖剣ライオンハートである。
 「ドラ息子が変身した怪獣相手にはこれで十分だろう。」
 問題は相手が巨大すぎて攻撃が届かないという点。
 肩に掴まっていた黒猫が、その体の中に沈み込んでいく。

 「私が翼になるわ。」

 魔術師の背中から黒い翼が生えた。

 後は翼の方が勝手に考えて飛ぶ。

 男の体がふわりと空中に浮かんだかと思うと、大空を翔る鳥もかくやというスピードで空を飛んだ。
 巨大蜘蛛が接近してくる魔術師を払い落とすために巨大な足を振るうも、素早い動きでそれをかわす。
 足が魔術師の傍を掠める際、光が瞬くと、巨大な蜘蛛の足が綺麗な断面で切れて飛んだ。切断された足が近くの建物に突き刺さり、同時に黒い霧となって消滅していく。

 後は、残り七本の足を同様に料理していくだけだった。
 最後には足を全てもがれた巨大蜘蛛が残った。
 「とどめと行きたいが…。」
 このまま巨大蜘蛛を倒して中身の息子が無事という保障はない。

 その時、聖剣が意味ありげに煌めいた。
 同時に懐の鈍器が微かに震えた。

 右手で持っていた聖剣に、左手で取り出した鈍器を近づける。すると、聖剣が溶け込むように鈍器と融合した。
 一回り巨大になった鈍器は立派なハンマー状の物体となった。
 「ジャッジ・ザ・ハンマーを振るうに対価はいらない。」
 だが、その言葉に反して今回はライオンハートを対価として受け取っている。
 「お前のオヤジは邪悪だったが、感謝はしろよ。」
 黒い翼を生やした魔術師が巨大蜘蛛の頭上にハンマーを振り下ろした。


 巨大蜘蛛が消滅すると、中からドラ息子が出てきた。
 彼の人生が今後どうなるかは彼自身の心の在りようによるだろう。

sec.1 - 灰色ビー玉

2018/05/11 (Fri) 16:18:39

 片手にビニール袋を下げた男が夜道を歩く。
 男の名は二階堂審。
 いまはまだ普通の男。中肉中背、中学校運動部、高校帰宅部。


 昼夜逆転、気が付くと男が見上げていた星空は青空に変わっていた。こんな日は洗濯物がよく乾く、そんな暢気な事を考えながら男が視線を下げると、今まさに建物の端から身を投げ出さんとしている女子高校生の後ろ姿が目に入った。

 十数秒後。二階堂は身を投げようとしていた女子高生にマウントを取られた状態で顔を滅多打ちにされていた。拳一発一発が本気で撃ち込まれるので殴られるごとに意識が飛びそうになるのを堪えながら、涙目でこちらを睨みつけながら未だに殴りつけてくる目の前の少女を見つめる。
 しばらくそうしていると殴っていた手が止まった。二階堂の顔面もお察しだが、殴った女子高校生の手の方も赤くなっている。

 いまだにマウント状態ではあるが、二階堂は内心ほっとしていた。顔面パンチのダメージがいよいよ許容量を超えそうだったので、よくわからない状況で女子高生に殴殺される半生かと悟りかけていた。

 マウントとられた状態で悟っていても何も始まらないので、刺激しない程度に話しかけてみようと試みる。
 「気が済んだか…。」

 
 女子高生の第一声。
 「何処から入って来たの。」
 何処から入ったか。ここはとある建物の屋上。いい感じに高いビルの上だ。こんな場所から青空と友達になろうと一歩踏み出そうものなら現実の外へ行けるだろう。そんな場所へは、鍵などで施錠されたドアを突破しなければ立ち入れないようになっているのが通常。
 「お前と同じ場所から入ったんだよ。」
 正確には気が付くとこの場所に居たのだが、そんな話をすれば頭のおかしい人が確定してしまうので真実は闇の中に。もしくは、殴られたショックで一部記憶の混濁が生じているのかもしれない。二階堂はそう思うことにした。
 「お前に殴られたショックで記憶が飛んだわ。」


 流石に記憶が飛ぶまで殴ったのは悪いと思ったのか女子高生はマウント状態から不審者を解放した。不審者もとい二階堂審は背中の誇りを手で払いながら立ち上がった。
 空を見上げながら大きく背伸びをする。生きているって素晴らしい、男はそう思った。
 もののついでで互いに自己紹介する。
 「俺の名前は二階堂審。君は?」
 「私は栗原玲よ。」
 女子高校生の名前は栗原玲と言うらしい。
 「アニメのキャラクターか?」
 二階堂が反射的に返した返答の答えにスパーンといい音のするローキックが入った。口は禍の元というが、今の栗原は気が立っている。

 そもそもあんな出会い方をしなければこんな関係にもならなかったのだろうかと二階堂は思いながら、先ほどの一瞬をフラッシュバックした。
 彼は咄嗟に引き留めるためとはいえ、栗原に後ろから掴みかかった。何処を掴もうと意識したわけではないが、その際の一連の不手際のおかげで第一印象は最悪。でなければ初対面の相手をあそこまで殴打できまい。

 二階堂がこれまでの出来事を脳内で総括していると、その様子を眺めていた栗原が小さなため息をついた後でこう続けた。
 「…ま、いいわ。今回の事は忘れてあげる。実際、死のうとしてたのは事実だし。だから、記憶が飛ぶほど殴ったのは今のでチャラ。」
 「…死のうとしてたって、何でだ。」


 結局、その答えを口にすることもなく栗原は二階堂の元から去った。

sec.2 - 灰色ビー玉

2018/05/12 (Sat) 15:36:04

 二階堂審、彼が居るこの場所は異世界である。異世界に行って大冒険する話は腐るほど見てきた彼はこの現状、驚きこそすれ混乱することはなかった。

 誰でも無料で利用できる図書館で、ざっと調べたところ、民主主義の帝国とかいうわけのわからない大国が一つあって、それが長いこと続いているので人々から究極帝国などと呼ばれているが、近年、サラダス公国とかいう軍事国家を吸収合併した所から、帝国各地で汚職や不祥事が巻き起こるようになり、それにより社会不安が加速、一部識者からは戦争が起こるのではないかと指摘されている。ちなみに、現在位置は大した軍事力のない小国らしい。


 異世界も大変だな、さっさと元の世界に帰ろう。二階堂はそう心に誓いながら図書館を出た。だが、彼は元の世界への帰り方を知らなかった。


 自慢ではないが二階堂は今のところ普通の人間。となると、二階堂に前世が存在して、その前世が思わぬ因果でも秘めていない限り、異世界に来た原因は彼以外にあると考えるのが筋だろう。その前提で、あの場に居たのは栗原玲しかいない。

 諸々の原因は栗原にあると結論付けた二階堂は彼女を探した。だが、人間一人を探し回るにはこの町は広かった。
 結局、手がかり一つ見つけられずに日が暮れた。


 翌日。
 爆発音のような振動を耳にして二階堂は目を覚ました。場所はネットカフェの一室だ。ホテルに泊まるより断然格安で一夜を過ごせる。昨晩はこの世界についていろいろ調べているうちに寝落ちした。栗原玲はこの国で一際優秀な才女であったらしい。そんな彼女が通っている学校、アーバン学園と呼ばれるその学校は国主導で将来的に兵力となる人材を育成する教育機関とのこと。

 ネットカフェから外へと出てあたりを見回すと皆、一様に同じ方向を向いていた。見ると、その方角から煙のようなものが上がっている。爆発があったと思われるのはあちらの方角で間違いないようだ。


 取れる選択肢は主に二つ。できうる限り関わらないように爆発音から遠ざかるように移動するか、逆に爆発音があった方へと向かう。女子高生にマウントとられて滅多打ちにされるような男が後者の選択をするのは無謀だと言わざる負えない。
 記憶力と方向感覚に乏しい二階堂の記憶によると、あの方角に存在するのはまさにアーバン学園だ。将来的にこの国の軍事力になる生徒たちを襲う何者か。社会情勢を占う識者の言う事を鵜呑みにするのなら究極帝国しいてはサラダス公国が相手であろう。

 異世界の人間が無責任に国と国との争いに関わろうとする。そもそも関われるのかどうかすら怪しい貧弱さだが。

 二階堂審の足は自然と爆発があった方角から遠ざかるように歩きだしていた。これがアドベンチャーゲームなら向かった先で幾通りの死亡ENDを乗り越え、栗原玲と再会するルートもあった。

sec.3 - 灰色ビー玉

2018/05/12 (Sat) 23:43:32

 アスファルトで舗装された道路、巨大なビル群、二階堂は歩を進めた。

 爆発があった方向とは真逆に歩いているはずであった彼の前方から人々の悲鳴が聞こえてきた。思わず足が止まる。選択を間違ったのではない。どちらにせよ巻き込まれる定めだった。

 そのはるか頭上を巨大な鳥と見紛う何かが突っ切っていったかと思うと、視界にこちらへ降ってくる落下物が見えた。爆撃だとすると、この位置はまずい。咄嗟に目に入った地下へと続く階段へと駆け寄る。
 目の前に黒い水晶を思わせる落下物が突き刺さった。アスファルトに突き立ったそれは直撃していればどうなっていたのか想像するには容易な姿をしていた。

 空よりばらまかれた落下物の一つはバス停の屋根を突き破り、一つは高層ビルの壁に突き刺さり、そして、その中の1つが逃げ込もうとした地下への階段を塞ぐように落下していた。
 それら落下物は静止しているものの、触らずとも感じる異様な気配から、落石として使用されただけではないのがわかる。前方から聞こえてきた悲鳴の原因もおそらくこれだろう。サラダス公国は、魔物を使役すると調べたサイトでは書かれていた。公共の情報網で周知されているということはそれを隠す気はないという事。


 これが町中にばらまかれたということは、何処へ逃げようが安全が保障されない。だが、今からそれなりの防衛施設が存在するだろうアーバン学園へ向かうのは機会を完全に逸している。できるならば、向かうか逃げるか決めた時点まで戻りたいが、現実はゲームではない。選択はやり直せない。


 目の前の黒い水晶が微弱に振動を始めた。共振するかのように他の黒い水晶も同様に震え始め、二階堂の鼓膜を刺激する。

 出てくる。

 ずるりと目の前の黒い水晶から生まれ出てくるように何か生々しいものが目の前に姿を現した。このまま放っておけば、断続的にこのように魔物を生み出し続ける物体なのだ。


 逃げ場。戦うのは論外。魔物が恐れられている以上、多少格闘技を習った人間程度では歯が立たないのだろう。その上、二階堂は高校では帰宅部、平均的な人間より運動能力に劣る。闇雲に逃げるならば短時間で魔物に追い詰められる。逃げ先を決めなければならない。
 思考が加速する。アーバン学園は最初から除外、ここからでは遠すぎる。ネットカフェ、逃げ込んだところでどうしろというのか。
 残った建物はあのビルだけだった。


 幸い、召喚酔いというやつなのか、呼び出されてすぐの魔物は動きが鈍い。こちらを認識して襲いかかってくる前に走り出した。

 町中を疾走。したいところだが、二階堂は中長距離を全力疾走できるほど体力に満ち溢れているわけではない。小走り気味に町中を走った。彼の両耳には破砕音や人々の悲鳴が聞こえてくる。現状は軽くホラーだ。
 曲がり角を曲がる前に壁を背にして、先の通路を見る。魔物が居た。走り抜けていたらアウトだった。回り道をしながら目的地へと急ぐ。


 十数分後。全身に汗をかき、肩で息をしながらも、彼はもう二度と戻らないと思っていたビルの前まで来ていた。


 彼は息を整えながらビルの中を進む。ビルの内部は乱雑に物が散乱しており、それらが階段を通行止めにしていたり、通路を塞いでいたりで、最初に来た時は降りていくのも一苦労だった。とはいえ、現在はこれらも頼もしいバリケードだ。食料も水もない以上、一時しのぎにしかならないとはいえ、油断すれば死が待ち受けていた町中をうろついているよりは幾分か安全といえた。

sec.4 - 灰色ビー玉

2018/05/13 (Sun) 23:47:46

 二階堂が異世界に居ると気付いた時に直面したのはお金が無いという切実な問題であった。水を飲むのもお金がいる。水道水の蛇口から飲めないこともないが、異国の地である、たいして胃袋の強くない二階堂が口にして無事で済むとは思えなかった。


 彼は質屋のような場所を探し出し、財布の中身全てと、いつまで経っても圏外を表示するスマートフォンを異世界のものであると紹介して高値で売った。よって、路銀だけは十分にある。この小国の通貨であるが、サラダス公国と争い始めた今、通貨価値の方は大丈夫なのだろうか。と、はなはだ場違いなことが心配になって来た。


 異世界のものと称して通じる辺り、この世界には昔からそういう人種がうろついている歴史でもあるのだろう。
 彼はそう思いながら、全身が蝋で出来た頭に炎を灯した大男に追われながら道路を走っていた。

 キャンドルマンだろうか。
 現在、二階堂を追い詰めようとしている魔物の名称である。
 幸いなことに動きがそれほど速くないので、一般人でも余裕で逃げ切れるのだが、幼女を助けるために飛び出したリーマンを助けるために、二階堂が注意を引き付けている最中なので振り切るわけにもいかなかった。
 また、彼の右手には例のビルで見つけた廃材を組み合わせて作った武器、その名もジャッジ・ザ・ハンマー・プロトタイプが握られていた。非力な彼にも振り回しやすいように片手サイズの鈍器というのが形状を説明するのに適しているだろう。

 「ウボオオォ…。」
 底の見えない穴から響いてくるような声をあげながらキャンドルマンが二階堂を追う。その鈍重な動きをカバーするための技なのか、キャンドルマンはどろどろに溶けた蝋を飛ばしてくる。非常に熱かろうと思われるので、二階堂は全て避けている。

 敵もさるもので、闇雲に追い回しているように見えたキャンドルマンの動きは二階堂をある位置へと巧みにおびき寄せていた。
 そして、その位置にたどり着いた二階堂は立ち止まった。その先は道が途切れており川になっていた。逃げるには川へ飛び込むしかない。

 にやり、とキャンドルマンの顔が笑みに歪んだ。散々逃げ回った獲物をどう料理してやろうかと蝋男は考えたのだ。
 呆然としているのか、二階堂は背中を見せたまま動こうとしない。軽自動車と真正面から押し合っても勝てるパワーを持つキャンドルマンの両腕がそんな彼の背中に迫る。

 だが、キャンドルマンに掴まれかけた二階堂の姿が消えた。
 彼は咄嗟にノールックでキャンドルマンの攻撃を避けると、自身が発揮できる最大の俊敏さでキャンドルマンの背後に回り込んだ。そのまま体を捻る、全体重を乗せたジャッジ・ザ・ハンマーの一撃がキャンドルマンの尻に叩きこまれた。
 その攻撃でバランスを著しく崩したキャンドルマンは川へと飛び込んでいった。無論、キャンドルマンの尻への一撃など大したダメージにはならない。その攻撃により著しくバランスを崩して川へと落ちたのが致命だったのだ。
 頭の炎が消えたキャンドルマンはそのまま動くこともなく川を流されていった。見間違いでなければ、その体は黒い霧状となって分解されていっているように見える。

 そんな魔物の姿を見ながら二階堂は呟いた。
 「お前の敗因はただ一つ。速さが足りてない。」
 一般人にすら及ばない速さでは、軽自動車とすら押し合って勝てるパワーも宝の持ち腐れだ。

sec.5 - 灰色ビー玉

2018/05/14 (Mon) 23:57:56

 それから数日経った。


 アンバー学園の周辺にばらまかれた黒水晶からは今も魔物が現れ続けている。周辺の町並みは居住不可能な状態とされ、町のはずれに臨時の避難所が設けられた。サラダスの襲撃から避難所の設立までの時間が短いのは、この状況を予見していた栗原玲がその下準備を終えていたからと噂を耳にした。


 町の住民でもない二階堂だったが、状況が混乱している上、身分証明なども求められなかったので、現在は避難所のテントの1つを間借りしている。
 町のはずれにたどり着いた最初の一夜はほとんど雑魚寝だったので、こうしてテントとはいえ個室が用意されているのは非常にありがたい。

 また、先日助けたリーマンと幼女に再会した。
 どうやら無事に逃げ延びたようだ。
 リーマンが言うには幼女は町に残した両親を探しに行きたがっているそうだ。結果がわかりきっているだけに二階堂とリーマンはお互いに苦い顔だ。とはいえ、このまま放っておくと幼女一人でも町に戻りそうだとリーマンは言っていた。
 リーマンから話を聞いた男も、せめて両親の形見でも持たせた方が良さそうだと思った。

 また、避難所にいる住民の中で、武芸に携わった過去を持つとされる老人に指導を仰ぐことになった。
 二階堂もこのまま普通の人間ではいられないと思ったので、老人のレクチャーを受けて訓練を開始した。

 この場に集った者たちに老人は重々しく告げる。
 「魔力、チャクラ、気、マナ、オーラ…呼び方は何でも良いが、人外の力を持つ者どもを相手に対等に戦おうと思うのなら、まずはその力の使い方を知るのだ。」
 老人はそう言った後、実践して見せるとして、遠くに設置した空き缶を、拳から発射された気の塊のようなもので吹っ飛ばして見せた。
 「これが風神拳じゃ。」
 おー、と歓声が上がった後、まばらだが拍手も起こった。
 二階堂がかつて居た世界では、少なくとも大っぴらには存在していなかった概念が、この世界にはある。
 彼は実際にそれを見たことでひしひしと感じた。


 それから数週間、ランニングから始まり、座禅、精神集中、組手、筋力トレーニングとそこそこ厳しい訓練が課せられた。
 流石に遊び半分で参加した人たちはこの辺で脱落した。
 二階堂は訓練メニューを自分で可能な量と質に勝手に調整した。老人は呆れていたが、そういうやり方もあるのかもしれないと納得もしていた。



 さらに数週間経ったある日。
 国境沿いでサラダス公国と小競り合いをしていた正規軍が引き上げてきた。これから町に入って、魔物の掃討を開始するそうだ。

 老人のもと一ヵ月と少し修行した男たちが正規軍と共に町の奪還に参加すると言い出した。


 正規軍の一人が男たちの説得をさせるために老人を呼び出した。
 老人は男たちに告げた。
 「ワシが稽古をつけたのは、無駄死にさせるためではない。お主らの無念を汲んだだけのこと。
 誰一人として風神拳を覚えなかったので足手まといにしかならない。それでも行くというなら勝手にしろ。」
 老人は臨時開講されていた訓練所の閉鎖を告げて、その場から歩き去った。

 しかし、男たちの決意は揺るがず、正規軍に臨時に編成される義勇隊として町の奪還作戦に参加することになった。


 一方、その作戦には参加する気はない二階堂は、言うだけ言って引き上げていった老人を追って避難所の一角に向かった。

 すると、老人と一緒にリーマンと幼女がいた。
 何故かリーマンが遠くの位置にドラム缶をセットした。
 幼女が叫ぶ。

 「ふうじんけん!」

 叫びと共に幼女の右手から風の塊が発射され、リーマンがセットしたドラム缶を吹っ飛ばした。老人は目を見開いて驚きのあまりプルプルと震えている。
 二階堂の耳に、聞いてはいけない老人の独り言が聞こえてきた。
 「わ、ワシですらこの歳になって会得した奥義を……。」
 老人が吹っ飛ばしたのは空き缶で、幼女はドラム缶、力の差は歴然だった。


 彼女の将来は有望そうだが、風神拳が使えると言っても幼女は幼女。
 町にはリーマンと二階堂が向かうことになった。目的は幼女の両親がどうなったのか確かめ、できれば形見になりそうなものを持ち帰ることだ。

 あれから約一ヵ月は経っている。
 二階堂は栗原は無事なのだろうかと、ふと思った。

sec.6 - 灰色ビー玉

2018/05/16 (Wed) 00:37:05

 朝方、日が昇ると同時に正規軍が町中に進軍を開始。
 目標は町中にばらまかれた黒い水晶の破壊。
 栗原玲からあらかじめ提示されていた資料により、魔物の物量には適わないという試算から、軍の消耗を最小限に抑えるために元から断っていく。
 作戦の終了期間は約二ヶ月後を予定している長期的な戦闘となる模様。

 義勇隊は後方支援部隊の援護、および正規兵が撃ち漏らした魔物の掃討なども任されているが、比較的危険性の少ない場所に配置された。


 一方、二階堂はリーマンと共に幼女が書いた地図と、両親と暮らしていたという建物のスケッチを頼りに遠くから聞こえてくる戦闘音を耳にしながら人のいなくなった町中を歩いていた。

 クレヨンで書かれた割と大雑把な地図にココと矢印で示されている。
 地図で示された場所は住宅街とされている場所から離れた位置にあった。


 住んでいた家と称して同じくクレヨンでスケッチされている建物は、一家族が住むアットホームな一戸建てではなく、どちらかというと無機質な病院を思わせるような作りをしているように見える。


 道中、ヒトデの魔物と遭遇。一ヵ月前には逃げるしかなかったが、体を回転させて飛んでくる座布団サイズのヒトデを改良を加えたジャッジ・ザ・ハンマーで叩き落とした。修行の成果は出ているようだ。


 実物を目にするまでは半信半疑であったが、実際にスケッチと似たような建物を見つけたことで二階堂はその考えを改めざるを得なかった。

 地図で示された地点、本当に病院のような建物があった。
 幼女の話によると、両親とこの場所で暮らしていたらしい。
 予想とはだいぶ違ったが、中に入ってあの子の両親がどうなったのか調べなければ目的が達せられない。


 たたき割られていた正面玄関のガラス戸を踏みしめて中へ入る。ロビーのような場所から各種フロアに繋がる通路、階段などが見える。
 辺りを見回していたリーマンから提案があった。
 「中はだいぶ広いようですね。どうします?二手にわかれますか。」
 一ヵ月ちょっと修行したぐらいの一般人が数の有利を捨てるなどという行為は到底認められない状況だったが、ヒトデを倒して浮かれているのもあったのか、二階堂はその提案を快く受け入れた。

 リーマンは足早にその場を去った。
 一人残された空間は静かで耳に何の音も響かない。少なくとも聴覚が危険を知らせてくる様子はない。

 二階堂は広い建物の中を見回った。既に重要な物は全て運び去った後なのか、建物の中で目に付くようなものを見つけることはなかった。

 どうせなら最後に社長室を見に行こうというわけで長い階段を上って最上階まで来た。流石に社長室は強固なプロテクトで守られており、分厚い扉が行く手を遮った。ハンマーで殴る程度ではビクともしなさそうだ。
 「諦めるか…。」
 二ヵ月後、町の奪還が終了すれば持ち主が戻ってくるかもしれない。その時、社長室の扉が無残に壊されていたら何が起こったのかと驚くことだろう。


 社長室の扉の破壊をあきらめて、二階堂は一階まで降りてきた。
 リーマンはまだ戻らない。
 セキュリティ的に侵入不可能だった部屋以外はざっと見回ったので、だいぶ時間を消費している。それなのに戻らないのは不穏だ。

 いなくなったリーマンを探すために、いまだに目を通していない地下への階段を下りていく。途中、あきらかに社長室の扉より頑丈な、まるで金庫の扉のような場所まであったが、何故かセキュリティを突破されており、扉が開けっ放しになっていた。どうやら、リーマンはこの先に居るようだ。


 そこまでの道のりにあったのは、異常な研究の結果がホルマリン漬けとなって浮かんでいる姿だった。それらは人に見えた。


 道のりの先、巨大モニターが存在する部屋にたどり着いた。
 リーマンはモニターの前、コンソールに向かっていた。
 背後から近づく二階堂の気配に気づいたのか、リーマンはコンソールから手を放しておどけた様な仕草で言った。
 「…おっと、少々手こずり過ぎましたね。」
 リーマンが向かっていたコンソールの前に表示されている巨大なモニターには栗原玲の写真が映し出されていた。その右下にはリーマンが助けた幼女の写真も映し出されている。



 二階堂本人も驚くほど温度の低い言葉が口から出た。
 「お前、何を知って、何を隠している。」


 リーマンは口元をにやりと歪めると言った。
 「全てですよ。」
 その彼の背後でモニターに映し出されていた映像がまるで虫食いのように崩れていき、最後には真っ暗な何もない映像だけが残った。

 部屋を照らしていたのはモニターの光だったので、リーマンの姿はもはやシルエットでしか認識できない。
 リーマンは言った。
 「あれは彼女が人として逝けた最後の機会でした。」


 リーマンのシルエットは崩れて消え去った。おそらく、人のふりをした人外の何かだったのだろう。

 二階堂はコンソールに詰め寄って操作してみたが、モニターは青い光を放つだけで何も映し出さなかった。残されていた記録は全て消えていた。

sec.7 - 灰色ビー玉

2018/05/16 (Wed) 14:48:52

 陽炎のように消えたリーマンの足元に、両親役だったと思われる白衣を着た男女に囲まれ、幸せそうな笑みを浮かべている幼女の写真が納まったペンダントが落ちていた。以上のことから、リーマンは幼女との約束を違える気はなかったように思える。



 日が傾き、黄昏がやってくる頃、撤退の合図を告げる信号弾が撃ち上がった。これから二ヵ月の間、こうして正規軍は撤退と戦闘を繰り返し、魔物が出現する黒い水晶を破壊しながら前線を繰り上げていく。


 二階堂はその信号弾を町のはずれにある避難所から眺めていた。
 町から持ち帰ったペンダントは幼女に手渡した。
 リーマンがどうなったのか、彼女に説明するのも面倒なので遠くに旅立ったとだけ。彼女の両親がどうなったのかは、薄々理解しているように見えた。


 避難所に戻ると、人口の密度が二倍以上に増えていた。
 何事かと聞き込むと、アンバー学園に立てこもっていた民間人と生徒たち、および教員などがこの場に合流したそうだ。

 正規軍が町に攻め込み、アンバー学園を取り囲んでいた魔物がそちらに集中した隙をついて脱出してきたとのこと。
 その作戦の立案と実行のタイミングは栗原玲が行った。

 また、最初のサラダス公国の襲撃から、学園内に入り込んだサラダス公国兵の制圧、周辺民間人の避難、アンバー学園にバリケードを作り籠城など、二階堂が知らないところで色々あったらしい。

 聞きたいこともあるが、避難所に到着しても、栗原には様々なやることがあり、一方、二階堂にはない。
 そんな貴重な時間を削いでまで聞くことでもない。

 全てを知り、全てを隠していると称する存在が出てきた以上、あの場に自分を呼び出したのが栗原という予想もどうも違うような気がする。二階堂はこの時点ではそう考えていた。


 老人による訓練所は既に閉鎖されたので、男は自主練をしながら時間を潰す。時折、何処からか噂を聞きつけた避難所の住民が依頼を持ってくる。
 魔物がうろつく町中を自由に動ける人材はそう多くないからだ。


 奪還作戦が開始されて一ヵ月経過。
 一時期、ピークに達した避難所の人口も徐々に減り始めた。
 いまだに無事な別都市や、実家のある田舎など、定住できる場所が見つかった避難民が避難所を出ていき始めたのだ。

 また、魔物が掃討された区域から復興が始まり、避難所も入れ替わりで復興事業者やボランティアなどの人々で賑わい出した。

 この頃になると、わざわざ危険な町に入って何かをする必要もなくなってきたのか、二階堂への依頼も少なくなり、日々の自主練以外に精を出すこともなくなってきた。


 そんなある日、栗原玲が二階堂の前に姿を現した。
 開口一番、栗原は言った。
 「貴方、何処の誰なのかもわからないそうね。二階堂審。」
 二階堂は無言で頷いた。

 この状況で身元不明の男。怪しいこと限りない。

 栗原は一枚の書類を取り出して差し出した。
 「そのまま浮浪者として一生を終えたいのなら無視していいわ。」

sec.8 - 灰色ビー玉

2018/05/17 (Thu) 23:19:06

 栗原から渡された書類にサインしてから三日後。

 いまだに避難所にいる二階堂は何故か子供に囲まれていた。
 彼が羽織っている蒼いマントを子供の一人が引っ張りながら言う。
 「これで空を飛ぶのかー?すべすべふかふかぁ。」
 二階堂の返答は。
 「…ああ、そのうち飛べるようになるだろう。」
 別の子供が腰に下げた鞘に収まった剣をぺたぺたと触る。
 「すっげー!本物の剣だ!」
 それを少し離れた位置から眺めている子供が言った。
 「おじちゃん、そんな恰好をして騎士様なの?」
 「お、おじ…。」
 そんな歳でもないのに、子供から既におじさん呼ばわりをされて二階堂は軽くへこんだ。


 どうしてこうなったのかというと、時は三日前に遡る。


 二階堂は手渡された書類をざっと見回し、備え付けてあったボールペンで契約書にサインした。サインした書類を栗原に手渡す。

 二階堂は疑問に思ったことを口にした。
 「見間違いでなければ騎士団の団長と、書かれているように見えるが…。」
 異世界とはいえ、この小国においては現代風の文化が根付いているように見える。だというのに、騎士団の団長に就任させるとはどういう事だろうか。

 栗原は書類のサインをしっかり確認してから言った。
 「身元不明の男より、何の権限もないけど国公認の集まりのリーダーなら、そっちのほうが信用されやすいでしょう。間違っているかしら。」
 間違ってはいないが、何故、騎士団なのだろうと、当初の疑問は解消されていない。その疑問の答えというべきものを栗原は取り出してきた。

 栗原は立派な一振りの剣を差し出してきた。
 「誓いの剣とされている骨董品。貴方にはこれから、私を女王として、誓ってもらうわ。誓うことは重い方がいい。」


 しぶしぶ、誓いの剣とやらを受け取る。重い誓いの方がいいらしい。
 あくまで二階堂は思案しているつもりで独り言のように呟いた。
 「重い誓い…重い誓いねぇ…。一生童貞とか?」
 カシャッと音がして鞘から剣の刃が見えるほど飛び出した。

 栗原はその様子を見て頷きながら言った。
 「なるほど、童貞というと聞こえが悪いけど、純潔をささぐというのなら、普通に誓いになりえるわね。」
 口は禍の元。二階堂のこの癖は治りそうにない。

 取り返しのつかない自分のやったことに落胆して地面に崩れ落ちた男を見下しながら、栗原は説明を続けた。
 「誓いの剣、別名、騎士の剣とされるそれは、鞘は持ち主に不死を、剣の持ち主を不老に、誓いは…誓った内容次第だけど、今のなら誘惑とか洗脳とか無効にできるのではないかしら。」

 よろよろと立ち上がりながら二階堂は言った。
 「そんな重要そうなアイテムを何処の誰とも知らない男に渡して…。」

 栗原は言った。
 「ちなみに、ただの伝承だから。本当にそんな効果がある保障はないわ。」
 妙な呪いを持ち主に強いる骨董品。それが現在の誓いの剣の評価。
 事実を突きつけられた二階堂は真っ白になった。

 栗原はふふと少し笑って見せてから言った。
 「騎士団の名前。貴方が決めていいわよ。あんまりな名前は却下だけど。」

 精神状態がクリアになっていた二階堂の脳裏に一羽の鳥が飛ぶ。
 「アルバトロス…。」
 「え?」
 栗原には二階堂の呟きがよく聞こえなかった。

 もう一度、よく聞こえるように彼は声を張り上げて言った。
 「遊撃騎士団アルバトロス!初代団長、二階堂審!」
 何故か、謎の決めポーズもセットだった。

 栗原は首を傾げている。
 「アルバトロスって、アホウドリよ?少しカッコよく言えば信天翁。」

 二階堂は力強く頷いた。
 「構わない。それでいく。」

 こうして、アルバトロス騎士団は誕生した。

 ちなみに、諸々のやり取りがあった二日後辺りに青色のよく目立つマントが彼の元に送られてきた。
 二階堂は知らないが、このマントは栗原の手作りである。

sec.9 - 灰色ビー玉

2018/05/18 (Fri) 16:14:36

 アルバトロス騎士団が成立して数日後。

 正規軍からの依頼を受けて、二階堂はまだ安全を宣言されていない戦闘区域までやって来ていた。片手には支給されたデジタルカメラが握られている。

 黒い水晶が突き刺さっていたと思われる地面の窪みをデジカメで写す。

 一方で、別の場所にて黒い水晶の破壊を行っている正規軍の戦闘音も遠くから聞こえてくる。奪還作戦はいまだ続いている。


 彼は周りに黒い水晶が見当たらないのを確認してから場所を移動。時折、先ほどと似たような痕跡を発見しては写真に収めた。


 長時間に及ぶ調査の途中。
 こちらに気づいていない魔物の群れに出くわした。数は5,6体。それらがひと塊で何処かへ向かっている。
 二階堂はマントに付属しているフードを被ると合言葉を唱えた。
 「我が名は虚空。インビジブル。」
 すると、二階堂の姿が空気に飲まれるように掻き消えた。姿こそ消えているが実体はそこにある。見えなくなっただけだ。
 彼は透明状態で、魔物の群れを追っていった。


 魔物は川が地面の下を通るトンネルのようになっている場所へ入っていった。しばらく待っていると、そこから黒い水晶を一つ抱えた魔物の群れが出てきた。彼はデジカメを最大望遠にしてその様子を撮影した。



 後日。
 いつもの避難所。
 アルバトロス騎士団駐留所と書かれた札を下げることになったテントに栗原玲が訪れていた。彼女は少々機嫌の悪そうな顔だ。
 二階堂はテントに備えてあった座布団を二枚敷くと言った。
 「お茶でも出すか?緑茶だけど。」
 
 栗原は敷かれた座布団に正座すると言った。
 「結構よ。要件を話すわ。」
 二階堂が調査を実行した結果。以前より懸念していたことが確定したようだ。それは、奪還作戦の成否すら左右する事態であるらしい。

 二階堂は自分用に淹れた緑茶を口にしてから言った。
 「魔物たちがアンバー学園に黒水晶を運び込んでいることがそんなに深刻なのか?学園は確かに籠城されたら攻め込みにくいが。」
 彼が見つけた黒い水晶を運んでいた魔物の一団は人々が脱出した後、もぬけの殻となったアンバー学園へと入っていった。
 それらの様子を撮影し、正規軍へと報告する依頼だったのだ。

 栗原玲はこくりと小さく頷いて二階堂の目をまっすぐ見据えた。
 「ほぼ間違いなく、近いうちにアンバー学園はダンジョン化するわ。そうなると、そこにダンジョンの主が現れる。いわゆるBOSSって奴よ。」

 その説明だけではまだ要領を得ない、二階堂は発言を促す。
 「ボスキャラが現れると何か厄介なのか?」

 栗原は続ける。
 「サラダス公国が非公式に支配している国は必ずダンジョンが出来ているのよ。そして、ダンジョンの魔物と結託してその国を実効支配する。BOSSの登場でそんな魔物たちの動きに統率が生まれる。」
 それがどういう意味を持つかわかるでしょ?と栗原は視線で告げた。

sec.10 - 灰色ビー玉

2018/05/18 (Fri) 21:00:01

 闇の帳がおりる。
 夜は魔物にとって活発になる時間帯とされている。

 ここはアーバン学園。
 一ヵ月前、籠城していた人々がいなくなってしばらく、バリケードを破壊し中へ侵入した魔物が闊歩するようになっていた。

 町の中にはまだ十分な数の黒水晶が存在し、彼らに敵対する存在が学園内に現れることはまずない。
 だが、魔物たちは油断なく指示を受けたコースを見回り、見張りを指示された魔物は己の命を賭す覚悟で、その場を守っていた。


 その魔物たちに指示を出した存在。
 それは頭が黒く塗りつぶされた髑髏のように見える魔族。
 人の言葉を理解し、話すことのできる魔物を狭義的な意味で魔族と呼ぶ、広義的な意味では魔物も魔族もほぼ同じ意味である。
 その魔族は黒いコートに身を包んだ巨躯で、運動場の中心に椅子を構え、両脇に火を焚いていた。巨躯の体で振るうのだろう、巨大な刀を杖代わりに携えて、静かに目の前を見据えている。

 「そこの貴様。」
 「は、はい!何でありましょうブラックスカル様!」
 黒い髑髏の呟きに自分が呼ばれたのだろうと、即座に傍に控えていた魔物が反応する。

 表情こそ変わらないが、ブラックスカルの部下へ向ける視線には慈愛の心が含まれているように見える。
 「すまないが、お主ではない。そこの貴様だ。その程度の小細工で、私の目から逃れられると思っているのは片腹痛い。」

 夜の闇から溶け出るように二階堂審がその場に姿を現した。
 余裕しゃくしゃくといった様子で彼は言った。
 「あらら、聞いてた話と違うぞ。BOSSはまだ現れてないはずだが。」

 ブラックスカルは椅子からゆっくりと立ち上がった。
 ただでさえでかい体が更に巨大に見える。
 黒い髑髏から息が吐き出される。その音は、勇気を持たぬ者を縮み上がらせるには十分な凄味を含んでいた。
 あくまで静かに髑髏は呟く。
 「現れてはいない。今の私は仮初の体だ。」
 仮初の体で先に現界し、部下の魔物に指示を送っていたようだ。
 髑髏は続けて呟く。
 「貴様のような鼠が入り込まぬように見張っておいて正解であった。」
 巨大な鞘からスラっと刀が抜かれる。人間程度なら一刀で体を真っ二つにできそうだ。その切っ先が二階堂に突きつけられる。


 緊張した空気を察したのか、学園の各地から魔物がこの場に駆けつけてくる。あっという間に、対峙するブラックスカルと二階堂を中心に魔物たちの包囲網が出来上がった。
 二名を取り囲んだ魔物たちは今すぐにでも二階堂へ飛びつきそうな勢いだが、主君のブラックスカルを尊重し、己を律して待機している。

 絶体絶命の場面でも二階堂の余裕は崩れない。
 一瞬でも目を離せば切り伏せられそうな場面でわざとらしく周りを見回しながら、目の前のブラックスカルに言い放つ。
 「正々堂々一騎打ちってわけじゃないのか?」
 ブラックスカルはため息を吐いて頭を振った。
 「人間よ。わざわざ敵の本陣に飛び込んでおいてそれが可能だと思っているのか。甚だ愚かしいぞ。」

 火花が散る。
 ブラックスカルが振り下ろした刀と、二階堂が片手に持ったジャッジ・ザ・ハンマーがぶつかり合って散った火花だ。
 髑髏は目の前の光景を不思議に感じつつ言った。
 「ほう。この一刀を防ぐか。人は見かけによらないとは言ったものだ。」
 あまりに重い一撃は、受け止めた二階堂の体を地面にめり込ませるには十分だった。彼が踏みしめているアスファルトにヒビが入った。

 男の右手は攻撃を受け止めた衝撃で痺れるが、刀の一撃を受け止めたハンマーで刀の刃を跳ね上げる。
 空いている左手で鞘から剣を抜く。両手で扱うことも想定しているサイズの剣は今の二階堂にはまだ少々重い。
 栗原から事前に可能性として知らされていたといえ、このレベルの相手を今の二階堂が相手にするには荷が勝ちすぎる。
 だが、余裕は崩さない。
 「仮初の体にしては強すぎませんかね?」


 打ち合うこと数度。夜の闇に何度も火花が散る。
 ブラックスカルが一度手を止めて言った。
 「久々に興が乗るぞ。私の攻撃をこれほど防ぐものはそういない。」

 二階堂はもう両手の痺れが限界に近かったので、相手が手を止めてくれたのは正直ありがたかった。だが、内心を悟られぬように構えだけは崩さない。

 髑髏は興が乗ると多弁になるようで続ける。
 「所属を聞こう。貴様、何処の者だ。」

 正直、死ぬにしてもこんな奴に覚えていられるのはどうかと思うが、二階堂は会話を引き延ばすために答えざるおえない。
 「アルバトロス…アルバトロス騎士団の団長。」

 再び、数度、打ち合う。

 彼はもう左手の痺れが限界なので、一度、剣を鞘に戻す。
 その様子を見て髑髏が首を傾げて言った。
 「何だ?もう降参か。ごっ!?」
 強い衝撃を受けてその巨躯が地面を後退した。
 その腹部にジャッジ・ザ・ハンマーがめり込んでいた。

 その柄にキラリと光る糸が巻かれている。二階堂は糸を引っ張ってハンマーを手繰り寄せ、再び右手に掴んだ。
 「お前は俺を見つけるべきではなかった。」
 目の前の男が最後通告のようなことを言った意味をブラックスカルが理解する前に、それは起こった。

 ブラックスカルが陣の背後に置いていた体育館から巨大な火柱が上がった。

 二階堂は続ける。
 「お前は一か所に黒い水晶を集めておくべきではなかった。」

 仮初の体すら現界させておくには魔素が足りなくなったので、ブラックスカルの体が黒い霧状になって分解され始めた。魔素とは、より自然な状態で空気中などに含まれている魔力の事で、魔界は地上より魔素が濃いとされる。

 今回の負けを悟り、ブラックスカルは崩れ行く体で呟く。
 「見事だったアルバトロス。最後に貴様の名前を聞こう。」
 最重要である黒い水晶が吹き飛び、周囲を取り囲んでいた魔物は恐慌状態に陥り、背後の体育館は水晶を跡形もなく吹き飛ばすために大量に爆薬を仕掛けられたのか最初の爆発が起こった後も立て続けに爆発している。
 そんな混乱した状態で耳にしたので、二階堂にはブラックスカルの言葉がしっかりと聞こえなかった。
 よって、彼はこう答えた。
 「ジャッジ・ザ・ハンマーだ。お前に一撃を食らわせた武器!」
 同様に、崩れ行く体と混乱する戦場のせいでブラックスカルにも二階堂の言葉がしっかりと聞こえなかった。
 よって、今の言葉をこう解釈した。
 「なるほど、ジャッジ・ザ・アルバトロス!覚えておくぞ、その名…!!」
 ほぼ体が崩れかかっていたブラックスカルはそのセリフを最後まで言えなかった。だが、彼はそう言い切ったと思いながら魔界へ還った。

 後、混乱しきった戦場を二階堂は透明化して逃げ帰った。
 ちなみに、体育館を爆破したのは栗原玲である。

 それからしばらくして、このご時世にて青いマントを羽織って戦う騎士、ジャッジ・ザ・アルバトロスの名前が魔界で広まった。


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